第148話『名無しの契約者』

前回のあらすじ


アムル=オスクルムが再び話しますわよ。


教会の中の人骨へ魂をくっつけたら

あら不思議、教会の牧師様が現れましたわ。

この方、未練がとても強いそうなの。

本棚の黒い本の事もありますのでこの教会、訳ありかもしれませんわね。


さぁ、死人は何を語るのかしら。


あぁそういえば。

エクス君達、どうしていますかしら。



エクス達は教会の周りを歩いていた。

木も生えていないただの白い灰の上を

見ながら歩いていた。

そんな中、エクスは1人思うことがあるようで。


「(ひぇ…気まずい。会話が無い。

シュヴァルツさんに話をしようと思っても)


な、何も無いですね〜?」


「…だね。」


「「…」」


「(って会話が続かないしヨガミ先生に至っては休んで欲しいくらい顔色が良くないし…

困ったなぁ…。)」


『マスター?』


アスクレピオスがシュヴァルツに声を掛けているのを聞き、視線を向ける。


『どうしたんだ?』


「…ここに来てから何でか不思議な気分になる…。」


『「不思議な気分?」』


声が合わさり、アスクレピオスは怪訝な目をエクスに向けた。


『…』


「ヒェッ」


「…何でかな。何なのかな。」


『マスターが分からぬ事は私にも分からん。気分が悪い訳では無いなら良い。』


「…そだね、まぁいいや。」


「良いんだ…。」


「ん?」


少し離れていたヨガミが僅かな反応を見せる。


「せんせ?」


エクス達が近づくと、彼は地面を指さした。


「ここだけ光ってねぇか?」


指が向いている場所の辺りは太陽の光を反射し輝いていた。が、正体が分からないほど

小さいものということも理解した。


「何でしょうね、掬って見ます?」


『待ったマスター。

素手で触るな、何かの破片やもしれぬ。』


「えっ」


『私が探ろう。』


ゼウスは人差し指を動かし、

光り輝く灰を球体に変えて浮かせた。


「わ、すご。」


「…キラキラしてるね…」


『ふむ…これは恐らく鏡だな。』


「鏡?」


『うむ、しかもそう古くはない。

少なくとも今のこの場がこうなった後だな。

それに1つ1つ禍々しい魔力を感じる。』


「…情報が沢山だね。」


「でも何で鏡が?」


シュヴァルツとエクスが首を傾げる横で


「古くはねぇって言ったよな、ゼウス。」


とヨガミが口を開いた。


『うむ、つまり何者かがこの立ち入り禁止

区域に潜入していたということになる。』


「…この辺は城から大分離れているし…

周りに村も何も無いから…

そう簡単には来れないよ…。」


『しかし鏡は誰かに持ち込まれないと生成されないだろう。』


「つ、つまり態々誰かが来ていたってことだよね。」


『うむ、そうなるな。』


「立ち入り禁止区域になって尚こんなとこに用がある奴なんて…」


ヨガミの怒りや憎しみが入り交じった声に

一同は口を噤んだ。

しかしゼウスは構わず話す。


『私でも特定は出来ぬ。

ただ、その人物は正常な思考を持ち合わせてはおらんだろうな。』


「…かがみ、なんで…?」


ボソッと呟いたシュヴァルツの声を

アスクレピオスは聞いていた。


『鏡…か。

マスター、思い当たる節があるのか?』


「…んーん…分かんない。

何か、変。ザワザワする。」


『(ワカメのバイタルは波があるが

危険な状態ではない。

ただ、白蛇がマスターのバイタルを心配している。)』


眉間に皺を寄せて考えるシュヴァルツへ

視線を送るアスクレピオス。


『(しかし幼児退行がいつ起こるかも、

この後何が起こるかもわからぬ状態で

無闇に魔力を消費する訳にはいかない。)』


誰も口を開こうとしないと思い、

エクスが周りに問いかける。


「で、でもこの鏡の破片どうします?

放置します?」


『流石にこれが凶器になるのは難しいだろうが…禍々しいというのが問題なのだ。

浄化なぞ容易いが証拠を潰すことにもなる。』


「無くすのは惜しいってことだね。

ゼウスなら持っていられる?」


『うむ、造作もない。』


手を広げ、握りしめる動作を行うと破片と

灰が離れ、灰だけが地面に落ちた。


『マスターの命により私が預かろう。』


「でもゼウスが危険だと思ったらすぐに

捨てるか浄化してね!」


『うむ!心得た。』


エクスはゼウスに微笑みかけた後、

再び地面を見る。


「うーん…やっぱり森も無くなるくらいだから石灰か何かで描かれただけの魔法陣は

無くなりますよね。」


「…そんなすぐに消えちゃうような魔法陣で悪魔って呼べるのかな…。」


『それについて1つ良いか?』


「ゼウス?」


ゼウスは腕を組み、

破片を見ながら口を開く。


『マスターの夢が誰かの追体験だとする。

追体験だからと言ってそれは完璧な、

1つ1つの所作が全て間違いのない記憶なのだろうか。』


「何が言いたい?」


『良いか、アポロンのマスター。

人間の記憶と言うのはあやふやだ。

違えた事でも思い込むと上書きされる。

私は“マスターの夢の人物はその場で悪魔召喚を行っていない”可能性があると思うのだ。』


「え?」


『一理あるな。』


「…アスクレピオスまで?

