第15話タク3

「申し訳ありません...。社長はお出になれません。役員理事会中ですので。」


「あなた、私が妻だと、妻のカルメンだと伝えたのっ!?。」


「ええ。お伝えしました。ですが...。」


「そんなはずは無いわ。あなたいい加減なことを言わないでよ!。もう一度、伝えなさい!。このうすのろ!。」


「ですが...。」


「いいから伝えて来なさいよ!。」


「社長から伝言を預かっておりますが...。」


「ほうらみなさい!早く言いなさいよ!。このグズ!。」


「学校の件なら、明日ゆっくり話そうと...。」


「!?。そんなハズはないでしょう!あんた馬鹿じゃないの?!ウソをつくんじゃないわよ!。」


「だから中に入れなさい!。あなた達が匿う気なら、私達が力づくで。」


キャシーが叫んでいる。


「随分と騒がしいこと。」


その声に、カルメンも大人しくなった。


日を背にして、ローヒールの音。


2人の大男の重そうな靴の音がドタバタと続く。


巨人と言っても良いほどだ。


5mは背丈がある。


「...ブ、ブッシュ夫人。」


マエダの声が震えている。


「ガンツ。あんた、私がここに何をしに来たか、分かるよね?。」


ブッシュのその穏やかでも、ラフな言葉遣いは、ただならない怒気を発している。


その服は、地味だか、全身最高級の物だ。


身体は大きく、声はしゃがれ太い。


太く短い首や肉付きの良い鼻がジャンにそっくりだ。


そして、大男2人は明らかに軍事兵曹。


極限までに盛り上がった筋肉。


艶消しの金属に近い微かな光沢。


普通の肉体ではない。


軍事兵曹をSPとして2体もつけられるのは、相当な財力と地位を象徴している。


軍事兵曹は、最下層のものでも、上級アンドロイド5000体の戦闘力に匹敵する。


「....。」


流石のガンツも言葉がない。


「ど・き・な・よ。この老いぼれ。」


ブッシュ夫人は、なじるようにガンツの耳元で囁いた。


ガンツは、顔中汗を流しながら、ゲートのキーボードを隠した


「チッ、こいつ。」


ブッシュは、そう言うと、硬いトラファルガースネーク(豹柄の毛皮を纏った猛毒蛇)のバッグで、ガンツの顔面を殴り続けた。


一撃目からガンツの額は流血した。


「きゃぁ。」


ブッシュは、手を止め声を出した母親を見た。


ニヤリと笑うと、近寄って行く。


...カツ...カツ...カツ...


「何だよ?。」


ブッシュは、微笑んだ。


母親は、動揺しながら無理に笑おうとした。


...バアン...


「ひゃあっ!。」


「なんだよ?。」


...バアン...


...バアン...


「ヒィー!。」


「うるせぇ!。この野郎!。」


ブッシュは、凄まじい勢いで、その細い一番格下の母親を平手で殴り続けた。


母親は鼻血を出し、歯も折れ、髪がボサボサになり倒れた。


痩せた母親は倒れ際に、カルメンにすがろうとした。


カルメンは、まともに肘打ちも顔面に食らわせた。


ブッシュに笑いかけたが、ブッシュは無視をした。


上院議員である夫と供にテレビに映るクラウディア•ブッシュは、とても穏やかで、おとなしい。


夫のブッシュは、権力の中枢にいて、体格の大きい元軍人。


残酷で暴力的なことで有名だ。


夫のその鬼のような性格を、仏のような穏やかさで打ち消している...と言うのが、マスコミの伝えるクラウディアの姿だ。


しかし...。


誰もが、クラウディア•ブッシュが暴力を振るう姿を初めて見た。


声を荒げたことすらない女帝の威圧感の正体を見た気がした。


ブッシュは、母親としてジャンの受けた屈辱に我を忘れている。


大理石の灰皿を見つけると、それを掴み、ガンツの方へ再び近づいて行った。


「早くどきなよ?。」


...ガツ...


