第23話境界の国5
外堀が見える場所にたどり着いたアマルの兵士達は、その地獄絵図に、縮みあがった。
アマルの巨大な兵曹達が、まるで、道端のセミのように、無残に潰され、引きちぎられ、息絶えている。
死んだ兵曹の潰れた顔が、目を剥いてこちらを睨んでいる。
自分の背丈より大きな顔が...。
アマルの大軍団は、居住区を囲う堀の前で、完全に動きが止まった。
ハイドラの都市は全て、侵略に備え主要な機能や、居住区を防護壁で覆っている。
ミノスも例外ではない。
そして、巨大な、石壁が居住区を護っている。
隙間から、ミノスの人達が様子を伺っている。
「聞いたか?。やはりモルフィン様のようだ。」
「強い...。ワシはあんなに強い兵曹を見たことが無い...。」
「あの凶暴さ...。やはりハイドラの狂人...。あの激しさが我らに向けられたなら...。恐ろしいことだ...。」
「マジゥアンティカは、美しい青年だと聞いていた。だが、あれは、あれは、まるで鬼のような姿...。あの兵曹がマジゥだとは到底思えない...。」
「マジゥ アンティカとは、公平な心を持つ、優しきアンティカと聞いていた..。あれはまるで悪魔だ...。アマルの兵曹をあんなにグチャグチャに。奴らの断末魔が耳に残って離れない...。」
「だが、あのアマルの兵曹達...。我らではとても倒せなかった。あの方が来られなかったら、今頃...。」
「おっ!。おいっ!。あれは何じゃ!。あの兵曹は?。」
「ひっ...。せ、赤碧の18使徒!。」
「あわわ、あ、あやつは、ワダン!。赤碧帝18使徒のワダン!。」
「わ、わ、ワダンだと...?。」
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ワダンは、歯ぎしりをしながら、モルフィンを睨みつけている。
「ハイドラの狂人め!。ワシの兵をここまでブチ殺すとは!。」
モルフィンは全く動じる様子がない。
「許さん!。絶対に許さん!。内臓を引きずり出し生たまま肉の一片になるまで引き千切ってくれる!。」
ワダンは叫んだ。
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「赤碧の18使徒は世界最強の兵曹団と言われている...。モルフィン様は、闘われる気なのか...。」
「18使徒 剛力のワダン...。凶暴な兵曹。マジゥ様がどれくらいお強いのか分からない...。ワシらでは想像がつかない。しかし、18使徒相手では、流石に分が悪い...。」
「あの方が、マジゥアンティカ様なら、あの方はナジマ〔※1〕に選ばれたハイドゥクの後継者。負ける訳がなかろう...。」
〔※1ナジマ:ハイドラの戦闘神 女神にも龍にも似ている。ハイドゥクに力を授けていると言われる。〕
「あの傷を...。モルフィン様のあの深い傷を見よ...。」
「あのワダンって奴は、メガウテのピラミッドを素手で押し崩すような奴だ...。」
「そうだ、ワダンは、使徒の中でも特に凶悪な奴だ。あいつは。何万もの人を虫けらみたいに殺す。楽しんで殺す。メガウテの国軍を1人でみな殺しにしちまった。あの野郎は...。」
「ナジマ〔※1〕様が、モルフィン様を護って下さる。きっと...。」
「ワシらは何もしなくて良いのか?。」
「俺らが?どうやって?。」
「邪魔になるだけだよ。」
「そうじゃ、何を言っておる。」
「出来たらもう飛び出てるよ。」
ワダンは、よほど自信があるらしく、警戒もせず、ゆっくりとモルフィンに近寄って行く。
不敵に笑いながら。
そして、直径が2mある棍棒をモルフィンに押し付けた。
モルフィンは片手で棍棒を掴み、押し下げる。
ワダンは、棍棒ごとモルフィンを釣り上げようとしている。
力比べが始まった。
しばらく膠着状態が続く。
ワダンの腕がぶるぶると震え始めた。
ワダンの額から、滝のように汗が流れる。
「...ば、バカな...。山をも動かすこのワシが...。」
...ズズズーーーーーーーーーーン...
