第19話『存在しないはずの者』

 前回のあらすじ


 ローブの怪しい人物は天使クラス副担任の人形で話すオペラ=ベルカント先生でした。


 それよりも、僕は冷や汗が止まりません。


 …


 恐ろしい気迫と共に来た足音が止まった。

 僕の真横で。


「あっれれぇ〜?人が居る〜!」


 上から降ってきた男の声は対照的に恐怖を感じない。でも威圧を感じない訳では無い。

顔を…上げなきゃ…手足の指の末端が冷たい…!ん?あれ?肩が温かい…。


『顔を上げろマスター。大丈夫、私が護る。』


 ゼウスの手が肩に乗ってるんだ。

 温かい。僕はヨシュアの背中を摩った。

 ぎゅっとズボンの裾を握りしめた彼も僕と同じように怯えていた。動くようになった身体でお互いに頷きあって声の主と目を合わせる。そこに居たのは、

ターコイズブルーの髪、右目は適当に切ったのか一直線だったりバラバラだったりする前髪で隠れている。左目近くの喉まで伸びている長細い髪は黒色。所謂メッシュ。

ラベンダー色で蛇のような鋭い目。

服は大胆に着崩しており、ネクタイはしていないしボタンは何個?3つ?くらいまで開けていて黒色の薄手のシャツが見えている。ブレザーは羽織っているだけでボタンも留めていない。袖は肘まで捲られている。

その男は180cmくらいだろうか。

ゆっくりと口角を上げ、鮫のような鋭い歯を見せてきた。


「あはっ!やっと顔が見えたァ〜♪

 僕ここで迷っちゃってぇ〜困ってたんだぁ〜♪助けて〜?」


 両手を合わせ媚びを売ってきた。

 右手中指の爪までを覆う長くて鋭い銀色の指輪。アーマーリング、と言うやつだろう。

耳には金色蛇のイヤーカフ。


 誰だ?

 見覚えがないぞ…。僕が忘れているだけ?


「あれぇ?何で僕の顔見て黙ってるのぉ〜?

 …あ、そっかァ!僕がカッコイイからかなァ?」


 カッコイイかもだけどそんなこと思う暇もない。


『貴様、名はなんと言う。』


 ゼウスが僕の代わりに聞いてくれた。

 男はきょとんとした顔になったものの、直ぐに笑顔に変わった。


「僕はね〜アビス=アポクリファ!

 アルファクラスだよぉ〜!」



 アビス=アポクリファ…?



 本当に聞いたことが無い。

個性の塊なのに、見たことが無い。

何故?ゲームに居た覚えがない。

いや、コイツは自信を持ってハッキリと言える…。


 アビス=アポクリファというキャラクターは

 


 どういう事だ…!?


 いや、今は考えてもしょうがない。

 この人はどの立ち位置だ?味方か?敵か?



 名前と雰囲気からしてまず味方では無いだろう。


 彼をもう一度見ると目が合い、こてんと首を傾げる。


「あれれぇ?どうしてそんなこわぁ〜い顔してるのぉ〜?」


 アンタの圧が凄いからだよ…。


「あ、君知ってるよぉ〜♪」


 ニヤけた顔で僕を指さしてきた。


「神クラス代表、最高神ゼウスの召喚士君だよねぇ♪この神々しい召喚獣とその魔導書でもしかしてと思ったけど…合ってたァ?」


 まだ喉が詰まっている感覚があった為、黙って頷いた。


「ふふふ〜!良かったぁ〜♪

 そっちの子はァ…だぁれ?」


 今度はヨシュアに指が移動した。


「お…れ、は……よ、しゅあ…あいす、れいん…」


 絞り出した声は恐怖で震えていた。


「ヨシュア=アイスレイン…へぇー!」


 あまり興味が無いのかまた僕に視線を戻してきた。


「君の名前は?」


「ぇ…くす…えくす…あーしぇ…」


「エクス=アーシェ君だね!覚えたよォ!