何で?何でそう思うの?」


アスクレピオスはちらりとヨガミを見て、

彼が話せと言わんばかりの睨みの意図を理解し口を開いた。


『くそじ…祖父は悪魔召喚が別の場所で既に行われて、祖父の召喚士が見た夢の魔法陣から出てきた悪魔かその使いが“転移”された

可能性を言っているのだろう。』


『うむ!流石我が孫よ!!』


満面の笑みのゼウスに舌打ちをかます

アスクレピオス。


『チッ!しかし可能性の話だ。

勿論本当にその場で悪魔召喚を行った可能性もある。』


『ただ、マスターが見た夢が転移となると

召喚自体を行った魔法陣…

いや、魔方陣が別にあるという事だ。』


「今現在何も無いし、外にあるとは考えにくいな。可能性が高く考えられるのは教会の中、か?」


『民家でバレずに召喚を行うのはほぼ無理

だろうからな。合流するか?』


「うん、その方が良いかも。

お二人共、宜しいですか?」


エクスに頷きを返したヨガミとシュヴァルツはアムルとシオンの居る教会へと足を運んだ。



一方その頃、アムルとシオンは呼び戻されたメルヴ=メルヒェンと名乗る牧師と対話を試みていた。


「悪魔?邪神様やと?」


「えぇ、確実に言いましたわね。

お話して下さる?」


<あの子達の…

そしてこれからの未来の為に、

私がやらなければならなかったのに…。>


「悪魔や邪神を呼べばこの世界は壊れますわ。」


<それで良い。

この世界が無くなる事、それが望みです。>


「世界を無くすのが未来の為?

随分と矛盾してはりますね。」


<いいえ。

世界が無くなれば悲しむ子供は増えません。親とも離れることはありません。

誰も悲しまずに済むのです。>


「「…」」


言葉を無くした2人はメルヴを大きくした目でただ見ていた。

メルヴはアムルの背後の骸骨達に視線を向けた。今まで静かにしていた骸骨達は嬉しそうに紫の光を強めてカタカタ笑う。


<ア、コッチ見テクレタ!>


<センセー!>


<……。>


何も答えないメルヴに骸骨達は首を傾げる。


<センセ?>


<…誰です?>


<エッ>


ショックを受けた骸骨達にアムルは

重たい口を開いた。


「無理もありませんわ。

まだ彼は自分が生きていると錯覚しています。つまり、死んだ記憶が消えている。

既に亡くなってしまった貴方達を認知

出来ないの。」


<ソンナァ…>


<何の話でしょうか?>


「こちらの話ですわ。

本題へ戻りましょうか。

貴方の代わりに悪魔を呼んだのは

どなたですの?」


アムルの質問に口を噤んだメルヴ。

やがて小さく息を吐いてアムルを見る。


<言えません。

あの子が危険に晒されてしまう。>


「…(それが悪魔を呼んだんは自分やないって言った奴の台詞か。)」


怒りを覚えるシオンの表情を横目に、

アムルは問いかけ続ける。


「質問を変えます。

貴方は子供達を愛していますの?」


突拍子もない質問にシオンは驚き、

アムルを見る。


<えぇ、勿論。

大切な私の子供達です。>


「そうですの。

子供達も貴方のことを愛しているそうですわ。」


<……優しい子達ですね。

何故貴女は私の子供達をご存知なのです?>


「あら、言い忘れてましたわ。

貴方が意識を無くした頃、

わたくしが保護致しましたので。」


アムルの嘘に目を輝かせるメルヴは彼女に

近づいた。


<なんと!あぁ、感謝致します!

あの子達は元気に過ごしていますか?>


「えぇ。」


短い返事にも胸を撫で下ろすメルヴ。

シオンはその顔を見て一瞬善人だとした。


<それは良かった…!

あ、あの…全員保護してくださったのですよね?彼は?彼はどうですか?

笑っていますか?幸せですか?>


「彼?どの子の事でしょう?」


<あの子です!

紙袋を被った、あの子です!

