第23話 今の恋は上手くいく①

 伊波さんが抱えているであろうものがなんなのか。あの、デートで見せた悲しげな笑顔をがなんだったのか。


 俺はそれを知りたいと思ってる。


 でも、また過度に干渉して伊波さんに嫌われたくない。そう思ってるのも事実だ。


「鈴木くん」


 最近、伊波さんのことばかり考えている。寝ても覚めても、土曜日のことを思い出す。一昨日のことだから、記憶が新しく致し方ないのかもしれない。けど、本当の理由は記憶に新しいからなんかじゃなくて――。


「鈴木くん」


 肩を優しく叩かれ、我に返った。

 隣を見れば、心配そうにしている伊波さんがいた。


「どうしたの? 呼ばれてるよ?」


 そうやって、前を向いた伊波さんの後を追って黒板の方を見る。すると、やたらと注目を浴びていることにようやく気付いた。


「おーい、鈴木ー。現実逃避かー?」


 担任の先生からそんなことを言われ、クラスメイトがクスクスと笑い始める。伊波さんにまで申し訳なさそうに笑われた。


 現実……逃避? 何を言ってるんだ?


「俺は伊波さんのことを考えてたからボーッとしてただけで……」


 その瞬間、クラスメイトがザワザワと騒ぎだした。

 そして、自分で何を言ってしまったのか把握した。


「ち、違っ!」

「クラスメイトが仲良いのは先生として喜ばしいことではあるが……そういうのは、ちゃんと伊波のことも考えてやらないとダメだぞー? 隣、撃沈してるからなー」


 楽しそうに笑う先生を無視して恐る恐る、隣を見る。伊波さんは組んだ腕を机に乗せて、顔を埋めていた。恐らく、真っ赤になったから見られたくなかったのだろう。髪から覗く耳がその証拠を醸し出している。


 ――す、鈴木くんのバカバカバカバカバカー! そんなこと、皆の前で言わないでよー! 恥ずかしくなるに決まってるじゃん!


「ご、ごめん……」

「う、ううん……」


 顔を上げないまま、小さく首が左右に振られる。


 ――わ、私だって、いっつも鈴木くんのことを考えてるよ。でも、そういうのはちゃんと付き合ってからじゃないと言えないでしょ。嬉しいけど。ああ、もう、好きだよ!


 良かった……一先ず、嫌われてはいない。


 安堵の息を吐いていると先生が数回手を叩き合図してきた。


「はいはい。惚気はそこまでにして鈴木はちゃんと話を聞こうな」

「……別に、惚気なんかじゃ……」

「お前、今度の球技大会。バスケのメンバーに決定したから」

「……はい?」


 よく聞こえなかったな。今、なんて言われた? バスケのメンバー? 俺が?


「俺、バスケ得意じゃないんですけど」


 少しでも頭痛を回避したくて誰かに代わってもらおうと試みたその瞬間。


「いや、そんなことはねーよ!」


 田中が高々にそう叫んだ。いやいや、お前に俺の何が分かるんだよ。引っ込んでろよ。


「この前の試合、お前はあえて目立とうとしていなかった」


 コイツ、超能力者か……!?

 まさかの境遇者と遭遇か、と思わず冷たい汗が背中を流れ落ちていく。


「けど、俺の目には分かる。お前が出したたった一度のパス。誰にもマークされていない味方へ確実に繋がる洗練された華麗さを見た俺には分かる!」


 何が分かるんだよ。何も分からねーよ。

 警戒心を強めつつ、田中を見ていると指をビシッと指された。


「お前は中学時代バスケ部だったはずだ!」

「……いや、帰宅部だったけど」


 シーンと静まり返る教室。この冷めた空気をお前はどうしてくれるんだ、偽超能力者田中。言っておくが俺のせいじゃないからな。


 ――鈴木くん、帰宅部だったんだ。色白だしもやしっこ見たいに細いから見た目どおりだな~。私も帰宅部だったしお揃いだね!


 誰がもやしっこだ。伊波さんの方がよっぽど細いし軽いし白いだろ。


「と、とにかく。お前はバスケをしたことがある!」


 そりゃ、あるだろ。今時、バスケを高校生になってもやったことがない生徒なんて珍しいはずだからな。


「そして、お前のコートを見渡す目と正確なパスを出す技量は必ず役に立つ!」


 過大評価し過ぎだろ。俺はお前に褒められても嬉しくもなんともねーぞ。このやろー。


「だから、一緒に頑張ろうぜ!」

「しょうがないな!」



 組んだ手に額を当てて、重たいため息を出す。はぁぁぁぁ……。


 俺はバカだ。田中の熱意に押し負けたからってあんなにも簡単に了承するなんて……でも、しょうがないよな。残ってたのはサッカーだけだったし。バスケとサッカーならまだバスケの方がましだ。もう、顔面でシュートを受けるなんてしたくない!


 自分を励ましてみてもやはり気は進まない。


 当日は仮病でも使ってやろうか。


「す、鈴木くん!」

「ん、どうしたの?」

「あ、その……気分が良くないんじゃないかと思って……大丈夫?」


 やっぱり、伊波さんは優しいな。仮病なんてズルいこと考えてるのに心配してくれるんだから。


「ありがとう。ちょっと、自信がなくてどうしようかと焦ってるんだ」

「そうなんだ。てっきり、体調でも優れないのかと思ったから安心したよ」


 ――良かった。鈴木くん、あんまりバスケットボール……っていうよりも、スポーツ全般を嫌そうにしてるから悲しんでるんじゃないかと思っちゃった。


 伊波さんの観察眼には感服するよ。


「それより、さっきは本当にごめん。ボーッとしてたとはいえ……」


 さっきのは本当に申し訳なかったと思ってる。あんな、公開告白したみたいなことをするなんてちょっと前の俺に言ったら、自分から檻に入っていってどうする気だ! って、散々罵倒されることだろう。


「う、ううん。大丈夫、だから……その、嬉しかった、し……」


 伊波さんは頬を赤くして、目線を慌ただしくさ迷わせている。


 そんな姿を見てしまうと自分の気持ちが強くなるのを実感してしまう。


 何を言えばいいのか分からなくなり、必死に頭を回していると空気を読めない田中が間に入ってきた。


「球技大会は金曜日だし、頑張ろうな!」

「あ、ああ……」

「俺、どうしても勝ちたいからさ……今から練習してくる。バスケ部だし。じゃなー!」


 驚くことに田中は本当に勝ちたいという一心だけで熱い男だった。冷めてる俺とは全然違って。


「あの、鈴木くん!」

「ん?」

「きょ、今日ってこれから暇かな?」


 あ、ようやく、お誘いされるのか。朝からずっといつ誘われるのか気になってた。


「うん」

「あ、あのね」


 新作ドーナツを名目に寄り道して行きたいんだろ。行く行く、行くから。指をちょんちょんさせて自信なさげにしなくていいから。可愛く見えちゃってしょうがないんだよ。


「きょ、今日からドーナツが新しく発売されるらしいんだけど。一緒に食べに行きませんか?」

「行く」


 ――えっ、即答!? やったー!


 そりゃ、即答もするよ。てっきり、昼休みにでも誘われるのかと思ってたのに誘われなくて、俺のスマホの検索履歴見せられないようになってるから。


 喜んでる伊波さんに気付かれないよう机の上に置いてあったスマホをそっとしまった。

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