第150話『過去のワルツ』

前回のあらすじ

シオンです。

鏡の中へ消えてしまったオスクルム殿を

助けるべく、身を投げる覚悟を決めました。

今、彼女は無事でしょうか。



学生時代で学んだ事は沢山あった。

その中でも特に印象深いこと。


人は、自分より勝っている者に

憧憬を

恐怖を

嫌悪を

嫉妬を

憎悪を感じる事があるということ。


己を世界の中心とし、仲間を探し、

薄っぺらな国を創り、傷を舐め合う。


外から化け物が来たら排除に尽力する。

中から化け物が出たら追放に尽力する。

創り上げられた紙のような国に住まう国民の自分の居場所に縋り付くための無駄な団結力に吐き気がするの。


国民楽しく皆で踊っていたはずなのに

気が付けば独りになっていた。


わたくしは中から出た化け物にされた。


知っていますの?

ワルツは独りで踊れないの。

あんなに踊る事が好きだったのに、

皆のことが好きだったのに、

好きな物を勝手に取り上げられ、

一方的に手を振り払われた。


その光景は滑稽でした。

当事者のわたくしからそう思えるほど

悲惨でした。


所詮ボロボロな折り紙の国。

そんな所に居らずともわたくしはわたくしの世界で生きることが出来る。

他人がらずとも、

友と呼べる者がらずとも。


ただ、あの笑顔が偽物だったのか。

あのわたくしを呼ぶ声が偽りだったのか。


そう思えなかったから、苦しんだ。


「アムルちゃん!」


「今日校内バイト代でデザート食べよ!」


「アムルちゃんこっち!早く行こ!」


…呼ばれるのが嬉しかった。

わたくしが必要とされているようで。


ただ、女というのは非常に残酷な生き物。


「うわ、こっち来たよ。」


「気持ち悪っ!」


「やだやだやだ殺されちゃう!」


「もう私達と関わらないで。」


とある出来事ですぐに手を離された。

わたくしの召喚獣の能力ですのに。

わたくし自身は何も変わっていないのに。

貴方達を守ってあげた力なのに。


あの力さえ使わなければこんな事には

ならなかったのに。


何度も何度も思い続けた。

けれど過去を変える力は持ち合わせていない。変えることが出来ない。

分かっているけれど、

流すことも出来なかった。


もう、女と関わりたくない。

また手を離されるだけ。

どうせ裏切られるだけ。

どうせ陰口叩かれるだけ。


元々、召喚士は危険が付き物という認知が

広がっており志す人も案外少ない。

女は特に少なかった。

それが良かった。不幸中の幸いだった。

男にだけ良い顔をしておけば再びわたくしの世界は回り始める。


女であるルームメイトと関わらず日々を

過ごせるよう努力した。

なるべく寮にいる時間を減らして、

ご飯は食堂で済ませ、

お風呂の時間帯をずらして。


またワルツを踊るために。

わたくしの世界の中心で舞い踊るの。


邪魔者は現れたら消せば良いの。

思い知らせて、服従させれば良いの。


そうしてわたくしは学生生活を耐え抜いた。

そしてヴァルハラにスカウトされて加入したというのに…何故…


何故わたくしがゼウリス魔法学校にいるの!

何故わたくしが制服を着ているの!

何故わたくしの髪が昔に戻っているの!

わたくし自慢の巻き髪が無いのは…!

このボブヘアー…

確実に過去のわたくしですわ…。


一体どういうことですの?


「アムルちゃーん!」


「っ!?」


この耳障りな声は!!


声の方へ振り向くと女が3人立っていた。


「そんなとこで突っ立ってどうしたのー?」


「次は実技だよー!早く行こうよー!」


「先行くよー?」


「い、今行きますわ!」


っ!口が勝手に…!

身体も勝手に動く!!

いや、いや!!

この光景、覚えがありますの!!

忘れもしない、わたくしが…

手を離された日の事!!


