3話♡:みんなのアイドル。
□■□■
数分ほど歩くと、クラスメイト達の後ろ姿が見えてきた。
いくら僕が早足だっとしても、男女では歩幅も違うから、もう少し時間が掛かると思っていたんだけれど……予想よりも早い合流である。
ともあれ、追いついたので、もう少しだけ歩くペースを上げて最後尾にしれっと戻ろうと思う。
で、どんどんクラスメイト達との距離が縮まって――
「ぷぺっ」
――僕は、誰かの背中に顔をぶつけた。
「いててて……」
少しだけ涙目になりつつ、クラスメイト達を見やると、どうにも立ち往生していたっぽい。
クラスメイト達は、僕の声に反応して、一斉に振り向いた。
そして、なぜか全員が途端に笑顔になる。
「おい勇気、お前どこ居たんだ! 心配したんだぞ」
「……え?」
「いや、お前の姿が見えなくなったって話になってさ、探しに戻らねぇとって皆で言い合ってた所だ」
チラ見はしなくなったものの、僕の事を気にはかけていたようで、離れてしまった事に途中で気づいたらしい。
で、心配をして、進むのを一時中断していた、と。
僕を変な目で見るだけじゃなくて、純粋な心配もしてくれていた……って感じなのかな?
そう考えたら、急に、自分自身の今までの機微が少しだけ恥ずかしくなった。
結構過敏に反応しちゃってたかも知れないかもって、そう思えなくも無きにあらずと言いますか。
色々と心の中がごちゃごちゃになっていた部分が、確かに僕にはあった。
それは間違いない。
だから、その事について、なんと言うかその、僕もちょっと反省した方が良いのかも知れないよね。
そもそも、元々は僕らはクラスメイト同士だ。
変な目で見たのは、男の子特有のからかい的な面が強く出過ぎただけ、っていう可能性もあるし。
「取り合えず凄い心配だから、真ん中にいろって。そうしてくれないと……いや、なんでもない」
「確かに真ん中にはいて欲しいな。なんつーか、勇気が一番後ろに並んだ時も、その事を注意するかどうか悩んだんだ。でも、言い辛くてさ。こっち見んなって顔してたしな。けどさぁ、それだと俺らが勇気の体を見れな――んんっ、なんでもない」
「俺らの眼福の為にも――げふんげふん、なんでもない」
でも、純粋な心配にしては、クラスメイトの言動に違和感がある……。
気にかけてくれるのは嬉しいけど、僕は最後尾が良いし、それで何も問題は無いんだけど、何かこう、邪まな気持ちでそれを阻止しようとしている感があると言うか。
向けてくる視線も、前と変わらず、ねっとり気味だし。
……なんとなくだけど、僕が言い様のない不安や恐怖に駆られているのは、実は過敏に反応してしまっていたせいではなくて、本能が危険を察したからではないだろうか?
「……触りたい」
誰かがぼそっと呟いた言葉が聞こえた。
思わず、僕の表情が固まる。
本能が危険を察したからでは? と言う僕の疑問は、どうやら、正しかったようである。
反省なんかする必要は無かった。
「――ぼ、僕は一番後ろのままでいいよ」
「何言ってるんだよ。良いから早く来なって。こっちは気が気じゃないんだからさ」
腕を掴まれた。
僕の腕を掴んだのは、倉橋とか言う苗字の茶髪のイケメンである。
「ちょっ――」
「いいから」
半ば無理やりに、僕はクラスメイト達の中央に並ばせられてしまう。
なんて強引なんだと思うものの、体が女の子になってしまった僕には、抵抗出来るだけの力が無い。
男だった頃より、間違い無く筋力が落ちてる……。
――くそっ。と、心の中で悪態をついてみるものの、今回はどうしようも無さそうだった。今は甘んじて受け入れる他に無かった。
今ここでクラスメイト達と対立するのは悪手なのである。
この世界について、右も左も分からない中で、単独行動はなるべく控えたいし、下手に感情を刺激して襲われるような事態になるのも避けたい。
いくらエキドナがいるとは言え、多数に結託されて集団で襲われたりしたら、どうしようもなくなってしまうかも知れない。
そういう場合に限って、無駄に連帯するのが男の子だからね……。
早めにこの世界の情報を集めて、そう遠くない内に一人立ち出来るようになりたい。
