第106話『お手柄AI』

前回のあらすじ


ネームレスをボコボコにしたオペラ先生が

ヨシュアについて聞いた。すると召喚士が

悪魔の依代になるとかヨシュアは悪魔の主になるとか何とか…。全部嘘だと信じたい。

シオン先生も復活してネームレスの右手を

斬り落としました。


なんか皆少し怖いな…。



ネームレスの人ならざる悲鳴を聞いた

ヨシュアの瞳がギラギラしている。

でもネームレスは感情が消えるって言ってた…どうもそんな感じじゃ無いみたいだ。

となるとネームレスが嘘を吐いている可能性がある。でもそれは彼が故意に嘘を吐いているかが分からないという事でもある。

何せ実験だから。ヨシュアだけ違うとか、

悪魔が好む性格と呼ばれるものの本来は

もっと残忍な性格って事も十分有り得る。

…分からないものは考えても仕方ないよね。


『マスター…。』


プロメテウスは辛そうな表情、震えるほど力強く握った拳を隠しながらヨシュアの隣に

立っている。そりゃ辛いよね…。


プロメテウスとは違い、ネームレスの手を

斬ったシオン先生は腕を組んで苦しむ彼を

見下す。


「あまり叫ばん方が身のためやで。

折角眠っている痛覚が起きてまう。

あぁ、別に苦しみたいのなら無様に

泣き喚いてくれてかまへんよ。」


あれ?白黒の悪魔なら此処に居ますね?


「あわあわあわ…」


オペラ先生も震えている。

けれど先生も似たような事してましたよ?


あれ?


まともな人間、僕だけ?


それならちゃんとしないと。

ちゃんと考えないと。

今、右手を斬られてパニックになっている

彼から何かを聞き出せるだろうか。


「あぁぁあぁああぁぁぁあぁあぁッッ手が!!手が無いぃッ!!嫌だ、いやだっ!!!」


ダメだ、とてもじゃないけど聞く耳を持たないだろう。シオン先生と相談しよう。


「シオン先生、ネームレスから話を聞くのはもう無理ですよね。」


「……せやな。ヴァルハラに引き渡して

コイツが落ち着き次第話を聞こか。

逃げる気力もあらへんやろし…

ベルカント、頼む。」


片膝でネームレスの背中を押さえつける

シオン先生の視線に肩を震わしたオペラ先生は数回頷いてミカエルを見た。


『分かりました。』


ミカエルって読心術でもあるのかな。

それともマスターの事は分かるのかな。

ぼーっとミカエルを見ていると辺りの宮殿が一気に城下町に戻った。


「シオン!!オペラちゃん!!」


リンネさんがこちらに手を振りながら走って来た。僕らの傍に来たリンネさんは息を切らす事無く話し始める。


「良かった、無事だったんだね!連絡貰ったオペラちゃんのデバイスの位置情報が急に

無くなって焦ったよ…。そいつがアビスに

関わっている奴だね。…!」


リンネさんの視線はネームレスの右腕に

行く。


「私が斬った。」


シオン先生が目を閉じて静かに言うとリンネさんは黙って頷いた。その後、僅かな哀れみを含めた目でネームレスの青ざめた顔を見てから口を開いた。


「…シオンがそうしたってことは大変な事があったんだろう。この通りは人が少なくて

良かった。目立っちゃうからね。少し情報が欲しいんだけど協力してくれる?」


あれ?僕を見てる。僕が言えってことかな。


「は、はい。分かりました。

えっと…彼の名前はネームレス。彼は召喚獣から見えず、声も聞こえないという特殊な人間…?です。話からアビスの仲間だと言うことが判明しました。」


「仲間…!凄いね、よく捕まえてくれた。」


リンネさんが笑って僕の頭を撫でてくれた。けれど僕は何もしていない事を伝えなきゃ。


「見つけてくれたのはヨシュアで捕まえてくれたのはシオン先生で、話を聞き出したのはオペラ先生です。」


ん?あ、あれ…?ちょっと冗談混じりに思ったつもりだけど本当に僕だけ何もしてない。


何もしてない!!


「そうなの?皆ありがとうね。

エクス君とヨシュア君は折角の休み満喫中にごめんね。ネームレスはこちらが責任を

持って引き取ろう。オペラちゃんが聞き出したっていう話を詳しく聞きたいからシオン、

オペラちゃんも一緒に来て欲しい。」


「「了解。」」


これでアビスに近づける。そう思った直後、ポケットの中が細かに振動する。

デバイスかな?


取り出して画面を見るとアイオーンがテレビ番組のスタッフさんが持っていそうな灰色

モッ…プじゃなくてマイクを手にしてこちらを見ていた。


「アイオーン?どうしたの?」


『はい。

先程のエクス様達の会話を録音してあります。

そしてご主人様にデータをお送りしました。』


え、有能過ぎる。アイオーンはAIだけど

召喚獣とは別…?それにオペラ先生の歌声が響いていたはずだけど…。


「データちゃんと聞ける?」


『確かめますか?』


「うん、お願い。」


元に戻ったのかキョロキョロと辺りを見回すヨシュアを手招きして2人で僕のデバイスの

スピーカーに耳を近付ける。


[魔刃抜刀・七拾七番歌!]


