第83話 叔父との対話

 久方ぶりに見るスカイフィールドの町並みは、何もかもが懐かしかった。

 色々な思い出が蘇り、寂寥の念が込み上げてくる。


 ――姉さんやショット、チェリーたちはどうしているだろうか? スカイフィールドでやることをやったら、彼らにもまた会いたい。


 だが、今はまずは、スカイフィールドに帰還することこそが先決だ。それを果たさなければ、前に進むことは出来ない。

 俺は昂ぶる気持ちを抑えるため、大きく深呼吸しながらスカイフィールドの屋敷へと近付いていく。


 ――門前には二人の門番が立っていた。


 ……その二人の顔も変わっていない。以前、姉さんとの修行のため、見晴らしの丘に行く時にいつも挨拶してくれていた二人だ。

 門番長のニールと、その部下の一人であるダン。

 二人とも近付いてくる俺に訝しげな視線を向けて来ていたが、先に気付いたのはニールだった。


「あ、あたなは……!」


 どうやら俺だということが分かったらしい。

 さすがだな。俺が追放されたのは有名な話だが、町の人たちは誰も気付かなかったというのに。

 この三年で俺の顔は子供のそれから大分変っている。あどけなさこそ残っているものの、かなり精悍になったつもりだ。

 だというのに、ニールは気付いてくれた。それに遅ればせながら、ダンも気付いてくれる。

 そのことに俺は少しばかりの嬉しさを感じていた。


「父……クウラ・ベル・スカイフィールド様にお取り次ぎいただけますか?」

「は、はい! 少々お待ちを……。ダン!」

「は、はっ!」


 ニールに言われ、ダンが屋敷の中に向かって走って行く。

 一方で、ニールは目を潤ませている。


「よくぞご無事で……!」

「……大げさだな。ただ追放されただけだよ、俺は」

「それでも私はあなたのことを考えない日はありませんでした……。こうして再びお元気な姿を見ることが出来て、私は……」


 そう言ってニールは鼻をすすり始める。つられて俺も込み上げて来てしまう。

 昔、俺は屋敷の者から快く思われていなかったが、中にはこうして本気で心配してくれる者もいたようだ。

 そのことに俺は胸が温かくなる。まだ早いが、それでも、ああ、帰ってきて良かったと思ってしまう。


 それから間もなく、ダンが連れてきたのは叔父の第一の側近である、あのメイド長だった。

 相変わらず綺麗なブロンドの髪を靡かせながら、真っ直ぐ俺の元へとやって来て、言った。


「ご主人様がお会いになるそうです。どうぞ、こちらへ」


 ……最低限の言葉しか喋らないのも相変わらずか。彼女は「久しぶり」と言うわけでもなく、「どのツラ下げて帰ってきた」と罵るわけでもなく、ただ淡々と忠実に叔父の命令を遂行する。

 その目には「懐かしい顔に会った」という喜びはなく、かと言って「厄介者が帰ってきた」という忌避感もない。「追放されたエイビーが帰ってきた」くらいの感情しか見えない。


