第14話タク2

赤い最高級エルカー(飛行車)ディーから、ど派手な毛皮を着た女が降りてきた。


ここは小学校の駐車ポート。


どこにでもある、錆びたうす緑色の駐車ポート。


高級そうな毛皮もエルカーも、明らかにこの場にはそぐわない。


昨日のタクの一件で、学校は大変な騒ぎになった。


イーノの母親カルメンは、周りの母親の話を聞き我慢できず、学校にのり込んできたのだ。


カルメンの夫は、あのエイジンネットワーク社の社長。


派手な毛皮や、エルカーの割に、カルメンは地味な女だ。


カルメンの他に派手な色のエルカーが9台、学校の駐車ポートのコーナーで静止している。


駐車ポートへは、ポイントPSE5567から、牽引ビームで誘導される。


高度246mにあるこの学校の実質的な入り口、ポイントPSE5567は、この学校の母親達にとって胃がキリキリと痛む響きだ。


牽引ビームがド派手なエルカー達を引き込んで行く。


少しすすけた、緑の鉄柱と金網で囲まれたポートの中へ。


ゆっくりと。


エルカーは、中央の楕円形の降車場を金網伝いにゆっくりと周り、高度を下げる。


剥げた塗装と錆が見える黄色いゲートバーが上がると、エルカーは更にゆっくり高度を下げる。


降車場の劣化したアスファルトの停止線まで来ると、牽引ビームの代わりに、超電導の拘束アームに引きつけられる。


...ガン...


