ヒロイン属性だらけでワナビの超絶美少女にいつしか俺は溺愛されていた

下蒼銀杏

第1話 こういう出会いはライトノベルだけにしてくれ

「見ましたか?」


「ま、まあ見てないって言ったら嘘になるな……」


 放課後、ほとんど誰もいない静かな図書室で、俺……和瀬界人わせかいとが右手に持ったメモ用紙一枚をまじまじと見つめながら、目の前で俺を睨んでいる彼女……安野ひまりにそう言葉を投げた。


 俺が彼女に話しかけるのはこれが初めてなのだが、俺は彼女を知っている。


 というか安野ひまりという名前を知らない生徒はこの学校にはいないだろう。教室の端ですみっコぐらししている俺ですら知っているレベル。


 なぜかというと、いわゆる学校一の美少女として有名だからだ。


 品のあるシルクのようにさらさらとなびく、肩まで伸びたセミロングの黒髪。良い意味で人とは思えないほど透き通った肌。瞳は沖縄やハワイの海みたく澄んだ水色をしている。ほんのり紅を帯びた小さな唇は可愛げと同時に、不思議な儚さも感じさせられる。


 俺が瞬きすれば消えてしまうのではと錯覚してしまうほどに線の細い安野はいわば高嶺の花なのだ。


 容姿端麗で頭脳明晰。おまけに運動神経も抜群。


 天は二物を与えてしまったようで、性格も物腰柔らかくて謙虚なうえ優しさに溢れている。友達と思われる女の子にもいつも敬語で話しているし、気が付けば大抵、荷物運びなど先生の手伝いをしているのだ。


 これでモテるなという方が難しいし、実際安野が告白されたという事例はいくつも耳にした。


 だが、安野は異性が苦手らしく、告白した男子たちは軒並み断られたそうだ。それでも安野は断るときには相手に最大限の配慮をして誠実に返事をするらしいので、振られた男子も逆恨みをしない。


 そんな完璧美少女が今はただのアニメ、ラノベ好きの俺にナイフのように鋭い眼差しを突きつけている。


 俺は断じて悪くない。いつものように図書室で一人、ラノベを楽しむつもりだったが、毎回座っている席に安野がいたのだ。


 まあ、いただけなら問題ない。違う席に座ればいいだけだからな。


 ただ、安野が座っている席近くの床に、おそらく彼女のであろうメモ用紙が一枚落ちていた。しかも、彼女は頭を抱えて、深刻そうに何かぶつぶつと呟いていて、それが落ちていることに気が付いていない。


 そのまま見て見ぬふりをするのは気が引けたので、安野の方へ歩を進め、その紙を拾い、手渡そうとしたら、当の彼女に睨まれる始末。


 え?俺悪くないよな?


 しかし、俺は紙に書かれた内容を把握することで、安野が発する敵意のわけを理解できた。


 そこには……



『私が書いたラノベを読んでもらうためには?』


・キャラは二の次で、まず物語の重厚感、構成力。


・緻密な伏線回収こそ正義


・ストーリー重視


・感動する話が書きたい、泣かせたい


・破廉恥なのは絶対書きたくない


・現実味のないキャラに媚びたくない



 あー。これはもしかしなくてもあれだな。安野ってワナビ、小説家志望なのか。すげー意外だな。


 綺麗な字体で綴られたメモ書きを眺めながら、俺は感心した。


 安野がキャラ派ではなくストーリー派であることも十分すぎるほど伝わった。


 にしてもキャラへの憎悪すさまじいな。ハーレムラブコメを読むたび、気に入るキャラがことごとく負けヒロインになっていった経験でもあるのか?


 そう思いながら俺は安野の澄んだ水色の瞳を射抜き返した。


 すると、彼女は居心地悪そうにそっぽを向いた。


 多分、秘密にしていたからバレたくなかったんだろうな。


 安野はそのままの体勢でそっけなくお願いしてきた。


「今のは見なかったことにしていただけないでしょうか」


 そう言われてもなあ。普段は大人しい学校一の美少女のきつい眼差しはあまりにインパクトが強かったし、簡単には忘れられないよな。それほど焦っていたってことだろうが。


 それに、俺は安野がワナビであることは恥ずかしいことではないと思ってるし、笑う気も毛頭ない。


 将来のことをそろそろ考えなければならない高二になっても夢がない俺に比べたら、安野はかなり立派に見える。


 だから、他意もなく純粋に思ったことが口をついて出てきた。


「いや、見なかったことにはしねえよ。すげえじゃねえか、ラノベ作家。応援してるぞ」


 そう言った刹那、安野はバッとこちらに顔を向け、珍しいものを見るかのように見つめてくる。


 そんなに驚かなくてもいいだろ。


「あ、ありがとうございます。でしたらせめて他の生徒には言わないで頂けますか?まだ隠しておきたいので……」


「それくらいなら別に構わないけど……」


 俺が件の紙を手渡すと、落ち着いた声音で頼んだ安野は手早く、でも上品な所作で帰宅の準備を済ませ、最後に俺に軽く一礼して図書室を後にした。


 だが、彼女は異性が苦手だからか、警戒心むき出しではないものの、どこか淡白で形式的な対応に思えた。



 まるで運命的な出会いのようだが、生憎俺にそんなつもりは全くない。


 結局、女子はどれだけ見た目が良くても、必ず裏があるのだ。おそらく中学時代の俺ならここで舞い上がり、明日から執拗に声を掛けた結果、ひどくキモがられて、晒し物にされた後、振られていたまである。な、泣いてねえし。


 確かに、安野はかなり可愛いと思う。唯一二次元に対抗できると言っても過言ではないかもしれない。


 でも、可愛いと思うのと恋愛感情には残念ながら結びつかない。せいぜい遠巻きに観賞しているくらいだ。


 それに安野とはこれっきりでいいと考えている。ないとは思うが、話す間柄になると、周りの男子からのやっかみに気を配らなければならない。それは非常に面倒だ。ラノベ読む時間が無くなる。


 安野もオタクで有名な俺と喋ると、ラノベ好きだとバレてしまう恐れがあるので、俺とは関わりたくないだろう。


 お互い損をしないため、明日もいつもと変わらない生活をするべきだし、実際することになるだろう。俺に縁なんて、ましてやあんな完璧美少女となんてどう足掻いても釣り合う気がしない。




 この時の俺は残りの高校生活をワナビで美少女の……安野ひまりとの甘い青春に費やすことになるとは微塵も考えていなかった。


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【作者から読者の皆様へ】


1話を読んでいただきありがとうございます!

今後、『面白そう』『続きも読んでみたい』と思っていただけたのであれば、お手数をおかけしますが、応援コメントかレビューをお願いしたく存じます。

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2話は22時に投稿予定です。

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