9話♡:襲ったら駄目でしょってゆう。

「くそが、俺の事を舐め腐りやがって……っ!」


 ケダモノ一郎は、どうにも感情の噴火が止められないようで、くわっと見を見開くと僕に迫って来た。

 一体何がここまでの逆鱗に触れる要因になったのか、それは分からないけれど、ともかくケダモノ一郎は血走った眼だった。


 怖すぎて、僕は反射的に、手で顔を覆ってうずくまる。


 一回か二回、殴られるか蹴られるかぐらいは、してくるんじゃないかと思って、ぎゅっと目を瞑る。


 一秒……二秒……三秒と時間が経過する。

 けれども、不思議な事に、痛みはまるで無く。

 その代わりに訪れたのは、ケダモノ一郎の、悲痛な声であった。


「あだっ、あだだだっ」

「……おいおい」


 ゆっくりと瞼を上げると、ケダモノ一郎の顔を掴んで持ち上げる二段の背中が映った。 

 どうやら、僕がやられてしまう前に、止めてくれたらしい。


「て、てめぇくろがね! いだだだっ、はなっ、離せ!」

「……離すわけがないだろ。お前、今自分が何しようとしていたのか、理解してるか?」

「お、俺は正当な怒りをぶつけようとしただけだっ!」

「……正当な怒り?」

「そうだ! 勇気の野郎に対して! あ、あいつ、魔物を勝手に倒してやがったんだろ! 魔石を一人であんなに持ってるのは、だからだろーが!」

「……仮にそうだとしても、それぐらい許してやれ」

「鉄! おめー何も分かってねぇよ! こいつは魔石だけの話じゃねぇ! 俺らにゃステータスがあってレベルがある! っつーことは、魔物を倒せばレベルアップするってこった! つまり経験値だよ! 魔物倒せば経験値が入んだ! だが、俺らにゃ入ってこねぇ! あいつが勝手に倒すからだ! 要は経験値も奪われてたに等しいんだよ!」


 う、奪うつもりなんて無いよ。

 でも、結果的には、そうかも知れないという部分もあるので、何も言い返せない……。


「別に俺らに危害を加えたワケでも無いんだ。何をそこまで怒る必要がある。と言うか、見方を変えれば、魔物を先に倒して俺らに危険が無い様にしてくれていた、とも取れるだろうが。……どういう方法を使ったのかは分からんがな」


 ……あなたが神か、二段。

 良い方向に解釈してくれているようで、助かった。

 二段の言っている事も実際とはまた違うけれど、下手な事を言う必要も無いので、取り合えず僕は頷いた。


「ほら、本人もこうして頷いているぞ」

「絶対ぇウソだろ……」

「ウソでも良いだろうが。許してやれ。仮にそうだったとしても、自分の身を自分で守る為に、先んじて強くなりたかった可能性だってある」


 多分、深く考えているわけではないんだろうけれど、二段が核心をついた言葉を言う。僕の行動原理は、まさにそれなのだ。

 案外、二段は勘が鋭いのかも知れない。


 ……しかし、それにしても、ケダモノ一郎も二段相手にへらず口が中々収まらない。かなり頭に血が昇っているようで、ここから更に口上を続ける始末だ。


「へっ、王子様気分か? お前……倉橋とかもそうだけどよ、女にモテそうなヤツは良いよな。そういう風にしても絵になるもんな。そうやって助けて、後はズッコンバッコン楽しみますってか? ……今だから言うが、俺はお前見たいなヤツが大っ嫌いだ! この世界に来る前からずっとムカついてしょうが無かったぜ! ……へへっ、良い事思いついたぜ。今度、お前の目の前で、勇気を犯して――」

