第2話 崩れつつある平和な日常 後

 人間には誰にも必ずウラオモテがある。

 例えば、メガネをかけて前髪を七三分けしているいかにも真面目で委員長タイプの男の子がいるとしよう。

 彼を見て周囲は真面目、という感想を抱くことは火を見るより明らかである。

 しかし、彼が必ずも真面目とは限らない。


 ――ふっ、この世界はつまらない。早く、滅びたらいいのに。そして、人類は生まれ変わり、より高度な次元の存在へとなるのだ!


 と、拗らせ過ぎている場合もあるのだ。


 例えば、誰からも好かれる学年一の美少女がいたとしよう。男女分け隔てなく優しく接し、正しく皆の憧れの的の彼女を周囲は凄く良い女の子だ、と思わされることだろう。

 しかし、彼女がそんな理想な女の子とは限らない。


 ――あー、毎日毎日、笑顔で接するの疲れてしょうがないわぁ。男子も女子も私に近づくために必死すぎて気持ち悪い。そんなに近づきたいなら豚のようにぶひぶひ鳴いて、媚びを売りなさいよ!


 と、腹黒過ぎる場合だってあるのだ。


 心の声が聞こえるとこういう場合によく出会す。

 ツンデレが好きな相手を前に嫌い嫌いと言っていても内心では好き好きだということが俺には筒抜けだし、女友達がお互いを褒めていても内心では貶し合っているのも俺には筒抜けである。


 心の声が聞こえるというのは良いことなどなく、知らなくていいことまで知ってしまう残念としか言いようがないのだ。


 しかし、そんなこと考えもしなかった幼い俺はこの能力を利用して好きな子と結ばれようと企てた。

 彼女が困っていたらいち早く気づいた素振りで助け、彼女が現れる場所に先回りして偶然を装った。

 その結果、彼女と結ばれることはなかった。


 最初の内はありがとうや嬉しい、助かっちゃった、なんて良い反応だった。

 しかし、それは次第に気持ち悪いや怖い、ストーカー、と良くない反応へと傾きだした。

 笑顔で話していても内心ではずっとそう思われていた。


 そして、俺は理解した。困っていることを助けてあげてもそれは相手から嫌われる行為でしかないのだと。


 ならばもう、とる行動は一つだけだ。


 他人とは必要以上に関わらない。

 この能力を上手く使えば、それなりに良い人生を送れるだろう。でも、この能力のせいでしんどいことに変わりはない。なら、無理してしんどい思いはせず、それなりに平和な日常が送れたらそれでいい、と。


 なのに、俺はミスを犯してしまった。


 最も、無意味だと思う恋愛感情を抱かれてしまった。


 伊波さんにパンを差し上げたことはよく覚えている。ずっと、お腹空いたよー、という嘆きがうるさくてつい我慢出来なくなったのだ。


 ま、ただのクラスメイトにいきなりパンを渡されても恐怖しか抱かれないだろうと思い、行動した。

 そして、パンを渡した当初は何度も悲鳴をあげられた。狙い通りだったとはいえ、流石に怖がりすぎだろ、と思いつつ。変に恩着せがましくしたくなかったため、適当に押し付けて教室を出た。


 思い返しても俺の行動に何一つとして失敗はなかった。

 なのに、教室に戻ればずっと名前を呼ばれ好きだと囁く声が脳に届いた。


 おかしい……どうしてこうなった?


 幸いなことに、彼女が何かしら行動してくることはなかった。毎日、好きだと囁かれるのはある種の拷問だったが無視すればよいだけの話。気にしない。

 なのに、神様の悪戯か、席替えで隣の席になってしまった。


 心の声が聞こえても何かを透視することは出来ないのだ。無機質の紙から声が聞こえる訳もなく、くじ引きという戦いに見事破れたのだ。


 それから、俺の平和な日常は崩れ始めた。


 授業中、毎度のように俺のことを好きだと囁いたり、盗み見てきたり、俺で興奮されたりと。


 毎日毎日、毎日毎日。流石に、無視できないレベルで。

 しかも、それだけ俺を好きだと言う割りには何一つとして行動してくることはなく、変態的行動をされるだけ。


 もういっそ、とっとと好きだと直接伝えてほしい。そしたら、ごめん、無理と断れるのに……。


 ――はあ~鈴木くん。何を考えてるんだろう……。


 今、正に君のことについて考えて悩んでいるんだよ。伊波さん!


 元々、聞く気もない授業もますます耳には入らず、頭から抜けていくばかり。


 ――はふ~カッコいいよー……。


 ……っ、俺はカッコよくなんてない!


 俺だって男の子だ。純真無垢をどこかに捨てたとはいえ、ただの男の子。伊波さんみたいにクラス中から可愛いと称されている女の子にそんなことを思われると多少なりには反応してしまうものである。決して、好きになんてなったりはしないが。


 しかし、こんなことがいつまでも続けばその毒牙に殺られてしまうかもしれない。ここまで俺を好きでいてくれるんだし、もしかしたら……なんて思うかもしれない。

 けれど、結局それは錯覚で長く付き合っていけばいく程、また嫌な声を聞いてしまうかもしれないのだ。


 良い印象から悪い印象に変わるなんてほんの一瞬なのだ。


 だから、俺はこの事態を早急に対処しなければならない。伊波さんにこの恋は錯覚だったんだと思わせ、俺以外の誰かに視線を向けなければならない。


 その為の方法は幸いなことに知っている。

 嫌われればいいのだ。伊波さんが望むことをこちらからして、嫌われれば全て解決するのだ。


 ――鈴木くん、こっち見てくれないかなぁ~……。


 よし、早速きた。

 俺は何気ない様子を装いながら隣を見る。


 すると。


 ――っっっっ!?!?!?


 伊波さんは顔を真っ赤に染めて下を向いた。


 よし、早速効果アリだ!


 俺はそのまま、前を向いて、ニヤリと笑う。

 これで、嫌ってくれれば――


 ――えーえーえー! どうしてどうしてどうして!? 鈴木くんがこっち向いてくれたの!? 嬉しいよォォォォ!


 ……あ、あれ?


 ――初めて、顔を正面からちゃんと見たけどやっぱりカッコいいよォォォォ!


 ……なんか、思ってた反応と違う気が。


 ――ああ、やっぱり、好きだな~。


 ……っ、どうして……どうして、こうなるんだぁぁぁぁ!


 これは、他人の心の声が聞こえる俺が隣から聞こえる好きから逃れるためにあれやこれやと奮闘する物語である。


 ――好きだよーー、鈴木くーん!


 ええい、お黙らっしゃい!


 ……多分、そういう物語である。

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