第8話 見過ごせないこともある 後
下校のチャイムが鳴り、なんとも言えない気持ちのまま学校を出た。
――鈴木くんと二人で下校……下校デート!
少し距離はあるものの、伊波さんはずっとそんなことを考えながら俺の後ろをついてくる。
しかし、俺にはそんなことが気にならないくらい、さっきの現象がずっと気になっていた。
一体、何だったんだろう……あれは。
ほんの一瞬ではあるものの、伊波さんの心音以外あの時間は何も聞こえてこなかった。
今になって考えればあの時は伊波さんだけじゃなく、他の声も聞こえてなかった。心音だけは届いていたものの、無音。あの瞬間の居心地はもう何年も味わっていないものだった。
けれど、そんな時間は今はどこにも存在しない。
――あー、部活疲れた~。
――今日の晩ご飯は何にしようかねぇ。
――酒だー、酒酒ー!
すれ違う人の声が全て脳に届いてくる。
もちろん、伊波さんだってだ。
まあ、伊波さんは相変わらず下校デートしか考えていないらしいけど。
さて、改めて整理しよう。
あの時、伊波さんの心音は今までにないくらい大きくなっていた。
その結果、俺の能力が一時期仕事をしなくなった。
以上である。
……ダメだ、改めて考えても異常があったと思うのは伊波さんにだけ。それ以外、特におかしなことは何もなかった。
だから、俺はもう一度それを確める必要がある。
けど、あり得ないくらいにドキドキってどうすればいいんだ?
ぜんっぜん、分からない。それこそ、好きだよ、と告白するくらいしか思い付かない。
うーむ……。
「す、鈴木くん。前!」
「えっ……あたっ!?」
考え込んでいたせいで俺は電柱に正面からぶつかってしまった。
……痛い。クソ、本当に使えない能力だ。
「だ、大丈夫!?」
しゃがみながら額を押さえていると心配した様子の伊波さんが駆け寄ってくる。
「う、うん。大丈夫」
カッコ悪いところ見せちゃったな……これで、ダサいって思ってくれたんならいいんだけど。
――鈴木くんってドジっ娘キャラなのかな? 可愛いな。
……うん、そうだよね。何となく、そんな気はしてた。だいたい、こんなんで嫌われるならとっくに嫌われてるはずだよな。
「ふふ、ボーッとしてたらダメだよ?」
伊波さんは楽しそうに笑いながら顔を近づけてくる。
こんな距離まで接近したことがなくて、思わずドキッとしてしまった。
しかも、何がいけ好かないかって伊波さんは今現在全く何も感じていないことだ。
「見せて?」
本当に心配しているようでケガがないか確認しようとしてくれている。小さくて、それでいて、優しさを感じるような温かい手が額に触れる。
「うん、ケガがなくてよかったね」
にっこり安心したように笑う伊波さん。
クソ、反則だ。審判、これはルール違反です!
「あ、ありがと……」
「どういたしまして」
そのまま、何事もなく帰宅を再開した。
「あの、鈴木くん。無駄になったのに長時間も付き合ってくれて今日はありがとう」
「いいよ、気にしないで」
元はと言えば、俺が告白の邪魔をしたからなんだし。これくらいは覚悟の上だった。
「あの、それでね。いくら払えばいい?」
「……は?」
「その、お礼金……」
さっと財布を出すな。しまえしまえ。
「いいから、そういうの」
「えっと……じゃあ、私で払えばいいのかなぁ……?」
――そ、そうだよね。いくら、優しい鈴木くんでも欲求はあるよね。今日の下着、どんなものだったかなぁ……可愛いのつけてたかなぁ……。
なんだか、このままだと知らなくていい情報まで届いてきそうでとっとと考えを遮断させる。
「あのさ、そういうのほんとにいいから」
「……私に魅力ない?」
――そうだよね。鈴木くんは可愛いって言ってくれたけど、本当は可愛くなんてないだろうしスタイルだって良くないもんね。
……この子、普段はおかしい程にポジティブで元気なくせに。
アホらしくなって、頭をかいて考えた。
伊波さんに魅力がある、と答えられる程俺は彼女を知らない。
けど。
「伊波さんには魅力がある、と思う。さっきだって、すぐに駆けつけてくれたし」
優しいことだけは知っている。
ここ数日……というより、伊波さんと同じクラスになって一度たりとも彼女の悪い声を聞いたことがないのだ。
どんなに優しい女神のような美少女でも必ずウラオモテがある。それが、人だし俺だってそうだ。それが、当たり前なのだ。
なのに、この子にはそれがない。
良くも悪くも真っ直ぐなのだ。
以前、こんなことがあった。
先生からめんどくさい仕事を任されていた彼女を見かけた。
普通なら、笑顔で了承しても内面は唾を吐いて先生に罵倒を吐く場面だ。
なのに、彼女は――
――任されちゃった、頑張らないと!
どこまでも真っ直ぐだった。
後日、同じ内容を別の生徒が頼まれていた。
その子は笑顔で了承しつつも、内面では先生にぶちギレていた。
正しいのはその子でおかしいのは伊波さんだ。
それは、考えなくても分かること。
けど、本当に正しいのはきっと――。
「……そういうのじゃないんだけどなぁ。私のこと、女の子としてどう思ってるの?」
――ううっ。聞いちゃった聞いちゃった聞いちゃった! まともに話すようになってまだ短いのにこんな質問しちゃうなんて絶対に変な子だって思われたよ!
でもでもでもでも。ここで、踏み込まないと鈴木くんは意識してくれないと思う! だから、頑張れ私。鈴木くんの目を上目遣いで見上げて……う、上手く出来てるかな?
「……可愛いよ」
「っっっっ!」
あ~もう、筒抜けって本当に嫌だ。
「えへへへ~可愛いか~」
――えへへへ~可愛いか~。
伊波さんは体をヘビのようにくねらせながらついにぶっ壊れたらしい。
さっきは可愛いと言って、あの現象が起こった。
けども、今は何も起こらない。
結局、あの現象は何だったのか……。
分からない。それを、知るためにも俺はもう少し彼女に関わらないといけない。
まあ、まだ嫌われてないしな。
「あ、あの、鈴木くん。ありがとうっ!」
それは、突然舞い込んできた笑顔で思わず目を逸らす羽目になったのは言うまでもなかった。
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