さだめの剣豪、ちぞめの姫君

しめさば

――手記―― 隻腕の男



すべて、済んだことだ。


で、あるからこそ。

私は筆をとった。


路傍の石の一つ一つを拾い上げて慈しむ者などいない。

それと同じように、人の営みも、記録されなければ、歴史の荒波に揉まれ、薄れ、過去になる。

それで良い。

それで良いはずだ。

そう思っていた。


私はまさに路傍の石であった。

そうでありながら、他の石ころを弾き飛ばし、目の前に道を作るすべを知っていた。

いや、それしか知らなかった。

他と調和し、山となり、美しい風景になる方法を知らず。

いつか巨大な山へと突撃し、この身もろとも砕け散るのだと息巻いて……そして。

無様に生き残った。

私は山にもなれず、山を砕くこともなく、最後まで。

路傍の石であった。


出会いがあった。

忘れられぬ、出会いだ。

彼らも、彼女らも、また、路傍の石であった。

だが、それらの輝きは鮮烈だった。

怒りがあり。

慈しみがあり。

迷いがあり。

そして……力が、あった。

力は輝きとなってぶつかり合い……果たして、砕け散った。


あの輝きを、私は未だに、忘れることができない。

私は、じき、死ぬ。

であるから、その前に、筆をとったのだ。

落ちた利き腕の代わりに反対の腕をふるふると震わせながら、よれた文字で、記憶をたよりに、これを書いている。

間違いなく、ここに記されることは、歴史には残らないであろう。

大いなる時の流れの中では、いささか個人的で、些末な出来事であった。

ただ、その切実さを、鮮烈さを……私だけは知っている。


書かねばならない。


私が、彼ら、彼女らを。

彼ら、彼女らの生きざまを、しかと目に焼き付けたという証明のために。

ただ、そのために、これを記す。



まずは、そう……。

人斬りの女の、話からだ。

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