第107話『秘密と仮定』

 前回のあらすじ


 アイオーンの録音データをシルヴァレさんに、ネームレスをリンネさんに引渡しました。皆はどうだろう…?



「さて…これからどうしようか?エクス。」


「うーん…まだアビス本人か仲間が居るかもしれない。リンネさんはあぁ言ってくれたけど遊んでいられる状況じゃないね。」


「そだね。…ん?」


ヨシュアがポケットからデバイスを取り出すと少し触って耳に当てた。僕も少し近付いて声を聞く。


「ヨシュアです。」


『スカーレットよ。良かった、ヨシュアちゃん大丈夫そうね。アタシはシンプルに現状報告よ。何も無し。そっちは?』


「俺たちはアビスの仲間を捕まえたよ。」


『マジか。』


あ、スカーレット君の素の声だ。彼は素の声を出した後、気を取り直すように咳払いをした。


『んんっ…アタシ達は病院から西門の方へ歩いていたの。服屋とかショップの中も見たけど変な人は居なかったわ。今どこ?』


「俺達は今…北門だね。施錠されてるから人が居ないよ。」


『そう。アンタ達これからどうするの?アタシ達は暫く探し続けるけど。』


「俺らもそのつもり。」


『無理はしないようにね。』


「スカーレットもね、じゃ。」


短い言葉が数回交わされ通話が終わったみたい。今度は僕のデバイスが震える。


『エクス様、レン=フォーダン様からお電話です。』


アイオーンがデバイスの中でレン=フォーダンと書かれた白いボードを持っていた。


「げぇ。」


つい嫌な声を出してしまうとアイオーンが


「着信拒否致しますか?」


と真顔で聞いてくるので


「ダメだよ!!ちゃんと通話するよ!」


と言ってしまったことに半ば後悔している。


「畏まりました、お繋ぎ致します。」


アイオーンは目を閉じてレンの姿に変わる。


「もしもし…」


『えーくっすくん!レンだよ。さて問題です!俺とシャル君は何回夫婦に間違えられたでしょうか!』


「ムカつくから切っていい?」


久し振りに物を壊したい欲が出てきた。


『待って待って!今ヨガミ先生からエクス君達に現状報告しとけって言われたから掛けてるんだ。俺達は何も無し。そっちは?』


「…アビスの仲間を捕まえてリンネさんに引き渡したところだよ。」


『え、すご!流石だね。ヨガミ先生、エクス君達アビスの仲間捕まえたんですって。え?分かりました。エクス君、ヨガミ先生が話したいってさ。』


僕の返事を待たずにヨガミ先生の声がスピーカーから聞こえる。


『エクス、俺だ。ヨガミだ。』


「せんせ!」


『怪我してねぇか?お嬢とローランドがひどく心配しているんだが。』


「無傷です!シオン先生とオペラ先生のおかげで!」


『なら良かった。エクス達は無傷だってよ。

その2人が居てよかった。そいつヴァルハラに引き渡したんだって?』


「はい。ちょっと色々あってパニック起こしてまともに話せなかった状態だったので。ですがその前に幾つか話を聞き出せた時に得た情報もあります。先生にもその音声データをお渡しします。ちょっと困る話なんですけどね。」


そう言うとヨガミ先生は何かを察したように「分かった」と言った。


『このデータは他に誰に届いている?』


「ヴァルハラはシルヴァレさん、先生方にはヨガミ先生だけです。」


『ならヒメリアとユリウスにも頼む。ヒメリアとスピルカは今、城の中で城下町にあるカメラの映像を見て何かあれば俺達に指示する立場にある。聞けるかは分からんが送った方が良い。気にしていたからな。ユリウスは言いたかないから察せ。』


