第157話『代償の全てを』

前回のあらすじ


シュヴァルツさんがネームレスと友達だった。でもシュヴァルツさんはそれを覚えていない。養子であったことは覚えているのかな?…兎に角、過去はあと少しのようだ。



「はぁっ…はぁっ!!」


目の前に広がり、畝る赤い海。

建物が高温に耐え切れず爆ぜる音。

全てが細胞を恐怖させる。


「何故?何故ですか?

死者は出さないと…

そういう約束だったはずでしょう?」


燃える教会の主、メルヴ=メルヒェンは足元で泣き続ける子供達を守るように手を添え

扉の前に居るはずの元凶に声をかける。

その声は微かに震えていた。


「せんせ、僕は肯定した覚えが無いよ。」


「!」


「1人で納得したの先生でしょ?」


「っ…」


メルヴは思い当たる節があったのか歯を強く食いしばる。


「僕、先生は大好きだよ。

僕はシュヴァルツと先生が大好き。

僕に優しくしてくれたから。」


炎の熱に耐えきれなかった天井の一部が

バキリと音を立て、彼らの後ろへ火の粉を巻き上げながら落ちる。


「でもッ!!

今も尚先生の足元で無様に泣いているのは!!僕を虐めたクセに泣いているのは!!言葉で僕を虐めたそいつらは!!

…決して許さない。」


(第三者からするとこの炎はネームレスの怒りに感じる。

虐め…この映像には無かったけど…

僕は知っている。どれほど残酷なのか、

そしてその辛さも。)


「お願い、先生。

そいつらの手を払って僕の元へ来てよ。

先生だけは、助けたいんだ…。」


純粋な悪。

ネームレスの声もまた、震えていた。


「お願いします。もう、もうやめて…。」


「僕だってやめたいよ。

でも先生手伝ってくれたでしょう?

その恩義と、足元にいるであろうソレらに

復讐しないとやめられないんだ!!」


「そんな…

どうして言って下さらなかったのですか!」


「言ったところで何が変わるッ!?」


「えっ」


「先生は優しいから懲罰なんてしない!!

ソイツらは懲りずに僕の元へ来てまたやるだけだ!!言わなかったのはそれが目に見えたからだよ!!」


「……」


「先生のそんな優しさが大好きで大嫌いだった。僕に言葉の刃で目に見えない傷を付けたのに先生に庇われてるんだよ。

おかしくて反吐が出る。」


「ぁ…ぅ…」


何を言っても彼には響かないこと、

実際彼の予想通りに動いてしまう自分が想像出来てしまった牧師は足が動かない。

足元にも、外にも人の悲鳴は響き続けているというのに。


「シュヴァルツ戻ってきてくれるかなぁ。

ふふふふふふっ」


「此処を旅立ったシュヴァルツを戻す事。

それが目的ですか。」


「先生を僕のものにして後は捨てるのも目的だよ。」


「私が貴方のものになれば悲劇は終わりますか?」


「そうだろうね。」


感情の篭っていない声に深呼吸をした。

焼ける匂いも、舞い上がる灰も熱さも全部全部吸った。


「お願いします、此処を開けてください。」


「先生だけなら。」


「…」


先生、おいていかないでよぉ

助けてよぉ

やだよぉ

暑いよぉ

苦しいよぉ


耳を劈く子供たちの声。

無表情を貫いていた顔が酷く歪む。


メルヴは子供達を置いて意を決して扉の前に立つ。


「先生だけだね。」


「………はい。」


襲撃をわざと避けられていた重い扉が、

ギィ…という音を立て開く。

外はメルヴの視界に尚も地獄を叩きつけた。


「これは…」


「嗚呼、先生、せんせ!

早く僕の手をとって!」


差し出された小さな手。恍惚とした顔はもうメルヴにもまともに映ることは無い。


「…」


メルヴはネームレスの手を取った。

刹那。


「っ!?」


彼の手首を掴んだ彼は自分へと抱き寄せ

誰しもが聞いた事のない大声で叫んだ。


「皆さんッ!!!

早く出て此処を去りなさいッ!!!

一刻も早くッ!!!」


「っくそ!!何をっ!」


悪魔憑きとは言えど、メルヴの力に敵わない

ネームレスはじたばたと動く。


「私を思ってくださったこと、

本当に嬉しかったです。」


「は!?」


「私はもうとっくに壊れていました。

世界が無くなれば良いと思っていた。

そんな奴を人間で居させてくれたのは君達、子供達が居てくれたから。」


「なんだよ…!!」


「此処の子供達は等しく我が子!

