第16話タク4

父親のキリシマケインが帰って来てからも、タクは学校を休んでいる。


かれこれもう14ケ月。


タクは、頻繁に、学校で吐いたり、動けなくなった。


成長するに従って、強化プラスチック製の頭部の容量が小さくなり、脳を圧迫するためだ。


頭部のパーツの変更は難しい。


同じパーツの大きいサイズに変えたとしても、強い拒絶反応が出ることが多い。


そもそも、脳神経の適合手術は極めて難易度が高い。


ケインは無等級市民だが、人脈と財力がある。


生身の人間とサイバーパーツを繋ぐには、莫大な費用、膨大な時間、高い技術そして幸運が必要だ。


6歳の頃、タクは運悪く墜落したアパッチ(中型攻撃艇)の下敷きになった。


当時のアパッチは、その起動力の反面、反重力板浮遊と推力飛行切り替えるタイミングで、墜落事故を頻繁に起こした。


タクは、偶然ケインに保護されていたキョイという若い研究者に救われた。


ただの人造生物保護士のはずのキョイは、高度な技術を持っていた。


キョイは、古い設備で、ロボットやアンドロイドのパーツを使い、タクを生き延びさせた。


ケインもダイアンも、我が子の命を救ったキョイに感謝した。


心から。


ケインは、キョイ達のために、私財を全て売り払い第56ネルカゴル〔※1〕に大きな居宅を用意した。


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※1ネルカゴル:タコのような形をした旧世代のマンモス居住区。300年前は時代の最先端だったが、今は寂れている。イズナップという旧世代のスーパーコンピューターに管理されている。

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半年後、何者かに追われていたキョイは、同行している人間様の生物全員を連れ、突然姿をくらました。


何の知らせもなく。


キョイ達は、ここから数千キロ離れたタルカンド砂漠から来たが、ずっと追われていたのだ。


タクは、適合手術を受けた6ケ月後から動けるようになり、4年で普通の人と同じように動けるようになった。


キリシマ家〔※2〕には、久しぶりに笑の絶えない、幸せな生活が戻った。


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※2キリシマ家:父親ケイン、母親ダイアン、ケイン方の祖母のディウォンヌ、タク、弟ユキトの5人家族。

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やがて、ケインは治安警察に追われ、逃げなくてはならなくなった。


しかし、ケインは半年でまた家族と再会することが出来た。


上院議長マダク•シムラとのパイプができたからだ。


しかし、その時既に愛する息子は、また、寝たきりになっていた。


ケインが幾ら金を工面しても、人脈を探しても、キョイと同じ技術を持つ者は見つからない。


劣化したサイバーパーツへの拒絶反応や、脳へのパーツの圧迫で、タクは可哀想なほど苦しんだ。


ケイもビンセントも、学校に来られないタクの元に毎日通った。


クラスメイトや、あれ以来、タクの用心棒になったジャンとイーノも、しょっちゅうタクのいる等級雑居地区のネルカゴルに通った。


しかし、タクは日に日に弱っていった。


救いがあるとすれば、反比例するように、タクとケイとビンセント、そして、ジャンとイーノの友情は深まっていった。


タクとケイは、少しずつお互いを意識するようになった。


そして、タクはとうとう寝たきりになった。


ビンセントもジャンもイーノも、毎日手のかかる生体プラグの掃除に来た。


ジャンは、音楽が好きなタクのために、オカリナを覚えた。


なぜ似つかわしくないオカリナなのかは不明だ...。


大きな身体を丸め、一生懸命、調子外れの笛を吹いた。


タクは楽しそうに聞いていた。


ジャンは、苗字がブッシュからマイヤーズに変わった。


いよいよ、タクの意識が無くなった日、タクの母親ダイアンは、心労が原因で寝込むようになった。


ジャンは、泣きながらオカリナを吹いた。しかし、タクが目を開けることは無かった。


タクは、衰弱が激しく、無菌カプセルで過ごすようになった。


いよいよ、脳だけ残し、冷凍保存するか、最後の体力を使い記憶をメモリに書き出しアンドロイドとして生きていくか選択しなくてはいけない日が来た。


ケインは、タクの6歳下の弟ユキトと妻を祖母ディウォンヌに任せ、貿易会社も家も売り、保冷エルタンカー(飛行貨物車)を買った。


妻たちは第8ネルカゴル〔※1〕第56テンタクル(タコの足似た居住区)に引っ越した。


治安警察から逃れるためだ。


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※1ネルカゴル:タコのような形をした旧世代のマンモス居住区。300年前は時代の最先端だったが、今は寂れている。イズナップという旧世代のスーパーコンピューターに管理されている。