多分頭良いからとかそんな事だろうな…。


「分かりました。僕とヨシュアは2人でまだアビスについて何かを探そうと思います。」


『分かった。何かあれば誰でも良いから誰か呼べよ。こんな事になっちまったが…まぁ休みを楽しめよ。』


「はい。ありがとうございます。あ、レン君に代わらず切って下さい。」


『あいよ。じゃあな。』


本当に切ってくれた。流石ヨガミ先生、話が分かる!音声データを先生に渡さなきゃ。その為に僕は彼の名前を呼ぶ。


「アイオーン!」


『はい、音声データの件ですね。』


わ、知ってたんだ。アイオーンは画面の中で白い手紙らしき物を折っていた。その後出来上がった何も書かれていない手紙を見せてくれる。


『宛先、ヨガミ=デイブレイク様、ヒメリア=ルージュ様、ユリウス=リチェルカ様で宜しいですか?』


「う、うん。お願い。」


『畏まりました。』


頷いたアイオーンの手にあった1つだけの手紙が3つに増え、そのうちの1枚にyogami=daybreakと右下に小さく筆記体で書かれた手紙をフリスビーを投げるかのように何処かへ投げる。…雑だな。

次はhimeria=rougeと書かれた手紙を投げ、最後にjulius=ricercaと書かれた手紙は紙飛行機にして飛ばした。もしかして遊んでる?でも彼はずーっと真顔だ。


『データ送信完了しました。』


「ありがとう。」


『はい。』


短い返事の後、デバイスは勝手に暗くなった。


「さて、じゃあ警戒を怠らないように歩こう。ゼウスは目立つと困るから1回戻って。」


『うむ!』


本を2回ノックせずに勝手に戻ってくれたゼウス。それを見てヨシュアも本を手に持つ。


「プロメテウスも休んでて。」


『おう。』


プロメテウスが戻ったのを確認して僕達は噴水広場を目指して歩き始めた。



「…。」


ヨシュアの顔が険しい。どうしたんだろう。


「ヨシュア?」


つい名前を呼ぶと彼はハッとして僕に顔を向ける。


「…いや、警備隊の人、俺を見てるなって思ってさ…。」


「え?」


会議で確かに学校内でヨシュアを監視する事でヴァルハラに捕まえさせないという話はあったけど流石ヴァルハラ…抜かりないな。ん?でも待って…?別に警備隊の人達はこっちをそんなに見てないよ?ヨシュアが視線に敏感なのかな。そんな彼は俯いた。


「エクス、あのさ…会議で俺について何を話したの…?エクス達優しいから俺に何かあったら隠すでしょ?警備隊の人はアビス探しよりも俺を見ている。これは監視…だよね。俺に監視を付けられたの?」


どうする…?正直に言うか?ヨシュア辛そうだし、自分についての事なのに自分が知らない事を周りが知ってる疎外感も嫌だよね。僕にもその気持ちが分かる。…話そう。僕はヨシュアの親友なのだから。


「…ヨシュアが倒れてからの会議の事、話すよ。内緒にしてろとも言われなかったしさ。」


「!…ありがとうエクス。」


「うん。だけどその前にさ、アレ食べない?」


「アレ?」


僕は何となく、食べる気も無かったチュロスのキッチンカーを指さした。多分ヨシュアの事を話そうとするだけなのに緊張してしまっているから。緊張を解す何かが欲しかったんだ。