「――お前」


 ただでさえ強面の二段の顔が、文字通り鬼の形相になる。

 青筋が顔に出来ているし、腕にも相当力を入れたみたいで、そこに血管が浮かび上がる程。


 ケダモノ一郎、物理的に頭を潰されるんじゃ……。


 一瞬、潰れたトマトを思い浮かべてしまう。

 ぐちゃっとなったアレだ。

 多分、この場の全員が、それを想像したと思う。


 しかし、あわやと言う所で、ゴリが二段の腕を掴み、二人を無理やり引き離した。


「落ち着け、なあ、落ち着けお前ら」

「ゴリ……」

「けほっ、けほっ、あー死ぬかと思った」


 涙目になりながら、ケダモノ一郎が、咳き込む。


 この揉め事は、元をただせば僕が原因なワケだから、本当は、こんな事を思ってはいけないのかも知れないけれど……良い気味だって思った。


「……鉄、気持ちは分かるがせめて加減くらいしろ。最後、本気で潰そうとしただろ」

「そんな事は無い。加減はするつもりだった」

「加減したとしても、お前の力だと相手の顔が大惨事になるだろうが」

「……へっ。そうだそうだ」

「斉藤、最初に問題を起こしたお前が、余計な茶々を入れるな。この一連の流れは、間違い無くお前のせいだぞ。……さすがに目に余るな」


 ここに来て、さしものゴリも、ケダモノ一郎の行動が冗談ではない事を理解したらしい。


「取り合えず、お前には反省して貰わんといかんな」

「ゴ、ゴリ――」

「――ふんっ!」


 ゴリは顔を顰めながら、ケダモノ一郎に対し、ケツや頬をぶっ叩いて折檻を始めた。


「い゛でぇ゛っ゛!」

「反省しろ、バカ者が」

「う゛ぐぅ゛っ゛!」


 あまり聞きたくない汚い感じの悲鳴だったので、僕は聞かなかった事にしつつ、ひとまず二段にお礼を言う事にした。

 とっとこ二段の近くに行き、心からの笑顔になって、感謝の言葉を告げる。


「ありがとうね」

「礼を言われる事じゃない」

「ううん、僕の為にやってくれたんでしょ? 嬉しかったよ」

「ただ、ああいうのが許せなかっただけだ」

「それでもだよ。怖かったから、助けて貰えてすっごく嬉しかった。だから……ありがとう」

「……そうか」


 それだけ言うと、二段はぷいっと横を向く。

 照れ屋さんだ。


■□■□


 さてはて。

 ようやくゴリの説教が終わると、ケダモノ一郎は魂が抜けたような顔をして、歩く屍見たいになっていた。


「ひとまずこれで禍根は無しな。ほら、謝れ」

「スマナ、カッタ」


 ロボットみたいな喋り方になってる。

 ゴリの折檻がよっぽど効いたらしい。


「次からは変な事は止めてよ?」

「ゼンショ、スル」


 善処じゃなくて絶対って言って欲しいんですが……。

 本当に反省してるのかな?

 うーん……。

 何か不安だから、これから先は、今まで以上に近づかないようにしよう。

 すすす、っと僕はケダモノ一郎から距離を取る。

 と、それを見ていたゴリが小さく肩を竦めた。


「やれやれ。……ともあれ、これで禍根は無しだな。ところで、勇気」

「うん?」

「その魔石、使うならさっさと使ってこい。下手に残しておくと、また馬鹿を刺激しかねないからな」


 それはそうだ。

 この魔石を見て、ケダモノ一郎が逆上したのだしね。

 早めに処分するに限る。


 僕は両手いっぱいに魔石を抱えて、カウンターまで持っていく。


「……寸劇は終わりましたか?」

「すみませんでした。お騒がせしました……。それで、あの、これ使いたいんですけど」

「はい。どのような使い道をお考えでしょうか」


 使い道……。

 取り合えず、今の僕に必要な物を手に入れたい。

 でも、必要なものって言われても、特には――


 ――あった。

 そうだよ。

 一つだけ、早急に手に入れる必要がある物があったよ。


 それは、




「その……女性用の下着って、売ってますか?」

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