 だからこそ、叔父がどういう想いで俺に会うと言っているのか読めなくて怖かった。


 最初は「帰れ」くらい言われると思っていただけに、すんなり会ってくれるこの流れに狼狽えてしまう。

 そのまま黙ってついて行くと、やがて見覚えのある扉の前に辿り着いた。

 そう、叔父の執務室である。

 あまりのドキドキ感に、屋敷の中を懐かしむ余裕すらない。

 ……本当にイヤだ。前世も合わせて、ただ会うだけでここまで圧迫感を受ける相手はあの人しかいない。

 俺が扉の前で、スー、ハー、と息を整えていると、メイド長が扉をノックする。


「ご主人様、エイビー様をお連れ致しました」

「入れ」


 懐かしいほどに冷たい声。


「失礼します」


 ドアを開け、中に入る。

 部屋の中の様子が飛び込んできた。

 三年前に入った時と寸分変わらぬ風景に、緊張しながらも懐かしい気持ちが込み上げる。

 正面には机に座っている叔父の姿――

 オールバックの黒い髪に、死神のように色白の整った顔。

 ダークグリーンの執務服に身を包み、忙しそうに書類に目を通している姿は、それこそ三年前と何も変わらない。


「どのツラを下げて帰ってきた」


 顔を上げることもなく吐き捨てられた冷たいセリフ。


「お前は既にスカイフィールドの人間ではないと言ったはずだ。それは今も変わらぬ」


 叔父からは断固とした拒絶を感じた。それこそ、俺のことなど二度とスカイフィールドの家に復帰させることはないという……。

 だが、元より俺にそのつもりはない。それをハッキリと伝える。


「俺は、スカイフィールドの人間としてこの屋敷に戻ってきたわけではありません」

「……なに?」


 そこでようやく叔父のクウラが顔を上げた。

 そして――俺の恰好――執事服を見て、その表情が訝しげに歪む。


「その恰好は……」


 叔父は俺の姿を上から下まで眺めてから、


「……どういうつもりだ?」


 俺の意図が読めなかったのか、叔父は訊ねてくる。

 それに対し、俺はこう答えた。


「俺を、ルナの……いえ、『ルナ様』の執事として雇ってもらえませんか?」


 叔父の眉がぴくりと動く。その眼光が鋭くなった気がした。

 叔父は何も言わなかった。

 また、俺も何も言わない。

 しばらく、冷たい静寂が執務室を包む。

 やがて、叔父が口を開いた。


「いいだろう。貴様を雇ってやる」


 その答えに、俺は呆気に取られるしかない。

 ……は? こんなにあっさり?

 茫然とする俺を他所に、叔父はこう続けた。


「あれには少々手を焼いていたところだ。しっかりと躾けておけ」


 ……手を焼いている? ルナにか?

 どういう状況かは分からないが、どうやら叔父が俺をルナの執事として雇おうというのは本気らしい。

 だが、それでも未だに茫然としている俺に向かって、叔父は書類に目を戻すと、吐き捨てるようにして言う。


「見ての通り、私は忙しい。さっさと出て行け」


 ……いつぞやも似たようなことを言われたな。

 何だか懐かしい気持ちになりつつも、しかし、俺はまだ出て行くわけにはいかなかった。


「すいませんが、もう一つお話があります」

「……何だ?」

「ルナを屋敷から外に出す許可が欲しいのです」


 叔父の眉が不快気に動き、視線が再びこちらを捉える。


「……それについては以前、散々ダメだと言ったはずだが?」

「もちろん、ただ出して欲しいとは言いません。手土産があります」

「手土産、だと?」

「はい」


 そこで俺は、懐からある物を出した。

 それは可愛らしくデフォルメされた竜の彫刻がこしらえられた、小さな像。

 それを見て、僅かに叔父の目が見開かれる。


「それは……」


 ……まさか、見ただけでこれが何か分かったのか? だとしたら、やっぱりこの人は凄い……。

 俺は頷き、答える。


「はい。これは玉璽……そのレプリカです」

「……玉璽のレプリカ、だと? そのようなもの、この世には存在していなかったはずだが?」

「ある人に作ってもらいました」

「………」


 俺は嘘を吐いた。俺は叔父に錬金術を使えることを敢えて知らせたくなかったし、どの道、信じてもらえないと思ったからだ。

 叔父が俺に値踏みするような目を向けてくる。このようにまともに視線を向けてくるのは、あの追放された時から二度目のことである。

 一頻り俺のことを眺めた後、叔父の中でどのような結論に至ったかは分からないが、ややあってこう言った。


「何者が作ったかは知らぬが、そのマジックアイテムが玉璽のレプリカであることは間違いなさそうだ」


 ……一目見ただけでこれを玉璽のレプリカと認めるとは、やはりこの人は侮れない。

 ということは、もしかしたらこれを俺が作ったことも見抜かれているかもしれない。

 この人はどこまでもそこが知れない……。

 俺はさっきこの人に五回戦えば一回勝てると言ったが、あれは間違いだった。

 こうして目の前にすると、以前にも増してこの人が強くなったことを肌で感じる。

 ……いや、以前はまだこの人の底を読み切れていなかったのか?

 いずれにせよ、今の俺では十回中一回……いや、二十回やって一回勝てればいい方だろう。

 この人を納得させるにはある程度、力も必要かと思っていたが、これはとんだ見込み違いだ。

 これでは、この叔父を説得するなど、とても……。


「いいだろう。ルナを外に出す許可をやる」


 と思ったら、またもやあっさりと俺の意見が通ってしまった。

 ……あれ? どういうこと?


「話はそれだけか? だったら出て行け」


 話はお終いとばかり、叔父はまた書類に目を落とした。

 何もかもがあっさりしすぎていて、俺はきょとんと呆けるしかない。


「目障りだ。さっさと出て行け」

「は、はい」


 叔父のイラついた冷たい声に、俺は慌てて踵を返すしかなかった。

 結局俺は、それ以上何も叔父に言えなかった。




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