24話♡:あなたはどっちが良い?

 僕が、通路脇の壁が偽装されていた事に気づいたのは、偶然だった。

 たまたま、地面の凹みに引っかかって態勢を崩し、壁に手をつこうとしたら――すり抜けてしまったのである。


「――え、えぇ」


 僕は、予想外の事態に驚きながら、くるくる回って転びそうになるものの、


「……危ないな。前見て歩けよ」


 と、二段が腕を引っ張ってくれた事によって、事無きを得た。

 助かった……。


「ありがとね」

「別に礼はいらない」


 恩着せがましくない男って、良いよね。なんとなくだけど……って、違う違う。そんな事よりも、今、僕の手をすり抜けた壁の方が問題だ。


「……」

「どうした?」

「いや、その、あの壁……」

「ただの壁だろ?」


 二段が首を捻る。

 確かに、ただ見ただけと、信じては貰い難いかも知れない。

 実際に見せた方が早いかな……。


「ちょっと見てて」


 言って、僕は壁に手を伸ばす。すると、手が壁をすり抜けて行き、それを見た二段が目を丸くした。


「……おいおい」

「多分、隠し通路とかの類だとは思うんだけど……」

「だろう、な」

「この先に何かあったりするのかな?」

「……まさかこの先に進む気か? クラスメイト達とはぐれる事になるぞ? あいつらが気づいたら喚く」


 二段が前を見る。徐々に、クラスメイト達と距離が出始めている所だった。


「……少しずつ下がって今は最後尾だし、姿がちょっと見えなくなっても気づかれないよ多分」


 音頭を取ったのが僕と言う事もあって、実は当初、僕は地味に先頭の方に居た。でも、DQN小林のいる場所まで案内をするのは、そもそも僕ではないのである。DQN小林と一緒だった班の人だ。つまり、僕が先頭に居る必要性はそもそも無い。


 それに加えて、先頭にいると常に変な視線を感じるから、僕自身、それを嫌だと思ったと言う部分もあったりして……バレないように少しずつペースを落とした結果、こうして最後尾にまで下がっていたのだった。


「……狙ってやったな? 何か歩くの遅いなと思ったら、後ろに来たかったからか」

「ソウダヨ」

「……多分すぐ気づかれるぞ。田中の件があってから、お前の事を更に気にかけるヤツが増えたようだからな」


 な、なんですと……。いや、と言うか、


「……田中ってだれ?」

「お前が子豚とか言うあだ名つけたヤツ」


 あいつ田中って言うんだ。

 初めて知ったけど、子豚の名前、別に知らなくても良い情報ですね。


「子豚の名前ねえ。どうでも良いかな」

「……そうか。そいつは悪い事教えたな」


 悪い事教えたな、ね……。

 こういう、大多数のクラスメイト達には無い気遣いが出来る所は、満点花丸あげたいよね――って、待って待って。

 ……その……えっと……何か、さっきから僕の思考おかしいような……。

 まるで、本当の女みたいな物の見方している自分がいる。

 どうしちゃったんだよ、僕。

 今は目の前の通路について考えないと!


「また百面相か。飽きねぇな」

「別にそんな顔してないけど。……それより、気づかれるかも知れないのは分かったけど、でも、ちょっと見てみたくて」


 DQN小林を助けてクラスの亀裂を防いだり、ボスモンスターを倒せそうなら倒したりと、そういう目的は掲げたけれども……それを履行するのは、僕でなくとも構わないのだ。そもそも、エキドナ以外の攻撃手段を持たない僕では、居ても居なくても、大差は無い。

 あくまで、方針を決めただけで、僕の役割はそこで終わっている。


 というわけで、僕は上目遣いで二段を見やる。すると、


「……分かった」


 はあ、と溜め息を吐きながらも、二段は「なら行くか」と言ってくれた。

 黙っていてくれるだけでも良かったんだけれど、どうやら、付いて来てくれるようだ。

 二段が強いのは、ケダモノ一郎の時で分かっているから、素直に安心する。

 お礼を言わないといけない――と、僕はそう思って、口を開いたものの、


「……」


 ありがとう、の言葉が出て来なかった。


「……うん? おい大丈夫か?」

「……だ、大丈夫だよ」


 なんで、だろう。

 さっきまで、普通に言えていたのに……。


「ほら行くぞ」

「う、うん……」

 

 タイミングの問題、かな?


 きっと……そうだ。


■□■□


 隠し通路の中に入ると、そこにあったのは、今までの通路と雰囲気が違う一本道だった。壁に掛けられている焔の色が青白く、変な緊迫感のようなものを放っている。

 入ってはいけない部屋に入ってしまった感が、半端ない……。

 いくら二段がいるとはいえ、このまま進むのは少し不安があったので、僕はエキドナを召喚して、先の様子を確認して来て貰う事に決めた。


「ぎぅ」


 召喚されたエキドナは、僕のお願いを聞くと、するすると通路の奥へと進んで行った。


「お前のスキルで出した蛇だったか? 斥候か。便利だな。……にしても、結構奥まで続いてそうな道だ。どこまで続いてるか分からない。これは、ちょっと見るだけじゃ済まなさそうだな」

「それは確かに……」

「……行くぞって言った手前、こんな事を言うのもアレだが、時間が掛かりそうなら戻るべきだ。蛇にも帰って来て貰え」


 そんな事を言われた僕は、取りあえず頬を膨らませて見る事にした。

 しかし、二段は、「やれやれ」と元の通路に戻ろうとして――


「――は?」


 突然、素っ頓狂な声を上げた。


「戻れねぇ」


 ぼそり、と二段が呟く。

 そんな馬鹿な、と思い、僕は入って来た時と同じように、壁をすり抜けようと試す。しかし、二段の言う通りに戻れなくなっていた。通り抜ける事が出来ず、ただただ、土壁の感触だけが指先に残る。


 ……えっと、これってつまり、


「先に進むしかなくなった感じ……?」


 僕が通路の先を見やると、おいおい、と二段は首を横に振り、


「なんてこった――」


 ――と、言い終わると同時に、急に眼を細め、「伏せろ! 勇気!」と大声を出した。

 あまりの声量に、僕はビックリして、反射的に目を瞑ってしゃがみ込む。

 すると、僕の頭上で風切り音が聞こえた。

 二段が上半身を捻り、勢いに任せて拳を振り抜いたのだろう。


 どごん、と何かが壁に衝突する音が響く。




「……なんだ、驚かせんなよ」


 そう言って、二段が息を吐いたのが聞こえて、僕は、おそるおそるに瞼を上げた。

 一体何が……。


「勢いあまって振り抜いちまった。……ったく」

「ぼ、暴力には屈さないぞ。他の連中は、お前にビビって近づかなかったようだけど、お、俺は違う。マイハニーが男と二人きりなんて、ぜ、絶対に許さない……」


 怪訝に思いながら、顔を上げた僕の視界に映っていたのは、二段の拳を顔面で受け止めた衝撃によって、壁にめり込んでいた茶メンだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る