シオン先生がネームレスを捕まえる時の…!

それから暫く僕達の会話が鮮明に聞こえ、

オペラ先生の歌とミカエルの演奏が聞こえた。


[私を讃える曲だな。良い選曲だ。]


[あー…聖歌って神様讃える曲だもんね。]


僕とゼウスの声がちゃんと聞こえる!

歌も演奏も聞こえているのに声が大きく鮮明に聞こえる!その後のネームレスとのやり取りも雑音無く鮮明に聞こえ、リンネさんの

声が聞こえた時に録音データが止まった。

これが重要な証拠になった。マイクから手を離したアイオーンは首を傾げる。


『如何でしょうか。私は人間の声とその他の音を分けて鮮明に録音する機能になっております故、しっかりと聞こえるはずですが。』


「凄いよアイオーン!バッチリだ!」


『それは良かったです。

先程も申しましたがこちらはご主人様に

データを送っております。』


「それなら安心だねエクス。

やっぱ俺おかしくなってたね…。

本当にごめん。」


「大丈夫、気にしないでって!」


僕は頭を下げるヨシュアの肩を優しく擦る。本当に気にしないで欲しい。

だから僕は彼に声を掛ける。


「ね、プロメテウス。」


『ふんっ!お前に言われるまでもねぇ。

俺様のマスターは俺様が守ってやる。

そんな気負うんじゃねぇ。』


『私でないのだから貴様1人では何も出来まい。』


あーー何でこうゼウスは邪魔するかなぁ!?


『ぁんだと!?』


ほら始まった!いがみ合っている彼らを無視して僕はヨシュアの手を引いてリンネさんと先生2人にアイオーンを見せた。


「あの、声が聞こえていたかもしれないんですけど…シルヴァレさんが僕のデバイスへ

勝手に入れたこのAIがネームレスとの

やり取りを録音してくれてまして、データをシルヴァレさんに送ったそうです。」


3人は目を丸くしてアイオーンを見る。


「おぉ…人がデバイスの中に居る…。」


「何やこの子…人間か?

これはまた随分ハイカラな…

あかん、新しい物や機械は苦手や。」


「流石シルヴァレだねぇ…へぇー…

こんにちは、リンネ=コウキョウです。

君のお名前は?」


興味津々なリンネさんの問い掛けに

アイオーンが答える。


『こんにちは、リンネ=コウキョウ様。

シオン=ツキバミ様、オペラ=ベルカント様。そして初めまして、私はシルヴァレ=ジョーカー様によって創られたAIのアイオーン=ジョーカーと申します。』


「ぼ、僕の名前…!?」


「わ、私の名前も…!」


「わ、すごーい!本当に凄いね

シルヴァレは!人間と話してるみたいだ!」


シオン先生とオペラ先生は恐怖しているけどリンネさんの目はキラキラと輝いている。

画面の向きを僕の方に戻すと、アイオーンは

1枚の真っ白なカードを持っていた。


「何それ?」


と僕が聞くと、彼はカードを数回振った。ん?カードに何か絵柄が出てきたぞ?そして何故か僕に向かって飛ばしてきた。

それがリアルの方に飛んでくる訳でもなく、

画面いっぱいにカードの絵柄が現れた。

とても見覚えがある。


「悪魔のタロットカード…」


女性が斬りつけられた時に落ちていた物…

ポケットに入れたヤツと同じだ。


『エクス様、こちらをリンネ様にお渡し下さい。ご主人様が気になっておりましたので。』


「シルヴァレさんが?分かった。リンネさん、そういう事なのでコレを渡しますね。」


「これはタロットカードかな?どうしたの?」


「ヨシュアと迷子の親を捜している時に女性が何者かに腕を斬りつけられてしまって。

僕とゼウスが介抱しに行って…連絡した

ユリウスさんが到着して女性を抱えて病院へ行ってくださった時に女性から落ちた物です。」


絵柄をまじまじと見ていたリンネさんは

カードを上下逆さまにして


「という事はユーリさんはコレを知ってるわけかな。」


と首を傾げた。


「はい。」


僕が頷くとリンネさんも頷き返してくれた。


「分かった。ならコレはシルヴァレに

直接届けておくね。シオン、オペラちゃん。

アイオーンの音声データがあるけどズレが

無いか君達の話も聞きたい。

悪いけどやっぱりついてきて!」


「「了解です。」」


『エクス様。』


「ん?」


アイオーンの手の上にTELの文字が浮かんでいる。


『ご主人様からお電話です。』


「分かった、繋いでくれる?」


『畏まりました。』


アイオーンはデバイスの背景を黒く変えた後、目を閉じた。アイオーンは通話相手の

姿になって表情を作ったり動いてくれる。

…もしかしてシルヴァレさんが見える!?