くっ!!

身体が勝手に教室へ向かう!

着替え始める…っ!

止まりなさい!止まりなさい!

またあの思いをするなんてごめんですわ!!




この実技の時間が終わった後、

1人の子が箒に乗っている間に大切な手鏡を

落としてしまったと言い、わたくし含め4人でグラウンドを探していた時…


「うぅ…ごめんねみんなぁ…

大切なお昼ご飯の時間がぁ…」


「気にしないの!後の授業は座学だし。

召喚獣呼べればもっと探しやすいんだけどねぇ!」


「もうほとんど魔力無いし、

何よりお昼よりも鏡優先!」


「それに、わたくし達が探したいから勝手にやっていることですのよ。」


…紛れもない本心だった。


「ありがとぉみんなぁあ…

もう、どこに落としちゃったんだろ…

割れてないかなぁ。」


来る…来る…来てしまうあの時が…!!


「ねぇ…なぁにあれ。」


1人の子が空を指す。


「んー?わ、何だろ。鳥の大群かな。」


何故そんなに呑気なの。

これは、そんなものじゃない。

この日の朝、担任が言っていたでしょう。


光る物を狙い集団で襲って人を大勢怪我させた“カラスのような魔物”が群れていると。

すぐに消えてしまい兵士達でも追うことが

出来ないと。


それが…絶対にアレだとわたくしの本能が

言っている。こちらに向かっている!


「早く逃げましょう!!

このままではまずいですわ!!」


「う、うん!鏡は後で…あっ!!」


カラスはこちらへ向かっているはずでした。

しかし突然何かを見つけたようで全部が

軌道を変え、離れていきました。


光る物を狙い集団で襲って


まさか…


「あそこに鏡があるかも…」


そう、全てはこのわたくしの一言のせい。


「えっ!

やばい鏡があるなら何とかしないと!

えいっ!」


その言葉を聞いてしまった持ち主の子は

カラスに向かって石を投げました。

それが1羽に当たった瞬間、

沢山の目玉がこちらを向いた。

カラス全羽がこちらを向いたの。

そして次の瞬間、

その子を襲うように飛びかかった。


「きゃああぁあぁッッ!!!」


「まずい…!【summon】フレイヤ!!」


そう、4人の中でわたくしだけ召喚獣を

呼べる魔力が残っていた。だから呼んだ。


あのまま呼ばずに彼女を見捨てて怪我を

負わせれば平和だったのに。


「助けてッアムルちゃんッ!!」


そう言うから、

本心で助けたいと思ってしまった。

それが間違いだったとも知らずに。


「勿論ですわ!貴女達は先生を!」


「わ、わかった!いこ!」


「う、うん!」


フレイヤと連携してカラスを倒して行った。

けれど不思議なことに、カラスを倒しても

新たにどこからか飛んできてキリがない。

もう、体力も魔力も限界だった。

でも、わたくしがやめてしまったら…

この子が再び怪我をし、

鏡まで無くしてしまう!


そんなの絶対にダメですわ!!


