第158話『Rain of debris』

前回のあらすじ


鏡の世界から戻ってきた僕達を前に、

ネームレスが代償を追加で払い悪魔が姿を変えてしまった!!ど、どうしよう!?



「あぁあッ!!どうして!?

どうしてお前達だけが邪魔するんだッ!!

シュヴァルツに思い出して欲しいだけなのに!!!」


ネームレスの叫びは人の形を捨てた悪魔の近くから聞こえる。

悪魔は角の生えた2頭のカラスの頭、胴体は漆黒の翼に獅子のような毛皮と地を抉る爪、天井を突き破るほど巨大な化け物と化していた。


「でか…」


つい声を漏らすエクスに同意するように、面々は悪魔を見上げる。


「カラス…わたくしへの嫌味かしら。」


「…?…アムル、何か言った?」


つい出てしまった声を拾ったシュヴァルツに貼り付けた笑みを浮かべ、


「とぉっても怖いですわぁ!」


と思ってもいないことを言う。

アスクレピオスはそれに青筋を立ててしまう。


『おい、呑気に話している場合ではないぞ!』


「せやけど何もしてきいひん。」


シオンの言うことは真実なのかネームレスは悪魔の上で泣き喚き、悪魔はネームレスが泣き止むまで動かないように思えた。


『…』


「新月?」


『あのバケモン…

翡翠と此処に来た時の奴と似とる…。』


すると悪魔は4つの目玉を歪ませ、笑みを浮かべる。


【流石は狐さんだぁ!

そう、僕の使い魔を生き返らせて僕が取り込んだのさ!】


『!』


【君達と殺り合うならこっちのが良いから契約者の代償を使っちゃったよ。

だからか情緒までおかしくなっちゃって!

