第82話 帰還――下準備

 ファラウェイたちと別れ――

 大都を離れた俺とオキクは、帝国へ向けて走っていた。


 慣れ親しんだ風景が、風に乗って後ろへと流れていく。


 たまに後方を振り向いてしまうのを、俺は止められなかった。


 ――思い出すのはファラウェイの涙。


 あの子が涙を見せたのは、後にも先にもあの時だけだ。

 その涙が、俺の足に重りを付けていた。

 ……だが、俺はどうしてもスカイフィールドに帰らなければならない。俺はルナの兄。兄として、彼女を幸せにしてやる責任がある。


 ――今のルナは不幸だ。家から一切出ることも出来ず、頼りにしていた兄も追放されてしまった。


 多分、姉さんたちがたまに様子を見に行ってくれていると思うが、それでも寂しさと心細さに一人泣いていることもあるだろう。

 俺は以前、妹に約束した。必ずスカイフィールドに帰ると。

 だから俺は帰らねばならない。

 それに、ファラウェイにはいつでも会える。

 部分身体強化を無制限に使える今の俺なら、スカイフィールドから大都まで十日もあれば着くことが出来るだろう。

 彼女の顔が見たくなったら、多少無理すれば会いに行けるのだ。

 だから悲観することはない。


 ――まあ、もっとも、次の俺の目的からすると、俺はまたしばらくスカイフィールドから離れなければならないかもしれないが……。


 いずれにせよ、それは叔父のクウラを説得してからの話である。

 ――そう、それだ。

 叔父の説得――それが一番の難関だった。

 まずスカイフィールドに俺が戻ることを納得させ、その上で、ルナをあるところに連れ出すことを説得しなければならない。

 ああ、マジで胃が痛い……。

 だが、以前にも増して俺が自信を付けたことも事実。


 ――俺は叔父と同じレベル帯にいたクロを倒した。


 それはつまり、俺が叔父のクウラに手を掛けるところまで来ていることを示している。

 叔父が以前と同じ強さであると仮定して、今の俺は五回に一回程度しか勝てないだろう。

 それでも、「勝てる」のだ。俺はそこまで来た。

 以前のようにただ言いなりになるしかなかった俺ではない。自信を裏付ける力は、説得力として現れる。

 ……何としても叔父のクウラを説得する。妹の――ルナのために。

 俺は走りながら決意をあらためた。



 **************************************



 数日が過ぎ、リムール川を渡った俺は三年ぶりに帝国領に足を踏み入れた。

 以前は当たり前だったはずの金髪や、西洋風の人々がいやに懐かしく感じた。


 さらに三日ほど走り、スカイフィールド手前の町に辿り着く。

 そこで一旦、ある物を買うために滞在することにする。


 ――そのある物とは、執事服だ。


 これはスカイフィールドに戻るにあたって、叔父を説得する為にどうしても必要になるものだ。

 だから俺は服屋に行き、採寸を取って俺用のしっかりとした執事服を作ってもらう。

 三日で執事服は出来上がり、俺は宿屋でその執事服を着用する。

 宿にあった姿見で全身を映してみた。

 変なところはないかチェックしてみるが……正直言えば、違和感だらけだった。

 やはり、着慣れていない系統の服を着ると、どうしてもどこかおかしく感じてしまう。

 言ってしまえば、執事というより、執事ごっこをしている感じか。まだ十三歳というあどけなさも、それに一役買っているだろう。

 だが、こればかりは仕方がない。徐々に慣れていくしかないな。

 しかし納得のいかない俺とは反対に、オキクは何故か上機嫌だった。


「よくお似合いです、坊ちゃま」

「……本当に?」

「はい。ど並んで立つと、まるでお揃いの姉弟みたいではありませんか?」


 そう言ってオキクは姿見の前に俺と並んで立つ。

 オキクはメイド服なので、執事服の俺と並ぶと何となくお揃い感が出ていた。

 その上、オキクは出会ったころから全く変わらない十五歳程度の容姿をしているので、確かに姉弟のように見えなくもない。

 ……あれ? 気付けば俺は既にオキクと同じくらいの背丈になっていた。

 同じことを思ったのか、オキクが感慨深げに言ってくる。


「色々とありましたが、坊ちゃまがここまで成長してくれて、わたしは嬉しいです」

「……オキク」

「ですが、スカイフィールドの跡取りだった坊ちゃまが執事服を着ることになろうなどとは……おいたわしい」


 急にオキクから殺気が膨れ上がる。

 ……あれ? オキク?


「……ああ、そういえば、わたしの任務を思い出しました。クウラ・ベル・スカイフィールドの抹殺。あの者さえ殺ってしまえば、坊ちゃまがスカイフィールドの正式な跡取りになるはず……」


 ……やっぱりそうだったんだ。


「今の坊ちゃまなら、わたしと組めばあの者を殺れましょう。なんなら、ここでしばらく坊ちゃまに暗殺術をお教えいたしますが」

「いや、ダメだから。殺すつもりはないから」


 暗殺術は正直、興味はあるけども。


「何故です?」

「心底理解出来ないという風に、純粋そうな目で首を傾げないでくれる? 逆に怖いから」

「殺しましょう?」

「ごり押ししてくるね。でもダメだから。ルナからしたら、父親と兄が殺し合うことになるだろ? そんなの可哀想じゃないか」

「ルナ様には、父親はお星さまになったと告げればよいのです」

「物騒なことを言っているのに、なぜそこだけメルヘンなの? あと、それで誤魔化せるほど世の中甘くないからね?」

「納得しない者は全員殺してしまえばいいのです」

「それだと結構な人数を殺さなければならなくなるって気付いてくれる?」

「殺しましょう?」

「結局ごり押し」


 どうしたのかな、この子? 最近誰も殺していないから禁断症状でも出ちゃった?

 ……怖いよ。

 結局俺はそれからしばらくオキクの説得に時間を費やしたのだった。



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