第19話境界の国1

「ミノスの空は今日も青いな?」


右大門柱の砲台に座っている大男が叫ぶ。

この男は、ハイドラの民族 ヒドゥイーン〔※1〕の中では、最も大きいタント族だ。


〔※ヒドゥィーン2種16部族:アミ、イリーナ、タント、ルカイ、シャガール、ジャワ、ダンヌ、ジャイナ、シッタイ、ゾグドル、ムワイ 、ピピン、マヌ、サラディーン、ジュール〕


ミノスの大気は澄んでいる。塵一つ漂っていない。


どこまでも透明な青い空が続く。


他国や、ケラム生物に対する防御の要所であるゲートは、防護壁にあり、大抵の場合、背後に大規模な軍事基地を持っている。


ミノスに限っては、軍事基地どころか、駐在の兵士も10人に満たない。


殆ど装備も無い。


ここは、その巨大な佇まいにも関わらず100年以上開いたことが無い。


ゲートの頂上からは、ケラム平原の遥か彼方まで見渡せる。


ゲートの高さを除いても、数百mの標高差がある。


緑の地平線がどこまでもどこまでも続いている。


ときどき、甲殻グマや、陸イカなどの群れが姿を見せる。


パンデミア生態系の食物連鎖の中では、下位の生き物達。


ミノス近辺は、ケラム地帯のパンゲア、パンデミア、ミルゲレラ、3つの大きな生態系の間(はざま)にある。


飢えた獣達が、頻繁に押し寄せるわけではない。


そして、この3つの大きなケラム生態系が、侵略国家にとって大きな障壁となっている。


この3つの大きな食物連鎖こそが、ハイドラ首長国連邦に、大半の戦力をアルバーンや、ザザルスなど、大国との国境への配備を可能にしている。


「...ふわぁぁーー...。」


タントの男が欠伸をした。


ゲート砲台室の兵士達は、今日も暇だ。


交代で来た、左大門柱のもう1人の兵士は、タントの男より一回り大きい。彼は、タント族と小さなアミ族の混血だ。


時折、種族間の混血には、際立った特徴を持った子が生まれる。


大酋長シーアハーンの掲げた、三大政策の一つ、部族融合政策によって、近年、混血の人口比率が増している。


「はぁーーほぅー...っ。...しかし、こうまで平和だと、何らかの異変を期待してしまうな?。」


混血の男が欠伸をしながら話しかける。


男の大きな声は、叫ばなくても、澄んだ空気に、反響している。


数百メートル離れた2人が会話が出来るほど、ミノスはのどかな場所。


小鳥のさえずりが聞こえる。


「不謹慎だぞ!。笑。分からんでもないが。」


「すまん!わははは。笑」


ミノスでは、砲台に座るものは、大声でのお喋りを楽む。


しかし...。


...。


それは突然来た。


...チカッ...チカッ...チカッ......


「うわあぁ!。眩しい!。」


「あぁ...目が!。目がぁっ!。...」


大気がフラッシュしている。


「...何だ...?。いったい。今のは...。」


視界は戻ってきた。


また、風が、鳥のさえずりや、のどかな小川のせせらぎの音を運んで来る。


「お、おーい!。今の...。」


「おぉ!。何だあれは。笑」


また、いつものように、ボルガ大河のもたらす透明な水が、二つの太陽の光を受けて輝いている。


遠くに野生の飛行虫の群れが通り過ぎて行く。


ギリノアという名の、大きな虫。


体長は20m前後。


今の季節は青いメタリック調に光っている。


「やっぱり、不謹慎なこと言うべきではないなぁ...。笑」


...チカッ...チカッ...チカッ..チカッ...


「おぉい!。ま、まただ...!。」


タントの男。


身体は大きく、見た目も猛獣のように荒々しい。


にもかかわらず、やや小心者だ。


...チカーーーーーーーッ...チカーーーーーーーッ....チカーーーーーーーッ...


また、昼間の稲妻。


何回も連続して。


「...ああ!。目が、目が!。..」


「...おぉ、おいっ!。あ、あれ!。あれを見ろ!。」


混血の兵士が、真上を指差した。


でも、どこまでも真っ青で美しい空が広がっているだけ。


いや。そうじゃない。


上空で、何かが燃えている。


メラメラと...。


「な、な、何だ?!。...あ、あれは...。」


...チカーッ...チカーッ...チカーーーーーーーッ...チカーーーーーーーッ....チカーーーーーーーッ...


「また!?。何だいったい!?。汗。」


「おい!。見えるか!?。」


「あっ!ひ、ひ、火の玉がぁっ!。...」


「それじゃない!。あっちだ!。」


混血の兵士は、大声で叫び指を違う方向に何度も指し示した。


「あ!!。」


高い空のその遥か上で、半透明の白い光の球が二つ、いや、三つ。


ゆっくりと移動している。


突然砲台のスピーカーが鳴った。


『...聴こえるか...オグワンが、アマルの軍事衛星ソランに攻撃されている。』


オグワンとソラン...。


オグワンがミツバチなら、ソランはスズメバチだ。


部が悪過ぎる。


「あっ、あっ、あ、アマルのぐ、ぐ、軍事衛星...な、何でこんな所に...。」


「なんだと!。アマルの?。」


混血の男も大声で叫んだ。


『...聴こえるか...。ペルセアからの通信が一時的に断絶させられている。アメンに干渉されている...』


「ペルセアが、アマルのシナプスフレーム※に!?。戦争じゃないか!。それじゃ!。」


〔※シナプスフレーム:人工知能。アルマダイの1粒子スピンを1クロックと紐付け無数の直列兼並列結合で天文学的な演算速度を記録する。最も小さい時間単位の間に10000回以上演算に最適な回路になるまで、シナプスを接続し直す。〕


『...まだ分からない。が、オグワンが攻撃されている!。...』


...チカッ...チカーッ..チカーッ...チカーッ...


