第5話 キミが大好き
休日、俺は基本家から出ない。
どうしてもな私用があれば家を出るが休日くらいは心の声を聞くことを避けたいのだ。
それでなくとも、日夜ケンカする夫婦の心の怒鳴り声だったり、泣きわめく赤ちゃんの心の泣き声が否応なく襲ってくる。
休日は家でゆっくり過ごし、最低限だけに抑えたいのである。
とまあ、そういうわけで伊波さんに嫌われよう作戦を考え直すことにした。基本方針は彼女が望むことを行い、気持ち悪いと思われて嫌われることだ。
ただ、今のままだとその気配は一向にない。
むしろ、どんどん好きになられている気がする。
別に俺は伊波さんを嫌いなわけではない。
多少……というよりは、度を超えてうるさい女の子だが、それ以外ではどうってことのない可愛い女の子、と認識している。あ、この可愛いってのはあくまでも容姿の話ね。好きになったから、なんでもかんでも可愛く見える、とかそういう話ではないことを忘れないように。
俺を好きになってくれなければ、名前に同じ文字が多い者同士として何事もなく過ごせたはずなのだ。
だが、チョロい伊波さんは俺を好きになってしまった。本当にチョロい理由で……。
「はぁ……休日にスマホで嫌われる方法、なんて検索してる時点で平和な日常なんてもうないんだよな」
昨日、クラスメイトの心の声は俺達の関係についての話題でいっぱいいっぱいだった。
実はもう付き合っているんじゃないか?
見せつけるためだけに、初々しい関係を演じているだけなんじゃないか?
そんな、虚構が飛び交っていた。
このままでは、外堀が埋まり、本当に付き合うようになるんじゃないか、と昨日はその光景を夢に見た。
二人で手を繋ぎながら歩いている夢を見て、俺はなんて悪夢だと飛び起きた。
このままじゃいけない。このままじゃダメだ、と急いで作戦を考え直そうと決意した。
嫌われる方法、というのは検索するとありがたいことに沢山出てきた。
わざと嫌われるような発言をしたり、行動をすればいいらしい。
うん、なんっっっの役にも立たないな。
もし、そんなことをして伊波さんを泣かすようなことがあれば俺はクラスの男子から滅多刺しにされることだろう。
可愛い子には冒険をさせよ、とあるが、可愛い子は皆で守り大事にせよ、が正しい。
可愛い子が少しでも涙を見せれば、従者は戦いに出るようになるのだ。
だからこそ、俺はあくまでも優しいジェントルマンを演じながら伊波さんに嫌われないといけないのだ。
……あれ、これって、既に詰んでるんじゃ?
休みが明け月曜日がやって来た。
毎週のようにうなだれる社会人の苦言を聞きながら登校し、席に座る。
結局、いい作戦は思い浮かばなかった。
俺の能力には限度もあるし限界もある。
使いすぎると頭が痛くなるし、地球上どこにいてもその人の心の声を聞けるわけでもない。
集中して精々、校舎の隅から隅までといったところだ。
だから、休日の伊波さんの様子を知る術はない。
どんな服装で何を食べて、どうやって過ごしてお風呂に入る時はどこから洗うのか、なんて無駄な情報でしかないけれど、手にする方法はないのだ。本当に必要のない情報だからどうでもいいんだけど。
話が逸れたけど、それ故に今日の伊波さんが何を望んでいるのかを俺は知らない。
金曜日、俺に告白したい、等と不吉なことを考えられていたが流石にいきなりそれはないだろうし、俺だってそれはしない。本末転倒なのだから。
うーむ、今日は何を望んでくるのか。とりあえず、挨拶と朝ご飯のメニューは聞くとして他に何を望んでくるのか。
――よし、今日は私から挨拶するぞ!
おっと、伊波さんが来てしまったようだ。
――金曜日の鈴木くんの超優しい神対応のおかげで話すことは出来そうだし、今日は朝ご飯のメニューを聞いてみよう。
また、一緒の考えかーい。もう、慣れてきたわ。
――大丈夫、怖がる必要なんてない。鈴木くんは目が鋭くて睨まれているように見えても内心は超優しいんだから!
……それ、やめてくれないかぁ。恥ずかしいんだよなぁ。
――それに、ベッドの上で狼のぬいぐるみと沢山お話しの練習したんだもん。だから、きっと大丈夫!
きっと、今頃ドアの向こうで握り拳でも作ってるんだろうなぁ。
何故だか、そんな気がした。
そして、ドアが開けられ、伊波さんがやって来る。
「お、おはよう、鈴木くん」
――やった。言えた!
「おはよう、伊波さん」
――やった。返してもらえた! えへへへ~……じゃなくて。会話会話。お話しお話し。
「あ、あのね、鈴木くん。今日の朝ご飯、教えてもらってもいい……?」
「今日は目玉焼きが乗ってるパンを食べた」
「え、目玉焼き!? スゴい、偶然だね! 私も目玉焼きだったんだ!」
――鈴木くんとお揃いだ~嬉しいな~……は、これってもう同棲しているのでは!?
……伊波さんって可愛い顔して時々、とんでもないことを考えるよな。どうして、朝ご飯に食べたものがかぶっただけで同棲していると考えるんだろう。多分、伊波さんのご家族は世界中に沢山存在するんじゃないだろうか。
「目玉焼きっておいしいよね。とろとろの黄身がたまらないよね~」
恍惚そうな表情を浮かべる伊波さんに一言。
「あ、ごめん。俺、白身派なんだ」
「えっ……」
ゆで玉子でも目玉焼きでも、俺が白身派なのは決して譲らない。そう、決して。例え、伊波さんが泣きそうになっていたとしてもこれだけは譲らない!
「で、でも、黄身もうまいよな!」
俺の覚悟、弱すぎ……全白身派の皆様、申し訳ありませんでした。でも、言い訳を聞いてください。どこからか、シャープペンがとんできたんです。
「えへへへ~やっぱり、お揃いだぁ~」
――そうだよ、鈴木くんだって本当は黄身が大好きなんだよ。黄身が……君が……キミが大好き!?
言ってない言ってない。そんなこと、言ってない。勝手に改ざんするな。都合のいい考えに至るな。大人のお偉いさん達はそれで毎日ケンカしてるのを知らないのか。
「ちょ、ちょっとごめめんね!」
――このままだと鼻血出しちゃう! 逃げないと!
噛み噛みになって伊波さんは逃亡した。
きっと、トイレにでも行かれたのだろう。
今日も嫌われなかったな。それどころか、勝手に勘違いされて好感度が上がったし……上手くいかないなぁ。
もしかすると伊波さんに嫌われることは無理なのかもしれない。
……いや、諦めないぞ!
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