心の声が聞こえる俺は隣から聞こえてくる好きに困っています

ときたま@黒聖女様3巻まで発売中

第1話 崩れつつある平和な日常 前

 ――数学、マジでムズい……哲学。

 ――早く帰ってゲームやりてー!

 ――あ、彼氏からLINEきたー!

 ――今日は奥さんに謝らないとなぁ……。


 授業中にも関わらず、どうして沢山の声が聞こえてくるのかというと。

 鈴木水樹すずきみずきが超能力者であるからである。


 ……なーんて、カッコつけてみたものはいいものの、そんなことは全然なく。単に、俺が他人の心の声を聞くことが出来るだけである。


 何々……十分に超能力者だって?


 ふっふっふ。チッチッチ。ノンノン。そんなことはない。だって、俺には聞こえるだけであって、それをどうこうすることは出来ないし、何より自分の意思で制御することも出来ないのだ。

 謂わば、欠陥能力が突如目覚めただけの超能力者でもない、ただのか弱い人間だ。


 この能力に目覚めたのはもう何年も前のことだ。

 朝、誰かに呼ばれている気がして目を覚ました。

 その声の主は母さんだった。

 しかし、驚くことにそれは耳に届いているのではなく、脳に直接届いてきていた。


 実際、その謎現象に頭を悩ませていると部屋のドアが開き母さんが入ってきて、一言。


 ――あれ、もう起きてたの?

 ――母さんが起こしたんでしょ?

 ――え、そろそろ起こさなきゃとは思ったけど何も言ってないわよ?


 その後のやり取りである。


 ここまでくればもうお分かり頂けたことだろう。

 その日を境に俺は他人の心の声が突然にも聞こえるようになったのである。


 当時の俺はさぞかし困惑した。

 家に居ても、学校に居ても、町中に居ても。どこに居ても聞きたくのない声が容赦なく届いてくるのだ。頭が痛くなったり、気分が悪くなったりは毎日のように起きた。

 心配した両親から病院に連れていかれても、症状は判明されず、当然、こんな現象を誰かに話せる訳もなく。


 俺は辛い時期を過ごした。


 しかし、時が経つに連れ、馬鹿げた話だが段々と慣れてきたのだ。どこに居ても他人の心の声が聞こえる日常はいつしか当たり前のものになった。

 そうなると不思議なもので頭が痛くもならないし、気分も悪くならなくなった。


 俺が元気になると心底心配していた両親は凄く安心していた。

 ずっと、悪いと思っていたからそれだけで儲けものだった。


 と、まあ。そんな、過去を過ごし、この生活が当たり前になった今は随分と平和な日常を過ごしている。

 教室全体の心の声は常に聞こえているものの気にはせず、どこ吹く風で無視を決め込む。

 そうするだけで一日一日を何事もなく終わることが出来るのだ!


 ……と、つい先日までは思っていたのだけれど。


 その日常は今まさに崩れつつあった。


 たった一人の女子高生の声によって。


 おっと。ちょうど、その時がきたみたいだ。

 ここからは俺が語っているのだと仮定して、脳に直接届いてくる囁きを聞いてほしい。


 ……はあ、ほんと、どうしてこうなったんだろう……。


 ◆◆◆


 はううううー……今日もカッコいいよ~鈴木くん。

 授業中にも関わらず、頬杖をつきながら窓の外を眺めている姿が一匹狼感を醸し出して堪らないよ。はあはあ……はあはあ……。


 おっと、いけないいけない。絶賛、片思い中の男の子だからって変態みたいに興奮してたら引かれちゃうよね。冷静に冷静に深呼吸して。


 スーハー。スーハー。


 よし、落ち着いたしもう一回気付かれないように盗み見よう!


 私は黒板を向いて、あくまでも授業に集中している風に装って、視線だけをチラッと横にする。


 っっっっ!


