第21話境界の国3

逞しい兵士達が数千人集まり、中央の大闘技場を見つめている。


ここ、ハクマ殿の大闘技場は、スタジアムのトラックよりも大きい。


しかし、集まった兵士が大きいため、さほど大きくは感じない。


ハクマ殿は、ハイドラの狂人に破壊されたヒルマ殿の跡地に出来た。


今はまだ大闘技場しかない。


水上闘技場や他の施設は、まだ固まった溶岩のままだ。


男達は皆普通の人間の倍は大きい。


最も大きな兵士は10m近い巨大さだ。


その巨大な兵士は、身分が高いらしく、それぞれ、黒と白の甲冑(戦闘服)をつけ、腕組みをして座っている。


皆、容姿が変わっている。


耳の形が違う者。


目がやや離れ大きな者。


手足が大きい者。


大きさもまちまちだ。


肌の色や風貌で種族が幾つか異なることが見てとれる。


闘技場では、ヒドゥイーンタイガーと小さな兵士が闘っている。


とても華奢で小さい。


子供だ。


このヒドゥイーンタイガーは、小さな個体だが、それでも象のように大きい。


ヒドゥィーンタイガーは気性が激しく獰猛だ。


その牙や爪の鋭さ、そしてその狡猾さで、密林の覇者といわれる。


山の覇者である甲殻を持った熊 バングリズリーとヒドゥィーンタイガーは常に覇権を争っている。


ヒドゥィーンタイガーは人間や動物を好んで捕食する。


この牙の長い虎から逃れられる生物はいない。ケラムの怪物達を除いては。


しかし、この二種類の覇者でさえ、人間の住処からケラム地帯に出ることは容易ではない。


ハクマ殿のある、世界一大きな浮島ゴード島には、代々、島の秩序を護っているヒドゥィーンタイガーがいる。


ヌシと呼ばれ、格別に知能が高く、大きな個体だ。


今のヌシは、ハイドラの三大神殿セクハンニの大神官ジェー•ディーによりハクと名付けられた。


「ノリエガよ!。お主、気でも触れたか?。こんな小さき者に。可哀想ではないか。適所という言葉を知らんのか?。」


声を発した大男の周りの兵士はどっと沸く。


男は白い戦闘服を身につけている。


「カルタゴよ!。お前の目は節穴か?。だから白軍は連敗なのじゃ。」


今度は、ノリエガと呼ばれた男の周りの兵士がどっと笑う。


「ノリエガよ!。ワシは初日は早く帰り息子に会いたいのじゃが?。今日は、剣武までいくかの?。」


また、笑いが...。


「カルタゴよ!。それはそなたの白軍の頑張り次第じゃ。」


またどっと沸いた。


「あの子供、大丈夫か?。」


「いや、見てろ。凄いらしいぞ、何でもアトラから来たとか。」


「ノリエガ様がお出しになるんだ、間違いないだろう?。」


華奢な少年は何らかの動作をしようとした。


「タイト!。素で闘え!。ヒドゥイーンは皆そうする。」


ノリエガが叫んだ。


タイトと言われる少年は、はっとして、ノリエガの方を向き頷いた。


「素ってなんだ?。」


「いやな...。アトラ人はみな化けるらしい。お、俺はアダムという黒い化物を見たことがある。今思い出しても身の毛がよだつ...。」


「俺は、ジェニファーだ。アトラの金鬼だ。巨大な女の姿をした鬼...。途轍もなく恐ろしい怪獣だった...。」


「おい。マジア様やハイドゥクもありゃ化けてるのか?。」


「コラ!。誰じゃ!。この必殺の間にべちゃくちゃと!。」


ノリエガの横に座っていた大男が叫ぶ。


「うへっ...。」


突然ヒドゥイーンタイガーは、飛び出し少年を前脚で捕まえた。


その象のような巨体から想像できないほどのスピード。


ああー!


あぁぁ...


会場の兵士が慌てふためき、少年を助けようと、次々と闘技場の分厚い壁に手をかける。


「闘技場に降りた者は、全て破門じゃ!。」


カルタゴが叫んだ。兵士達は慌てた。


「し、し、しかしあの子供がっ!。」


「来るなー!。」


少年はヒドゥィーンタイガーに押さえつけられながら叫んだ。


「はっ...はっ....はっはっはっ!。」


カルタゴは笑った。


!?


大闘技場にいる全ての兵士がどよめく。


少年は、ヒドゥイーンタイガーを持ち上げた。


華奢な少年が、10トンを超える獣を軽々と...。


兵士達はみなポカンと口を開け、固まった。


誰もが、目を疑う。


「な、な、何たる怪力!。」


...ガゴゴゥッ...