ブッシュは、ガンツの頭を殴った。


マエダが慌てて割って入る。


「やめてください!。こんな物で殴ったら、こ、こ、校長が、校長が...死、し、死。」


「どきな!。」


マエダは、突き飛ばされ頭を打った。


「あぁ、ぅ。」


ガンツはマエダの方を見た


___________________________________


「僕、行かなきゃ。」


教室中がタクを見た。


...ガタン...


タクは突然立ち上がった。


今のタクの席は教室の1番前の左側。


窓側だ。


ケイの席はその隣。


「キリシマくんどうしたの!?。」


女教師が聞いた。


「おい!。お前!。なんで立ってんだよ!。」


ジャン。


「黙って!またビンセント呼ぶわよ!。」


ケイはいつの間にか、強い女の子になっている。


「座りなさい。授業中です!。」


「先生ちょっと待って下さい。ねぇ、タクちゃん何が聞こえるの?。」


「ごめん。ケイちゃん。僕行かなきゃ。僕のせいだ...。」


「タクくん、何か聞こえるの?。」


前の席のボビー。


「キリシマくんどうしたの...?。」


女教師。


「これだからロボットは困るよな。」


ジャンが言い、イーノは笑った。


ケイは振り向いて二人を睨んだ。


イーノは、完全にビビっている。


「ケイちゃん。ごめん。」


タクは、そう言うと窓から飛び降りた。


4年生の教室は3階だ。


「キャー!。」


教室から悲鳴が上がった。


「タクちゃんっ!。」


「き、キリシマくんっ!。」


タクは、着地し元気に校庭を走り始めた。


校庭に降りて走るタクは、小さいが、しっかりと教室から見える。


セキュリティシステムがある校内では、自由に棟の移動は出来ない。


小さな男の子は、校庭の端の壁をよじ登り、壁伝いに走った。


エントランスのある棟に行こうとしているようだ。


強いビル風が吹き、タクはよろめく。


...キャーーー...