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ケインは、タクを乗せたエルタンカー(飛行貨物車)で、タクを生かしてくれる技術者を探す旅に出た。


くる日もくる日も、ケインはエルタンカーごと泊まれる安いモビュート(飛行車ごと泊まれる宿泊所)に泊まり、夜通しありとあらゆる施設や人脈に連絡を取った。


朝からアポイントの場所を巡り、ヘトヘトになり夕方に帰ってくる生活の繰り返しだった。


時には、タクをエルタンカー毎モビュートに置いていかざる得ない日もあった。


安いモビュートでは、タクを乗せたままエルタンカーを盗まれることもあった。


町から町へ、国境も越え、あてもなく彷徨う日々が続く。


やがて資金が底をつき、モビュートに泊まることすら出来なくなった。


タクの維持装置のため、ケインは食事も取らず、痩せていった。


エルタンカーは酷使されすぎて、太陽光変電板が破損した。


エネルギーの自動補給がままならなくなった。


ケインはボロボロになり、エルタンカーを売り、モビュートにタクのカプセルを担いていった。


ついに金がつき、最後の金でタクが元気だった時に好きだったコーラを買った。


タクのカプセルは80kg以上ある。ケインはもう限界だった。


しかし、諦められない。


でも、もう一銭も金がない。一銭も。


なぜコーラなんか!?。


タクの顔をカプセルの窓から見た。明らかに、青く黒ずんでいる。


もう、このカプセルでは濾過できていない。


愛しい愛しい我が子。


ケインは、カプセルの外からタクをそっと撫でた。何回も何回もそっと。


そして、タクの顔の見える場所に顔をつけた。


こいつが生まれた日。


どんなに嬉しかったか。


初めて、パパと呼んでくれた日。


初めて歩いた日。


俺に会いたいと、ひとりぼっちで、泣きながらエスカトラまで迎えにきた5歳だった我が息子。


たった5歳の幼子が、250kmも離れた無法地帯に。


決して、良いオヤジじゃ無かった。ごめんな。タク。


せっかく元気になったのに、少しずつ喧嘩が増えた。


あまり俺には話してくれなくなった。


俺みたいにな大人になりたくないって言いやがった。


それだけ大人になったんだ。


おまえは...。


人より苦労して、人より辛い思いをして、人より早く大人に。


おまえは、俺の子だ。


どんな時だって。


勇敢なとこだって、不器用だけど優しいとこだって、何もかも俺とそっくり。


苦しそうな顔してる。


世界を反対に回したっておまえを助けてやる!。


俺の命と引き換え、あっ!。


...ドーーーーン...


...ガンガーーーーーーーーン...


...ドンドンゴンゴン...


ケインは、うっかり、カプセルを落としてしまった。


しまった...。


何てことを!。


カプセルの透明カバーがひび割れ、中の保存ガスが漏れはじめた。


ケインは、涙が止まらなくなった。


自分の膝を両方の拳で殴りながら、だだを捏ねるように大声で泣いた。


まるで、幼い子供のように。


泣いてる場合じゃない!。


泣いてる場合じゃない!。


バカ!バカ!バカ!。


何をやっているんだ俺は!。


でも、どうすれば....諦められない...でも、どうすれば...。


通りすがりの人は、ケインを気がふれたのだと思った。


その時。


偶然、ネックレスにしていたシリングコインが落ちた。


そうだ。


まだ、希望がある。


ケインは、カプセルを背負い、街の公衆通信機を探した。


息も絶え絶えやっと、公衆通信機を見つけた。


ここから連絡できる唯一の連絡先。


最後の頼みの綱だ。


最後の1シリング。


掛け間違えたらそれで終わりだ。


何度も何度も確認した。


もっと真剣にメモを取るんだった。


この連絡先に電話かける気は無かった。


メモが間違っていたら!?。


背筋が寒くなる。


神様...。


頼む...。


神様...。


....ツーーツーーーーーーーーーーーーーーーーッ....ツーーツーーーーーーーーーーーーーーーーッ....ツーーツーーーーーーーーーーーーーーーーッ....ツーーツーーーーーーーーーーーーーーーーッ...


