第7話 ケンカップルみーっけ
結局、俺と安野は何事もなく学校に着き、遅刻することなく一時間目から授業を受けられた。
その昼休み。チャイムが鳴ったと同時に教室では一緒に弁当を食べようと集団になろうとする者や学食を食べに食堂へ行く者がざわざわと賑やかに移動を開始する。
俺は通常なら教室で素早く昼飯を済ませ、すぐに図書室へ直行する。あそこは本当に静かで読書が捗る。本好きすぎて下克上起こすまである。
しかし、今、俺の目の前でいつも通りのBrand New Daysが起ころうとしていた。
「ねえねえ。和瀬が今朝、安野さんと手を繋いで登校したってホントー?」
サイドテールでまとめた髪をゆさゆさ揺らしながら、明るい茶色の瞳を俺に向けたのは、中学が同じってだけの活発系女子、
星山は身長はそれほど高くないがバスケ部のエースで運動神経は安野と同等かそれ以上。陽キャの中でも特に顔立ちが整っていて綺麗に感じるが、制服の着こなし方が今時のJKっぽさを主張している。
それに服の上からでもわかる女性特有の丸みは、彼女の制服の着方も相まって、幾人もの男子の視線を困らせることが多いそうだ。
「いえ。確かに私は和瀬君とたまたまご一緒になりましたけど、手を繋いだりはしていませんよ」
安野は星山の質問を冷静に処理した。
なるほど。袖ちょんは隠す方針でいくのな。了解した。
「あ、ああ。たまたま道でばったり会ってな。どうせ同じ教室だしってことっで……あの……あれだ……一緒の……あれ……」
「え?何言ってるの?和瀬は?きょどりすぎだって(笑)何か隠してるの~?」
「あ、いや……隠してるとかじゃなくてだな……」
ただコミュ障モード発動しているだけだから。陽キャの女子に話しかけられてきょどってるだけだから。やましいことはないから!
(和瀬君なぜ怪しい態度をとっているんですか急所を三つほど消されたいんですか?)
という意味を孕んでいそうな視線を安野から送られています。
心の中で救難信号を無差別に送り散らかしていたら、もう一人の同じ中学だった男子に届いたようだった。
「おい。風花。他人のプライバシーに関するうわさを裏もとらずに信用するなんて馬鹿な真似はよせ。オレが恥ずかしい」
きつい口調で星山に言い放ったのは
雰囲気は昔も今もお堅いイメージなのは変わりないが、御影を唯一たらしめる特徴と言えば、天才ゲーマーということだな。
俺は詳しくないが、FPSと格ゲーの全国大会で入賞するほどの実力らしい。
超絶頭はキレるのだが、大の勉強嫌いなため、テストはいつも赤点といういらないギャップ持ちでもある。
そんな御影が俺を庇ってくれたことに内心ホッとしていると、星山が顔をしかめ、御影につっかかっていた。
「はぁ?シュウにはカンケーないでしょ?いちいち文句言わないで!」
「風花がそのアホ面晒して人様に迷惑かけてるからだ」
「アホとか言うなし!それを言うならシュウだってテストいつも赤点じゃん。私はちゃんと平均点とってますぅ~」
「テストの点数なんて意味はない。社会で役に立つ人間はそういう人種じゃなくてもっと本質的に頭が回る奴だと相場が決まっている」
「はいはい。出たよシュウの意識高い系理論。うるさいからどっか行ってくれる~?」
「お前の口から理論なんて言葉が出てくるとは思わなかったよ。小学校卒業おめでとう」
「うっっっざ!昔からそうだよね。この前だってちょっとスカートの丈を短くしたら、やめろとかいちゃもんつけてきて。勝手に彼氏面するのやめてくれる?」
「露出が多いんじゃないかと忠告しただけだ。それを言うなら風花だって一年の林間学校の肝試しの時、無理やりオレとペア組もうとして女子を困らせていたくせに。迷惑なのは今も昔も変わらんなぁ」
「あ、あれはシュウって暗闇になると手とか握ってくるし、ペアになった女の子が可哀そうだと思ったからよ!」
「お前が暗いの怖いだの幽霊が怖いだのわめいてうるさいから落ち着かせてやるために握ってやってただけだ。勘違いするな」
「う、うるさいうるさい!もうシュウのアホアホアホーーーー!!」
星山はふてくされて、プイッとそっぽを向いてしまった。
そう。これが星山と御影クオリティー。
こいつらは安野みたいなまがい物ではなく、正真正銘の幼馴染でしかもケンカップル。