「フレイヤぁっ!!」


わたくしの声に応えたフレイヤから

紫の魔法陣が出たのをよく覚えていますわ。

その魔法陣が移動して、カラスの死骸を

円の中に入れたその時、一瞬にして死骸が

溶け、骨だけになった。

それだけでなく、骨がカタカタと動き出し、紫の炎を纏ってわたくしの元へ集った。


わたくしの駒になったのだと悟り、容赦なく残りのカラスにぶつけるよう指示をした。

死骸が増える度に駒が増えた。

この時にフレイヤのスキルを知った。


死骸を扱うスキルがあったことを。


いつしかカラスは居なくなり、

魔導書を見る余裕が出来た。

魔導書は勝手に黒い頁を追加し、

<死霊魔法>というタイトルが生まれた。


【貴方に捧げる死の愛想曲】


究極魔法

・全ての魔力を使い、魔法陣を生成し

死を利用し数を問わず手駒にする。

魔法陣は使用された魔力を蓄え、消費し続ける。魔法陣消滅後、魔法が解除される。


そう書いてあった。

つまり、わたくしの魔力は空。

フレイヤを戻せばもう呼べなくなる。

担任が来るまで何が起こるか分からないと思い、フレイヤを戻さずに鏡を拾いに行った。

少し割れてしまっていた鏡を返そうとした

その時、彼女の目が…


酷く怯えていた。


無理もない。

魔物が一斉に飛びかかったのだから。

切り傷が沢山出来てしまったのだから。


最初はそう思った。

けれど違った。


「はい、これ。

少し割れてしまったようですけれど。」


差し出した鏡は

ひったくられるように取られた。


怯えていた目は、魔物ではなく、


わたくしに向けられていた。


「あの」


「いや!!来ないで!!」


「えっ」


「何この魔法!!

気持ち悪いんですけど!!

何でカラスが消えないの!?

それで私を襲う気なの!?」


「っ…!っ!?」


驚きすぎて声が出ない、

が本当なのを身をもって体験しましたわ。

フレイヤのスキル故に終わりと指示をしなかったからか骨のカラスは沢山飛んでいた。


「おーーい!!先生呼んでき…あれ?」


「な、なにあれ…」


担任が来たのを確認し、フレイヤに魔法を

解くよう指示をすると、

骨は力を失いガラガラと音を立てて崩れた。


それを見た教師を呼んできた2人も、担任も、酷く恐怖を覚えた目を向けてきた。


助けた子は2人の方へ駆けて行き、泣いて、

助けてあげたわたくしを1人にした。


割れたのは鏡だけでなく、

ガラガラと音を立てて崩れたのも骨だけでなく、わたくしの友好関係も巻き添えだった。


担任に事情を聞かれ、正直に応えた。

残り2人もわたくしが助けたと証言してくれたそう。

だから、味方でいてくれると思った。


しかしあの子からは助けてあげたのに御礼も無く、貰ったのは罵詈雑言だった。

けれど、言葉を発したのはあの子だけではなかった。味方だと思った2人まで


死体を操るなんて気持ち悪い

こっちが殺される

もう関わらないで


そう言った。

あの子がわたくしを仲間外れにしようと

言ったのでしょう。

それを2人は受け入れたのでしょう。


ふふ、分かっているのに。

もう変えられない過去だって。

けれど…


「流石に悪趣味ですわね、これは。」


「えぇ、非常に無様ですわね。」


目の前はいつの間にか真っ白な周りに数え切れないほどの鏡が浮遊している場所を映し、

その中心に過去のわたくしが立っていた。

大体予想がつきますわね。

わたくし達が追っていたでしょう。


「過去のわたくしを見せてもそこまで

動揺致しませんわよ。」


「まぁ残念。何度も何度も見せて差し上げてもよろしくてよ?」


「そんなゴミ、要りませんわよ。」


「もう、我儘ですのね。

では一体何が欲しいの?」


「そうですねぇ強いて言えば…

貴方の終焉かしら。」


今わたくしはコイツの世界の中。

何も分からないままでは殺されてしまう。

しかし軽率に攻撃は出来ません。


「ふふっ!御冗談も言えるのね。

わたくしの正体を数秒で理解したくせに。」


「分かっているのならわたくしの姿を

やめて下さる?

この世にわたくしは2人も要らないの。」


「嫌ですわ。

この話し方が愉快ですもの♡

見た目も貧相で気に入りましたの♡」


「…」


外で戦う事になっていたら確実に先手を

打ってましたのに。

すると偽物は急に呆れ顔を浮かべる。


「まぁいいや、飽きたし。

少しは楽しめたよ。

アムル=オスクルムちゃん?」


わたくしの名前…

声が殿方ですわね。


「あら、可愛らしいわたくしの見た目なのに逞しいお声だこと。それが貴方かしら。」


「そーだね。いや、そうかな?