出ない...。


ランプは点滅している...。


この電話が壊れていたら...。


!?


『...はい。もしもし....。』


旧式のテレビ電話に出たのは、マチダアツコというパッとしない女の私設研究員だった。


でも、もう選択肢はない。


せめてカプセルだけでも、保存ガスだけでも。


ケインは、すがるような気持ちで、マチダアツコを訪ねた。


実際のマチダは、公衆通信の声や画像と違い、聡明そうな女だった。


更に今は国立のNITに勤めているとのこと。


ケインは、息をつき膝から崩れ落ちた。


そして今まで何百回も繰り返したように懇願した。


マチダは、快諾も拒絶もしないまま、タクを見せるように言った。


かなり口調のキツい女だ。


タクを見た瞬間、マチダの顔色が変わった。


マチダは、ケインを自宅に招いたまま、自宅の研究室にこもった。


マチダの自宅は、サンサールシティの郊外にある一軒家。


しかし、ドーム型の研究室には巨大な圧縮炉や高圧伝導装置、加速装置、生体プラグ変換器、無菌室など、あらゆる装置が整っている。


古い一軒家ながら、セキュリティや、基本的な防衛システムを備えている。


ケインやタクにとっては、夢のような幸運だ。


そのまま3日後、マチダは研究室から出て来た。


「さあ、タクくんをここへ。急いで。」


ケインは、飛び上がって喜んだ。


泣きながら笑った。


両方の拳を掲げ、大きな声で叫びながら走った。


「タクやったぞ。俺はやったぞ。神様万歳!神様万歳!。」


叫びながら膝まずき繰り返した。


「キリシマさん。気持ちは分かるけど、まだ助かるとは言い切れないわ。」


マチダは冷たく言い放った。


確かに...。


余談は許されなかった。


タクの脳は萎縮し始めていたからだ。


タクを研究室に入れると、ケインはドームを追い出された。


後は、マチダに任せるしか無い。


ケインは近くの公衆通信機に走り、すぐダイアンに連絡をした。


ネルカゴルの通信規格が古く、マチダの家にあるどの通信機からも繋がらなかったからだ。


ケインの報告を聞き、通信機の静止画越しに、ユキトははしゃぎ喜んだ。


ケインが続きを報告しようとしても、通信機を離れ走り回っているようだ。


やはり親子だ。


ケインは、ユキトが収まるのを待った。


やがて、ユキトの騒ぎに驚いた、祖母のディウォンヌが出てきた。


が、また大騒ぎになった。


血は争えない。


ケインが諦めかけた頃、静止画が変わりダイアンが出た。


「あなた...。」


ダイアンは通信機越しに泣き、嗚咽しか聞こえなかった。


ケインも同じだ。


ケインもダイアンもお互いの静止画を見てずっと嗚咽を漏らし続けた。


通りがかった人達が何人か、通信機のケースをノックした。


大丈夫かい?という合図だ。


サンサールの人達は暖かい。


ケインは、マチダの家に戻り泥のように眠った。


間も無く、体格の良い金髪のヒゲの白人男が入って来た。


そして、突然マチダの部屋をあさり始めた。


マチダは金庫のように厳重にロックされた研究室にこもり連絡が取れない。


ケインは男ともみあいになった。


マチダアツコが出てきて言った。


「キリシマさん大丈夫よ。マッツ早く。」


そう言うと、今度は、二人で中にこもった。


続々と白衣の女性やら、リビングで何かのパーツを加工する男達などが入ってきた。


保護材で包まれた荷物や、大きな冷蔵庫のようなものが次々と運ばれて来る。


「あんた、さっきから見てるけど、することないなら、保護材でも片付けろよ!。」


ケインは作業服を着た男に怒鳴られた。


マチダが出てきて言った。


「アルージェ。いいのその人は。現体のお父さんよ。」


まるで防音の壁に耳がついているようだ。