ヒドゥイーンタイガーの長く鋭い爪は自分の重さに耐えられず、指ごと折れる。


少年は構わずヒドゥイーンタイガーを闘技場に叩きつけた。


闘技場は地響きとともに激しく揺れる。


ヒドゥイーンタイガーはすぐ様起き、今度は全力で少年に飛びかかった。


少年は消え、ヒドゥイーンタイガーは闘技場の壁に激突する。


...ズズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


鈍い重い音がして、闘技場の壁に亀裂が入る。


全ての兵士達は息を飲んだ。


少年は遥か上空からヒドゥイーンタイガーの頭部に降りた。


同時に、ヒドゥイーンタイガーの頭部を拳で殴りつける。


ヒドゥイーンタイガーの大きな頭部は地面にめり込む。


...ゴゴゴゴーーーーーーーーーーーーーーーーーー...


ヒドゥイーンタイガーは素早く起き上がり、咆哮を上げる。


そして、狂ったように頭を激しく振り少年を落とした。


頭部の棘のように太い毛が抜けて少年は落下する。


子供はバランスを崩し地面に転がり隙ができた。


おぉ...。


再び、兵士達からため息が漏れる。


しかし、もう助けに行こうとする者はいない。


ヒドゥイーンタイガーは子供に近づこうとはせず、唸りながら怯えるように闘技場の反対側まで下がった。


「よくやった!。」


ノリエガは叫んだ。


しかし、今度は少年が収まらず、さっきの動作を始めた。


「やめんかと言っておる!。中庸を保て!。」


ノリエガが叫んだ。


少年は驚き動作をやめた。


「はっはっは!。どうして、どうして!。中々の漢よ。」


カルタゴは笑った。


....


間をおいて、見守っていた兵士達から拍手喝采とともに大歓声が沸き上がった。


...ウオーーーーーーーーーーーー...


...おおーーーーーーーーーー...


...ワーーーーーーーーーー...


...ウオーーーーー...


...おおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...


...ワーーーーーーーーーーーーーーーーー...



黒の兵士達が大闘技に次々と壁を乗り越えた。


そして、大闘技場に飛び降り、小さな英雄を抱え上げ、肩車をした。


「よくやったぞ!。坊主!。」


「おまえは、強いなぁ!。」


「大したもんだ!。良く逃げなかった!。」


「偉いぞ!坊主!。」


大騒ぎだ。


「...こ、こら!ば、バカ者ども!...あぁ...。」


ノリエガは、頭を抱えた。


カルタゴは、笑い初めた。


「はっはっはっは!。ノリエガよ!。全員反則じゃ、はっはっはっは!。全員失格。はっはっはっは!。あっけなき幕切れとは、まさにこのこと。これは愉快じゃ!アッハッハ!。大将のおまえに似て...みな、ワハ!アッハッハ!。」


カルタゴは腹を抱えて、大笑いし始めた。


流石にカルタゴの側近は、少しでも顔を綻ばせるわけには行かず必死に笑いを堪えている。


ノリエガの逆鱗に触れてしまう。


...うわーーーーーーーーーーー...


...うおーーーーーーーーーーー...


ところが、間をおかず、今度は白い兵士達も歓喜の雄叫びをあげ、大闘技場に雪崩れ込んだ。


一緒になって飛び上がって大喜びをしている。


ヒドゥィーン魂を持った小さい勇者の出現に、兵士達は大喜びだ。


「...な、何!?。おまえ達!?。な、何をしておる!。おおい。バカ者!。ばっ...バカ者どもがっ!。敵軍の...。わざわざ失格になるバカがあるかぁっ!。」


「ブッ!。うぅっ!笑。クックッ。笑。」


今度は、ノリエガが必死に笑いを堪えている。


10mの巨体を激しく揺らして、笑いを堪えている。


カルタゴの面目は丸潰れだ。


ノリエガの側近も必死だ。


明後日の方を向いたり、わざと怒ったような顔をしたり。


腕組みをして悩んでるふりをしたり。


...クックックックック...


...ププーーーーーーーーッ...


...ブブッブブ...


必死に笑いを堪えている。


「あぁっ?!。」


カルタゴは不愉快そうに声を上げた。


ぎゃっはっはっは!。


こ、これは違いますぞ。


わはははは!。


いや、今日の闘技は愉快でご、が、ギャハハ!。


アッハッハッ!。い、いやすみません。


ぎゃははははははは!。


いや、も、申し訳ご....ギャハハ。


堪えきれずにノリエガの側近は、爆笑している。


カルタゴは、巨大な身体で、ノッシノッシと歩きノリエガの横に来た。


しまった。流石に悪いことをした。


「おい!。ノリエガ!。」


「いや、すまん。じゃがおまえが先に...。」


「そんなことは、どうでもえぇ...。見ろ。あの楽しそうな笑い顔を。」


「笑。あぁ、タイトか。おまえに相談して良かったわ。しかし、ククッ。笑」


「いつまで笑っとる。この単細胞が。それもそうじゃが、見ろ。ゲイボルグ、ジータ、ジーン、デューザ...。あの楽しそうな顔を。」


ノリエガは真顔になった。


「そうじゃ。良かった。マジゥのことがあって以来じゃな。あいつらがあんなに笑っておるのは...。」


「マジゥのことは、あいつらもショックが大きかったであろう。」


「北軍の者は、マジゥを心から慕っていた...。」


...ドドドドザザザザザザ...