教室から悲鳴が。


壁の下は機動室だ。


起動室は、2km四方のこの学校の防風壁の形状を変え、建物を制御している。


風の強い今日、歯車やモーターが動いている今、下に落ちればタクはすり潰される。


「タクちゃん!。」


ケイは、すぐさま教室のドアから廊下に走って出て行った。


ジャンとイーノはいつの間にか、窓際に来ている。


「あいつ、ガラクタのくせに勇ましいのな...。」


イーノは、ジャンを見てハッとした。


「ああ。」


ジャンも返事をした。


____________________________________


ガンツが必死でコントロールパネルを押さえているにもかかわらず、ゲートは開いてしまった。


ガンツの頭は血だらけだ。


エントランスから軍事兵曹の横を通り抜け、男の子が走ってきた。


息を切らせている。


男の子はガンツの前に立ち、両手を広げてガンツを庇う。


「はぁ。はぁ。はぁ。待って下さい。もうやめて。僕はここだよ!。」


「ど、どうやってここへ。」


ガンツは、血だらけの顔でタクの肩を強く掴んで揺すった。


「先生との約束忘れたのか?!。来たらだめだと!。」


「先生。僕、放っておけないよ。」


「タクくん。私達が何とかするから逃げなさい。」


マエダも立ち上がって、頭を抑えながらタクの元に来た。


「ふん。なんだよ、気持ち悪い。おまえ達頭おかしいだろ。」


ブッシュは、半ば呆れかえり、マエダを引き剥がした。


ローデシアドラコの頑強なカバンで今度はタクを殴ろうとした。


しかし、ガンツがかばった。


カバンの堅い角が、庇ったガンツの脳天を再び直撃した。


ガンツは頭を抱えて息をひそめ悶え苦しんだ。


母親達は、ただただ怯えて、佇むだけだ。


何とか愛想笑いをしていたカルメンですら、恐怖に囚われ始めている。


「先生。ぼくの後ろに隠れて。ぼくの方が頑丈だから。」


「先、生...の...こと、は良いから、逃げ、逃げなさい...。」


ガンツも必死だ。


「はん?。何やってんだい?笑。安い芝居だねぇ。このロボットがそんなに大事かい。だったらこうしてやるよ!。」


「やめてー!。」


女の子の声が響いた。


ケイだ。


ケイも来てしまった。


「おや、あんたは、キミモリのとこの娘だね。」


「タクちゃんは、ロボット何かじゃないわ!。」


「何だろうね。その口の聞き方。親父がバカだと娘までバカになるのかね?おまえの親父もホントに恩知らずな奴だよ。」


「おばさんこそ、こんな野蛮なことするなんて、ゴリラ以下じゃない!。」


母親の何人かが笑った。


ブッシュは振り返ったが、誰かは分からなかった。


「なんだと、この野郎!。」


テレビで見るブッシュ夫人がこんなに暴力的だとは、絶対に誰も思わない。


ブッシュは、ケイを捕まえようとしたが、すばしこいケイを掴むことができない。


苦し紛れに、ブッシュが投げたカバンが、ケイを掠り、ケイは倒れた。


ブッシュは、ニヤニヤ笑い倒れたケイの元に歩いて行った。


そして、思いっきり平手打ちをしようとした。


今度は、タクがケイをかばった。


タクの目はさっきとは違い怒りに満ちている。


「へぇ?。ポンコツロボットのくせに、逆らう気かい?。」


ブッシュは、左手の大理石の灰皿を思い出し、掴み直すと、カルメンに言った。


「ほら、何ぼさっとしてんだよ!。手伝えよ。」


カルメンは、一瞬後ろに下がった。


しかし、思い直し、走って来た。


下等市民殺しなら、ブッシュの力があればもみ消すことが出来るに違いない。


「はい、さようなら。」


ブッシュは、大理石の灰皿をタクに思いっきり振り下ろした。


...ガッシャーン...


タクは、拳で灰皿を叩き割った。


ブッシュの腕のバンドル(腕時計型情報ロボット)が衝撃で外れて飛ぶ。


「なんだいこいつ、やっぱり立派な兵曹じゃないか。笑。」


「ブッシュさん。あなた、今兵曹って言ったわよね。見ての通り、タクちゃんは100%人間の脳が残ってる。市民レギュレーションでも、人間だわ。」


「なーに。そんなもの後で何とでもなるわ。笑。」


「卑怯ね。でも、平気。ビンセントのパパに電話して貰ったから。」


「な...。」


ブッシュは、一瞬怯んだ。


「嘘じゃないわ。今、ビンセントが。」


『...ケイ!ケイ!パパは今タルカントに出張に行ってる。連絡つくまで何とか鬼ババアはごまかして。...』


ケイの血の気は引いた。


さっき走りながらビンセントと話していたので、バンドル(時計型スーパーコンピューター)のモードをスピーカーにしたままだった。


「あっはっは。残念だね。お嬢ちゃん。ビンセントちゃんにも後で黙って貰うよ。」


ブッシュは勝ち誇ったように言った。


「さ、もういい。おまえ達。このタクって言うロボットを二度と暴走しないように破壊しな。」


2体のSPは、ブッシュの命令に従い、巨体をのっそりと動かしタクに近づいた。


戦車すら片手で簡単に粉々にするその力。


絶対絶命だ。


しかし、タクの顔を見ると2人とも首を振り、ブッシュを振り返った。


「この子は、兵曹じゃありません。人間の子です。ただの子供です。」


「うるさい!。いいからやってしまいな。こいつらみんな!。後で揉み消しゃいいんだよ!。」


タクは相変わらず両手をいっぱに広げ、ケイをそしてガンツやマエダを庇っている。


SPのリーダー格がタクの襟首を掴み軽々と持ち上げた。


もう1人がリーダーの腕を抑えた。


二人は睨み合う。


二人はラジュカムというアルマダイを使った特殊な通信をしている。


『...何のつもりだノーラン。...』


タクには聞こえる。


『...あんたを見損なったぜ!。ディライト!。その子を離せ!。...』


『...やめろ!ブッシュが見てる。...』


『...糞食らえ!。糞食らえだ!。こんな小さい子が身体張ってんだぞ!。おい!。...』


『...おい!落ち着け単細胞。...』


『...何だとこのハゲ!。こんな小さな子が戦ってんのに!。あんた、間違ってるって分かってて、また片棒かつぐのか!。クソハゲ!。もうウンザリだぜ!。これじゃ地獄じゃねぇか!。...』