 別に、目が合った訳でもないのに思わず頬が熱くなる。

 ああ、私はなんて変態ですぐに興奮しちゃう発情期真っ只中な女の子なんだろう、と呆れたくなるものの、彼が好きなのだから仕方ないよね、と正当化する。


 だって、本当に好きなのだ。


 鈴木くんを好きになった理由はとてもしょうもないことだと思われるだろうけど、私にとっては凄く嬉しいことだった。


 二学期が始まってすぐのこと。

 その日、私は寝坊して、お弁当を持ってくるのを忘れてしまった。

 それだけならどうってことはなく、今まで利用したこともない購買のパンでも買おうかな、なんて呑気に考えていた。


 けれど、私は知らなかった。学生が購買のパンにどれだけの覚悟をもって挑んでいるのかを。

 踏み込んだ戦場で私は何一つとして成果を得ることが出来ず、屍になって机に頬をくっつけて泣いていた。


 うーうー、お腹空いたよー。このままだと、本当に死んじゃうよー。


 自分で言うのもなんだけれど、私には友達がいない。勿論、少し世間話をする程度の相手はいても、


 ――お弁当分けて?

 ――いいよ!


 なんて、親友同士がするやり取りが出来る程の相手はいないのだ。


 二重の意味で悲しくなって、ふて寝を決め込もうかと思っているとガサッと机の上に何かが置かれた音がした。

 それは、一つのメロンパンだった。

 顔を上げると一人のクラスメイトが睨むような目で見下ろしてきていた。


 ひぃぃぃっ!


 今になって考えると私はなんて失礼な悲鳴を上げかけたのだろう、と後悔するばかり。

 彼のことはクラスメイトの一人として、認識していた。

 鈴木水樹くん。私、伊波美海いなみみなみと同じ、名前の中に同じ文字が沢山あるから勝手に覚えていたのだ。


 ただ、普段から彼は一人でいるし周りと距離をとっているように思えたから当然話したこともなかった。


 そんな彼がいきなりメロンパンを置いて睨んできている。意味が分からない。

 心の中で沢山の怖いを叫んでいると彼は見た目とは随分と違う優しい声音でこう言ってくれた。


 ――このパン、今日中に食べないといけないんだけどくるしくなったからあげる。


 それだけを言い残すと彼はとっとと教室を出ていった。

 私は何も言えず、何も考えられず。暫く、呆然としてからメロンパンに視線を落とした。


 驚くことに消費期限は明日だった。


 別に、今日食べなくても明日食べたらいいのに……。


 日付を勘違いしたのかな、とも思ったけれど。あれは、きっと、私が何も食べてないことを察して助けてくれたのかもしれない。それとも、知らない間に空腹が音を上げて、それがうるさかったからかもしれない。


 出来れば前者であってほしい。後者は恥ずかし過ぎるから。


 でも、この時の私には正直そんな些細なことはどうでも良かった。


 男の子は怖い生き物、と思っていたのに私は彼の優しさにあっという間に恋に落ちた。


 自分でもどうしようもないくらいチョロいと思うけど、それと同じくらい、彼のことが気になったしもっと知りたくなった。


 でも、彼とは友達でもないし話したこともない。

 あの日のお礼もまだ言えてない。


 どうしようと悩んだ挙げ句、席替えが行われ、運良く隣りの席になれた。


 これは、神様がくれたプレゼントなんだ、と私は家に帰ってベッドの上でひたすらぴょんぴょんして喜んで感謝した。そして、頑張るぞ、と意気込んだ。


 ……なのに、一週間経った今も私は何も出来ていなかった。呆れるくらい、私はびびりだったのだ。挨拶さえも出来ない程に。


 この一週間でやったことと言えば、彼を盗み見ながら好きだと思うことだけである。


 でも、このままじゃいけないと分かってる。いつまでも、眺めているだけじゃダメだ。


 だから、明日こそは挨拶から頑張るんだ!

 そして、いつかお礼を言って、好きだと言うんだ!


 その為に先ずは元気を補充しよう。鈴木くんを眺めて……あれ、耳がちょっとだけ赤くなってる? 太陽が眩しくて、熱くなったのかな……?


 ◆◆◆


 どうして、俺の日常が崩れつつあるのかはもうお分かり頂けただろう。

 彼女――伊波美海さんに何度も好きだと直接じゃないのに、脳に直接言われて、どうしようかと困っているからである。

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