あの子の理想にしてあげてるだけだから

分かんないな。」


「あの子の理想?」


「さっき会ったでしょ?

僕の契約者であり依代の事だよ。」


ネームレスの事ですわね。


「まぁ、お優しいのね。」


「でしょ。

対価に見合ったことはしてあげないとね。」


「対価ですか。」


「僕らの力は人間が使える代物ではないからね。あの子が使いたがったから代償として

僕の力を使えるようになる身体にしてあげるのさ。」


イメージとしては力を与える代わりに

何かを寄越せ、という感じでしたが…

言い方次第で印象変わりますわね。

結果論何も違いませんが。


「代償…顔が代償ですの?」


「んーちょっと違うかなぁ。

知りたいの?代償。」


「気になりますわね。」


「んふふ、正直だねアムルちゃんは。

僕は別に戦う気無いしお話するかい?

君はトラウマに耐える心があるみたいだしね。」


トラウマ、ねぇ。


「やはり貴方が見せていたのね。」


偽物のわたくしはいやらしく笑う。


「懐かしかったでしょ?

けど残念。僕は君の心がズタズタになるのが見たいんだけどなぁ!」


彼の目が赤く光った瞬間、

ぞわりと寒気が全身を走った。


「そう怖がらないでいいよ。」


「っ!」


左耳元から声が聞こえ、咄嗟に離れる。

先程まであそこに居たのに…

1回の瞬きで此方へ…


「君が抵抗しなければあっという間だよ。

僕の力の少しを特別に見せてあげる。」


そろそろ平和な時間は終わりですかね。


「戦う気は無かったのでは?」


「今も無いよ。

君を痛めつけたいって思ってるだーけ♪

一方的に痛めつけるのは戦いじゃないでしょ?」


「あらやだ。野蛮ですのね。

わたくしの事、低く見すぎですわ。

お目目取り替えたら如何です?」


「気が向いたら交換しとくねー。

さぁ、僕に君のワルツを見せて!」


両手を広げた偽物はわたくしの姿を解き、

ピンクで長めのふわふわ髪、

真っ黒でうねりのある2本角。

黒いVネックにベルトが至る所に沢山付いた

ロングコート…編上げのロングブーツ…

あら、

もう少し古いセンスしてるかと思えば…


「悪魔さんは案外イマドキですのね。」


「あ、褒めてくれてる?うーれし♡

ますます心を壊したくなっちゃった!!」


彼が指を鳴らした直後、

前に見たわたくしの姿を象った立体的な

影が生まれた。


「これは…シオン君が壊したはずの…」


「鏡像だよ。鏡に映った自分が意志を持ったものだと思えば良いかも。

君のワルツの相手さ。」


「…」


鏡像のわたくしは猫のぬいぐるみのような

モノを持ち、左足を後ろへ下げた。

わたくし、いつも右足を下げるのですけどね。

やるしかなさそうですわ。


「君がちゃんと踊れたら情報を開示して

あげるから頑張ってね♪」


「偽物が本物に適うわけありませんわ。」


「そりゃ正面からやり合ったらねぇ。

ただ、鏡に鏡を映すとどうなるかな。」


「合わせ鏡…!」


「あは、知ってるんだ!

なら話は早いね。」


彼が再び指を鳴らし、鏡像の周りに沢山の

鏡像が下から出てくる。

その数は留まることを知らず、

最初の鏡像が分からないくらい、

数えるのも嫌になるくらいの量。


「ざっと簡単に100人創ってみたよ!

さ、舞って魅せて!」


フレイヤを呼ばずに…は流石に無理でしたね。


「フレイヤ【summon来て】!」


『…』


「わぁ、かわい子ちゃんが増えた!」


「あぁ、あの子達に教えてあげたいです。

わたくしよりも余程気持ちが悪い奴が居るということを!」

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