どの名前も貰おうとしてくれなかったので…名前をお伝えすることが出来ませんが…>


「紙袋に名前の無い子…

あぁ、あの子ですの!」


「!?(どの子!?)」


「シオン君ちょっとこちらへ。」


驚くシオンの腕を引っ張りメルヴに背を向けながら小声で話すアムル。


「良いですか、お分かりの通りわたくしは

嘘を吐いています。骸骨こども達に喋らぬよう命令を出しましたのでわたくし1人で辻褄合わせに

尽力致します。貴方は牧師さんから聞き出せることがあったらすぐさま聞いてくださいませ。」


「わ、分かりました…。」


向き直る時には既に笑顔のアムルに動揺を

隠せないシオン。


「お待たせ致しましたわ。

あの子、相変わらず名前を受け取って下さらなかったので呼ぶのが大変ですの。」


<やはりそうでしたか…。

あの子は何をしていますか?>


「本が好きでわたくしの家の書物を

読み漁っていますわ。それも一日中。」


<ふふ、変わってませんね。>


「わたくしもあの子の事を知りたくて。

でもここでの話を全くしてくれませんの。

貴方から聞いてもよろしくて?」



<えぇ、勿論。

ご存知の通り、彼は自分の顔がありませんよね。>



「「…」」


顔が無い、その言葉で2人はとある人物を

脳裏に浮かべた。


<あ、あの…?>


「っすみません。

分かってはいても言葉で聞くと心苦しくて…。」


<いえ。私もですから…。

教会に来た当初は全く話してくれなくて、

初めて話したのは私が城まで買い物に行った時でした。

物資を買って、子供達の好きな林檎を紙袋に詰めて持ってきたら私の袖を引っ張って

“手伝う”と言ってくれました。>


「優しい子ですものね。」


<はい。

他にも沢山の荷物がありましたが手伝ってくれて。私がお礼をしようとすると彼は

“紙袋が欲しい。”そう言いました。

私はてっきり何かを入れるのだと思い、

新しい紙袋を渡したら…

いきなりそれを被りました。>


「顔を隠したいから、ですわね。」


<はい。目元に穴を開けるだけの簡易的なものでした。しかし彼はそれで良かったらしく、少し嬉しそうに笑ったのを覚えています。

他の子達と関わろうとはしていませんでしたがね。>


「それは変わらずですわ。」


<そうですか…。

やはり彼と離れたのが…>


「彼?」


<えぇ。

1人、彼と仲が良かった黒髪の子が居ました。

名前は覚えていませんがその子も物静かで

本が好きだったのですよ。>


「そうでしたの。

メルヴさん、あの子がここの本を

また読みたいと欲しがってますの。

題名を教えて下さらないかしら?」


<宜しければ差し上げますよ。

こちらへ来てください。>


メルヴは浮いているその足で地を歩き、

先程アムルとシオンの出てきた通路の扉を

開けた。


<隠し扉です。こちらから書庫へと

繋がっているのですよ。>


「まぁ…」


再び訪れた鏡台のある書庫。

メルヴは本棚を見回した。


<えぇと…何処だったかな。

何だったかな。>


「わたくしも探っても良いです?」


<お恥ずかしい話、あまり掃除してなくて…

綺麗なお召し物が汚れてしまうので…>


「あら、そうなのですね。」


(触れてほしくない、そう言っているように

聞こえますね。この部屋に何かある。)


動けないアムルに代わりシオンはメルヴから離れ、身体の向きはメルヴに、

手を本棚の本へ順に掛けていく。


(オスクルム殿が仕掛け扉のスイッチを当てたのは本を傾けた時やった。つまり、スイッチの為だけに存在している本がある。)


カチッ


「これか…!」


<ッ!!>


「っ」


シオンがスイッチの本を傾けた時、

鏡台が浮遊し、壁際へ移動する。


その下には地下へ続く階段が。


<そこを通ってはいけませんっ!!>


メルヴが突如シオンの前に立ち塞がる。


「私達は国の命令で悪魔召喚の事を探りに

来たのです。調べさせてもらいますよ。」


<いけません、それは…そこは!!>


メルヴの焦りと共に、仕舞われていた

本達が勝手に浮かびあがる。


<そこに入るなぁッッ!!!>


彼の叫びと共にシオンへと向かう本。

シオンは咄嗟に構え、


「【魔刃抜刀まじんばっとう二拾二番歌にじゅうにばんか】」


抜刀と共に部屋中から風が舞い上がる。


<ッ…!!>


斬られた本達は力を無くし、

足元へ落ちてゆく。


<あぁ…ぁああ…>


膝から崩れるメルヴを横目に階段を降りようとしたその時




「メルヴ先生がダメって言っているんだよ。

だからそれはダメな事だよ。」




一瞬、鏡台から何かが飛び出し、

シオンの身体を本棚へ押し付けた。


「ぐぁ…っ!」


「シオン君!!」


「余所見なんて余裕だね。ヴァルハラは。」


アムルの目の前に真っ黒な人物が現れ、

すぐに骸骨達を動かし盾を作ったが威力に

負け、後ろの光る鏡台へ飛ばされた。


「オスクルム殿!!」


光る鏡台はアムルの身体を飲み込んでいく。


「わたくしは平気ですわ!

それより早く」


言い終える前に全て吸い込まれたアムル。

シオンは突然現れた人物に睨みを効かせる。


「やはり貴様だったか…!!」


見覚えのある父の顔、佇まい、

そして義手であろう黒い手。


「メルヴ先生に会わせてくれて感謝してますよシオン=ツキバミ。

あれ、月喰紫苑だっけ。」


込み上げる怒りを声に乗せて名前を呼ぶ。


「ネームレス…ッ!!」

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