彼女に『自作ゲームを実況プレイ』させてみた

いずも

Pop The Question

「くそっ、これじゃダメだ!」

 握りしめたコントローラーを机の上に置いて、大きくため息を吐く。


 ゲーム好きの彼女のために自作ゲームを作ることにした。

 内容はいたってシンプル。

 お姫様が欲しがるものを集めるというもの。


 人との会話を繰り返したり、特定の場所を調べたり、正しい選択肢を選ぶ、といったわかりやすい条件でゲームをクリアできるようにしているのだが、これが一筋縄ではいかないのだ。


 だが、どんなに小さなミスも許されない。

 手作りのゲームだろうと妥協はしない。


 2019年9月に突入する。

 タイムリミットは今月末。

 全てはその一瞬のために。


 ――9月30日、夜。

「なに? ゲーム実況? はぁ、これやったら良いの?」

 思ったよりもすんなり同意してくれた。

 面白い画が撮れたら動画投稿も考えている、と言って録画機器を用意している旨も伝えた。

 もちろん加工・編集で上手いことやるから普段通りに遊んでほしいと言えば、彼女は素直に受け入れてくれた。

 プレイ動画もよく見ているため、ゲーム実況がどのようなものかは大体理解しているだろう。



 ――画面には実際のゲーム映像と、プレイしながら実況する彼女の姿の二つが映し出されている。



「『POP THE QUEST』? タイトルだけはいっちょ前ね」

「毒舌キャラで酷評とかしないでね……」

「『五つの宝を探してきてちょうだい』ですって。何よ姫様だからって、えっらそうに。はいはい探しますよ、探してきたらいいんでしょ。速攻でクリアしてやるんだから」

 気合十分で臨む彼女。

 僕は頼むからバグが見つからないでくれと祈っていた。


「最初のお題は……『わらわを満足させる牛丼チェーン店のどんぶりを持ってまいれ』って、庶民的な姫様ね」

「庶民の暮らしに憧れてる、的な?」

「作るならもっと設定練りなさいよ。お姫様が牛丼って」

 確かに。

 ゲームシステムをまともに仕上げることに集中しすぎて、ストーリーに関してかなり強引に作った覚えがある。


「あー、そういえば牛丼って言えばさー」

 何かを思い出したように彼女は口を開く。

「付き合う前に牛丼が好きって話になって、どこのお店が美味しいかって色々言い合ってたわねー。『じゃあ買ってくるから待ってろ』なんて言って、違うお店の牛丼買ってきてたのよね。あれはホント笑ったわー」

「どこのお店か覚えてる?」

 僕の問いに対し、彼女はモチロンと即答した。


 ゲーム内にはどこのチェーン店に向かうかの選択肢があり、彼女は迷わず正解を選んだ。

 そして姫様の所に戻り、持参した丼鉢を見せた。

「ふふ、これで第一ステージはクリアね」

 余裕綽々だ。


「次は何かしら? ええっと『桜が見たい。吉野山の桜の枝を持ってまいれ』ですって? なにこれ、牛丼の続き?」

「た、たまたまだよ、たまたま」

 微妙にネタが被ってしまった。

 順番を入れ替えれば良かったのだが、今更どうしようもない。


「選択肢があるわね。タクシーで向かうか、電車で向かうか、車で向かうか……。ああ、思い出したわあの事件。そうそう、吉野山に桜を見に行ったときね」

 そう、とても苦い思い出がある。

 だからこそ、あえて吉野山を選んだのだ。


「帰りの分の切符を先に買っておこうって買ったのは良いけど、桜を見ている最中に切符を入れた財布ごと落としちゃって探し回ったわね。たまたま見つかったけど、普通は見つからないわよあんなの」