ワダンの周囲は、石畳を割り一気にクレーターのようにめり込んだ。
ワダンの身体は、少しずつ地面に近づいて行く。
モルフィンは、無表情だ。
ワダンは、ついに片膝をついた。
兵曹にとって戦闘中に膝を着くことは、高圧炉の圧力で内部が破裂するリスクを伴うり
そして、屈辱的なことだ。
「ワダンがあんなに、汗をかいている。」
「剛力のワダンがとうとう膝をついた...。」
「しかし、凄い力じゃ...あのデカい破壊鎚が、あんなにしなっている。」
小型潜水艦のような棍棒 破壊鎚は、ゆっくりと撓み始める。
金属に何かが当たるような音がする。
...タン、タン、タン...
...バギバギンッ...
....バンッ...
緊迫を破り、爆発音が轟く。
破壊鎚が弾け飛んだ。
火花を散らし粉々に。
...ビュッ...
....ビュッ...
...ビュオウゥ...
破片が飛び散る。
...ブシューーーーーーーーーーー...
破片は、ワダンに刺さり、ワダンの皮膚からは体液が吹き出している。
ワダンは、ふらつきながら立ち上がった。
茫然としている。
何が起きたか分からない様子だ。
ワダンは、自分の頭からしたたる体液に気づいた。
「クッ!き、貴様..!。」
ワダンの顔色が変わる。
目が血走っている。
歯が砕け散るほど噛み締めている。
猛り狂っている。
「貴様ぁ...。貴様ごとき、家畜がこのワダンに挑むつもりか!。」
歯茎から血を流しながら、ワダンは唸るように言った。
ワダンは、数歩さがり、両方の拳を天に突き上げた。
...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
ワダンの身体から破裂音が響く。
...ゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
重機のような回転音が響く。
重い重い回転音だ。
...ゴゴゴゴゴゴゴゴ...
ワダンは、ゆっくりと巨大化し始めた。
外観が著しく変わる。
両眼は飛び出し、肉食獣のような鋭利な牙が飛び出した。
まるで、カマキリのように口が尖っていく。
爪が尖り地面につくほど伸びる。
濃い体毛は、長く鋭い棘に変わった。
背中は棘だらけだ。
金属的な質感。
顔も身体ももはや、人間のものではない。
まるで、棘だらけの怪獣だ。
大きな尖って長い歯が剥き出しになっている。
飛び出した、目が赤い光を放っている。
....ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
ワダンの身体は、相変わらず、重い音を発し続けている。
音は違うが、間違いなく、アルマダイの炉を体内に持っている。
ワダンは、モルフィンを見下ろした。
ワダンは既に10階建てのビルを超える大きさだ。
「な、な、何だありゃ!。」
「モルフィン様よりデカくなったっ!。」
「た、大変だ、ワダンを怒らせてしまった...。」
「こ、殺される!マジゥ様が、殺されてしまう。マジゥ様。わしらのことは構わずお逃げ下さい。...。」
モルフィンは、静かに目を閉じていた。
...ゴゴゴゴーーーーーーゴガガァ...
ワダンの咆哮がこだまする。
凄まじい大音量だ。
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーゴガガァ...
...ゴゴゴゴーーーーーーゴガガァァーーー...
モルフィンを徴発している。
音が低すぎて、良く聞き取れない。
兵曹を上げたワダンの姿は甲虫とヤマアラシを足したような外観だ。
風がやみ、490万のアマル軍の畏怖の息遣いが押し寄せる。
ケラムからミノスの町までの数キロある石畳みを、まるで絨毯のように、びっしりと繋がっている。
モルフィンが口を開いた。
「...ミノスの人達よ。ここは戦場になる。皆を連れて、少しでも遠くに逃げなさい...。」
!?
