第22話 初デート 後
映画の内容は伊波さんが話してくれた通りだったと思う。正直、伊波さんが何を教えてくれていたのか最初から聞いていなかったためによく分からない。
学園青春恋愛物語、とされていた映画は主人公である男子高校生とヒロインである女子高校生がくっつくまでの一通りを描かれていた。
感想としては、まあどこにでもありそうな内容だな、ってところが大きい。普通に楽しく見れた、ってところでそれ以上のものはない。
映画に関しては、だ。
上映中、何よりも驚いたのが映画の展開なんかより伊波さん自身にだった。
伊波さん曰く、集中出来るから音を気にしない、と言っていた。
そして、その通りだった。
上映中、彼女は何も考えていなかった。心を無にして、スクリーンに釘付けになっていた。
周りでは、
――眠てー……。
――あんまり面白くないな。
――いつか、私も彼氏とこんな恋を……。
なんて、うるさいくらいに考えられていたのに伊波さんだけは何も考えていなかった。
俺は思った。周りの客が誰もいない状態で伊波さんと二人きりなら映画館でも楽しめるんじゃないかと。まあ、そんなこと滅多に起こることもないからあり得ないんだけど。
「面白かったね!」
伊波さん的には満足のいく内容だったらしく、ショッピングモール内にあるカフェで一休みしている今もずっと目を輝かせている。
「パンフレットまで買っちゃったよ~」
買ったばかりのパンフレットを嬉しそうに見ている姿は小さな子供のようで思わず口角が上がってしまう。
しかし、何気ないことで笑われているのも嫌だろうと頼んでおいたドリンクを飲んで紛らわせた。
「やっぱり、女の子だね」
「え、そ、そうかな?」
「うん」
「子供みたい?」
「ううん、いいと思う。夢中になれるっていいことだと思うから」
俺みたいに心が聞こえなくても成長するに連れて夢中になれることは限られてくるだろう。
なのに、いつまでも夢中でいられることは素敵なことだ。
――な、ナチュラルにそんなこと言われると困っちゃうよ。
「あ、あの、カフェにも付き合ってくれてありがとう!」
今日の待ち合わせは昼過ぎ、ということになっていた。だから、家で昼ご飯はバッチリ食べてきている。でも、映画だけ見て即解散というのもなんか変な話だと思う。
それに。
「付き合うよ。感想は直接言った方が楽しいんでしょ?」
数日前、伊波さんが言ってたことだ。
――ああ、どうしよう……鈴木くんに好きになってほしいのにどんどん好きにさせられちゃうよ。
伊波さんはパンフレットをまるでシールドのように手に持って顔を隠した。
「伊波さんはどこが一番良かった?」
「や、やっぱり、最後のシーンかな。朝の校舎裏で告白してキスまでするのって憧れちゃう!」
――わ、私もいつか鈴木くんとあんな風に……って思っちゃったもん!
それは、また、中々に無理難題なお願いだな。でも、一応頭には入れておこう。ほんの少しだけな。いつになるか分からないし、忘れてたらごめん。
「鈴木くんはあの映画見てどう思った?」
「周りのお客さんが全員伊波さんだったらいいのになぁって思った」
「へあっ!? な、何を言ってるの!?」
「あっ!」
しまった。上映中、ずっとそんなことばっかり考えてたから思わず口を滑らせてしまった。
――す、鈴木くんはハーレム大好き野郎なの!? そんなに沢山の私をどうするつもりなの!?
「いや、違くて……その、伊波さんみたいに静かに映画を見る人ばっかりだったら迷惑な人とかいないんだろうなって思っただけで」
「あ、そ、そうなんだ。て、てっきり、何股もする最低な人なのかと」
「そ、そんなことないから。俺は、その……どっちかっていうと一人をずっと大切にしたいと思ってる方だから……」
――と、ということはだよ? 鈴木くんと結ばれたらずっと大切にしてもらえるってことだよね?
……まあ、そういうことになりますな。
「す、鈴木くんは真剣な人なんだね」
「そりゃ、好きになった人とは真剣に付き合っていきたいし」
「ま、正しくその通りだと思います!」
両親を見ていたら自然とそう思うようになる。二人とも、高校からの付き合いで今もずっとラブラブで他の人を恋愛対象と全く見ていない。子供の目からすれば、バカップル過ぎて恥ずかしい思いもするけど、いい関係だとも思い知らされる。
そんな二人を見ていれば俺も好きになって結ばれた相手はずっと大切にしていきたいと思うんだ。
「いい考えだね」
「普通だと思うけど。伊波さんもどっちかっていうとそう思ってる方でしょ?」
「え、な、何で?」
「見てたらそんな気がするけど……違う?」
俺を好きでいてくれて、こうやって一生懸命好きになってもらおうと努力して頑張っているだけで俺にはそうとしか思えない。
「私は……どうだろうね」
――私は鈴木くんのことが好き。だけど、心のどこかではまだしも信じきれていないんだ。男の子と恋愛するってことを。
パンフレットを下げて、少しぶりに見せた伊波さんの顔はとても寂しそうで悲しげな笑顔を浮かべていた。
「今日はありがとうね。とっても、楽しかったよ」
「俺の方こそ。楽しかった」
いつまでも伊波さんを連れ回すようなことはせず、暗くならない内に解散ということになった。
昨日、夜遅くまで今日のデートプランを考えてくれていたようで寝不足らしいのでちょうどいい。
……けど。
「じゃあ、また月曜日に」
集合場所だった駅前で笑顔を浮かべる伊波さん。
――うん、ちゃんと笑えているはず。さっきは思い出しちゃって上手く笑えてなかったから鈴木くんに嫌な思いさせちゃったと思うし、お別れする時くらい可愛く思ってほしいもんね!
……確かに、嫌な思いはしてる。でも、それは伊波さんが上手く笑えてなかったことにじゃない。そうやって、何か思ってるはずなのに俺のことを考えたり強がったりされるからだ。
「伊波さん!」
大したことは何も出来ないのに、このまま別れるだけはしたくなかった。
「その……今日は楽しかった」
「さっきも聞いたよ?」
あーもう、むしゃくしゃする。この能力があったって伊波さんが今何を言ってほしいのか分からない。今何をしたらいいのかも分からない。
どうにもやるせない気持ちが込み上げてくる。
「伊波さんと遊べて本当に楽しかった。俺、誰かとこうやって遊ぶの初めてだから……だから」
結局、俺は何が言いたいのか分からない。
どうにかして、伊波さんが抱えているであろうものを何とかしたいのにその核心は分からない。
だから、解決策は思い付かない。
それでも、伊波さんに心の底から笑ってほしい。伊波さんが好きでいてくれる俺の言葉で。
「また、こうやって俺と出掛けてくれませんか?」
これが、本当に正しい答えなのかは分からない。
けど、どうか……いつもみたいに真っ直ぐになってほしい。
「……うん、私も本当に楽しかったよ。だから、また遊ぼう。いっぱい!」
――これって、鈴木くんからのデートのお誘いだよね。そうだよね?
そうやって、伊波さんには元気でいてほしい。何があったのかは知らないし無理に知ろうとも思わない。俺のことを考えてくれたり強がってくれるのも優しさだから無理に頼ってほしいとも言わない。
けど、もしもの時とかは頼ってほしいし力になりたいと思うから俺は考えるよ。これからも、君と付き合っていきたいから。
少なくとも、さっき見た作り物の笑顔よりは遥かにましだと思える微笑みが俺の目には写っていた。
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