『...俺はそこまでクソじゃねーわ!。このクソ単細胞。...』


『...えっ!?。じゃ兄貴。...』


『...ハゲハゲ言いやがって、この野郎!。だからてめえは単細胞なんだょ。...』


「ノーラン。お前逆らう気かい。」


SPは睨み合ったままだった。


タクに音声通信が入った。


『...ぼうや、走れるかい。...』


タクは、どこからの通信か分からなかったが頷いた。


『...ちょっと強めに投げるけど、大丈夫かい。...』


『...俺たちが追いかけるけど、走って逃げてくれ。俺たちに追いつかれないようにな。...』


『...できる限りゆっくり走るけどな!。このハゲのおじさんも。...』


タクは、自分を吊り上げているSP達の目が優しいことに気がついた。


『...おじさん達なの?。...』


タクは驚いて通信を返した。


『...お兄さん達だ。こら。怒。...』


『...ぼうや。頑張ろうな。...』


『...先生達は?。...』


『...俺たちに任せろ。...』


『...ぼうや。うまく受け身をとってくれよ。...』


『...はいっ。...』


『...ドッ、ターンだぞ。受け身は。...』


『...えっ?。と!?。はいっ。...』


『...アホかノーラン。...』


「オラァ!。」


タクは、校庭に投げ落とされた。タクは見事に受け身をとった。


...ドッ、ターン...


続いてSPの兵曹達が。


...ズドーーーーーーーーン...


...ドゴーーーーーーーーーーーーーン...


タクはすばしっこく、SP達は迫真の演技で、校庭の遊具や壁に激突しながら、タクを追い回す。


校庭を見ていた、タクのクラスの子がタクを見つけた。


「あ。タクくんがっ!。タクくんがっ!。」


「頑張れー!。」


子供達は、教師達の制止を聞かずタクに声援を送った。


中には泣きながら応援する子も。


やがて、4階建、全ての教室の子供達が窓から乗り出し声援を送り始めた。


...ガンバレーーーー...


...逃げろーーー...


...頑張って!頑張って...


...後ろーーー!危ないーーーー...


...ガンバレーーーー!ガンバレーーーー...


...ガンバレーーーー!..


...キャーーーーーーーー...


...逃げろーーー...


...頑張って!頑張って...


...逃げてーーー...


...後ろーーー!危ないーーーー...


...ガンバレーーーー!ガンバレーーーー...


