第10話 昼食会にて死す 前
体育。それは、俺みたいな日陰者のもやしっこにはとても辛い授業である。
いや、別に苦手というわけではない。
どちらかというと、得意の部類に入る。
なんせ、考えてることがまる分かりなのだから。
野球で例えるとピッチャーがどういう球種を投げるのかまる分かり、ということである。
だから、投げてくる角度に対してバットを振ればたちまちホームラン、というわけだ。
ただし、運動神経が良ければ、であるが。
そう。この能力があるからといって、決して運動神経のステータスが加算されるわけじゃない。
運動神経はあくまでも自分の努力によってしか培えないのだ。
さて。なら、俺みたいなもやしっこには何が出来るのか。
答えは何も出来ない。以上だ。
「いったぞー!」
昼休み前の授業、今日の体育ではバスケットボールが行われていた。
一つのボールに敵味方がフリスビーを追う犬のように追いかけている。
体育は嫌いだ。なんせ、沢山の思考が一気に脳に入ってきて、頭が痛くなるからだ。
だからといって、休ませてもらえることはなく。
「鈴木ー! ちゃんと参加しろー!」
挙げ句、ボーッと突っ立っていると先生から怒られる羽目である。
はあ……やだやだ。
渋々、足を動かして、いかにも参加して頑張っていますよアピールをする。
「へいへい」
一応、声も出しておく。
熱血教員なんて熱くて嫌いだ。冷血教員の方が大好きだ。
悪態をついていると、
――お、鈴木がフリーだ。
おい、馬鹿。やめろ。俺にパスを出すな。
「鈴木ー!」
「っ、ああ、もう!」
投げられたボールに手を伸ばし、ドリブルする。
その瞬間、正面に一人の敵が立ち塞がった。
――止めてやる。止めてやるぞ!
どう動くか全て伝わっているので抜くことは楽な仕事だ。
ただし、今日はどうしても目立ちたくなかった。
今日、バスケットボールが行われている理由には、もうじき開催される球技大会のメンバーを選出する、という目的がある。
バスケットボールは噂では毎年、沢山の観客が見にくるらしい。そのほとんどが女子らしく、モテたい男子はカッコいい姿を披露しようと躍起になるそうだ。
しかも、何やらジンクスまであるらしいが今はそれについてはどうでもいいだろう。
選出されるのは一クラス五人まで。
その中の一人に選ばれようとモテたい目的がある生徒は現在アピールしまくっているというわけだ。
立ち塞がる彼も目を燃やしながら集中している。
そんな彼を意図も容易く抜き去ってしまうとどうなるだろう?
あれ、アイツ、意外と運動神経良くね?
メンバー入れとくか。
そうなれば、俺は今よりも多くの声が飛び交う中に放り込まれ、ものすごい頭痛を引き起こすことになる。
そんなのは絶対に嫌だ。
俺は自分で抜きにいくのではなく、一人の味方にボールを託した。誰にもマークされていない、確実にパスが通る。
ふう……今日は、もうずっとパスしていよう。
そしたら、授業にも参加しているから怒られることもなく、さらには、目立たずにも済む。一石二鳥だ。素晴らしい。
「クソっ……なんで、後片付け全部俺がやらないとけないんだ……」
結果として、先生から、途中から全く動いてなかったペナルティ、として出ているボールを全部倉庫にしまっておけと命令された。
しょうがないじゃないか。ボールがあれ以降、一回も回ってこなかったんだから!
深いため息をつきながら、体育倉庫でボールを陳列していると、
「あれ、鈴木くん?」
体操服姿の伊波さんに声をかけられた。
赤い色のハチマキを頭に回して、沢山のバレーボールが入ったかごを押している。
――わー、こんなところで鈴木くんと会えるなんて嬉しいなぁ。
「どうしたの?」
「サボってたって決めつけられてのペナルティ実行中」
「そうなんだ」
――別に、鈴木くんサボってなかったように見えたんだけどな。そんなこと言ったら、授業中に盗み見てることがバレちゃうから言えないけど。
いや、ちゃんと聞こえてたから。沢山の声の中で一際大きく、鈴木くん頑張ってー、って言ってくれてたの。
今日の体育では、広い体育館を二面に分けて男女で使っていた。
誰かに応援されることなんて滅多にないから嬉しかったのは事実である。けども、少しうるさかった、ってのも事実だ。
「伊波さんこそ、どうしたの?」
「昼休みに彼氏と約束あるから片付け代わってって頼まれたんだ」
――昼休みに彼氏と約束って、青春っぽくて羨ましいなぁ……いつか、私も鈴木くんと……お弁当食べたりしたいな。
どうして、そんなにポジティブでいられるんだ。良いように利用されているだけじゃないか。
「……伊波さん、もう片付け終わり?」
「うん」
「じゃあさ、ボール並べるの手伝ってもらっていいかな。綺麗に拭いてからだと時間かかりそうで」
「いいよ!」
快く、了承してくれたので伊波さんに磨き終えたボールを渡していく。
――こ、これって、鈴木くんとの初めての共同作業、だよね……ぽっ。
……ぽっ、じゃねぇ。まあ、手伝ってくれてるし好きに妄想してくれたらいいけども。
「「あ」」
ボールを渡していると指先同士が触れた。
その途端、伊波さんは顔を真っ赤に染め上げた。
この前、心配して額を見てくれた時とは大違いだ。
――す、鈴木くんと指ちょんしちゃったよ~! 赤ちゃん出来たらどうしよう~。
「ごめん」
「う、ううん。大丈夫だよ。心配しないで」
いや、心配になるほどの頭のネジが外れてることにはもう慣れてきたから。悲しいことに。
――ううっ、どうしよう~鈴木くんの顔をまともに見れないよ~!
なら、見なくていい。
――って、ちょっと待って。鈴木くんと少しでも長く一緒がいいから片付け手伝うって言っちゃったけど、よく考えたらここって体育倉庫だよね。薄暗くて、狭くて、密室で。
鍵は開いてるし、外の光が入ってくるから実際には密室でもないし薄暗くもないけどな。伊波さんの顔色がはっきり分かるんだし。
――そんな所に二人っきりで……もし、今ので鈴木くんが発情しちゃったら私、抵抗できないよ。押し倒されちゃうよ!
どうして、この子は可愛い顔してすぐにそっち方面の考えに至るんだろう。
顔を両手で隠しながら、体をヘビのようにくねらせている伊波さんは無視してボールを拭いていく。
最後の一つを磨き終わり、立ち上がる。
すると、伊波さんは大きく肩を震わせた。
――き、きた。遂になのかな!
「伊波さん」
「ひゃ、ひゃい!」
「手伝ってくれてありがとう」
「ど、どういたしまして」
「それで、お礼したいから伊波さんさへ良かったら一緒にご飯でも」
「お、お礼なんていいよ。この前、鈴木くんもいらないって言ってたし」
――ああ、もう。どうして、断ったりしたの。折角、一緒にお弁当食べられる機会だったのに……でも、私の自己満足に鈴木くんを付き合わせたくないし……。
「じゃあ、お礼はしないから一緒にご飯食べよ」
「……えっ?」
「だから、一緒にご飯食べようって」
「う、うん!」
――うっそー。どういうわけか知らない内に鈴木くんとお弁当食べれることになっちゃったよー! やったー!
そうだ。伊波さんはただ喜んでいればいいんだ。
そうすれば、やがて、嫌われるかもしれないんだから。
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