貴方だって私の子供!

大切な、大切な子供!」


「だからなんっだよ!」


「子供の間違いを正しき方向へ戻す事!

幸せの方向へと歩ませること!

それが親の務めというもの!」


ぎゅうっとネームレスを抱きしめる力を込めるメルヴ。

子供達は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら脱出を始める。


「傷付いた心を癒してあげられなくてごめんなさい。気づいてあげられなくてごめんなさい。せめて、この業を一緒に背負います。」


「業…?」


オウム返しのように繰り返したネームレス。

メルヴを抱きしめ返すその手は次の瞬間、

くいっと指を下げた。

するとメルヴの目にも映るようになった村を焼き尽くす化け物の目玉がギョロリと動く。

捉えた先はメルヴが逃がした子供達。

すぐに気づいたメルヴは振り向くが時既に遅し。化け物の吐き出した巨大な火の玉が子供達を残らず焼き尽くす。


「せんせ、僕は悪いことをしたつもりはない。これを業だなんて感じてない。」


「あ、なた…」


「ふはっ先生もそんな顔出来たんだ。

僕は殺さないと止まれないんだよ。」


「あぁ…あぁぁあ…っ!」


ネームレスを解放したメルヴは膝から崩れ落ちた。


「どうして…?私は貴方達と幸せに過ごしたかっただけなのに…」


「アイツらと一緒の時点で幸せなんてない。

実際僕には無かった。」


「……」


メルヴは喋る事をやめた。

己の罪が具現化したような存在と話す事が苦になった。


『動ける者は早うこっちおいでー!

我ら王国騎士が保護したるー!』


『こちらでーす!!

