22話♡:ストーキングされていました。

■□■□


「ぅ、ぅぅん……」


 吐息交じりに目覚めてから、僕は、自分が夢を見ていた事を思い出した。

 ただ、内容を良く覚えていない……。

 凄く大事な夢だったような、そんな気がしたので、どうにか記憶を探って見るものの――駄目だった。


「……まぁ、大切な事なら、そのうちきっと思い出すよね」


 思い出せないのであれば、それは、仕方がない。

 僕は、眠気眼を擦りつつ、まず朝食を頂きに行く事にした。


「……食べたら、一旦クラスメイト達の所に戻ろう」


 一人で居る事が出来たお陰か、はたまた、お風呂に入ってリラックスが出来たお陰か……まぁいずれにしろ、僕の心にはだいぶ余裕が出来始めていた。

 不思議な事に、色々とスッキリした気分である。


「んしょ……」


 もそもそと着替えを済ませて、食堂へと向かう。途中で道が分からなくなったので、フロントで場所を聞いたけれど、それは内緒の話だ。

 僕しかお客が居ないから、当たり前ではあるものの、食堂はガランとしていた。

 まぁ、静かで良いかも――と思ったのも束の間。もしゃもしゃと、一人で食事取り始めて見ると、どうにも寂しさを感じてしまった。

 お風呂の時は、一人だと羽を伸ばせて良かったんだけれど……不思議なものである。


 僕は、異空間からこっそりエキドナを呼ぶと、膝の上に乗せた。これで、少しは寂しさを紛らわせられる。


「ぎぅ」

「一緒に食べようね」

「ぎぎぅ」


 パンをちぎって与えると、エキドナは、嬉しそうに頬張り始める。

 その姿を見ていると、何だか、僕の心もほっこりして来る。

 よしよし、とエキドナの頭を撫で撫でしつつ、気がつけば食事が終わった。

 

■□■□


 宿から出た僕は、エキドナを異空間にしまいつつ、足早に迷宮に戻る事にした。そして、その途中で、


「またお金も稼がないとなぁ……」


 そんな事を呟く。

 一泊した事によって、全財産のほぼ全てを使い切ったから、また宿に泊まるには、新たに稼ぐ必要があるのだ。

 もっとも、稼げるかどうかの心配はあまりしていない。エキドナの頑張りによって、昨日一日で一泊分は稼げたからだ。

 今日も同じようにすれば、またお金は溜まる。レベルが更に上がれば、もっともっと貯めやすくもなる。不安に思う要素は一つも無いのだ。


 と、そうした事を考えているうちに、クラスメイト達の姿が見えて来て――


「……うん?」


 ――なんだか、不穏な空気が充満している事に僕は気づいた。

 クラスメイト達が、凄く剣呑とした表情になっていた。


 何かあったのかな……?


 僕は、取りあえず気づかれないように近づきつつ、聞き耳を立てる。


「……階段の下に、本当にボスらしきスライムが居たのか?」

「ああ、見たんだ。前に話で出た階段と同じ階段かどうかは分からないけど、ちょっと興味が出て降りて見たら、人型のスライムが居たんだ。……奥の方に、豪華な扉が二つあったし、多分ボスだと思う」


 どうやら、ボスモンスター的な魔物を見つけたらしい。

 そして、更に詳しく聞き耳を立てると、経緯も段々と分かって来た。

 僕が宿に行った以降に、少しの休憩を挟んで、まだ元気がある班が再び探索に乗り出した所、階段を再発見した、と言う流れのようだ。


「……それで、小林が単機特攻かましたと?」

「そうだよ。自分のスキルなら多分行けるし、ボス戦は何か良いアイテム出るかも知れねぇじゃんとか言って……」

「で、お前らは小林置いて来たのか」

「だって……本人が一人で良いって言ってたし」


 クラスメイト達が、真剣な表情になっていた理由が、述べられる。

 探索中に発見したボス相手に、単機特攻をしかけたクラスメイトがいたようだけれど、なんと、そいつ一人を置き去りにしてきたと言うのだ。


 小林は二人いる。

 チャラ男とDQNの小林だ。

 周囲を確認すると、チャラ男の方の小林は見えたので、特攻をしたのはDQNの小林。


 と、その時だった。


「――ちっ」


 いかにも不良、といった見た目の――確かDQN小林の友達だったかな――の数人のクラスメイトが、置き去りにしてきた、という話に苛立ったらしくて、その場の全員を睨みつけた。