当人同士は嫌い嫌いとか言い合っているが、なんだかんだずっと一緒にいるので、ただのお似合いな二人組にしか見えない。星山は中学の時もよく可愛いと言われていたが、だいたい隣に御影がいたので、男子は誰も手を出せなかったと内輪ノリで喋っていたのを小耳にはさんだことがある。
まあ、俺はその内輪にはいなかったんだけどな。
安野はそんな二人の様子を見て、笑顔でこう言葉を紡いだ。
「お二人は本当に仲が良いんですね」
「「よくない!!」」
ほーら最後まで息ぴったり。ケンカップル……悪くないね。
まあまあと安野が二人をなだめ「ついでに和瀬君も一緒にお昼食べませんか?」と誘ってきたので、なし崩し的にこいつらと昼飯を食うことになった。
俺はあくまでついでだもんね。うん。ついで。
四人で食べ始めること数分。
俺は御影と打ち解け始めていた。
「え?御影も『恋とブルーレイ』読んでいるのか!?」
「ああ。大会の戦友に勧められてな。普段本はあまり読まないが、素人目に見てもあの作品が優れていることはわかった」
『恋とブルーレイ』とは昨年六月に新人賞の優秀作品として刊行され始め、現在四巻まで発売されているライトノベルだ。
タイトルでもわかる通り、恋愛ものだが、コメディとのバランスもちょうどよく、キャラも個性的で、読者にこんな世界があればいいなと思わせる吸引力を持っている。
何より特筆すべき点はクライマックスの心理描写だ。新人とは思えないほど繊細な感情表現で、最後の方なんかは涙で文字がぼやけ、読むのが大変だったほどだ。
作者の『
そんな俺の大好きな作品を御影が読んでいるというものだから、親近感を抱かないわけがなかった。
「さすが御影、お目が高いな!俺がお気に入りの場面は中盤の主人公が……」
「和瀬って意外とめっちゃ喋るじゃん。いつもそうしてたらいいのに」
「あ、そ、それは……その……ど、どうも……」
「風花。今、和瀬は俺と話しているんだ。和瀬はお前と違ってゲームに理解のある有能な人間だから邪魔をするな」
「はいはい。わかりましたよーだ。どうせ聞いててもわけわからないし、私はひまりんと話すもーん。ねー?」
「フフッ。私でよければいくらでも話し相手になりますよ」
安野は例のごとく、愛想よく振舞っている。
すげえ。本当に擬態している。横から、
(私もラノベのこと話したい話したい話したい)
という意味が込められていそうな視線をこっそり感じるが、表面上は完全にオタク文化には詳しくないカースト上位の穏やか系美少女だ。
そんな安野は唐突に星山と御影の弁当を見比べた。
「もしかして星山さんって御影君のお弁当も作ってたりしますか?」
それを聞いた星山は「い、いや別に変な関係じゃないよ」と断りを入れ、顔のあたりまで持ち上げた手をひらひらと振りながら言葉を繋ぐ。
「シュウってばほっといたら食パンしか食べないからね。家が隣同士だし、見てられないから私が作ってあげてるの」
「人間糖分さえあれば頭は働くんだ。ゆえに安価で糖分補給できる食パンはコスパ的に理想なんだよ」
「もうわかったから、シュウは黙って私の料理を食べてればいいのっ」
そう言って、星山は自分のハンバーグを箸で掴み、それを無理やり御影に食べさせる。いわゆるあーんってやつの強制バージョンだ。
「んぐっ。や、やめろよ。自分で食べれるから……」
「いーじゃん。昔はこうして食べさせあいっこしてたでしょ?」
「む、昔の話だろっ。ったく。人目を気にしたらどうだ」
「へあっ。お、お見苦しい所見せてごめんね、ひまりん、和瀬」
「なるほど。幼馴染はこんな感じだと可愛いんですね……」
「え、ひまりん今何か言った?」
「い、いえ。星山さんは料理がお上手なんですねって申し上げただけです」
そうだ、安野。幼馴染はこんな感じだと可愛いんだ。こいつらから学べることはかなりあるぞ。
マジで甘々ペアだもん。これでこいつら付き合ってないんだぜ。
俺が食べてる唐揚げがさっきから強めの甘みしか感じなくなってる。新しい病気かよ。
ぼっちだった俺にも御影という友達ができて、何気に楽しかった昼休みも午後の授業の訪れを知らせる予鈴で幕を閉じた。
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