第149話『嘘だと言え』

前回のあらすじ


シオン=ツキバミです。

牧師であるメルヴ=メルヒェンは隠されていた地下室への侵入を拒みました。

絶対に何かある。


せやから邪魔をするな…


ネームレス!!



謎の物体に囚われ、本棚に押し付けられているシオンは目の前の人物を睨みつけた。


「くそっ…ネームレス!!

やはり貴様が関与しとったな!!」


会ったことの無い父親の顔で呆れる

ネームレスは両手を上げて首を横に振った。


「えぇ、流石に顔が無いと言われてしまったらバレバレですよね。

せんせ、ちゃんと話しちゃうんだから。」


視線を向けようと振り返るネームレスの視界にメルヴは居なかった。

その分、人骨が崩れたように積み重なっていた。


「あれ?…あ、そっか。先生離れてたし

術者が鏡に入っちゃったから範囲外か。」


「オスクルム殿をどうした!」


「鏡の中に連れて行ってあげただけです。

僕と一緒に居た人影が無いでしょう?

案内を任せたので退屈はしないかと。」


「何やと…?」


人影をシオンは思い出すことが出来なかった。


「1つ、教えてあげます。

鏡は僕と悪魔を繋ぐ物。

特定の鏡は私を繋ぐ道となる。」


「貴様が悪魔を此処で召喚したのだな…!」


「此処で魔方陣を描いて呼んだ。

貴方がそう言うのなら僕は否定する。」


「ぁ?」


「信じるかどうかは任せますが嘘は吐いていない。貴方が信じるとは思いませんがね。」


「…この際、嘘か誠かどうでも良い。

何故此処を選んだ。」


シオンの脳裏にはヨガミとスピルカの苦しさを我慢して溢れた泣き顔が浮かぶ。


「教えるのは1つって言ったはずですけど…

まぁいいか。気分が良いし答えましょう。

私は孤児だった。

だから此処しかなかった。」


「何故悪魔を使った。」


「(呼んだ、ではなく使った、か。

話を信じたな。)

この世界が嫌いだった。壊したかった。

僕にはメルヴ先生しか味方が居なかったから。貴方には分からな…

いや、僕と貴方は同類でしたねぇ。」


「は?んなわけ」


「外見のせいで人間に忌み嫌われ

化け物呼ばわりされ味方が居なかった。

何処が違うのです?」


「っ…!」


ネームレスの言葉は切れ味の悪いナイフの

ようにシオンの心に突き刺さった。


「貴方のせいで母は死んだ。

僕のせいで先生は死んだ。

唯一の味方を自分で殺している所も

一緒ですねぇ!あっはは!」


「僕は殺してなんかいない!」


「貴方を守る為に死んだ。

貴方が殺してますよね?」


その言葉に憤りを感じ、

魔導書を顕現させ相棒を呼ぶ。


「貴様と一緒にするなッ!!

summon来い】新月、夜叉!!」


彼の隣に魔導書から出てきた9本の尾を持つ

狐の獣人と般若の面を頭の横に付けた青年が現れた。


「マジか…!貴方召喚獣2体持ちかよ!

ゲホゲホッそりゃアビスが始末したい訳だ!

しかもその1体が玉藻前!」


ネームレスの姿を捉えることが出来ない

玉藻前と夜叉は主の心配をする。


『おい紫苑!どないしたんやそれ!』


「ネームレスにやられたっ!解除を!」


『は!』


夜叉が誰よりも早く抜刀し、

シオンの拘束を解いた。


「ふーん…夜叉も中々やるんですね。

浄化の力かぁ。」


『ネームレスって前言ってた召喚獣から

姿が見えん奴よな!』


と玉藻前が鬼気迫る顔でシオンに問い詰める。


「せや、すぐ目の前に居る。」


『姿も声もありませんが確かに邪悪な何かが居ますね。』


「本来なら再び生け捕りが最適解でしょうが…私はコイツを殺さないと気が済まない!」


『!(主殿が己の感情で動くとは珍しい…)』


「怖い怖い。

父親を2度も殺そうとするなんて。」


クスクスと笑うネームレスに刃を突きつけるシオン。


「黙れ下衆が。

あの時、母上の顔で罵倒をしたあの時、

精神干渉をしていたな。」


「おや、よく気付きましたね。」


「それをエクス=アーシェにも掛けた。

僕だけではなく、生徒にまで手を出した。

万死に値する。」


「ははは、生徒思いの良い先生だこと。

鏡の中に入った女性の事は心配していないのですね?」


「彼女は僕より強い。」


「ま、確かに。それは認めます。

強い人はすぐに分かりますから。

ただ、視覚で心の強さは分かりませんがね。」


「何が言いたい。」


シオンの問いかけにネームレスは

笑みを絶やした。


「そのままの意味ですよ。

大人って不思議ですよね。

辛いことがあったのにも関わらず

“あの頃に戻りたい”そう思える。」


「…」


「皆そうなのでしょう?

