16話♡:スライムはどうして服の中に潜り込んで来るのか。

 ――途中経過を詳細にお伝えしたのならば、高確率で気分を悪くされると思うので、結論のみを言おうと思う。

 結果として、モジャ男の体の中に居たスライムは、何とか取る事が出来た。

 悪魔みたいな金切り声と表情を前に、僕も冷や汗をかなり掻いたけれども、途中でモジャ男がまた気絶してくれて、そこからはとてもやりやすかった。


 成せば成る、という感じかな?

 ともあれ、モジャ男は一命を取り止め、僕たちは最悪の事態からは脱出する事が出来た。


 ……まあでも、代わりに、別の問題が発生しちゃったんだけども。


「くっそ、そっち行ったか?」

「めちゃんこ早ぇぞコイツ!」


 多分、エキドナも、気を緩めてしまったのだと思う。

 ピンク色のスライムを咥えて、戻って来てくれたまでは良いんだけど、外に出た瞬間に、隙をつかれて逃げられてしまったのだ。

 その結果、ピンク色のスライムが、地面や壁や天井を縦横無尽に跳ね飛び回る状況になっていた。


 今の所、クラスメイト達が何とか対処しようとしてる。

 けれど、このスライム、思った以上に小さい上にめちゃくちゃ動き回るので、上手くは行ってなかった。

 壁にぶつかる時の反動等を利用しても居るんだろうけど、目で追うのが精一杯なくらい早いせいだ。


 ちなみに、僕は、隅っこでジッとして、口を開かず事の成り行きを見守っている事にしていた。

 参加しても、邪魔になるだけだろうから、こうして大人しくしているのが一番良い。

 なお、口を閉じているのは、スライムに突っ込まれない為である。

 モジャ男の二の舞は御免被りたい。


「くっそ、誰か役に立つスキル持ってるヤツいねーのかよ……」

「行動阻害出来るスキル持ってっけど、間違ってお前らに当たらないとも限らんし、使いたくねー」


 頑張ってね。

 


 ……なんて、僕はクラスメイト達に任せて、悠長に事を構えて居たワケだけど、どうやら事態と言うのは予想外の方向に進むものらしい。


「あっ! やべっ!」

「おい勇気! そっち行ったスマン!」


 ピンクのスライムが、元気良く僕の方に跳んで来たと思ったら、シャツの隙間から潜り込んで来る。

 あっという間過ぎて、反応が出来なかった。

 お腹の辺りの肌に、ヌメッとした感触があって、それがずりずりと這いずって来て――気がつけば、下側から胸の谷間にぐりぐりと入り込んできた。


「……え?」


 一瞬の思考停止の後、僕の顔がみるみるうちに青ざめていく。


「ぎ、ぎゃー! 出てけ出てけ!」


 気持ちの悪い感触に、僕はそう叫ぶと、半ば狂乱気味に服を脱ぎ始める。

 ジャージを脱いでシャツを脱いで、ぬめっとした感触のそれを速攻で掴むと、思い切り壁に投げつけた。


 ――ぐっちゃああ。


 と、言う音がして、僕の体を這いずると言う蛮行に及んだスライムは、壁の染みとなって消えた。

 からん、と魔石が落ちる音が響いた。


「はぁはぁ――ピ、ピンク色だからって、生態までピンク色なのかな⁉ このスライムッ!」


 僕は息を荒げながら、既に死して消えたスライムに対し、暴言を吐く。……勝手に人の体を這いずるなんて、末恐ろしいセクハラモンスターであった。

 しかし、セクハラスライムは、もういない。

 全ては終わったのである。

 状況はおーるぐりーん。


 時間と共に、僕は次第に安堵を取り戻しつつ……しかし、続いて何かこう、釈然としない、ムカムカとした不思議な苛立ちも感じ始めた。

 そして、だからだと思う。

 ついつい、考えなくても良い事を考え始めてしまった。


 ――なんで僕がこんな目にあわなきゃいけないんだ?

 ――なんでこんな事になったのかな?

 ――原因は何だっけ?

 ――原因……そうか! そうだ! クラスメイト達がさっさと倒さなかったからだよ!


 思考の行き着いた先が、果たして正しいのかどうか、それは分からない。

 でも、正しいかどうかなんて、今の僕には関係無かった。


「――なんでちゃんと倒さないんだよ! こっち来ちゃったじゃないか!」


 くわっと眼を見開いて、僕は怒号を出す。

 クラスメイト達がきちんと仕留めてれば、僕はこんな目に合わずに済んだに違い無い。

 結構な八つ当たり&逆恨みな気もするけれど、その結論に行きつくまでの余裕が、僕には無かった。


 クラスメイト達は、怒り心頭の僕と目があうと、黙ったまま、何故か少し前屈みになってすぐに横を向く。

 そんなクラスメイト達の態度に、僕の怒りが更に増してゆく。


「人が話しをしている時は、ちゃんとこっち見てよ!」


 僕はおもむろに一番近くに居たヤツの胸倉を掴む。

 ついでに、目力いっぱいに、ガンをつけてあげた。


「……」


 しかし、どういうワケなのか、やはり一向にこっちを向こうとしない。

 それ所か頬を真っ赤に染めている。

 けれども、やがて、言葉を発した。


「……服。お前いま……下着姿」


 ……。


 言われて、僕は、下を、見る。


 下着姿、だね。


 ああ、そっか、さっき、スライム、が、入った、から、脱いだ、んだった。


 なんか、急に、色々、恥ずかしく、なってきた……。


 ……。


「み、見るなあぁあぁぁああ!!」


 僕は、とりあえず、目の前の男の顔を殴った。



■□■□



 その後。

 モジャ男が息を吹き返し、場の雰囲気が柔らかくなった。


「良かった良かった。高田本当に死ぬかと思ったわ」

「目の前で死なれるのはさすがに気分悪いからな」

「だな」


 と、すっかりといつも通りだ。

 そして、このタイミングで、ゴリが、元々の目的であった施設の説明をし始めた。


「と、まぁこういう場所があるんだが。実際に見せた方が早いな。……この扉だ。よし、お前ら順番に入って指輪貰って来い」


 ゴリが指輪を使って扉を出すと、クラスメイト達は感心した様子で順々に施設に入り、指輪を手にして戻って来る。

 で、僕は、そんなクラスメイト達を眺めながら、端っこの方で頬を膨らませて体育座りをしていた。

 考えているのは、先ほどの事である。


 慌てていたとは言え、どうして、服を脱ぐなんて愚かな事をしてしまったのか……。

 クラスメイト達がこっちを一向に向かないのも、前屈みなのも、それが原因。僕の下着姿を見て、あろうことか、健全な男子の反応を示していたと言うね……。


 凄く恥ずかしくて、そして、言葉だけではなく体で反応されたという事実に、僕は複雑な気持ちになっていた。


「……あ、あの、小桜君」


 俯いている僕に、誰かが話しかけてきた。

 一瞬ビクっとしながら顔を上げると、そこには、顔色が良くなりつつあるモジャ男が居た。


「……何?」

「その、みっともないとこ見せちゃったけど、でも、助けてくれてありがとうって言おうと思って」

「礼を言うなら、僕じゃなくてエキドナちゃんに言ってよ」


 僕は、言って、エキドナを召喚した。

 モジャ男の命を救った功労者は、紛れもなくエキドナだから、お礼を言われるべきは、エキドナを置いて他には居ないのだ。


 けれど、


「へ、べべ、、蛇ィ……ゴポォ……」


 召喚されたエキドナを見て、モジャ男は泡を吹いて倒れてしまう。


 ……どうやら、蛇がトラウマになってしまったようである。

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