この狐目指してくださーい!!』


遠くから聞こえる声。

ネームレスは手を出さず問いかける。


「せんせ、助かるって。行かないの?」


「…私に助かる権利などありません。」


「ふぅん。じゃああと少し殺しちゃお。

そうすればシュヴァルツは…あの父親は戻って来ざるを得ない!!」


再び手を動かし、化け物に指示を出すネームレス。次は焼け落ちた民家を再び燃やし始めた。次の火の玉が民家へ向かったその時、

必死の声がエクスの耳を貫く。


『翡翠引き返せぇえええッ!!』


パチン


【はい、ちゃんちゃん。こんな感じ。】


「最後、玉藻前の声だった…。」


【実際そうだからね。

召喚士が死んでも動きやがって…玉藻前が

居なかったらもう少し被害出てたよ。】


「玉藻前に負けたんだ。」


【僕の使い魔は負けちゃった。

強すぎるよアレ。】


「じゃあお前は僕が倒す。」


【威勢はいいねぇ。

ただ僕はっ!??】


突如、ひび割れ出すディストの体。


【くそっゼウスか!】


ディストが振り返ると同時に周りの黒も、

ディスト自身も粉々に砕けた。


『マスター!!』


ぼんやりと視界に入るのは最高神の綺麗な顔。


「あれ、ゼウス…」


『嗚呼良かった、目を開けてくれて!』


ぎゅむっと抱きとめられるエクスはようやく意識が鮮明になる。


「でぃ、ディストは!?」


『邪魔だったから倒した。』


「倒した!?もう!?」


『偽物だったがな。』


「あぁ…そっか。でも助かったよ。」


『ふっふーん!』


「先生達助けにいかないと!」


『それだが、各個撃破を確認している。』


「え?」


『マスターが寝ているうちに場所を発見しておいてな。褒めて良いぞ。』


「えぇ!?」


「ふふ、わたくしを侮ったようですわね。

貴方の力の少し、見せてもらいましたわ。」


「はぁあ…わざとやられた振りかぁ。

嫌な女〜。」


「あら、人聞き悪いこと。

アナライズは初歩的ですわよ。」


パキパキと音を立てて崩れていくディストを無表情で見下げるアムル。

最後には頭部を踏んずけて終止符を打った。


「さて、これからどうしましょうね。」



「っははは…あ〜あ。だっせ…」


ヨガミは前髪をかき上げ、

怒りを含んだ視線を相手にぶつける。


「姉貴はあの時、俺の目の前で死んだ。

それが答えなのに。」


「よ、ヨガミ!私なんだよ!?」


戦いの最中、ヨガミの勢いが増していき劣勢の姉は必死に呼びかけるも、彼は首を横に振る。


「いつまで経ってもアンタの後ろ姿を追ってばかりで。教え子にも親友にも迷惑かけた。」


「何で…信じてくれないの?」


「演技はもう終いだ。

最初から最後までお前は姉貴じゃない。

身体を乗っ取られたってのも全部演技だろ。」


呆然と立ち尽くす姉のフリをした者を穿つため、金色の弓を構える。


「戦ったら嫌でも分かんだよ。

感覚的な問題だろうが、

それでも家族かどうかなんてすぐに。」


『ヨガミ…』


「夢を見せてくれたと思っておく。

最初は付け込まれたせいもあって信じてしまった自分が居るから。」


ゆっくりと弦を引く。


「思えば、本物に合わせる顔がなくなっちまうな。一瞬でも間違えてしまったから。」


「間違いじゃない…

間違いじゃないよ…」


「…間違いだ。お前の存在、全部が。」


放たれる矢は黄金の鳥を纏い、相手を貫く。


「【金烏きんう】」


『…』


呆気なく貫かれた身体はガシャンと音を立て、粉々に砕け散った。


「…」


終いとは言ったものの、壊れた姉の偽物を見る目は酷く寂しげなヨガミ。

の頭を撫でる相棒。


『よすよす。』


「ッ…なんだよ!!やめろ!!」


『泣きたかったら今のうちに泣いておかないともう泣けないぞ〜。』


「泣かねぇよバァカ!!

…もう、泣かねぇ。」


『んふふ、それでこそボクの相棒だ!

ね、こんなとこ早く出よ!』


「おう。」



「ここは…」


辺りが真っ白だ。

ただ周りに金色の額縁がある何も映っていない鏡のようなものが沢山浮いている。

上にも下にも大量の大小様々な鏡が浮いている為、床が分からないが地に足が付いている感覚がある。

ただ天井も分からない。

手を挙げてもぶつからない。

大分広い可能性がある。


『ほぁ〜何や奇っ怪な場所やなぁ…。』


『えぇ、そうですね…。』


幸い、新月も夜叉もすぐ隣に居る。


『紫苑、身体大事無い?』


「今のところは。」


新月のふわふわ尻尾が私の手に寄ってきた。

昔も心配してくれる時は尻尾を寄せてくれてたな。

昔?そう言えば…


「トラウマ…」


鏡の中はトラウマを思い起こすのではなかったか?アイツの嘘なのか?

それとも既に奴の術中なのか?

新月も夜叉も居るならば魔導書は機能している証拠。夢にしては意識がハッキリとあるし感覚もあるし妙に現実味がある。

故にどうも違いそうだ。

敵が来ないうちに確認は済ませておこう。

魔導書、杖共に顕現可能。

杖を刀に変更出来た。

次は魔法に反応するかどうか。


「【魔刃抜刀・二拾二番歌】」


刀を振り下ろし、風が吹き荒れる。

下の鏡を狙ったが斬撃は真っ直ぐ伸び、

力を発揮すること無く消えた。

カウンターは今の所なし、か。

ある程度把握した。


『紫苑の履物の音がだぁいぶ響いとるから此処はごっつ広いで。』


「そうでしょうね。」


『主殿、何か来ます。』


夜叉の声に私と新月は足に力を込める。

確かにコツコツと足音が響いている。

しかし真っ白な空間。鏡も沢山ある中で、

足音を発生させるような人物は見当たらない。


「何処にいる?」


『紫苑!あそこ見てみ!』


新月が指さしたのは下。

浮遊している鏡に何者かの靴が映った。

鏡の中を移動しているのか?


『ッ!!』


途端に新月が私の前に出て尻尾を膨らませる。九本の尻尾が膨らむと私の視界がほぼ埋まる。


「新月?」


『貴様のその姿…我を知っての狼藉か。』


何故怒っている?

誰か目の前に来たのか。

動こうとすると後ろに居た夜叉に手を優しく掴まれ止められる。


「ん?あぁ!久し振りだね!!

まさか前の記憶も持っているなんて

とんだイレギュラーだこと!!」


明るい男の声。

久し振り?前の記憶だと?新月の事だよな。


「あの時は召喚士が直ぐに死んじゃったから上手く立ち回れなかったんだよねぇ!

普通は直ぐに消えるのに凄い魔法使える狐さんだよねほんと。」


召喚士が死んだだと?

新月の前の召喚士は父上だぞ。

……まさか。


「新月、どいて。」


『あ、紫苑…』


目の前の輩と対峙する。

そいつは黒く畝った角が2本。

桜色の髪。そして、


見覚えのある顔。

ネームレスと同じ顔。


「わぁー!君、彼と何か似てるね!」


「父上を殺したのはお前か?」


「へぇ!息子なんだ。

うん、と言いたいところだけど」


「【魔刃抜刀・七拾七番歌】」


気がついた頃には刀をアイツに向かって横に振り下ろしていた。

しかし、しゃがまれ避けられた。


「うわぁ!?話聞いてよ!!