「わしらのことだ!。気づいていたんだ...。」
「やはり、本物のマジゥアンティカだ!。我々を護ってくれたんだ!。」
「マジゥ様...。こんな大軍お一人でどうされるおつもりじゃ。!」
1人が叫んだ。
「俺たちだけが逃げられるか!。あんな怪我をしているのに!。」
「モルフィン様だけを戦わせぬ。なあに、ワシとてヒドゥイーン!。ハイドラとモルフィン様の為に捧げるなら、こんな命惜しくはない!。」
「私も!兵曹一体くらい何とか刺し違えてみせる!。」
「おまえ達、さっきは足手まといになると、言っていたではないか?。」
「バカをいえ!。何を言っている!。モルフィン様が命がけで闘われるのだ!。もうそんなことどうでもいい!。」
「そうだ!何もしないでおられるか!バカを言え!。」
モルフィンは再び口を開いた。
「...ハイドラの人達よ。我が名はモルフィン。キドーのモルフィン。かつてマジゥ アンティカを配された者。この私を信じてくれ。私は、私の信ずる道で、このハイドラを護り切ることを誓う。...。」
...ゴゴゴゴーー。ゴガガァーー...
ワダンは、モルフィンの声を聞き、ますます激昂する。
ワダンは、おもむろに口を開いた。
...バシッ...バシッ...バシッ......
ワダンの飛び出した、カマキリのような目が3回激しくフラッシュする。
...コーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!...
ワダンの牙だらけの口から光線が放たれた。
視界が焼け残光が残る。
迫撃砲。
絶対的なエネルギー量の破壊兵器。
アマル兵曹の最終兵器。
ワダンはいきなり、粒子迫撃放射を放った。
...
...
...ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ズズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ...
大爆発が起きた。
モルフィンは直撃を受けた。
爆風は吹き荒れ、アマル軍の兵士は宙を舞う。
「モルフィン様が、モルフィン様が...。」
「ああ...あぁ...。」
ミノスの人々は、悲痛な叫びを上げる。
直撃を受けて生きていられる者はいない。
例え、軍事兵曹であったとしても。
ミノス居住区の正門は倒壊し、石壁は、大きく撓み、そして、崩れた。
美しい街が剥き出しになった。
起伏のあるミノスの街が、何の隔てもなく露わになってしまった。
しかし、ミノスは、辛うじて護られた。
モルフィンが、身体を盾にしてミノスの街を守った。
ミノスの市民は誰も逃げなかった。
「ぁぁぁぁ...。」
「おぉぉ...。」
しかし、誰も声にならない。
...ドゴーーーーーーーーーーーン...
...ゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーン...
!?
爆煙の中から、大きな音がする。
誰もが目を見開く。
ゆっくりと人影が現れる。
大きな人影。
モルフィンは持ち堪えた。
「!。な、何...ば、ばかな...。」
アマル軍からどよめきが起きる。
唖然としている。
モルフィンはゆっくりと空を見上げ、祈りを捧げた。
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーゴガガァー...
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーゴガガァーー...
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーゴガガァーーー...
ワダンが、狂ったように咆哮を上げる。
「わ、ワダン様が、怯んでいる...。」
アマルの兵曹が呟く。
「迫撃砲を、どうやって生きのびた...。」
アマル軍の兵士が、巨大な化け物に叫ぶ。
「...ワダン様!。こ、これはヒドゥイーンの聖戦の武踏でございます!。...。」
ワダンは、仕切りに空を見た。
空は、時々真っ白にフラッシュする。
「...ワダン!その舞を演じきらせてはならない!...。」
コウソンライだ。
「...ワダンよ!。解らぬのか!。なぜ赤碧様がご決断されたか...。」
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーゴガガァー...
...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーゴガガァーー...