『...なぁ、兄貴。どうやって終わらせる?。...』


『...盛り上げ過ぎたな。汗...』


『...ちびっ子達の注目を全部集めてしまった。...』


『...ブッシュがバンドル(情報通信ロボット)拾ってたらまずいぞ。声で話すか。...』


『...うっす。...』


『...ぼうや、たまにホールが見える場所を走ってくれ。...』


『...うん!。分かった。お兄さん。...』


『...そうだぞ。お兄さんだ。うんうん。通信終わりまーす。...』


『...うん...』


「ぼうや壁を登って校庭の外へ。行けるか?。」


「うん!。」


「兄貴、ここは高いぞ。子供には。」


「ぼく行けるよ!。さっきも3階から飛んだんだ。」


「凄いぞぼうや!。」


三人は防風壁に近い機関室に近づいた。


不意に、ブッシュの声がした。ブッシュは腕のバンドル(通信情報ロボット)が落ちたのに気づいてしまった。


『...お前達!何やってる...』


『...中々すばしっこいガキでして...』


『...ガキじゃない!。機械だ!。お前ら何で捕まえられない。...』


『...も、申し訳ありません...』


ブッシュは、しばらく、様子を見ていた。


機関室にタクが登り始め、兵曹達も、追った。


『...馬鹿野郎!お前達が登ったら逃げられてしまうだろ!..,』


タクは屋上に登り飛び降りようとした。


「いいぞ!ぼうず!。」


兵曹達も迫真の演技だ。


もし捕まれば、下層市民のタクは、命を奪われるばかりか、誰かのパーツとして使われてしまう。地下世界エスカトラに近いこの場所では特に。


「よし!飛び降りろ!。」


ディライトが叫んだ。


『...おい!全部聞こえてるんだよ!貴様ら。小僧!飛び降りてみろ!ここにいる奴ら皆殺しにしてやる。...』


ブッシュは、叫んだ。


「何やってる、ぼうず!飛び降りろ!。」


「ぼうや、後のことは、俺たちに任せろ!行けー!飛べー!。」


タクは、何回も地上と、SP達、そしてホールの方を見比べている。何回も何回も。


「どうした、ぼうや、怖いのか?高さは、3階よりちょっと高いだけだ。」


タクは、焦った顔をしていた。


『...ロボット野郎!戻ってきな!ここにいる奴らがどうなってもいいのか?内臓生きたまま取り出して、エスカトラに売っぱらうぞ...』


!?


タク、衝動的に校庭に戻りロビーめがけて走り出した。


『...タクちゃん来ちゃダメ!タクちゃん絶対ダメー...』


ブッシュが銀色のペンの様なものを構えている。


バンドルからケイの必死な叫び声が漏れる。


タクは全力で危険な塀の上を疾走した。


子供達は全身乗り出し、枯れるほど大声で声援を送っている。


今の子供達の中には一等市民も無階級市民も無かった。


ただ、誰かのために必死で頑張っている友達を応援したいだけだ。


SP兵曹達は、仕方ないという顔で、顔を見合わせて、タクを追った。


「兄貴、俺たち信用されてないなぁ。」


「そりゃそうだろう。なぁ、おまえ!後を頼むぞ。」


「何だよ?急に。」


二体は、一瞬でタクに追いついた。

タクはロビーに飛び上がった。


「タクだめーー!。」


ケイの絶叫が響き、ブッシュの構えている銀色のペンが、激しく火を噴いた。


レディガード(アフロダイ反重力銃)だ。小型だがとてつもない威力。


...ドウン...