再び大気全体が真っ白に。


遥か上空で、光の球が光の球を攻撃している。


....チカチカチカチカチカチカ...


また、大気が光った。今度は攻撃を受けていた光の球が反撃。


光の球が一つが燃え始めた。


かなりの上空で...。


「おおい!!。あ、あ、あれを見ろ!!。」


いつの間にか、緑のはずの地平線がまっ黒く変わっていく。


漏れ出すコールタールのように広がって行く。


地鳴りのように振動が伝わる。


大門柱はゆっくりと大きく揺れ始める。


『....オグワンが破壊された。...』


スピーカーが鳴る。


...グゥオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...


凄い音だ...。


空から、大きな大きな火の玉が唸りながら迫って来る。


これは、大惨事だ。


歴史的な。


今迄起きたことのない。


大変な事故だ。


巨大な金属の塊が、空を斜めに横切り、ケラムの大地に堕ちて行く。


オグワンが墜落する。


激突する...。


猛烈な勢いで地面にめり込んで行く。


美しいケラムの大地が、緑の大地が、焼け焦げ、黒い絨毯のように簡単に巻き取られていく。


...ズズズズズズズズ.....


...ズズズズズズズズ....


激しく大門柱が揺れる。


この太くがっしりしたジニリウムの塊が、豆腐のように震えている。


このままでは、折れてしまう。


...


...


...


...ズッ...


....


...ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン...


...


...ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ...


凄まじい振動。


地面が揺らぐ。


大きな地震のように。


火の玉は、四方に砕け散る。


着地した場所から更に大きな爆発が起きる。


爆風が広がっていく。


大地の緑は一気に黒一色に変わっていく。


熱い。


大門柱の揺れが収まらない。


激しく大きく揺れ、爆音が...。


...ビシィッ...


砲台室の強化ガラスにヒビが入る。


『......アマル軍だ。...』


司令室からの声が。


「アマルが...ま、ま、まさか。こ、こ、こんな場所を...。」


『.....ペルセア復帰。ペルセア復帰!。ソラン2機がこのゲートをロックオンしている。先制攻撃を行う!。繰り返す!。アマル軍に対して先制攻撃を行う!。主砲用意!。...』


「し、しゅ、しゅ、しゅ、しゅ、主砲用意!。...」


タントの兵士は、手が震えキーがささらない。


『.....左大門主砲、発射用意完了。...』


『....右大門!。まだか!。...』


キーを回したが、起動しない。


「き、起動しない!。」


『......落ち着け、撃つ時は左だぞ!。...』


左門柱の兵士が叫んでいる。


砲台は既に透明なカプセルで遮蔽されている。


「あ、あ、!。そ、そうだ。...」


『.....ペルセアがアメンを抑えているうちに、我らはアマル軍に打撃を与える!。...』


司令室から指示が飛ぶ。


「こんなことになるなんて...。これは夢か...。」


...チカ...チカ...チカーッ...チカ...チカ...


また、大気が真っ白に。


大門柱がまた激しく揺れる。


『.....射程まであと2km。!...』


『...ま、また、オグワンが落ちた。...』


『....迫撃砲を持つ兵曹から狙え。...』


タントの兵士は震え始めた。


「また、アマルの奴隷に...。ハイドラが奴隷に...。」


『....何とか、ハイドゥクが来るまで、持ちこたえるのだ!。...』


「持ちこたえる?。...どうやって?。大砲二つで...。迫撃砲より射程短いのに...。頼みのオグワンが2機とも落ちた...。」


『....ゲートを死守するぞ!。我らの使命は何だ?。誇り高き我がハイドラ、そしてヒドゥイーンを護ることだろう!。...』


「あ...そ、そうだ!。くそ!。俺はヒドゥィーンだ!ハイドラを護る!。」


『.....おい!。一人じゃないぞ!。兄弟!。...』


混血の族の兵士だ。


『...我ら7名で伝説を作るぞ。ハイドゥクが来るまで持ちこたえるぞ!。...』


地平線にびっしりとコールタールで塗り潰したようだ


...チカァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ...


左側の大門柱が閃光で覆われた。


何も聴こえない。


焼けた目で、何が起きているのか必死で見ようとする。


左側の目が熱い。


痛い。


完全に焼け焦げてしまっている。


タント族の仲間のいた右門柱も、防護壁も、何も無い...。


!?


な、何も...。


そんな...。


そんなバカな。


大地がえぐられている。


緑だった大地が大きな大きなクレーターに。


左門柱が傾きはじめる。


....倒れる.....


声にならない。


再び閃光が。


...カァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ...


眩しい...。


熱い...。


今までとは比較にならないほどだ。


何も見えない...。


何も...。

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