 いくら友達とはいえ、班まで同じとは限らない。だから、散り散りになってしまっていたのだろう。で、そんな時に、「お前の友達を置き去りにした」と言われたら……良い気はしない。


「……」

「……んだよ」

「あ? やんのか?」


 クラスメイト達からは、緊張感や対立感のようなものが出始めていた。


 こんな時に、抑える事が出来そうなのはゴリだけれど、そのゴリは……頭を抱えて眉間に皺を寄せていた。

 今のいままで問題しか起きてない事もあって、自分が動かなければと分かっていても、体が動かないのかも知れない。

 ゴリは、大人らしく、もう充分に頑張ったと思う……。


「――一人で特攻したんだろ? 自己責任だよ自己責任」

「――ざけんなよクズども。……おうお前ら、行くぞ」

「――おうよ」

「――どこ行くつもりだよ」

「――小林を助けに行くだけだ」

「――おう行け行け。二度とその面見せんなよ」

「――そんな事言わなくても。小林助けたい友達助けたいって気持ち、分かるけどなぁ」

「――中立気取ってんじゃねーよカス」


 クラスは、主に三つの意見に別れ始めていた。

 肯定派と否定派、そして中立の三つだ。


 この状況を上手く纏められそうな、頼みの綱のゴリは、ご覧の通りにグロッキーだ。

 やはり、精神的な疲れがピークに達しているっぽくて、頭を抱えたままうんともすんとも言わない。


 黙らないとスキルでとっちめるぞ、とゴリが言えば、大多数は黙ると思う。あの怖いスキルを使うと言われれば、そうならざるを得ない。

 でも、ゴリは、それで場を収める事に多大なストレスを感じているようで、出来れば使いたくは無いのだろう。

 クラスメイト達も、そこの辺りは、察しているのかも知れない。

 ゴリは怖いけれど、一方で、常時恐怖で人を縛れるほどに冷酷でもない、と。


 緊迫した雰囲気と、意見の対立で飛び散る火花が、事態の深刻さを物語っている。

 この対立は、はたして、落とし所を見つけられるのだろうか?

 誰もがきっとそう思っていた――その時であった。

 ふと、一人の眼鏡が争いの間に割って入る。


「――まあ、皆落ち着いてくれ」


 どこか理知的な雰囲気を発しているこの眼鏡くんは、確か、クラス委員長である。全員の視線がクラス委員長に集まる。

 それから、数秒の静寂が過ぎ……クラスメイト達が、一斉にクラス委員長に石を投げつけた。


「うるせぇクソ眼鏡!」

「ちょっ――ひぃいいい」

「お前は黙ってろ!」

「何で――」


 誰もがカッカッしてる中で、注目なんて集めてしまったら、それは八つ当たりにも近い事をされるよ。

 クラス委員長は頭が良さそうには見えるんだけれど、それは見た目だけかも知れない……。


「やめ、やめるんだ! 今は争っている場合では――い、石を投げるのは良い。ただ、め、眼鏡だけは避けてくれ!」


 ……眼鏡を気にしている場合なのだろうか?


「く、くそっ。なんでこいつらはこうも愚か――ん?」


 ふと、委員長の目が僕の方を向いた。

 何だろう。

 嫌な予感がする。


「――頼む勇気!! お前の言う事ならこいつらも聞くだろ! 後は任せた!」


 えぇ……丸投げ……?

 何かデジャウを感じる……。


「――うん?」

「――勇気じゃん」

「――マジだ」

「――宿から戻って来たのか」

「――俺も宿に泊まりてぇ。もちろん勇気と一緒の部屋に」

「――何か勇気の方から良い匂いがするんだが?」


 クラスメイト達は、僕の存在に気づくと、ざわめき始める。そして、僕の言葉を待つかのように、急に黙った。 

 気がつくと、雰囲気的に、僕が決める他に無さそうな感じになってしまった。


 嫌な役回りだなぁ。


 僕は肩を落としつつも……ふと、クラスメイト達の言動に、ある違和感を持った。

 それは、僕が宿に行っていた事を皆が知っているような感じであった、という点についてだ。


 確か、その事を、僕は誰にも言っていなかったハズなんだけれど……一体どうしてなのだろうか?

 いや、あの時は、僕も色々と気持ちに余裕が無かった。だから、僕自身が覚えていないだけで、誰かに喋っていたりしたのかも知れない。

 恐らくはそうだ。

 だって、そうじゃないと、僕はストーキングされていたって事になる。しかも、その情報を共有されている、と言う事にもなるのだから……。

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