{僕の姿を見たかった?

ざぁんねぇーん対策済みぃ。}


声の通り、アイオーンの姿は人型の砂嵐のように不明瞭になり、顔らしき場所に?マークとunknownと言う文字が書かれていた。

ちぇっ…思考を読まれていた。


{どう?悲しかったかにゃー?}


「…悔しかったです。」


{それは僥倖!にゃはは!アイオーンを通して色々聞かせてもらったよ。

ネームレス、そのままだと目立つから

ハデスを向かわせた。ハデスが着き次第

連行してとリンネに伝えて欲しいにゃ。}


「わ、分かりま…アイオーンを通して

色々聞かせてもらった…?」


{あ、やべ。べ、別にアイオーンを通して

盗聴器にしてるーとかそんにゃんじゃにゃいよ!んじゃばいにゃら!}


「あ、ちょっと!!」


急に慌ててぶち切られた…。

アイオーンを通して聞いてるのか…怖っ!

言動とか気を付けよう…。


「シルヴァレ何て言ってた?」


あ、リンネさんに伝えないと。


「ネームレスがそのままだと目立つから

ハデスが着いてから連行して来て、

だそうです。」


僕の言葉に眉間に皺を寄せるシオン先生。


「流石やな…筒抜けや。」


『ん、誰や勝手に私の自慢の尻尾をもふってんのは!』


シオン先生の隣に居る玉藻前が1人で騒がしいな。


『だぁーーっ!肩つんつんすなっ!

何やホンマに!!燃やしたろか!!!』


めっちゃ怒っている玉藻前のすぐ真横に


“ごめんなさい。尻尾もふもふしたの私です。”


音も無く髑髏のお面を付けた死神のような

黒装束姿のハデスが文字を書いた

スケッチブックを持って急に現れた。


『くぁwせdrftgyふじこlp!!』


なんて!??


「ハデス!」


“こんにちは。”


リンネさんが名前を呼ぶとハデスはスケッチブックに挨拶を書いて、持ったまま深々と

頭を下げた。

そんな律儀な彼にゼウスが近づく。


『ハデス兄様。昨日振りですね。』


“そうだね。主に言われて来たよ。”


ハデスはまだシオン先生に押さえつけられているネームレスを見る。え…見えてるの?

視線は確かにネームレスを捉えている…

ように見える。するとハデスは徐にお面を

外した。


『おや。』


ゼウスの嬉しそうな声にハデスは照れつつ、お面をシオン先生に渡した。


「これは?」


『私のお面…ネームレスの顔に付けて。

貴方は彼にずっと触れ続けていて。

見えなくなるから。』


「分かった。…。」


『…。』


シオン先生、ずーっとハデスを見てる。

僕もハデスを見てる。

何か見ていたい綺麗な顔。でも逆にハデスは誰とも目を合わせようとしない。

シオン先生は少し寂しそうに


「あの、何で私と目を合わせんの?」


と聞くと


『…顔見られるの恥ずかしいから……。』


とか細い声が返ってきた。


『まーまー夜叉のマスター…いや、玉藻前の

マスターよ。ハデス兄様は自分の顔が勿体ないほどの恥ずかしがり屋なのだ。

無理強いしないでやって欲しい。』


ゼウスが2人の間に割って入ると、

ハデスはそそくさと顔を隠すようにゼウスの背中にくっついた。シオン先生はそれを見て小さく溜息を吐いた。


「会議の際は…面を付けていたか。

致し方ない。分かった、追求せん。

これを付ければええんやな。」


『えぇ…周りからお面を付けた人の姿が見えなくなりますので…。でもロキのマスターには見えてしまいます故、見せぬようお願いします。』


「ロキのマスター…イデア=ルークスか。

分かった、気をつける。」


シオン先生はネームレスにお面を付けた。

その後、直ぐに彼の姿が見えなくなって

ヨシュアと一緒に驚いた。本当に何一つ見えなくなった。

リンネさんは落ちていたネームレスの右手を屈んで拾い、懐から取り出した布で包み、

立ち上がる。


「よいしょっと…

シオンには彼が見えてる?」


「えぇ、見えとります。」


『貴方が触れている間は貴方の目に映ります。逆に離れてしまったら見える人が限られてしまう。気を付けましょう。』


「ならば玉藻、私の手はコイツの腕を上から掴んでいる。軽く拘束してくれへん?」


『あいあーい!そーれっ!』


青い炎が煌めき、シオン先生の手首の細さから軽くオーバーした大きいブレスレットの

ように巻き付いた。


「うん、丁度コイツの腕にぎゅっと巻き付いた。おおきに玉藻。」


『なんのなんの♪成功して良かったわぁ。』


熱くないのかな。


「じゃあエクス君、ヨシュア君またね。

警備隊も僕達もいる訳だから警戒を忘れず

残りのお休みを楽しんでね!」


「「はい!ありがとうございます!」」


リンネさんを先頭にシオン先生とオペラ先生達は城を目指して歩いていった。

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