「結構探したよね」

「ただでさえ足が棒になってたのに、そこから財布探しでもう一周とか。あれは最低最悪のデートね」

 口調がだんだん強くなり、マジで怒りモードに突入しそうだ。

 これ以上刺激しないよう、ゲームの方に誘導する。

「こんなもん、車よ車。もう小銭入れだけ持って、財布は車の中に置いとくわよ」

 ゲームなのでそんな細かい指示は出来ないが、ともあれ吉野山の桜の枝を持って帰ることには成功した。


「次は『どんなに雨が降ろうと濡れない立派な傘が欲しい』ね。傘って普通は水を弾くから濡れないんじゃないの。この姫様アホの子かしら」

 この毒舌プレイヤー、容赦がない。

「ほら、水に濡れちゃう傘もあるよ」

「えー……んー、あ、わかった、日傘ね!」

 にやりと笑い、こちらを振り返る。

 それは正解なんだけど、ゲーム的には、ね。


「って、濡れない傘だから日傘じゃないじゃん!」

 そうなんです。

「騙された」

「騙してはないです」

「ま、それもそーね。えーっと、傘ね、傘。ああ、傘といえば」

 もはやおなじみ。

 彼女の思い出しタイムである。


「あれは京都に旅行したときだったっけ。にわか雨で傘を差したらただの日傘だったのよねー。あの後に買った和傘、唐傘とも言うんだっけ。ビニール傘で良いって言ったのに」

 少し不満げに彼女が言う。

「せっかく京都に行ったんだから、京都らしいものを買いたいじゃない」

 ……当時も同じような会話したな。


「へー、このでっかい和傘は野点傘のだてがさって言うんだ。外で抹茶飲む時にパラソルみたいに立ててあるやつね。……あら、手に入ったわ」

 その場所を調べることで手に入る正解のアイテムを偶然にも入手した。

 イベントっていうか、会話して特定の場所を調べるっていうのが正しい手順なのだが、見事に省略された。


「これ窃盗罪で訴えられるわよ。良いのかしら」

 良くないね。

 本当は譲ってもらうって算段だったんだ。

 やはり、思ったとおりには物事は進まないことを思い知らされる。


「いよーぅし、第三ステージもクリアね。あと二つもこの調子でサクッと行くわよ」


 次のステージで事件は起きた。

 一言で言うなら「詰まった」のだ。


「ちょっとー、いつまで経っても先に進めないじゃない。『五色米を集めよ』なんて今までで一番簡単なお題じゃないのよー」

 ずっと同じ場所を行ったり来たりで、イベントが先に進まない。


「あーもう駄目ね。どうしよう、今日は諦めて日を改める?」

 日を改めるだなんてとんでもない。

 今日でなければ、今夜でなければ意味がない。


「なんでお店で玄米が買えないのよー」

 急いで作成時のメモを見返し、どんな展開にしたか再確認する。

「そういえば玄米ブームの時もスーパーから玄米が無くなったわね。雑穀米とか色々流行って、一時期は毎日食べてたわねー。あれってなんでやめたんだっけ?」

「痩せるために始めたのに、逆に太ったからだよ」

「あははっ、そうかー、そうね。意味ないじゃんって話になったんだっけ」


 彼女の機嫌が治ったところで思い出したフラグのヒントを教え、なんとか四つ目の願いも叶えられた。

「よしっ、残るはあと一つね!」


「とうとう次で最後ね……ええっと、『烏骨鶏の卵』ですって?」

 姫様の最後の願い。

 流石にこれには彼女もすぐにピンときたようだ。


「烏骨鶏の卵って、風邪で寝込んだときに『烏骨鶏の卵のおじやが食べたい』って即答したやつよね。あまりに真面目な顔して言うもんだから、こっちも本気で探し回ったじゃない」

 笑いながら、当時を思い出すように彼女は言った。

 自分でも何故烏骨鶏の卵と言ったのか、理由はわからない。

 きっと熱に浮かされていたのだ。


「うげぇ、何これ。『百個の卵のうち、烏骨鶏の卵は一つだけ』? しかも本当に百個選択肢があるし!」

 最後の方だからってぶっ飛んだ内容だなぁと我ながら呆れる。


「こうなったら虱潰しにやってやろうじゃない。いつか当たるでしょ」

「げっ」

 それはそれで時間がかかりすぎて計画が台無しなので、またヒントを出して先に進んでもらうことにした。

 不満そうだったが、実況的に地味な画が続いても困るからとなんとか言いくるめた。


 ついにすべての宝を集め、姫様の元を訪れる。

「いや~、長かったわ。後半はちょっとダレ気味だったわね。もうちょい工夫したほうが良いんじゃない?」

「ごもっともだ」

 まあ、なんてことを言っているが。

 作り直す気もないし、その必要もないんだけど。


「もう日付も変わっちゃったわね。さっさと話しかけてクリアといきましょうか」

 あくびを噛み殺しながら、最後の気力を振り絞ってボタンを押す。


「『あら残念。今日が何日かご存知? そう、10月1日。今日から税金が変わったのよ。これじゃ増税分が足りないわ』ですって……?」

 姫様のセリフをゆっくりと読み上げる。

「ちょっと、何よこれ! はぁ、まだ終わらないっての!?」

 眠さのピークと予想だにしない展開に、彼女は呆れ気味に声を上げてこちらを振り返る。


「あ、ほら。まだ会話は続いているよ」

 そう言ってゲーム画面の方を指差すと、彼女は眉間にシワを寄せながら振り返る。



『では姫様。追加分はこちらをどうぞ』



 そう言って主人公が何かを差し出す。

 画面に大きく映し出されたのは、銀の指輪だった。



 突如、ゲーム画面が切り替わる。

 ゲーム画面だったものは内部ディスプレイから外部カメラに切り替わり、彼女の後方を映している。



 そこには片膝をつき、ケースから指輪を差し出している僕の姿。

 そして、このゲームの主人公と同じセリフを言うのだ。


「『姫様。僕と結婚してください』」



 映像はそこで突如砂嵐に変わる。



 実を言うと、動転した彼女がコンセントを抜いてしまい録画はここで終わってしまったのだ。

 そして砂嵐から徐々に人の上半身のシルエットが映し出されていく。



『……あー、コホン』

 映し出された映像を見て、会場から失笑とも言える声が漏れる。

 白衣を着て、付け髭をして髪型を変えているのだが、どう見ても僕だ。

 変装したつもりが、思った以上にそのままで見ていて恥ずかしい。


『皆様がこのメッセージを見ているということは、彼はプロポーズに成功したのだろう。返事を録画できていないのは残念だが、もはや言うまでもない。えー……このビデオメッセージはもうまもなく終了する。終了した暁には、新郎と新婦に惜しみない拍手を与えてくれたまえ――』



 割れんばかりの拍手喝采と共に、スクリーンに映し出されていた映像は終わりを告げる。

 披露宴会場は一番の盛り上がりを見せた。



 2020年夏。


 僕たちは、結婚します。


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