その気持ちを察してくれたのかヨシュアは笑顔で頷いた。


「うん、食べる!行こう、エクス!」


「…うん。」


言い出した僕の手を引っ張ってくれるヨシュア。何で…何で泣きそうになるんだ僕は…。

こんなに優しい彼がどうして…あんな事になってしまったんだろう。何故辛い思いをすることになってしまったんだろう…。


絶対、アビスの思い通りになんてさせないから。絶対、絶対元に戻してみせるからね、ヨシュア。


決意を胸にチュロスを頼んで2人で近くのベンチに座る。


「ふぅ…ってエクス、何でそんな暗い顔してるの?」


ヨシュアの心配そうな顔が視界に映る。ヨシュアは勘が良いから隠さず正直に話そう。


「え?あ、いや…何か緊張しちゃって。」


「えぇ?何でエクスが緊張するのさ。今までのように気楽に話してよ。会議とかじゃないんだからさ!あむっ」


チュロスを1口齧った彼は笑顔だった。


「ご、ごめん…。」


「ううん。俺こそ…俺のせいで辛い思いさせてごめんね。」


「そんな!辛い思いなんてしてない!…ごめん…ちゃんと話すよ。」


僕はチュロスを1口も食べずにヨシュアが倒れた後の会議での話をした。

彼は何となく分かっていたのか、あまり驚かなかった。でも、とても辛そうだった。


「…そっか。アビスの実験台の話はネームレスの件で察していたけど学校内での監視か。この身体、今よりもっと変になってっちゃうのかな。皆を傷付けちゃうのかな。下手すると命を…そうすると先生達が…」


「大丈夫、僕達はそんな簡単にやられないから。僕達は皆でヨシュアを救ってみせる。」


「……うん、ありがとう。…あのさ、エクスにだけは伝えておきたいことがあるんだ。」


「なに?」


ヨシュアは何か言おうとして、躊躇ったのか口を閉じて、僕の目を見てまた口を開いた。


「俺は…平気で人を殺せる人間なんだ。」


「…!」


「笑っちゃうよね。人を護りたいとか言ってるのに。護りたいのは本当だけどさ。別に殺そうと思えば殺せるんだ。…これは昔からの歪んだ性格のせいだと思う。だからアビスの実験の成功者…?になっちゃったんだろうね。悪魔が好む性格になるとかネームレスは言っていたけど…人を殺すという事に何も思わなくなるというのがソレなら」


「よ、ヨシュアが人を護りたい気持ちがあるのならそれで良いんだよ!!」


これ以上聞きたくなくて声を荒らげてしまった。流石にヨシュアも目を丸くしている。


「え、えくす?」


「お、思わなきゃいいじゃん!殺そうなんて思わなきゃいいじゃん!そうすればただ普通のヨシュアだよ!悪魔の好きになんてさせない!僕達皆でヨシュアを守るんだから!!」


「……っふふ…エクス…チュロス折れてるよ。」


「え?あっ!!!」


つい力んで…落ち着く為に食べちゃお…。

美味しい…。


「…そうだね、思わなきゃ良いよね。でも最近自分が制御出来ない時が出てくるようになって…皆を傷付けそうで正直怖い。こんな事言いたくないんだけどさ、もし…もしもだよ、俺が暴走して…救いようが無くなったり、誰かを殺そうとしたら…迷わず俺を殺して。」


「…は?そんなこと…出来るわけないよ…。辛すぎるって…。」


「辛いと思ってくれて嬉しいよ。俺だってアビス達の思い通りになんてなりたくないからね。」


「…ぜっったい殺さずに助ける。」


「でも万が一…」


「うるさーーいっ!!!」


僕は残りのチュロスをヨシュアの小さな口に捩じ込んだ。


「もががっ!?」


「万が一なんて無い!!僕は全知全能最高神ゼウスの召喚士!!!不可能なんてないんだ!!」


「ふぇふふ…」


「はぁっ…はぁっ…ご、ごめん大声出して…。でも嘘は言ってない…。」


「…」


ヨシュアは僕が入れたチュロスをちゃんと食べてから


「…ビックリしたよチュロスとエクスの大声に。」


と頬を膨らませる。


「す、すみません…。」


「でも嬉しい。こんな俺とちゃんと向き合ってくれる人…生きてて1人しか居なかったから。」


「それは…」


多分…亡くなったお兄さん、だよな…。


「俺、ゼウリス魔法学校に入学できて良かった。こんな俺でも鏡に入学を認めてもらったからエクス達に、プロメテウスに会えたんだもんね。っへへ…生まれて初めて後悔しない選択だったと思えたよ。悪いけど…こんな俺でも一緒に居てくれる?」


笑顔で冗談っぽく話すヨシュアの言葉の影には不安があるように思えた。僕は…それを晴らす為に大きく息を吸い込んで


「当たり前!!」


と大きな声を出した。色んな人に見られたけど構うもんか!!


