第3話 嫌われるためのおはよう

 突然だが、幼女を見るとどう思うだろうか?

 可愛いな?

 ペロペロしたいな?

 お菓子をあげたいな?

 恐らく、そんなことを思うことだろう。


 そして、そういう反応をする人達を周囲は気持ち悪いロリコン等と言葉のナイフで傷つけるのだ。


 しかし、俺は声を大にして言いたい。

 幼女は最高だ、と。


 俺が聞こえる心の声には聞こえない声も存在している。

 それは、呆れる程の馬鹿や人以外の生物、無機質な物、寝ている人物やマンガやテレビ等々。

 そして、純粋無垢な幼女である。


 何も考えてないような幼女の心の声だけが何故か脳に届いてこないのだ。小さな男の子の場合はウンコ~、と汚い言葉が届くのに何故か幼女だけは聞こえてこないのだ。

 だからこそ、俺は声を大にして言いたい。

 幼女は最高だ、と。


 しかしながら、俺に妹がいるわけでもなければ幼女の知り合いがいるわけでもない。むしろ、幼女に近づけば鋭い目付きのせいで泣かれてしまうだろう。

 そうなると最後、たちまち警察に通報され、別にロリコンでもないのに連行されて学校中の笑い者となることだろう。


 ――アイツ、ロリコンなんだってさ~。

 ――へ~、キッッッモイネ!


 それで、伊波さんも周りと同調して引いてくれるなら別にいい。けども、それは明らかに俺の望む平和な日常とはおさらばすることだろう。


 だからこそ、今日も俺は登校中にすれ違う、幼女と母親のことを何食わぬ顔して通り抜けるのだ。



 さて、伊波さんに嫌われよう作戦はこうである。

 とにかく、彼女が望むことをする。以上!


 なんて、簡単なことだろう。昨日は思ったような反応を見れなかったけど、ずっと、そうしていたら流石に嫌気がさしてくれることだろう。


 俺がいちいち何も考えずとも望むことは全て筒抜けで伝わってくる。そして、それを実践するだけでいいのだ。楽なものだ。


 俺は頬杖をついて、窓際一番後ろの自席に座りながら窓の外を眺め、伊波さんが登校してくるのを待った。


 ――スーハー。スーハー。よし、深呼吸よし。登校中にかいた汗も匂わない。前髪に崩れなし。


 暫くして、その声が教室のすぐ側から聞こえてきた。

 改めて思うけど。女の子の色々とあれやこれを聞くのは悪い気がしてならないな。

 何やら、準備を整えているようである伊波さんを迎え撃つために軽く喉を鳴らす。


 確か、今日は挨拶してくるはずだから先行逃げきりでいこう。


 ――きょ、今日は鈴木くんの目を見て、おはようって言うよ。今日こそは言うよ。絶対に言うよ!


 そのやり取り、既に何回も聞かされてるんだよなぁ……。


 ――ドアを開けて、席に座る前に鈴木くんに挨拶して。おはようって。……よし、シミュレーションは完璧だ。いけ、私! ゴーゴー!


 無理やりの強気感をぷんぷん醸し出しながらドアが開けられた。

 その瞬間、今まで意識していなかったクラスメイトの声が強くなる。主に、ぶひぶひ鳴いている男子だ。


 ――ぶひ! 今日も可憐だ、伊波さん!

 ――ぶひ! 今日も可愛い、伊波さん!

 ――ぶひ! 一度でいいから伊波さんに挨拶されたい!


 等と、ぶひぶひ聞こえてくる。

 件の本人は自分に向けられている羨望の眼差しには一向に気付く様子もなく、明るくて長い髪を揺らしながら近づいてくる。


 ――挨拶……アイサツ……あいさつ。おはよう……オハヨウ……おぱよう。


 早速、限界がきているようだ。

 ならば、と。すぐ近くにきた足音と共に俺は隣を向いて笑顔を浮かべた。

 そして、


「おはよう、伊波さん」

「………………へっ………………?」


 何の気なしに変哲もない、ただの挨拶を口にした。

 伊波さんは心の声が聞こえてこない程、フリーズし、数秒経ってから、目を大きく見開いた。


 そんな彼女にもう一度。


「おはよう、伊波さん」

「……お、おお、おおおおはようございましゅーーーーー!」


 伊波さんは顔を真っ赤にして、カバンを机に置くと逃げるように教室を出ていった。


 俺は前を向いて、知らんぷりした。

 教室に訪れる静寂。からの、反転。ざわざわと騒々しくなった。


 ――伊波さん、良かったねー。

 ――伊波さんの趣味は理解できないけど。

 ――伊波さんってピュアだよねー。


 主に女子は伊波さんを生温かい目で見ているようだ。


 ――クソッ、鈴木のやつ。伊波さんから気を惹かれているからって調子に乗りやがって! 死ね!