このままだと、どんな目に合うか分からない。
若い男の性欲は怖いものがあるんだよ。
元男だからこそ分かる、年頃の男の子の、飽くなきリビドー。
童貞より先に……まあ童貞はもう捨てる事すら物理的に不可能だけど……とにかく、処女を捨てる事になったら、それも強引にとか言う展開になったら多分僕は立ち直れなくなる。
僕が一人立ちするのが先か、クラスメイトの性欲が暴走するのが先かの、チキンレースが始まっている。
最悪の場合を考えて、僕は思わず身震いをしてしまう。
ひとまず、自分と召還獣のレベル上げに勤しまなければ……。
「やばっ、胸が揺れたの見えた」
どこからともなく、そんな言葉が聞こえて来た。
背筋が、ゾワリ、とする。
……絶対負けないぞ。
……絶対屈しないぞ。
僕は決意を新たにし、拳を握りしめる。
すると、今しがた僕をこの集団の中心に放り込んだ元凶の倉橋が、
「……そんな怖い顔しないで」
無駄に優しい感じの声音で、そんな事を言って来た。
僕が今、じろじろと舐めまわすような視線を四方八方から向けられているのは、無理やり僕を集団の中心に置いた倉橋のせいだと言うのに、その事について悪いと思っていなさそうだ。
イラッとする。
最後尾にいた時は、変な視線を向けられたとしても、ここまで酷くは無かった。
そういう場所が最後尾だったのに、腕を掴んで、そこから無理やり僕を引きはがした張本人が「怖い顔しないで」なんて言い出したのだよ。
これが、苛立たずにいられようか。
しかも何か分からないけど、倉橋のヤツ、僕の隣をキープしている。
更に苛立ちが倍増してゆく。
何かムカつくから、勝手にあだ名でもつけてやろうと思う。
茶髪イケメンだから茶メンとかで良いか。
ふんっ。
「怖い顔? 別にしてないけど?」
「してるよ。まぁその、色々と戸惑う事が多いのは分かるよ。でも気にしなくて良いって。ほら、俺は他のヤツと違うからさ。好きな時に頼っ――」
「――分かる? 気にすんな? じゃあ今から女になりなよ茶メン。そうしないと僕の気持ちは分からないよ」
「いや、女になるのは無理だよ――って言うか茶メンって何? 中華焼きそばか何か……? まぁとにかく、取り合えず俺が言いたい事は、俺は勇気を傷つけるような事はしないし、むしろ守――」
「――話し掛けないでこっち見ないで」
何か気持ち悪い台詞の気配を感じたから、最後まで言わせない事にしました。
絶対言わせない事にしました。
もしも無理にでも言い切ったらエキドナの毒牙でダメージ与えてやる。
僕の徹底抗戦の意思は、きちんと茶メンに伝わったようで、茶メンは「参ったな」とか言いながら頭を引っ掻きはじめる。
参ってるのは僕の方だっての……と思っていたら、茶メンが周りから小突かれ始めた。
「おい倉橋、お前何で僕らのアイドルの手を掴んだの?」
「自分がイケメンだからって抜け駆けが許されるとでも思ってんのか?」
「痛っ、痛いって! 暴力禁止、ほら、俺は平和が大好き! ラブ&ピース大好きだから、やめてくれ!」
何がラブ&ピースなのか。
君が本当に好きなのは、ア○顔ダブルピースではないのかな。
その甘いマスクで、今まで一体何人の女のダブルピース拝んで来たんだろうね、この男は。
実際どうなのかは知らないので、ただの偏見ではあるけれど……まぁ、心の中で文句言うくらい、きっと許されるよ。
と言うか、いつの間にか、クラスメイト達が僕の事を勝手にアイドルにし始めている。
やめて……。
■□■□
それから、俯きながらも周りからの視線に僕は耐え続け、列の先頭陣がスライムを屠る度に、経験値について歯がゆい気持ちにもなりながらも、小一時間くらい進んだ所で洞窟の様相が少し変わりはじめた。
「……分かれ道」
今までは、ほぼ一本道だったのだけど、急に道が入り組み始めるようになったのだ。
分かれ道や横道が幾つも現れた。
さしものクラスメイト達も、どの道を進むべきかについて、意見を交わし始めるようになる。
本格的に、異世界の迷宮らしくなってきたようである。
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