殺そうと思って殺したんじゃないんだから!」


『戯言に耳を貸すな紫苑!!

翡翠を殺したんはアイツや!!

夜叉君!!早う殺すで!!』


『はっ!』


「新月、夜叉!待て!!」


『『えっ!?』』


2人が驚くのは当然だ。

しかし今の発言で聞かねばならない。


「応えろ。

お前が此処を消したのか。」


「うん。

正しく言うと僕の使い魔がだけど。」


「新月の前召喚士は父上。何故死んだ?

お前と戦って負けたのか?」


「瓦礫に挟まった死にかけの女の子を僕の使い魔の攻撃から生身で庇ったんだよ。

あの顔、脊髄反射で動いたんだろうね〜。」


嗚呼、父上は予想通りの人だ。

私が目指すべき理想。


「契約者がその人を尊敬し羨ましがってね。

だから僕はこの顔になってる訳。」


「…そうか。新月、今のは本当?」


『事実や。巨大な何かから吐かれたでっかい火の玉から私の制止も聞かんで女の子を庇った。魔法も何も使わんで。』


「その女の子は?」


私の問に新月は耳と尻尾をぺたんと下げた。


『多分やけど、

翡翠が助ける直前でもう…』


「うん、死んでたね。

何で死体を庇っちゃったんだか。」


『なんやと…』


嗚呼、嗚呼…流石父上だ。

見ず知らずの者を命を賭して助ける姿勢、

感銘を受けました。


故に、何たる悪夢。

貴方の顔をした貴方の事を知っている巨悪な何者かに再び刀の切っ先を向けなければならないとは。


けれど、僕は戦う。

また貴方のことが知れたから。

貴方の背中がまた遠のいたから。



貴方と向き合えるように、

本当の貴方と出会えた時、

胸を張って笑えるように。


「満月紫苑改め月喰紫苑。

息子として今此処で、

貴方の仇を取ります。」


「あはっ♪

へぇ…ミツキ…いや、ツキバミシオン君か。

いいね、僕はディスト=マモン。」


『ディスト=マモン…

郷を、数多の命を、翡翠をよくも…』


「えー勘違いしないでよ。

僕は言われたからやっただけで

僕の意思じゃないもーん。」


『貴様ッ!!

血塗られた軌跡に鎮座しておいてよくも

いけしゃあしゃあと!万死に値するッ!!』


口を尖らせ、屁理屈を並べる悪魔に新月が

牙を剥き出し怒りを露わにする。

閉じた鉄扇を力一杯握りしめ、手が震えている。

そんな新月に悪魔は興味深そうに問いかける。


「ねぇねぇ、召喚士が死んだのに何で君は暫く留まれたの?何で記憶を持っているの?」


『これから消え逝く貴様には関係の無いこと。紫苑、私は腸が煮えくり返っとる。

早う指示を。』


「父上に誇れる姿を見せよう。

手早く倒すぞ。」


『『御意。』』


「父上はもう死んじゃってるのに!

変なの!」


貴様が殺したくせによく言う。


「ふー…」


平常心を保ち、冷静に。


「【魔刃抜刀・拾七番歌】」


私の詠唱で火蓋が切って落とされた。

悪魔は私の斬撃を受け止めることはなく、

身を捻り避ける。

すぐに新月の鉄扇、夜叉の刀が相手を捉えたがパリンと砕け、お互いの武器が交わってしまう。


『っ!』

『わ!夜叉くん堪忍な!』


2人が武器を下ろしたあと足元の鏡の破片は徐々に悪魔の形に戻ってゆく。


「わぁこわぁい!

野蛮だねぇ〜!!」


『…』


新月のあの顔、何か考えとるな。


『夜叉くんそれ貸して!』


『あっ』


新月が左手をくいっと曲げると、

夜叉の懐にある刀のうち1本が鞘から抜かれ、独りでに新月の手元へ。


『1人のがやりやすいわ。

夜叉くん、紫苑を頼むで。』


『はい。』


左手に刀、右手に鉄扇という長さが極端に違う武器を悪魔に打ち込んでいく。

悪魔は鏡の破片を新月に当てて軌道を逸らして対抗している。


「狐さんはお淑やかそうにっ!見えるのに!

