15話♡:君のお口に(蛇を)入れちゃうね。

「かひゅっ、かひゅぅ――ウッ、ウヴォエェッ」


 呼吸をどうにかして取り戻したいのか、モジャ男が、この世のものとは思えない声を上げる。

 見ているだけで痛々しいので、出来れば、助けてあげたい所ではあるんだけれど……そうは思っても、僕にはこういう時の知識なんて無いのだから、どうする事も出来ない。


「おい、誰か治療系のスキル持ってるヤツいねーのか!」

「俺は治療系のスキルだが……これはちょっと無理だな。軽傷なら治せるってスキルなんだが、そもそも高田はスライムが体ん中に入ったってだけで、怪我じゃないし……。スキルが強くなれば、出来る事が増えるようだから、そうれば可能性はあるけどな」

「お前のスキルが強くなるのを待ってる暇があるワケないだろ。その間に高田死ぬ」

「いっそのこと、高田の体を食い破ってスライムが外に出て来てくれればな」

「おっそろしい事言うなお前……」

「いやだって、それなら俺のスキル通じるかもだから。怪我なら」

「今治せるのは軽傷のみだろ? 内側から体を食い破られて穴が空いた状態が、軽傷だと思うか?」

「……軽傷じゃなくて重傷だな」


 皆の顔色も、どんどん悪くなる。


「おい高田ァ! しっかりしろ! 希望を捨てるな!」


 ゴリも、慌てて駆け寄って、モジャ男の肩を掴んで揺らしている。

 しかし、言葉を掛けるだけに留まり、有効な手は何も打てないようだった。


 そう言えば、施設に治療院とかもあったと思う。

 と言う事は、連れていけば、治して貰えたりとかするのかな?


 いや……それは、たぶん無理かもしれない。

 あの施設は、魔物が傍に居ると出てこないのだ。

 エキドナの場合は、僕のスキルが関わっていたからOK判定だったと思われるけど、高田の内側に入ったスライムは純粋な迷宮内の魔物だ。

 判定は恐らくNGになる。


「ウボッ、ガヒュッ……」


 モジャ男の苦しそうな顔が、どんどん青ざめていく。

 もしかすると、これは最悪の事態になるのかも知れない。

 つまり、死人が出てしまう可能性だ。

 クラスメイト達の表情にも焦燥の色が出始める。


「諦めるな、やれるだけの事はやるぞ!」


 ゴリは、そう発破をかけると、


「ひとまず、中のスライムを引っ張り出せないか、試す」


 剣呑とした顔でモジャ男に近づき、迷わず唇を重ねると、勢い良く吸い始める。

 これが、命を助ける為の行動であるのは、一目瞭然である。

 見ていて気分が良くはならない絵面ではあるけれど、そんな事を、言っている場合ではないのだ。

 クラスメイト達も、それは理解しているのか、揶揄しようという者は一人としていなかった。


 ――しかし、緊急事態とはいえ、やられる方は思う所もあったようで。

 モジャ男が幾らかの抵抗を始めた。


「えぼあぁぁ! ごぼぼぼぼっ」


 じたばたと手足を動かし、嫌だ嫌だと行動で示した。

 けれども、死ぬかも知れない、という恐怖が勝ったのか、最後は白目を剥いて無抵抗となる。

 いや、覚悟を決めたというよりも、ただ単に気絶したと言った方が正しいような気もするけれど……。


「――ちっ、駄目か。出てこない」


 ゴリが舌打ちをする。

 残念な事に、スライムを吸い出す事は出来なかったようだ。

 治療系スキルでも駄目、ゴリでも駄目。

 いよいよ、手の打ちようが無くなって来てしまい、場の雰囲気が一気に沈んでいく。


「くそっ、小人になれるスキルでもあればな」


 誰かがそんな事を言った。


「お前急に何を言い出すんだよ……」

「……前に漫画で見た事があるんだよ。体の中に小さい敵が侵入した時、仲間が縮んで体内に入って戦って助けるって展開なんだけど」


 体内に入ってなんとかする、と言う考え自体はそう悪くはない。

 でも、小さくなる等と言う、そんなピンポイントなスキルを持っているクラスメイトはいないようで、誰も名乗り出て来なくて――


 ――うん?


 待って。

 もしかして……。


 ふと、僕はある事を思いつく。

 エキドナって小さくて細かったよね、と。

 僕は、エキドナを、こっそりと召喚して見る事にした。

 そして、「なに?」と言いたげに瞬きを繰り返すエキドナを見て、僕の思いは確信に変わった。

 エキドナの体は、ギリギリ、口から体の中に入れそうな細さであった。


 どうしよう……。


「……いや、迷っている暇は無い、か」


 今まで、僕は、自分自身のスキルの事を隠していた。

 手の内をバラしたくなかったからだ。

 けれども、今回は、人命が掛かっている。

 それを天秤に掛けたのならば、どちらが重いのか、そんな事は明らかだ。


「エキドナちゃん、ごめんね。頑張ってくれる?」


 そう問いかけると、エキドナが一瞬嫌そうな顔をした気がした。

 僕があれこれ考えている間に、付近を見て、状況を察したらしい。つまり、男の口の中に入るなんて嫌だ、と。

 けれども、僕が両手を合わせてお願いすると、エキドナは最後には頷いてくれた。

 ありがとう。


「みんな! ちょっと僕の話聞いて!」

「どうした勇気――って、うおっ、何だその蛇!」

「げえ……何だよそれ。スキルか何かか?」


 エキドナを見て周りがどよめく。


 僕はエキドナの事を説明しつつ、自らの救助策を語った。

 モジャ男の口の中にエキドナを突っ込んで、中のスライムを引っ張り出して貰うと言う、非常にシンプルな救援方法を。

 すると、クラスメイト達が引き攣った。


「蛇が何なのか分かった。だがそれよりも、ゆ、勇気、お前本気か?」

「本気だよ。だって、他に方法ある?」

「い、いやだってお前……」

「じゃあ見捨てるの?」

「……見捨てる気はねぇけど」

「ならやるしかなくない?」

「……しょうがねぇか」


 納得して貰えた様子で何より。

 後は実行するだけだ。

 僕はモジャ男の近くに行くと、語りかける。


「モジャ男、今からちょっと荒療治だけど、体の中のスライムを引っ張り出すよ? この蛇を口の中に入れるから、我慢するんだよ?」


 声掛けが効いたのか、白目を剥いて泡を吹いていたモジャ男の意識が戻ってきた。

 けれど、僕が目の前に差し出したエキドナを見て、目を見開くと暴れた。

 先ほどの、ゴリの時の抵抗が、お遊びに見えるくらいの暴れぶりだった。


「ウ゛ァヴァア゛゛! ア゛ア゛ア゛! ナ゛ニ゛ズル゛」


 いけない、暴れられては。


「力に自信ある人! モジャ男を動けないようにして! 口も思いっきり開けさせて! エキドナちゃんが噛まれないように、口は特に念入りにね!」


 僕は周りに指示を出した。

 クラスメイト達も諦めているのか、文句を一つも言わず僕の言う通りに動いてくれた。

 強行手段ではあるので、ゴリあたりは渋い顔をするかと思ったけれど、他に手はないと悟ったのか協力してくれている。

 みんなでモジャ男の四肢を押さえつけて、無理やりにガパッと口を開かせた。


「アグッ%&ヤ゛メ゛ッデェ! 何゛ズル゛ノ゛ッ!!!! #■#!”」


 喚き騒ぎ、大量の涙を流すモジャ男の口の中へ、おそるおそるに、エキドナを進ませる。

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