「…眩しいね、エクスは。」


ふ、と笑ったヨシュアから不安の影が消えたように思えた。気のせいじゃないといいなぁ。


「ねぇエクス。急なんだけどさネームレスの言っていたこと、整理しない?」


これ以上話さないようになのか、ヨシュアはチュロスが入っていた紙を折り畳みながら話題を変える。僕も整理したいと思っていたし丁度いい。


「うん。何から整理する?」


「まず気になったのは悪魔の依代の話。俺は悪魔を統べる者?とかでアイツらにとって特別らしいけど召喚士を悪魔の依代に…その召喚士って言うのは」


「もしかすると僕やメルトちゃん、先生の事かもね。」


僕に頷くヨシュアは続いて言葉を紡ぐ。


「次に“依代には相応しい人間がいる。”

“アビスが探した。”

相応しい人間って誰だ…?」


「それもだけど僕はネームレスがヨシュアのお兄さんの振りをして話した言葉が気になる。」


この話を掘り返すとヨシュアに申し訳ないんだけど…


「それって?」


ヨシュアはちゃんと聞いてくれる。だから話せる。


「“依代はお前の友達だから”ってとこ。この言葉が本当ならリリアンさん以外のアルファクラスは該当しないよね?」


「うん、リリアン以外のアルファクラスとレンとクリム以外の天使クラスは全員知らない。なんなら自分のクラスですら…ね。」


「だよね…。だから僕達が悪魔の依代だという事になるだろう。つまりアビスが僕達を探していた…のかな。」


「そうかもしれない。でも最初は探す必要があった。あの人数から手っ取り早く探し出すその方法は」


「「堕天アンヘル…?」」


「僕達はヨシュアとクリムさん以外堕天アンヘルの被害は被ってない。アビスが探していたのはヨシュアのような人材か。リリアンさんのように効かない人材か。リリアンさんの会議での話だとアルファクラスで堕天アンヘルが充満したはず…。事件の時にリリアンさん以外でアルファクラスに行ったのは僕、メルトちゃん、シャル君、ローランド君、スピルカ先生だ。色々壊されていたけど堕天アンヘルはそんな簡単に消えるのかな。僕はモーブにやられた時のあの感じはなかったけど…もしかして僕達は少し吸ったけど効かなかったとかあるのかも?」


「どちらにせよ堕天アンヘルは悪魔の依代に相応しい人間の選別方法の可能性が高いね。アルファクラスも天使クラスも代表のあの2人以外ほぼ全員堕天アンヘル被害者だ。そしてアビスの事を忘れている。でも俺は覚えている…。」


「クリムさんは忘れている…。つまりクリムさんは依代対象外、かな。」


「そうかもしれない。仮に依代がエクス達だとして…相手はどうする気だ?」


「依代って事は実体のない悪魔を儀式とかして憑依させるとかそういう話だろうから…捕まえに来る?」


「かもしれないね。」


「…話しても怖いことばかりだな。」


あの時の夢が現実になりそうで怖い。アレはもしかして実体のない悪魔?あの怖い物体が?僕達はこれからアレを敵に回すのか…。


「っ…」


「エクス?」


「っあ、ごめん…何でもない。取り敢えず僕達は特に警戒しないとヤバいかもね。」


取り繕ったつもりだけどヨシュアが僕を怪しむ目で


「…そだね。」


と呟いた。多分バレたな。また後で皆が居る時に話そう。


「ヨシュア、僕達も日が沈むまで色んなところ行って探らない?無意味かもしれないけど。」


ヨシュアは僕の話を聞いて立ち上がった。


「無意味かどうかは終わってからじゃないと分からないよ。行こう、日が沈むまでなら時間結構少ないから!」


「うん!」


チュロスの入っていた紙をゴミ箱に捨てて2人で歩き出した。



「ふぅん…堕天アンヘルが悪魔の依代を探す方法、ねぇ…案外お馬鹿じゃにゃいんだねぇ。エクスたんは。ハデス、あの2人を引き続き護衛してて。何もにゃいならそれで良いから。」


『分かりました。』

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