第4話 嫌われ作戦は上手くいかない
昨日の一件で困ったことが増えた。
それは――
――一匹狼鈴木くんは伊波さんが好き。
という、誤爆の偽情報が出回ったことである。
先ず、俺は一匹狼でもないし伊波さんを好きではないと言いたかったが、俺が普段、人と関わらないようにしているのは事実だし、むきになって訂正したらますます信憑性が増すのではないかと押し黙るしかなかった。
幸い、と言えるのかどうかは分からないが俺は目立つような人間ではない。教室を出たらただの生徒に紛れて、どこにでもいるモブになる。
例え、偽情報が教室の外に出回ったとしてもそれが俺だと気付かれる可能性は低いことだろう。
とまあ、それについては訂正したい気持ちは拭え切れていないが人の噂も七十五日という。
冬休み前になれば、クリスマスや年末の話題に紛れて勝手に消えることだろう。
それよりも問題は伊波さんと交わされるであろう会話についてだ。
会話する必要がある、と伊波さんは気づいた。
ならば、今日は会話をしてやることになる。
しかーし、コミュ力が若干平均より下回る俺の舌で何を話せばいいのか。教えてくれ、偉い人!
せめて、土日を挟んでくれたら動画やら本やらで女の子との会話、とやらを調べてきたのだが生憎とお休みは明日からだ。
今日の俺に武器と呼べる程の強力な装備はなく、あるのは昨日の晩ご飯と今日の朝ご飯に何を食べたか、と聞こうと思っている程度である。
こういう時ばかりは普段からコミュニケーションをとっていれば……と後悔するばかりである。
――スーハー。スーハー。よし、深呼吸よし。登校中にかいた汗も匂わない。前髪に崩れなし。
おっと。戦う刻がきたようだ。
――今日は挨拶して、お話しして……挨拶されても、ちゃんと返事して、それからお話しして……仲良くなるんだ!
心もとない弱い装備を構え、ドアが開けられるのを待つ。
――いけ、私。限界を超えろ!
限界の到達点が低い!
と、ツッコミを入れたと同時にドアが開けられた。
その瞬間、またぶひぶひと男子が騒ぎだしたが今はそれどころではない。
怖い顔つきで歩いてくる伊波さんを横目で見ながら、静かに呼吸を整える。
すぐ隣に来た瞬間、先手必勝畳み掛ける。
「おはよう、伊波さん」
「お、おっはよう、鈴木くん」
出だしはお互い順調だろうか。
さて、この後、どう切り出すのが正解なのか。
――きょ、今日も挨拶されちゃったよーーー! やったー、やったー!
幸い、もう少し考える時間がありそ
――って、喜んでるだけじゃダメなの! ちゃんと、お話しするんだから!
「す、鈴木くん!」
「は、はい!」
思わず、背筋を伸ばしてしまった。
俺が緊張する必要なんてどこにもないのになんでだ?
「き、昨日の晩ご飯は何を食べたの?」
……考えること一緒かーい。
いや、途中から晩ご飯晩ご飯って聞かれることは分かっていたけども。実際に聞かれると拍子抜けする程、程度の低い幼稚な会話だということが分かった。
「……コンビニのお弁当」
「へ、へー。そうなんだ。おいしかった?」
「それなりに」
「…………」
「…………」
はい、会話終了。所詮、コミュ力がないもの同士の会話なんてこんなもんだ。
――ど、どうしよう。終わっちゃった。他に何か他に何か……あーん、昨日あんなに沢山考えて練習してきたのに全然思い出せないよ~!
これで、伊波さんも分かったことだろう。俺なんて、たかが心の声が聞こえることしか出来ない人間なんだ。それを、上手く使うことも出来なければコミュ力が上がるわけでもない。俺よりも素敵な人間なんてこの世には沢山いる。それこそ、心の声を聞くことも出来ないのに相手の気持ちを察して動くことが出来る人間が。
――き、嫌われたくないよ……昨日も、折角挨拶してくれたのに逃げちゃって変な子だって思われただろうし……今も、仲良くもないのに晩ご飯の内容を聞いちゃったし……私はなんてダメダメなんだろう。きっと、鈴木くんも呆れてるだろうな……。
「ご、ごめんね……いきなり、変な――」
「伊波さんは何を食べたの?」
「……えっ?」
「昨日の晩、何を食べたのか教えて。俺だけだと不公平だから」
「あ、う、うん。ママが作ってくれた親子丼を食べたよ」
「へー、おいしかった?」
「うん。ママのはね、玉子が艶々輝いてるんだ」
――どうして、こんな下らない会話に付き合ってくれるんだろう?
確かに、会話は下らないったらありゃしない。
――面白くもないはずなのに。
面白味の欠片もない。証拠にお互いずっとぎこちない偽物の笑顔を浮かべている。
それなのに、俺はこの会話を続けてしまった。
――優しいな、鈴木くん。
別に優しくもなんともない。ただ、用意していた会話がそれだけだったってことだ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、嫌われたいだけなんだ。
――って、好きになってるだけじゃダメだよ。会話。会話。……う~、緊張して何も言葉が出てこないよ~!
「……今日、いい天気だな」
「……へ、今日?」
――鈴木くん、どうしたんだろう? 今日は雨こそ降ってはないけど曇ってるから決していい天気だといえないと思うんだけどな。
「あの、鈴木くん……?」
「……何?」
――え、嘘! 鈴木くんの耳が赤くなってる!?
そんなこと思わないでくれ……恥ずかしいんだから。
「ぷっ……あはははは」
笑え笑え。存分に笑えばいいさ。
「うん、そうだね。今日はいい天気、だね」
クソッ。どうして、勝ち誇られたような笑顔を向けられないといけないんだ。互角だろう。むしろ、気を遣った俺にこそ勝敗は傾いたはずだ。
――鈴木くんって、ほんっっっとうに優しいなぁ……私が緊張していることをほぐそうとしてくれたんだもんね。
分かってるならもっと感謝しろ。
「ありがと、鈴木くん!」
「意味、分からないし」
――鈴木くんはぶっきらぼうに答えてそっぽを向いた……。
やめろ……俺のダサい姿を心の中で反復して届けてくるな。世間に知られちゃうだろ。
――……な、なんなんだよぉぉぉぉ! あの二人は!
――朝から見せつけてんじゃねぇ!
――爆発しろ、鈴木!
うるせぇ! 外野は黙ってろ!
今日もまた、俺は伊波さんに嫌われることはなかった。
――好き好きだよ、鈴木くん!
むしろ、余計に好きになられてしまった。
クッ……どうしてこうなるんだ。
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