 ねぇねぇ2人とも、僕さ、道に迷っちゃったんだぁ!一緒に行ってもいーい?」


 僕の背後に立ち、両肩に手を置こうとしてくる。しかし僕の肩に手が置かれることはなかった。


『その穢らわしい手で我がマスターに触れるな。』


 ゼウスが彼の手を払った。


「いたぁい!何すんのさァ!」


『穢い手で私のマスターに触れるなと言ったのだ。』


「むぅ〜…神様のクセにけちっ!」


『ケチで結構。貴様、迷ったと言ったが何をしていたのだ。』


 ゼウスの言葉に頬を膨らませるアビス。


「貴様じゃないもん!アビスだもん!」


『何がもん、だ。早急に答えろ。

さもなくば』


ゼウスの手からバチバチと雷が発生し始めた。しかしアビスは笑っている。


「わァ怖いなァ〜!

っふふ…適当にフラフラしてたらここまで来ちゃったんだよぉ。」


 …どうしても嘘くさいと感じてしまう。

本当だろうか。こういうタイプって息をするように嘘を吐くタイプだと思う。


『…貴様、アルファクラスと言ったな。』


「僕の相棒が知りたいんでしょ〜?

 教えてあげなーい♪

 全知全能のゼウス様なら聞かなくても分かるんじゃなァい?」


『…』


「あははっ!その顔、やっぱ分からないんでしょお?

やっぱり神様でも所詮は召喚獣だねぇ〜♪」


『…。』


 ゼウスはアビスを睨んだまま何も言い返さない。


『おい、エクス。』


 えっ名前!?


「な、何…!?」


『プロメテウスのマスターと手を繋げ。』


「へ?」


『早く!』


「う、うん!ヨシュア!」


「わ、分かった!」


 僕の左手をとったヨシュアを見た瞬間、僕の視界は別の場所に変わった。


「「えっ!?」」


 ここは…皆でヨガミ先生と話したさっきの倉庫!?


「ゼウス!?何したの!?」


 後ろで浮いていたゼウスに問いかける。

 彼はむぅ…と唸って眉間に皺を寄せた。


『言いたかないが逃げた。』


「逃げた?」


 ゼウスは小さな溜息を吐いた後、僕らを見据えて


『…アビス=アポクリファ…アイツは…


 魔獣殺しだ。』


 と告げた。


「「…は!?」」


『マスター、殺された魔獣は何だった?』


「えっ!?えっと…グリフォンとベヒモスだよね…?」


 僕に頷いたゼウスは腕を組んだ。


『そうだ。アビスは少なくともどちらかを殺しただろう。』


「な、なら何故逃げたんだ?ゼウスなら拘束だって出来ただろう?」


 首を小さく横に振ったゼウス。


『確かに出来たが騒ぎになるのは間違いない。それに、証拠がない。はぐらかされてお終いだ。マスター達が問題を起こした、とブラックリストにカウントされてしまうだろう。それに逃げたのはブラックリスト回避も兼ねてマスター達を護るため。

アイツは何かマスターに仕掛けようとしていたからな。呪いの類だろうな。』


「でもゼウスが治してくれるよね?」


『…まぁな…。しかし、こんな茶番で私の能力を隅まで知られる訳にはいかんのだ。』


「「…。」」


僕とヨシュアは顔を見合わせた。

僕は考えることを放棄したんだけどさ。

ヨシュアが僕に


「スピルカ先生かヨガミ先生を探そう。

ご飯はその後でも大丈夫でしょ。

ね、エクス?」


 と、微笑んでくれたので頷いた。


「そだね。そうしよう。」


 内側にある鍵を開けて部屋から出る。

 最後に出たゼウスが鍵をしてくれた。

 …どうやったんだろ。


「じゃ、先生達を探そうか。」


 ヨシュアに頷き歩き始めた。


 …


「あぁららァ〜逃げられちったァ。

 もー少し遊びたかったんだけどなァ。

っくくく…最高神ゼウスを呼び出したエクス君かァ…アレに何が必要か忘れちゃったしぃ…ぶっちゃけどうでもいいしぃ…。

彼らにちょっと付き纏っちゃお〜♪」


「…………。私たち、忘れ去られてるよな。ケット・シー。」


「ケケッ…絶っ対に忘れ去られてる……にゃン。」


「アビス…アポクリファ…只者じゃないな。

ヒメリアに伝えておこう、ケット・シー。」


「ケケケッ!そうだナ!」

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