 ――鈴木、トラックに轢かれて異世界転生しろ!

 ――ああ、神様、鈴木にバッドエンドの結末を!


 主に男子は俺に大層お怒りらしい。


 ここまでくれば、もうお分かりだろうが、伊波さんは分かりやすいのだ。俺以外にはあそこまでの過剰な反応を見せないのに俺がちょっと挨拶をしただけでああなる。つまり、どういう気持ちかをクラスの皆が知っているのだ。

 俺だって、心の声が聞こえなくても流石に気付いていただろう。超鈍感系主人公でもない限り、誰もが気付くことだ。


 だからこそ、男子は誰も伊波さんに好意を向けない。憧れの視線は向けても誰もが無理だと諦めているから好意は向けないのだ。


 その変わり、俺には物凄く殺意やら嫉妬やらを向けてくるけどな。今も、ずっと、ケツから血を出して死ね、とか思われてるし。


 おいおい、いいのか、豚共よ。俺は今、伊波さんに嫌われようと頑張っているんだ。つまり、俺はお前達希望の星なんだぞ? もう少し、オブラートに包めよ。


 まあ、いい。そんな、豚共は無視でいい。今は伊波さんに無事嫌われたかどうかが気になる。


 彼女は天然なのか、自分の気持ちを上手く隠せていると思っている。だから、今の反応はきっとクラスの皆から変に思われたと勘違いしていることだろう。


 俺は少しばかり神経を集中させ、範囲を広めた。

 数多の声が脳に届く中、一際おうおう言っている声をキャッチした。


 ――おーんおんおん。挨拶されたよォォォォ! 挨拶されちゃったよォォォォ!


 どうやら、伊波さんは泣きながら変態のように喜んでいるらしい。どこでかは分からないけど、範囲から考えてきっとすぐ近くにある女子トイレだろう。


 ――なのになのになのに! 私はまともに挨拶も返せずに逃げちゃったよォォォォ! 絶対、嫌われちゃったよォォォォ!


 うーん、別に嫌いにはなってないんだよなぁ。むしろ、嫌われたいんだよ。


 ――でもでもでも。しょうがないよ。朝から好きな人から笑顔でおはようって言われたんだもん。こんなこと、初めてなんだもん。嬉し恥ずかしで死んじゃうよ!


 あれ、おかしいな。伊波さんって誰かと付き合ったことあると思ってたけど……思い違いか?


 ――はぁはぁ……い、一旦、落ち着こう。深呼吸して……心臓を落ち着かせて……ふう。鈴木くんからの挨拶嬉しかったなぁ。どうして、いきなり挨拶してくれたのかは分からないけど嬉しいなぁ……えへへ。思い出しちゃうだけでにやにやしちゃうよ。


 ……なんか、あそこまで喜ばれると申し訳ないな。


 ――今日は集中しておかないとすぐに表情が崩れて私が鈴木くんを好きだってこと皆にバレちゃうよ。


 うん、残念ながらもうバレてるんだよ。数日前に知れ渡ってるんだよ。


 ――頬をつねって……いひゃいけどこれで大丈夫なはず。よし、教室に戻ろう。それで、今度は私から……む、無理だぁ。よく、考えたら挨拶だけしてそれだけっておかしいよね? 変に思われるよね? 何か、他に会話する必要があるよね? そうだよ。挨拶だけで満足なんてしてられないよ。会話、しなきゃなんだよ。でも、今日は会話の内容なんて考えてない。だから、無理だァァァァ!


 恋する女の子ってここまでうるさいの? 頭が痛くなってきた。


 ――よし、また明日にしよう。明日は話す内容もメモしておいて、私から挨拶して……鈴木くんと仲良くなるんだ!


 ……あーあ、今日の収穫はなしか。また、明日。頑張らないとなぁ。


 ――好きだよーー、鈴木くん!


 それを最後に集中力を解いた。あまり続けていると頭痛がするのだ。伊波さんに、ではなく能力的に。


 はあ、とため息をつくと男子の視線が鋭く刺さった。


 追伸。教室に戻ってきた伊波さんはすんごい笑顔で一日中、その状態だった。本当は隠す気ないんじゃないかと思う程に。


 不覚にも可愛いと思ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る