しかし、レディガードは、タクではなく、兵曹を吹き飛ばした。


デイライトが、タクを庇い飛び出したのだ。


『...チッ!この出来損ないが...』


デイライトの上半身は吹き飛んで跡形もなくなっている。頭だけが、花瓶のように大理石の床に転がった。


タクもノーランも放心状態だ。


ブッシュは躊躇なく今度は、レディガード(アフロダイ反重力銃)をタクを庇うノーランに向けた。


ノーランが避ける暇も無く引き金は引かれた。


マエダがブッシュに飛びついた。


レディガード(アフロダイ反重力銃)は、学校の大きな吹き抜けごと天井を吹き飛ばした。


マエダは、象に飛び掛かるミニチュアダックスのようだ。


二発目のレディガードが柱を吹き飛ばした。


柱の巨大な破片がマエダ顔面を直撃した。


マエダは大理石の床に崩れ落ちた。


ブッシュは無傷だ。


ノーランはタクを全身で覆い隠した。


「そうかい、じゃこうしてやるよ。」


ブッシュは、二人ではなく、ケイにレディガード(アフロダイ反重力銃)の狙いをつけた。


「うおー!。」


ノーランはタクを安全な距離まで突き飛ばし、捨て身でブッシュに向かっていった。


「な、何だおまえは...。」


ブッシュは、怯みながらも、レディガードを連射した。


ノーランは頭部を吹き飛ばされ、巨大を壁に激突し、生き絶えた。


タクは、慌ててケイの前に滑りこみ、ケイの手を引き、ガンツを抱えようとした。


しかし、タクにももう力が残っていなかった。


タクとケイは動けないガンツに肩を貸し、マエダの方へ歩いた。


母親達の半分は逃げ、半分は、ゲートから我が子のいる教室に向かった。


「待ちな、おまえら、勝手なことしてんじゃないよ。おまえらも共犯だ!。逃げたら撃つよ!。」


母親達は、すくんだが、一人が走り出した。ブッシュは、威嚇でゲートを撃った。ゲートは吹き飛び、母親の1人が吹き飛ばされ倒れた。


それでも、母親達は、隙を見て、ゲート内に突進した。


タクとケイは、やっとマエダの所に辿りついた。マエダは動かなかった。ケイは泣き出した。タクももう動けなかった。


「さあ、消えな、クズども。」


ブッシュはレディガードを構えた。


タク達の前に人影が現れ、ブッシュに対峙した。


「やめろよ!。」


ジャンだ。


ブッシュの息子のジャン。


「もう、やめろよ!。」


「ジ、ジャン、危ないじゃないか。」


ブッシュは、慌ててレディガードを降ろし、後ろに隠した。


「母さんもう帰ろう。もういいだろ。」


「お母様と...。」


「こんなことして、何がお母様だよ!。」


「仕方がないんだよ。階級秩序を守るためには...。」


「人殺して、何が何が秩序だよ!。」


「人じゃない!非階級民とロボット、機械だ!。」


「ケイも先生も階級市民じゃないか!デイライトもノーランも6等だけど階級あったじゃないか!。」


ジャンは顔を真っ赤にして怒った。


「ジャンおまえ、いつから母さん...お母様に口答えするようになった!?えぇ!。」


「もういい、母さん。俺見なかったことにする。もう帰ろう。」


「見なかった事にするとはなんだ!母さん...お母様は何も悪いことなんかしてない。階級制度を...。」


「母さんのしてることは、リンチじゃないか!ただ、弱い奴いじめてるだけじゃないか!。」


「違うわ!ジャン、違う。母さんの話を聞きなさい。あんたはいつも早とちりなんだから!。」


「違うよ、早とちりなんかじゃねえよ!母さんも父さんも、結局、弱い奴らいじめてるだけじゃないか!結局、一生懸命生きてる人に酷いことしてるだけじゃないか!。」


「ジャン!おまえは、まだ子供だから分からないかもしれないけど、母さん達は心を鬼にして、秩序のために、平和のために...。」


「誰かの大切な人をさ、大切な人、殺しといて、何が平和だよ!俺恥ずかしいよ!。」


「ジャン、おまえにはまだ分からないんだよ。母さんがここで、妥協したら戦争でどれだけの大切な人が死んでしまうか...。」


「俺には母さんや父さんの理屈が分からないよ!今まで黙って、バカだけど塾にもいったし、毎日寝ないで父さんの言うとおり勉強もした...バカだから無駄になったけど...でも、その結果がこれかよ!俺恥ずかしいよ!。」


「ジ、ジャン...どうしたね、おまえ。そんなに怒って...母さんが勝手に学校来たから...。」


ブッシュは激しく動揺した。


「母さん!。」


「どうした。ジャン。いつものおまえに」


「俺をそれで撃ってよ...ケイやタクを撃てるなら、自分の大切な人も撃てるだろ!少数の犠牲の上に秩序や平和があるんだろ!じゃ、デイライトやノーランみたいに自分の子供も撃てよ!。」


