第9話 嫌われることが出来た!
あの不思議な現象を俺は伊波さんドキドキ現象と名付けた。
しかし、あれから数日経ったにも関わらず、一度も伊波さんドキドキ現象は起こっていない。
……というよりは、起こせていない、の方が正しいだろう。
最近は挨拶と日常会話程度のことは簡単に交わすようになった。
しかし、とんでもなくドキドキさせることは何も出来ていない。
そもそも、何をすればそうなるのか分からない。
お助けマンのネット検索を頼ってみたけどいざ実行に移そうとは思えなかった。
だって、それは明らかに好感度をあげてしまうだけの危険を伴う行為なのだから。
――はあ~今日もカッコいいなぁ……鈴木くん。あれから、少しは……ほんの少しは鈴木くんとの距離が縮んだと思うんだけど実際には全然なんだよね。どうしたらいいんだろう?
知らん。それを、考えるのが伊波さんの役目だ。俺はそれを先に実行するのが役目だ。
――こういう時、恋愛マスターの友達でもいたら助けてもらえるのに私が頼りに出来るのはネットだけ。でも、ネットだとほとんどがあんな……あんなっ……!
押し倒して既成事実を作れ、って伊波さんはどこのサイトを覗いたんだ!? R指定のあるサイトじゃないだろうな!?
――だ、ダメダメ。教室でいやらしいことを考えてるだなんて誰にも知られたくないもん! 特に鈴木くんには!
「おーい、伊波さん」
首をぶんぶん振っているにも関わらず、伊波さんに近づくクラスメイトの女子四人。
「ど、どうしたの?」
――わーわー。話しかけられちゃった。どうしようどうしようどうしよう。
……伊波さん、本当に友達いないんだな。
その反応に謎の共感を覚えながら、耳を済ます。どういう理由で話しかけたのかはもう分かっているけれど。
「今ね、猫と犬のどっちが最高か理論をしてるんだけどね。おあいこなの。だから、伊波さんにも答えてもらおうかと」
しょうもない。女子高生にもなって猫と犬のどっちが最高か理論なんて……今時の女子高生ってタピオカとか彼氏とかインスタの話で休み時間を潰すんじゃないの?
「で、どっち?」
「え、えっと……」
――ど、どうしよう。猫の方が好きだけどそれだと犬を好きな方に悪いよね。折角、仲間に加えてもらったのに嫌な思いはさせたくない。
伊波さんは呆れる程、優しくて友達でもない子を思いやって悩んで苦しんでいた。
そんなもの、適当に答えたらいいんだよ。どうせ、彼女らもそこまで真剣じゃな――
――猫猫猫猫。猫以外にあり得ない!
――犬犬犬犬。犬以外にあり得ない!
いや、結構な熱情をもって挑んでいるらしい。
どっちもどっちだと思うんだけどな。
ニャーって鳴くか、ワンって吠えるかしか違いはないだろうし。
――大きな犬にワンって吠えられると怖いんだよね。子供の時、大泣きしちゃったし。だから、猫の方がなんとなく好きなんだ。でも、犬には犬の良い部分があるわけだし。ううっ、皆の目が真剣で怖いよ~。
「……あのさ、それ、俺も混ぜてくんない?」
聞いていられなくなって会話に参戦してしまった。
伊波さんを含む、五人から一斉にこっちを向かれる。
疑心。恐怖。不安。狂喜。色々な声が届いてくる。
それに、いちいち反応を示すことはなく、ただどこ吹く風で参加させてほしいと伝える。
「俺、結構動物好きなんだ。面白そうだしダメかな?」
「ダメ、じゃないけど……」
「ありがと」
無駄に言葉を繋がれる前に勝手に土俵入りを果たす。
後はもう、伊波さんが答えない方を答えるだけでこの状況は切り抜けられるだろう。
「じゃあ、せーので答えてよ」
そう言われたので俺と伊波さんは声を合わせて答える。
「犬」
「猫、かな」
すると、彼女達は二人ずつ俺への印象を変えた。
一方は、分かってるじゃん。鈴木くんって案外いい人なのかも?
いい人ってなんだ。いい人って。
また、もう一方は、余計なことしないでよ。お前が入ってこなかったら猫派の勝利だったのに!
……えーっと、申し訳ありませんでした。
そう。これが、人なんだ。誰かを助けると誰かには嫌われる。全てを良いように、とはどう足掻いたって出来ないのだ。
「鈴木くんは犬のどんなところが好きなの?」
犬派の一人が突然、机に手を乗せて話しかけてきた。
ふと、視線を下にすればまだ夏服のせいだからか豊満な胸の大きさが一層強く目に入りそうで視線を背ける。
「お、大型犬だと防犯になるところとか?」
犬について、詳しい知識を蓄えてない俺は適当に答える。
「あはは。どうして疑問系なの?」
「いや、飼ったことないからよく分からなくて」
「飼ったことないのに犬が好きなんだ。面白いね、鈴木くんって!」
――今まで、怖い人だと思ってたけど案外人は見た目によらないんだな~まあ、タイプじゃないけどね。
……おい、笑顔で随分と辛辣なことを述べるな。
――むぅ~むぅ~むぅ~。ずるい~、私も鈴木くんと話したい~。後、鈴木くん胸見すぎ~むっつりだぁー!
伊波さん、ちょっと黙ってようか。そっぽを向いてる風で実は視線だけを気付かれないようにして頑張ってるのバレちゃうだろ。
「ほら、もういいでしょ。他の子にも聞きに行くよ!」
猫派の一人が俺に話しかけてきていた彼女を引っ張っていった。
悪印象は消えぬまま。
「……鈴木くん、犬が好きなんだ」
横を見れば、伊波さんの頬はぷくーっと膨れたままである。
「えっと……どうしたの?」
「ふーんだ。自分の胸に手を当てて聞いてみたらいいよ。自分の胸にね!」
――どうせ、鈴木くんだって私みたいな小さいのより大きい方がいいんでしょ! この、おっぱい星人め!
折角……折角、助け船を出したのにこの仕打ち。
ああ、本当に難しいなぁ……。
――私だって……私だって、脱いだらすんごいんだから! 鈴木くんなんて卒倒しちゃうんだから!
いや、それはない。どこから、どーーーお見ても、それはない。前からも横からも、それはない。
――それに、私はまだ成長期がきてないだけなんだから! これから、毎日牛乳飲んで成長させてやるんだから! 見てろよ~鈴木くん!
ああ、はい。頑張ってください。
――巨乳大好き鈴木くんなんて大っっっ嫌いっ! ふーんだ!
皮肉なことに伊波さんに嫌われることが出来た。
欲しくもない二つ名を与えられて。
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