だから戻してあげてるんですよ。

“この時に比べて今は楽でしょう”

と伝えるためにね。」


「この時…?」


「貴方で言う座敷牢時代ですよ。

子供時代の所謂トラウマというやつです。

あの人にもありましたよトラウマ。

だから…」


「【魔刃抜刀まじんばっとう七拾七番歌しちじゅうしちばんか】!」


目にも止まらぬ速さで距離を詰め抜刀したがネームレスは足を曲げ体勢を逸らし避ける。


「うぉ危ね!」


「夜叉、新月!

この鏡さえ壊れなければ問題ない!

暴れろ!!」


シオンの命令に玉藻前はニヤリと口角を上げ鉄扇を広げた。


『言うたな?どないなっても知らんで!!

【蒼き焔】!』


『【暁月夜】』


青い炎は部屋を覆い、赤い刃はシオンの

目の前を無数に切りつける。


「うわわわっ!!」


ネームレスは急ぎ、

鏡台の中へ入ってしまった。


「くそっ!鏡の中に入ってしもた!

後を追うぞ!」


『あいあい!』

『分かりました!』


シオンに続いた2体だったが、彼が鏡の前で

急に立ち止まってしまい衝突する。


『わっ』

『ふげっ!何や紫苑急に立ち止まるなや!』


「…」


シオンはネームレスの会話を思い出していた。


「皆そうなのでしょう?

だから戻してあげてるんですよ。

“この時に比べて今は楽でしょう”

と伝えるためにね。」


「貴方で言う座敷牢時代ですよ。

所謂トラウマというやつです。

あの人にもありましたよトラウマ。」


「トラウマ…」


『寅午?とらうまって何やっけ?』


『心的外傷の事ですね。』


震える拳を握り締め2人に向き直ると、

大きく深呼吸をした。


「ふぅ……オスクルム殿の安否を確認し、

ネームレスを殺す。良いですね?」


『わぁっとるよ。

せやけど紫苑の指示が無ければ動けへん。』


『逆に、

指示があればその通りに動きましょうぞ。』


2人に頷き、

シオンは己を映す鏡を睨みつけた。


「行くぞ。」


『おー!』

『はっ!』



シオンが鏡に入った直後、

エクス達は教会へと赴いていた。


「あ。」


『マスター?』


ゼウスの顔を見たエクスは

ゆっくり指をさした。


『む?私の顔の美しさについてか?』


「違うっての!

そこのパイプオルガン見覚えがあるんだ!」


皆が壁際にあるパイプオルガンに

目を向けた。


『ふむ、

これはまた人間にしては大きいものだな。』


「夢でコレ見てたら夢の人が紙袋を

顔に被って…」


「紙袋だと?」


ヨガミが聞き返し、エクスは説明をする。


「えっと…目のところに穴が空いた

紙袋被ってちびっ子3人に罵られたんです。

骨にされるぞ〜的な。」


「紙袋……骨…そういやそんな奴居たな…

よく姉貴や弟、スピルカと遊んでいた時に

そんな格好してこっちを見てた奴が。」


「あ、夢でヨガミ先生とスピルカ先生を

見ましたよ。」


「な…」


「あとお姉さんとアゼム君?も。

追いかけっこして楽しそうでした。」


「…アゼムは俺の弟だ…。

嘘だろ…あの紙袋野郎が魔女の夜ヴァルプルギス・ナハトだと?

一体誰なんだよ、そいつ…」


「それ僕ですよ?

うわ、この鏡に埃がっ」


とある人物が後ろにある埃の被った鏡から

顔を出した。


「ゼウ…違う!!

ネームレスか…!!」


「「……」」


「先生!!シュヴァルツさん!!

コイツがネームレスですよ!!」


頭についた埃を払いながら全身を見せた

ネームレスを見開いた目で見ている2人は

言葉を発せないでいた。


「せ、先生!?シュヴァルツさん!?」


ヨガミ、シュヴァルツが何に驚いているのか探るべくアスクレピオスは眉間に皺を寄せながら目を動かす。


『チッ何も見えんぞ!』


『アスクレピオスでもか…。

私も何も見えぬ。マスター曰く、召喚獣には姿も見えぬ声も聞こえぬ存在らしい。』


『何…!?』


「…」


しかし動かないのは2人だけでなく、

ネームレス自身もだった。

彼はシュヴァルツをじっと見つめていた。


「シュヴァルツだって?

君、もしかしてシュヴァルツなのかい?」


「(何でシュヴァルツさんの事を知っているんだ!?)」


「……ぁ、え?ぅ…?」


シュヴァルツの反応にアスクレピオスは

ヨガミの腕の白蛇を一瞥し焦り声を荒らげる。


『っマスター!何か言われているのか!!

それは戯言だ!!戯言に耳を傾けるな!!

心の振れ幅が異常だ!戻ってしまう!!』


その言葉にネームレスは目を輝かせた。


「戻る?戻るだって?まさか子供に?

あぁ…!!嬉しい!

アレをちゃんと食べてくれたんだ!!」


「う?うぅ?」


『おい!!祖父の召喚士!!

マスターは何を言われている!!』


「こ、子供に戻ってしまうのはネームレスが原因かもしれません!!

アレをちゃんと食べてくれたんだって嬉しがってます!!」


『アレだと!?まさか幼児退行の原因は…』


ネームレスは満面の笑みを浮かべて

アスクレピオスに頷いた。



「えぇ!!僕ですよ!!」

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