「ジャンくん!。」


タクが叫んだ。


「おまえは黙ってろ!タク。さあ、母さん俺を撃てよ!。」


「お、おまえ、何をバカなことを...一時の感情で...。」


「ああ、バカだよ!俺は、父さんと母さんの子じゃないくらいバカだよ!。」


「何を、何を言ってるのジャン。馬鹿なことを...。」


「バカだよ!母さんだって知ってるだろ。さあ、撃てよ!俺を撃ってみんなに見せてやれよ!証明してやってよ!それだけ大切なことだって...。」


ブッシュは、レディガードをジャンに向けた。


「分かったよ!この野郎!分からないならくたばっちまえ、簡単なことだ。何てことはないさ。今まで何人大切な人の死を乗り越えてきたと思ってるんだい。母さん、兄さん、トマスの親父、南ロクサーヌのオヤジさん、そして、それから、それから....あたしは、クラウディア、鉄の女さ、鉄の。あたしは、クラウディア。ブッシュの妻。」


ブッシュは、口の中がカラカラらしく、声もうわずっていた。


ジャンは、大きな身体を揺すり泣きながら母親を見ていた。何の疑いも壁も警戒もそこには無かった。無防備にただ母親を求める少年がそこには立っていた。


「ジャン、あんたは分からないなら、こ、ここ、ここで、おまえは...生まれた時から、大きな子で、どんだけ母さんが苦しんで...いや、何を言ってんだ、あたしゃ...ジャンおまえはバカで...。」


レディガードを持つブッシュの腕は、ブルブル震えていた。


「ジャン消えな!。」


ブッシュは、震える腕で引き金を引こうとしたが、手が震えて引き金を弾くこともままならず、涙が溢れてジャンとは違う方向を見てる。


「母さん、コントラン(アトラの最南端 南ロクサーヌの田舎町)に帰ろう。一緒にやり直そう。」


ジャンは手を広げ母親を抱き締めようとした。

「あたしにゃ、出来ない...。」


クラウディアのジャンを見る目が急に優しくなった。


ジャンが駆け寄ろうとした時


クラウディアは、咄嗟にレディガードを自分の頭につけた。


「母さん!。」


クラウディアは瞳を閉じた。


「ブッシュさん。」


男の声がした。ビンセントの父親フランツ•クラップだ。


「早まってはいけない。まだ間に合う。」


ブッシュは放心状態でフランツを見た。


「私は、私は間違ってなどいない...。」


「もうお帰りなさい。あなたのSPはまた兵曹化すればまた生きていける。」


「おまえなど....。」


ブッシュは、朦朧としまた、レディガードを握り直した。


「馬鹿者!おまえとは何だ!自分より格上かどうかおまえが1番良く分かっているだろう!。」


ブッシュは、ビクっと 反応し、レディガードを落としへたりこんだ。


「母さん!。」


ジャンは母親の元に駆け寄ったが、クラウディアは手で息子を押しのけた。

ビンセントが何か叫ぼうとしたが、フランツはビンセントの口を手で抑えた。

ジャンは、それでもクラウディアに抱きついた。


「ブッシュさん。大事な息子さんが無事で良かったじゃないですか。」


ブッシュは、ふらふらと、エントランスに向かい歩いた。

ジャンは走ってついてゆき、クラウディアの手を繋いだ。


フランツは、フランツのSPに目配せをし、レディガードを回収した。


「あなたのSPは私が、管理させていただきますよ。ブッシュさん!。」


ブッシュは、力なく振り返り、また歩いた。


「あんたたち、何をぼさっとしてる!救急車だ。ご子息は大丈夫だ!。」


フランツは、マエダとガンツを指差し、母親達に言った。


ビンセントは、フランツの手を振りほどくと、睨み軽く尻をパンチした。


「ダン!この兵曹達の心象メモリを記録!ジェニファーに連絡、治安警察隊が来る前に、この辺り一帯を封鎖させろ。」


「はい!。」


フランツは、タクの方に歩いていき、しゃがんで半分強化プラスチックで脳が見える頭を優しく撫でた。タクは一瞬驚いたが、フランツに身を任せた。


「良く頑張ったね。タクくん。ビンセントに話は聞いたよ。お父さんはきっと誇りに思ってくれるだろう。良くやった。」


タクは恥ずかしそうに笑った。

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