突然、闘技場に重装備をした兵士が現れ、大声で叫ぶ。


息を切らしている。


「マトゥバ アンティカ (カルタゴ 東方のアンティカ)様っ!。マドワ アンティカ(ノリエガ 西方のアンティカ)様っ!。」


両手を振り闘技場の中の兵士達を制止し、ノリエガと、カルタゴに大声で呼びかけた。


「何ごとじゃ!。貴様!。これを神聖な闘技と知ってのことか?。」


カルタゴの横に座っている巨大な女兵士が叫ぶ。


「ミノスゲートが!。ミノスゲートが破られました!。オグワンが落とされましたぁぁ!。」


「なんじゃと!。どこの軍が...。あの地への侵攻は不可能なはず。」


ノリエガの側近が叫ぶ。


兵士は息が切れ声が出ない。


「早う申せ!。敵は何者じゃ!?。」


競うようにカルタゴの側近の女が。


「あ、あ、アマルでごさいます!。」


「やはりか...。」


「アマル!。」


数千の兵士達は騒ついた。


「や、やはりモルフィン様は本当のことを仰せておられたのだ。」


「なぜアマルが突然!。」


「ミノスは、ミノスはどうなっている!。」


「今度は何百万だ?。いや千万か?。」


「怖い...赤碧と対峙するのか...。」


「赤碧帝?。アブドーラが来たのか!。」


側近達が問いかける。


「ノリエガ様!。」


「カルタゴ様!。」


ノリエガもカルタゴも腕を組み目を閉じている。


「狼狽えるな!。ヒドゥイーンの勇者達よ!。」


地響きのような、低い大きな声が大闘技場をこだまする。


声を聞くなり、ノリエガもカルタゴも、床几から降りた。


そして、声の主に向かい頭を下げる。


ノリエガよりもカルタゴよりも2周り以上大きな男が大闘技場の南門から入って来る。


男は赤い戦闘服を身につけている。


威厳に満ちたその立ち振る舞いや、装飾品の豪華さから、ノリエガ達よりも、更に位が高いようだ。


全ての兵士達は、一目するなり、地にひれ伏した。


「モルフィンの気が触れたのを、とうとう赤碧に見破られてしもうたわ!。わっはっは。」


「デフィン(マジア アンティカ)様、そのようなお言葉は兵士達の誤解を招きかねませんぞ。」


「ノリエガよ。貴様、俺に意見するか?。」


「寧ろ、ご血統ご三兄弟をアブドーラが恐れたからでございます。」


「あの気違いを赤碧が恐れるというのかノリエガよ。笑止。」


「モルフィン(マジゥ アンティカ)様は気狂いなどではありませぬ。現にモルフィン様の仰せの通りに...。」


デフィンはノリエガを睨みつける。


「ノリエガ!。慎め!。」


カルタゴは慌てて叫んだ。


「まあ良い。戦は所詮は兵曹の闘い。赤碧など俺が一撃で倒してくれる。」


「殿下。帝国の兵曹を見くびられますな!。」


デフィンは、振り返ると、アスバードドラゴンと言われる龍を模った盾のついた巨刀を、ノリエガの喉元に突き付けた。


しかし、デフィンのアスバードドラゴンは何者かが掴みノリエガに届かない。


「何奴!。」


タイトが手から血を流しアスバードドラゴンを掴んでいる。


「武器をお返しください。私のものです。私がモルフィン様からお借りしているもの。」


「ば、馬鹿者!。」


ノリエガは初めて動揺の色を見せた。


数千の兵士も激しくどよめいた。


「何と。アトラ人ではないか?。」


デフィンは目を見開き、アスバードドラゴンを振り上げた。


デフィンはかなりの使い手。


動きが見えない。


兵士達はどうしようもないほど慌てた。


カルタゴは必死の形相で間に割って入り、土下座をした。


「お、お許しくださいませ、数々の無礼。マジア様。ノリエガっ!マジア様にお詫びをせいっ!。」


「.......」


「ノリエガっ!。」


ノリエガの側近も土下座をし、叫んだ。


「ノリエガ様!。お詫びをなさってくださいっ!。」


しかし、デフィンが自ら冷静さを取り戻した。


「ふん。あながち間違ってもおらんわ。」


デフィンは、怒りを鎮め、背を向け言った。


「ノリエガよ。カルタゴよ。お前達の力が必要になる。俺に、ハイドラに、おまえ達の力を貸せ。」


「ははっ!。」


「御意!。」


二人は深く頭を下げた。


デフィンは門の前で止まった。


「アトラの少年よ。我がハイドラはアトラと対立するかもしれない。俺はお前の存在を認めた訳ではない。覚えておけ。」


デフィンは、重い足音をさせ去った。

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