「あっ!そうでしたか...。申し訳ねえ。」


またマチダはこもった。


それから、何日も何日もマチダ達は、そんな生活を送った。


ケインは、作業者達と毎日不定期に食事をとるようになった。


作業者達は、難しい用語と数値を並べ食事の間も休みなく熱心に議論をしていた。


一ヶ月経過した頃、よろよろになった、マチダやマッツ他何人もの人が研究室から出てきた。


大勢同時に出てくるのは初めてだ。


出てくるなり全員倒れこむように寝た。


マチダ達は三日三晩寝たあと、貪るように三日三晩、飯を食った。


まるで、人間の皮を被った獣のように。


声をかけられない殺気、あるいは壁を感じさせる。


「マチダさん...た、タクは。」


ケインは、耐えきれずに聞いた。


マチダは5分後、ピザを口に運ぶのをやめケインの方を向いた。


食事中の鳩のように。


マチダは、笑い、無言で両腕で大きな○を作った。


「息子に会いたい。息子を見せてください。マチダさん。」


それから、また、マチダ達は、黙々とチャーハンを食べ続けた。


何かを考えているようにも見える。


眉間にシワを寄せ、険しい顔で、ひたすらチャーハンを口に運ぶ。


そして、また、5分経過した頃口を開いた。


「ケインさん。今は見せてあげられません。」


マチダは、今度は肉饅頭を口に運ぼうとしたが、思い直しケインの方を向いた。


「なんでですか!?。いつなら会えるんです。」


「ケインさん。定着には早くても3ケ月、最悪の場合数年はかかるんです。」


「すう、年...。」


ケインは、思わずソファから膝を床に落とした。


マチダは両手から豚饅頭を離さない。


「申し訳ありません。お子さんは適合手術をするには、成長しすぎていたので。かなり脳の萎縮が進んでいましたし。若干の障害が残る可能性があります。」


...ピシャッ...


「し、障害ですか...?。」


自分の皿から豚饅頭を盗もうとするマッツの手を叩きながら、マチダは続ける。


「最悪の場合、3歳児並みの知能しか出ないかもしれません。」


マッツは、豚饅頭をマチダの手から取り上げた。


「さ、3歳児...。」


マチダは憮然としながら続ける。


「最悪の場合です。あと、三日早く来て頂ければ。申し訳ありません。」


どうやら、この人達は全員大食いなのだ。


フードファイター並みの。


「い、いや先生の責任では...。」


生体適合の技術者には、大食いの人が多いというのが、もっぱらの噂だ。


それば事実だった。


しかし、肩書きや、施設の知名度ばかりを重視した自分を悔やんだ。


マチダの存在は、一番最初に知っていた。


「せめて、一目見ることはできませんか?。」


マチダは長い黒髪をかきあげながら、チャンポン麺をすすり始めた。


今度は麺をすすりながら、話し始めた。


「申ひはけはりません。ふーっ。ふーっ。メリクはのはドはイズを、ズーーー。ズズーーーーッッ。 はん定ひにふかっているので。ただ、促進期に入ったら、ズズーーーーーー。ひーふドが紫外線はどの光線...熱っ。ほー過にはりはすので、見えるかと。ズズーーーーッッ。」


マチダは、食事の時間を邪魔されてたまるものですか。


そんな感じだ。


宣材写真や、通信機の静止画とは違い、かなり綺麗な女だ。


後、予想に反して、背が高い。


あと、最初に受けた、地味で真面目とは正反対な出で立ち、性格もだ...。


「促進期はいつです。」


「分かりません。だいたい、定着期間終了1か月前ということしか。」


マチダは言った。


ケインはがっくりと肩を落とした。


「でも、私の勘では、割りかし早い気がします。」


マチダは、餃子を口に放り込んだ。

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