待っててくれる〜?】


「ネームレス…」


『マスター、よもや同情してはあるまいな?』


ゼウスの指摘に思わず肩を震わせるエクス。


『はぁ…マスターの優しさは惚れ惚れするが同情する相手は選べ。』


「う…」


まだ話すつもりのゼウスの言葉を遮るように玉藻前がエクスの前に立ち、手を握る。


『せやで、ゼウスはんのマスター。

アイツらは罪のない者をたっくさん殺した。私の前契約者も殺された。』


「!」


『そないな奴に同情を抜かすな小童が!!』


玉藻前の威圧に息を詰まらせるエクス。

するとシオンが素早く玉藻前の頭を強めに叩く。


『いだぁい!!』


「生徒に何を言うか馬鹿者シバくで!」


『もうシバいとるやん!!!』


「新月の言いたいことは分かる。

せやけどアーシェの優しさを、その子の良いところをお前の一言で縛り付けるなッ!!」


『………』


目を見開き、逸らし、耳と尻尾を垂らした玉藻前は再びエクスの目を見て手を握る。


『……堪忍なぁ。

つい気が立ってしもてん。…ごめん。』


エクスは小さく首を横に振る。


『お前さんがええ子なん知っとるよ。

その優しさはどうか正しき方へ向けとって?』


「…はい。」


エクスの返事に満面の笑みを浮かべる玉藻前。


「はいはい、お話はそこまで。

貴重な時間をこれ以上割けませんわ。」


アムルの2回の拍手で一同は再び悪魔を睨みつける。


「わたくし達はこれを相手にします。

強者の集まりも連携が取れなければ意味ありませんわ。」


「…ぼく、今魔法展開準備中。

あと9分くらい掛かる。」


「9分凌いだらその魔法で勝てんのか?」


ヨガミの質問に首を傾げるシュヴァルツ。


「…分からない。

ぼく、悪魔祓いなんてやったことないし。」


『やるしかない。

今この状態を打開する手立ては思いつかんのだから。』


アスクレピオスの言葉に一同は頷き、

各々武器を構える。


「ではまず9分凌ぐこと。

それまでにやれる事をやりましょう。

まずエクスくん、ゼウス様、どデカいのをお願いしますわ。」


アムルに頷き、魔法を放つ。


「はい!【天帝神雷・天誅】」

「【模倣魔法: 天帝神雷・天誅】」


エクスの杖の先、ゼウスの手から放たれる計2匹の雷龍は一直線にディストへと向かう。

するとそれを阻むように3枚の縦に長い巨大な鏡が現れ、そのうち2枚に雷龍が鏡に激突した。鏡は砕かれず静かに佇むのみ。


「僕たちの魔法が」


『吸い込まれた…?』


【天帝神雷・天誅】


疑問に思った次の瞬間、先程の鏡から雷龍が飛び出てきた。


「えぇっ!?嘘ぉっ!!」


『避けろ!!』


ゼウスの声に合わせ全員が散り散りに走る。

雷龍はそのまま壁へと衝突し、教会がまた崩れていく。


『あんなもん喰らってられるか!!』


「…アスクレピオス…どうどう。」


怒るアスクレピオスを宥めるシュヴァルツの横でアムルは袖のフリルの砂を叩いて落とす。


「あーん困りましたわぁ。

一筋縄では行かない様子。

ま、適当に凌ぎましょう。」


「エッ適当って!?」


「適当ですわ。

臨機応変にいきましょう?」


「ま、杖振っとれば何とかなる。

新月、夜叉、行くで。」


『あーい!』

『は。』


「夜は不利だが何とかなるだろ、な。」


『うん!任せてよ!』


「…(僕がおかしいの?)」


エクスが呆れているとゼウスは彼の頭に手を置いた。


『マスター、好きにしろだと。

コイツを無傷で倒すことだけ考えよ。』


「…うん!」


エクスの頷きと共に飛び出たのはシオン達。


「巻き込みは避けるで!

【魔刃抜刀・拾七番歌】」


『【狐火蒼月】』


『【虚空斬】』


シオンと夜叉の魔力を帯びた刀はそれぞれ1枚の鏡に防がれる。


『ッ!』


「くっ…硬い!」


対して玉藻前の蒼い炎はディストに巻きついた。


【うわちち!

でももう同じ手には掛からないよ!】


ふっと一息吹いたとは思えない強風が嘴から吐かれ、炎はかき消された。


『んぁーー!!』


そしてシオンと夜叉も鏡から離された。


『なんと迷惑な…!』


「くそ!」


「俺たちも行くぞアポロン!

日輪光アクティスアーク】!」


『【太陽の光矢】!』


エクスの反対側に移動していたヨガミ、

アポロンから放たれた光り輝く矢。

ディストは目を細め、矢の軌道上に鏡を動かす。


「甘ちゃんだな!!」


ヨガミが手を動かすと2本の矢は軌道を変え、鏡の上を通ろうとした。

その時、矢の纏う光が反射してヨガミの視界を眩ませる。


「うぁっ!!」


『うげっ!

父上達のは眩しくなかったのに!』


手で目を覆ってしまい、矢はあらぬ方向へと飛んでしまった。


【あははっ!

夜で良かったねぇ!君たちが強くなる太陽の下だったら失明してたよ!】


「こんにゃろ…っ」


『うぅーー目がチカチカするぅ〜

周りが緑ぃよぉ〜』


『マスター、どうやら光魔法は鏡に吸収されるよりも前に光そのものが反射されるようだ。』


「それって普通の鏡だ。

王の凱旋ロスト・アトレーテス】は使えないね。」


『うむ、分かっているな。』


エクスは目の前の浮遊している鏡を見据える。


「まずあの鏡を割らなきゃ。」


『マスター、私は自由に動いて良いか?』


「え?うん。

先生達に迷惑掛けないようにね?」


『うむ!』


頷いたゼウスの瞳が紫に変わる。


(【万物を見通す者】が発動してる!

スキルロックが解けたの!)


しかしすぐに金色に戻ってしまった。


『チッ…成程、叩くべきは本体。

契約者の方だそうだ、場所は把握した。』


「それだけでも分かれば十分だよ。

…動くよ。鏡に邪魔されないように遠距離じゃなくて」


『近距離で!』


2人は手を繋いで一瞬消える。

次に現れたのは今も尚泣いて手で顔を覆っている契約者ネームレスの目の前、ディストの肩。


「【天帝神雷】」


『【天誅】!!』


2人から雷龍が飛び出ようとした刹那、

ネームレスが顔を上げた。

エクスの目には人間の顔ではなく、

認知の出来ない顔と呼べぬ、言葉にも表せないものだった。


「!」


悪寒が走り一瞬怯んだエクスに向かい手を翳す。

その手の中には手鏡があった。


「鏡!」


エクスの目の前でその小さな鏡に大きな雷龍は吸い込まれた。


『なんだと!?