1番アクティブだね!」


新月は黙って2つの武器に蒼い炎を纏わせる。


『【狐火蒼月きつねびそうげつ】』


新月の猛攻により、こちらに攻撃が来ることは無く、煌めく蒼い炎は美しくて。

煙と相まって舞うように戦う新月に見入ってしまう。


「綺麗な炎だこと!ケホッけむっ!

煙臭いのと綺麗なだけで威力はお粗末だけどさ!」


確かに、煙の匂いが鼻をくすぐる。


『狐火舐めてっと痛い目見るで。』


次の瞬間、煙と蒼い炎が意思を持ったように動き、悪魔の左腕を切り落とした。


「!!」


落とされた左腕はガシャンと音を立てて粉々に砕け散る。腕の中身は空洞だった。



『やっぱ偽物やったな。

ほな、さっさとご退場願いましょか。』


「嫌でーす!!」


『【狐火蒼月きつねびそうげつばく】』


新月が指を動かした直後、

煙と蒼い炎がまとわりつき悪魔を縛り上げた。


「何これ!?動けないんだけど!?」


好機!狙うは首筋!


「夜叉、合わせて!」


『はっ!』


「【魔刃抜刀・拾七番歌】」


『【虚空斬】』


僕の斬撃は首に、夜叉の斬撃は胴体を裂いた。直後悪魔はガシャンと音を鳴らして動かなくなった。


『2人ともないすぅ!』


「新月もな。」


『これからどうされますか?』


夜叉の問は最もだ。


『どうせ偽物を全部倒せばこの空間は消滅するやろ。』


「となると偽物を探し出す必要があるけど…」


『せやねん。…ん?』


新月の耳がピンと立った次の瞬間、

周りがいきなり輝き光が溢れる。


「なっ?!」


眩しすぎて目が開けられない!


『紫苑!』『主殿!』



「で、出れた!!」


エクスは吸い込まれる前の場所へと戻された。


「…エクス=アーシェ!無事だった?」


「シュヴァルツさん!はい!」


駆け寄るシュヴァルツに笑顔を向けると、

ヨガミ、シオン、アムルも現れた。


「エクス!」


「先生!アムルさん!」


「まぁ、お元気そうね。」


「…皆!」


いきなり現れた召喚士達を目の前にネームレスはガシガシと頭皮を掻く。


「ぁああぁあっ!!

うざいうざい!!何で戻ってきた!?」


「お前を倒す為に決まっているだろう!!」


エクスが杖の先をネームレスに向けると、

ヨガミ、シオンも武器を向けた。

アムルは笑みを向ける。


「形勢逆転、ですかしら。

神妙にお縄につく覚悟はよろしくて?」


「ディスト!!」


ネームレスの影から伸びる生命体。


「ごめん契約者。

偽物ぜぇんぶ壊されちゃって結界壊されちゃった。」


「早く何とかして!!」


「はいはい。

じゃあ僕と契約した場所まで急いで。」


「ッくそ!!」


ディストに従ったネームレスは踵を返し、

目的地まで全速力で走った。


「契約した場所…!

この教会の地下!ゼウス!」


『うむ、急ぐぞ!』


「1人では危険ですわ!

わたくしたちも行きましょう。」


アムルの提案で全員、ネームレスの後を追う。


「この階段の先に…!!」


駆け下りた先は、既に何かの儀式を始めていたネームレスの姿があった。


「この世界を壊す礎よいまこそ!!」


「させない!【王の凱旋ロスト・アトレーテス】」


エクスの詠唱で杖から眩い光が溢れ出す。

しかし、その中でも声が響く。


「ナイスだよ契約者。

間に合ったね、力を感じるよ。」


「!」


エクスの魔法は掻き消され、

周りに禍々しい空気が溢れる。


「皆さん下がりなさい!」


『【冥界拒絶コラスィ・デナイアル】』


アムルに反応したアスクレピオスが全員を囲む結界を張る。


「…ありがとう、アスクレピオス。」


『凄く嫌な予感がしたからな。』


その予感は的中し、

ディストは異形の怪物と化して天井を突き破る。アスクレピオスの結界の上に容赦なく降り注ぐ瓦礫。砂埃も舞い、視界が1度霞んでしまう。

それが晴れた時、教会はほぼ壊れており瓦礫の隙間から月明かりが差し込んだ。


「あら…もう夜ですの?」


『どうやらあの結界内で時間軸が狂っていたようだ。私達は予想以上に時間を掛けている可能性がある。』


「どのみち倒さないと…!」


エクスの決意を嘲るように笑うディストの肩に乗るネームレス。


「さぁシュヴァルツ!!

思い出して!!この僕を!!」


もう彼の顔を誰も認知出来なくなっていたことも知らずに。

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