強い衝撃と振動が加わる。


「きゃあっ!.......これ何とかならないのかしら。心臓に悪いわ...全く...。」


カルメンに続き、ローデシアドラコ(ローデシア大陸に住む豹柄の鳥龍)の毛皮を着た、背の高い女が降りてきた。


誰かを威嚇するほど、豪華で派手な衣装は、お世辞にも趣味が良いとは言えない。


全く小学校にそぐわない。


警備員の初老の男は、誘導灯を掲げ、丁寧におじぎをした。


そして、女に何かを問いかけた。


女は無視し、警備員に何かを投げ付けた。


ぞんざいに。


駐車カードだ。


女は苛立ちながら、派手なカードケースをバッグに投げ入れた。


警備員は、管理室にいる仲間にやれやれという身振りをする。


そして、緑色の柱に取り付けてある機械にカードを差し込み、レバーを下ろし、梯子の上の男を呼んだ。


男は急いで降りてくると、派手なエルカーに乗り込んむ。


塗装の剥げた黄色い鉄の床が下に開き、エルカーは暗闇に吸い込まれて行った。


地下には、巨大な駐車スペースがある。


黄色いゲートバーが上がり、また次の派手な女が降りて来る。


女は待たされたことが気に入らなかったのか、凄い剣幕で警備員にカードを投げつけ、エルカーを降りて行った。


「で、ですから、校長は、市教委に出張中でございまして...。」


頭の剥げた、眼鏡の小柄の男は、ハンカチで汗を拭きながらいった。


「今すぐ!。今すぐ呼び戻しなさいよ!。」


「そうよ。」


「ねぇ。」


「お忙しいのに、カルメン様が来られているのよ!。それと、若い教師を呼びなさい!。あと、問題行動をするロボットも!。」


「は、はい今参りますので、クロカワが。」


「クロカワって校長なの?。」


「いえ、あの...。」


「何なのよ!。おまえは!。はっきりしないわね。」


「いえ、あの、クロ、クロ...。」


「なーに、グズグズしてるのおまえは!。ロボットは、クレーンで引きずってきたらいいじゃないの!。」


「いえ、それは、あの...。」


「校長はまだなの、おまえ、上級者に反抗する気なの!?。」


「いえ、ですから、お待ちに...。」


「これが、待てる事態ですかっ!?。」


「分かったわ。その不埒なロボット、私達で引きずってでも連れ出します。開けなさい。ここを。あ、け、な、さ、い!。」


「無茶言わないでくださいよ...。」


男は、子供達の教室へのエリアゲートを背に、泣きそうな顔をしている。


父兄であろうと、許可なしには、子供のいるエリアには行けない。


ゲートが突然空き、白髪、白いヒゲの男が、クロカワを連れて入ってきた。


高齢の男は高身長で、片目に眼帯をしている。


「何事です。子供達がびっくりしている。」


太くドスのきいた声だ。


「こ、校長ー...。」


眼鏡の小柄な男は、長身の老人の方に走っていった。そして、よほど安心したのか、本当に抱きついてしまった。


「教頭。教頭。しっかりしなさい。ちょっと、ちょ。マエダさん!。」


教頭のマエダは我に返り直立した。


母親達は失笑し、ローデシアドラコの毛皮を着た女が前にでた。真っ赤な口紅をつけている。


「おまえが、校長のガンツ?。大変な事件が起きてるっていうのに、のんびり市教委に出かけてるなんて...。おまえ達3等市民は無自覚にもほどがありますわ。」


「多階層の学校は月一回の諮問会で、校内の事象と対策を逐一報告せねばなりません。のんびりはしておりません。」


「まぁ、何その態度!。どのように謝罪するつもりなの?。ねえ皆さん。」


「そうですわよ。」


「まぁ、図々しい。」


女は続けた。


「ガンツ?。だったかしら。まず最初に謝罪なさい。」


「謝罪?ですか。」


「そうよっ!。」


「何についてです。」


「まぁ!呆れた。分からないの!?。」


女達はざわついた。


「あれだけの事件、知らないのおまえは?。治安警察隊が来なかったのが、不思議なくらいの案件だわ。」


「昨日のジュニア5クラスでのトラブルのことなら、聞いています。」


「トラブルですって!?。あれは事件です。治安警察隊が介入するほどのっ!。」


「私達1等市民が階級侵害にあったのよ!。それをトラブルですって!?。まぁ!?。」


「階級侵害などではなく、子供の喧嘩です。寧ろ、侵害を受けたのは3等市民の子の方と聞いています。身体、生命に関わる侵害です。」


女達は息をのみ、一瞬波を打ったように静まり返った。


その後、女達は口々にガンツに非難を浴びせた。


「なんですって、おまえ!カルメンさんとこのイーノちゃんは、おたくの教師に平手打ちまでされたのよ!。」


「キャシーさん!。」


初めて中央にいたカルメンが口を開いた。


女達は驚き、カルメンを見る。


また、水を打ったように、静まり返った。


「キャシーさん。あなたでは埒が空かないから、私が直接話すわ。ガンツ。聞き捨てならないわ。うちのイーノが、犯罪を起こしたとでも言いたいの?。」


「イーノ君は、ジャン君と一緒になって、生体パーツを使っている子供のプラグを抜こうとしました。」


「ガンツ。私はそんなこと聞いてない。おまえは、イーノが重罪を犯したと言いたいのかと?。」


「生体プラグを抜いたら...。」


「だから私の質問に答えなさい!。ガンツ!。」


「はい...?。」


「で!?。」


「はい。」


「はい、じゃないわ!おまえは、イーノが...。」


「ですから、はいと申し上げました。」


「な、なんですって!?。」


カルメンは、派手な化粧をした顔を引きつらせ、吐き捨てるように言った。


「あなた、上級者反逆罪で告訴するわよ!?。しかも、職務怠慢、住基規律違反を校長自ら犯すなんて。」


「あなたの御子息。」


「は!?。」


「あなたの。」


「は!?。おまえは、私達と対等なつもりなの!?。3等市民の分際で。」


「被害者の子は、生体プラグを外されてしまったら、生きていられなかったのですよ?。」


「は!?。おまえ、何も分かってないのね。うちの子は、下級市民のおまえの所の教師に殴られたのよ!?。その方が重罪じゃなくって!?。」


「この国では、それは第347条により不敬罪ですが重罪ではありません。下級でも何でも人を殺めたら...。」


「馬鹿を言ってるんじゃないわよ!。おまえじゃ、話にならないわ。主人におまえの上司と掛け合って貰います。おまえの上司は誰なの!?。」


「....。」


「何を黙っているのよ!?。おまえ耳聞こえないの!?。このボケ老人!。上司は誰かと聞いているのよ!。」


「....昨年から私は市教委員長の直属になりましたので...。」


「だから、名前を言いなさいよ!。名前!。なーまーえ!。この大ボケジジイが!。」


カルメンは、地味な顔からは想像つかないほどヒステリックだ。


手に持っている書類を床に叩きつけた。


カルメンのあまりの剣幕に、母親達は沈黙を守っている。


「...さんです。」


「は!?。誰なの!。大きな声で言ってみなさい!。」


「マダクさんです。」


「え!?。な、何!?。」


「マダク•シムラ議長です。」


「な、何ですって!?。ま、マダク...いいわちょっと待ってなさい。」


そう言うと、カルメンは派手なイヤリング型のバンドルを触り呟いたが、反応しなかった。


...チッ...


舌打ちをして、端末を引きずり出し話し始めた。


端末からはおぼろげに、ホログラム投影され、スーツを来た若い女性が現れる。


「エイジンネットワーク社でございます。」


「主人に繋いで。」


「恐れ入りますが、どちらの部署になりますでしょうか?。」


「何なのこのアンドロイド?。接続なんとかで分かるじゃないの!。」


電話をしながらカルメンは、ガンツの方を一度見た後、キャシーに顎で合図を送った。


キャシーは、何のことか分からないようだったが、取り敢えずガンツ達を大声で非難し始めた。


キャシーはキャシーでまた他の母親達に目配せをした。


「だから、主人を出せと言ってるのよ!。」


「恐れ入りますがお客様のお名前を頂戴で...。」


「社長のイブラヒモビッチよ!。」


「社長でございますね。はい。分かりました。お繋ぎは出来ませんが、伝えて参り...。」


「馬鹿ね!。何で繋げないのこのロボットは!。」


「誠に申し訳ございません。現在、臨時理事会中でございまし...。」


「個別転送とか何とか何でもあるでしょう!このバカ女!。」


「お客様の通信モードがかなり前のアナログ....」


「いいわよ!。そんなこと!。イブラヒモビッチの妻が電話して来てるのよ!何やってんのよキャシーさん。あなたも!。」


「は、はい!?。汗」


「ロボット!。問題のロボット連れて来なさいって言ってるのよ!。」

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