どんな容量をしているんだ!!』


ゼウスの怒りと共に、手鏡はパリンと音を立て崩れた。


「壊れた!」


『叩き込むぞ!』


【させないよ〜?】


真横から人型を模した鏡が長物を持って飛びかかる。

ゼウスはエクスを抱き寄せ、回し蹴りを放つ。いとも容易く壊れたことに拍子抜けと思った直後、翼の強風に耐えきれず再び距離を取らされた。


『うがー!!腹立つ!!』


「だね…!もう1回!」


『あぁ!』


【ほらほら、ぼーっとしてたら増えるよ〜?】


先程の人型鏡が3枚の鏡からわらわらと蜘蛛の子のように溢れ出る。


「『きもぉっ!?』」


『こんなもの相手にしてたらキリがないぞ!』


『私に任せろ孫よ!』


ゼウスが自信満々に指を鳴らして敵全体に

雷を降らせる。


「…?」


しかし何も起きず。

あろう事か壊れるはずの人型鏡は先程のゼウスの雷を我が物にし、武器に雷を宿した。


『あれぇ?』


『もう死ねよ!!!!!』


「夜叉、武器化やるで。

私だけの魔力では鏡を割れん。」


『は、全ては主殿の勝利の為に。』


頷いた夜叉の身体が光り輝き粒子となり、

白く美しい刀に姿を変え、シオンの手に収まった。


「先生の何あれ!」


『召喚獣の武器化。

あれが出来るのは限られるが、自分が武器になることで召喚士の攻撃方法を増やすのだ。』


「へぇ…」


『武器になった召喚獣は喋れず動けぬ。

主を確実に信頼出来ると判断した召喚獣のみ会得出来るそうな。』


「僕達も負けてられないね。」


『負けてないとも。

さぁ、雑魚を倒すぞマスター!』


「【魔刃抜刀・二拾二番歌】」


ドッと強風が吹き、人型鏡が大量に飛ばされ砕かれる。破片が月光に照らされ幻想的な数秒をエクスとゼウスは目を丸くして見ていた。


「ま、負けてる…。」


『こ、これからだ!いくぞ!

【模倣魔法:雷の繭糸】』


人型鏡を纏め上げ、引き寄せようとしたその力だけで胴体が割れた。


『むっ…こんなに脆いとは!

これは魔力が勿体ない。

物理でいくぞマスター。』


「う、うん!」


杖であろうが武器は武器。

エクスの力でもゼウスの神杖で殴りつけると砕かれるそれに好機を感じ次々と倒していく。途中でネームレスを狙う魔法を放つも、鏡に吸収され、ヨガミ達へ放たれてしまい人型鏡を壊すことだけに集中した。

そして残りの数体のうち一体の胴体を捉えた瞬間


「えっ?」


先程とは比べ物にならない硬さの人型鏡がそこに居た。

驚くエクスに長物を振り下ろそうと腕を上げた素振りが見えた為、ゼウスは直ぐに移動し顔面を片手で掴み床に叩きつけた。

それでも尚形を保っているそれと啀み合う。


『貴様硬いなぁ…っ

ただマスターに武器を振るおうとしたその愚行…重罪だ!』


【君もマスター放ったらかしで重罪になるよ〜?ほら、雨が降ってくるからねぇ!】


『雨?…ッ!』


不気味な笑い声とほぼ同時にゼウスはエクスの元へいち早く移動する。

そして降る雨。

エクスを抱き込み己を傘として守るゼウスに訳が分からず退こうと試みる。


「ぜう」


『動くなマスター!!

絶対に指1本動かすなッ!』


「!?」


【ありゃ、雨って言ったのに気づかれた。

どう?君達が頑張って砕いてくれたたっくさんの破片の痛みは。】


「破片!?ゼウス!?どうなっているの!」


力が緩んだゼウスの腕を跳ね除け彼を見る。


『私のスキルが発動すると思ったが。

普通に間違いだったな。』


「ゼウス…!!」


顔、服、四肢に無数の切り傷を作っていた。


『問題無い、と言いたいところだが割と効いた。』


「傷っな、治すから!!」


『いや、我が孫がすんごい目でこっちみて来るから……。』


ゼウスの視線を追うと“すぐさま来ないとトドメを刺す”と言わんばかりの形相をしていた。


「こわ。」


『しかもどうやら先程の雨は私達だけに落としたらしい。また破片が増えると…これは考えものだ。』


「と、兎に角アスクレピオスの元へ!」


『手を繋ぎたいが召喚獣もシステムのくせに血が出るからな。今の私はぬめっとしている。』


「構わないけど…。」


『私が構う。避けに徹して走れマスター。

援護する。』


「僕のセリフだと思うんだけど…。」


ディストはシオンとヨガミ達の相手をしており、今のうちにと彼らの元へ向かった。

するとアスクレピオスが嘲笑してきた。


『ハンッ無様だな、おじーさま。』


『うむむ…』


『髪の毛邪魔だ、短くしろ。』


『ァィ…』


エクスは即座に短髪になったゼウスに驚いて真顔で居ると鋭い睨みが向けられた。


『おい、お前は浄化魔法。』


「はいっ」


『(祖父でもこれとは恐れ入る。

ただマスターは聖地神光の準備中で他の魔法は放てん。その為の私だ。)』


黒蛇の杖から緑の光を出し、ゼウスの傷を癒している時にふと思う。



『(フレイヤのマスター…何処へ行った?)』

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