モルフィンは、祈りながら武踏を舞う。
緩やかだが、それはハイドゥクだけが舞う闘いの舞いだ。
これはただの儀式。
しかし、この舞こそが、本当の不動明王の怒りを体現している。
モルフィンは、眼が釣り上がり、恐ろしい形相になっていく。
...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
大きく長い破裂音が響く。
再び地面が揺さぶられる。
...キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...
ジェットタービンのような回転音が響く。
「...馬鹿者!。何をしている!...。」
コウソンライは、必死に叫ぶ。
ジェットエンジンのような音が、最高潮に達する。
...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...
モルフィンが巨大化し始めた。
二つの太陽の光が歪み、大気が揺れる。
空には薄っすらと大きな幾何学模様が浮かび始めた。
「なんだと!?。まさか。」
アマルの兵士達は浮き足立った。
数キロに渡る大きな波紋。
「い、い、イプシロン〔※2〕が!。」
〔※2イプシロン:ナジマの波紋と言われる。上空に浮かぶ光の幾何学模様。直径数十キロに渡る巨大なプラズマのマントラ。ハイドゥクが出現すると表れる。雷の3兆倍のエネルギー量の雷爆を落とすと言われる。〕
「おぉ!。」
「ハイドゥク様の証。」
「しかし、い、色が違う!。」
「...ワダン!。逃げろ!。モルフィンも既にハイドゥクなのだ!。この小国は、ハイドラは、有史以来始めて三人ものハイドゥクが並び立とうとしているのだ!...。」
...ゴゴゴゴーーゴガガァーーーーーーーーーー...
...ゴゴゴガーーーーーーーーーゴガァーーーー...
「...引け!。ワダン!。逃げろ!...。」
コウソンライは、必死に叫ぶ。
...ゴゴゴゴーーーーゴゴゴゴーーー...
...ゴゴゴゴーーーゴゴゴゴーーーー...
モルフィンの雄叫びが轟く。
まるで泣き叫ぶ怪獣。
物悲しい、怒りに満ちた咆哮。
更にモルフィンは巨大化していく。
...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...ゴゴゴゴ...
その皮膚は青い色をおび、重厚な金属の装甲のように変わって行く。
背中の多角形の放電翼は、眩く光り、燃えながら、ゆっくりと回転している。
顔は、鬼なのか、機械なのか、人なのか分からない。
正に不動明王だ。
4つの黄色い目が眩い光を放っている。
極限まで隆起した筋肉。
「...マジゥだ...。」
「...マジゥアンティカが...。」
「...あ、ぁあ...イプシロンが...ぁあ、ぁ...。」
モルフィン巨体は、遥か彼方から見える大きさに。
ワダンよりも巨大だ。
「...全軍、退却だ!...。」
コウは叫んだ。
ワダンは耳を貸さなかった。ワダンはもはや闘うことしか考えていない。
「...駄目だ!。全軍撤退だ!。急げ!。舞楽隊っ!...。」
...チカチカチカ...
空が眩く真っ白に光る。
「うわっ!。目がっ!。目がっ!。」
誰もが目を押さえのたうち回る。
イプシロン〔※2〕が青白く光り、ワダン目掛けて、一直線に太く眩い光の柱を叩き落とした。
...
....
大気が振動する。
鼓膜が破れるほどの爆音。
...ズズズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...
地面が波打ち、アマル軍の兵士は立っていられない。
ワダンは、僅かなタイミングで、シールドを展開し、何とかかわした。
人が雷から身を守るように。
ナジマの波紋 イプシロンは、回転しながら、幾重にも浮き出て来る。
そして。
アマル軍を直撃し始めた。
幾重にも、キノコ雲とともに、爆風が広がり、全てのものをなぎ倒して行く。
「...全軍!。退却!。急げ!。...。」
コウソンライが叫ぶ。
「...このままでは、全滅だ...。」
大地は溶け、木も草も小川も消滅し、絶え間なく激しい閃光と爆発が立て続けに起きる。
まるで、終末のように。
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