第74話 【魔力ゼロ】の策略
「くくく……よもや【魔力ゼロ】のガキに見破られようとは、夢にも思わなかったぞ」
そのセリフは全て認めたことに他ならなかった。
そう、この国に内戦を起こそうとしていることを、だ。
驚愕に目を見開く第一王子を無視して、クロは俺に問いかけてくる。
「どうして私が李高を殺したと分かった? いや、その前に、どうして私の目的が分かった?」
「簡単なことだ。この世界は戦争が起きすぎている。まるで、誰かが世界を裏から操っているみたいだ。そう考えた時、この中華大国でも狙ったかのように王位継承権争いが起き、挙句に内戦が起きようとしている。じゃあ、世界を誰かが裏から操っているとして、今回この国に内戦を起こそうとしているのは誰か? どう考えてもあんたしかいないだろ」
「………」
「もっと説明が必要か? あんたが現われてから急に第一王子の体が良くなり、さらには王位継承権を復権させ、その上、都合よく李高が死んで内戦の機運は一気に高まった。そして第一王子の傍らには常にあんたがいる。世界を裏から操っている者がいると仮定した場合、あんたを疑うなと言う方が無理があると思うぜ」
「くっくっく……なるほど。そうかもしれぬ」
もはや完全に認めたからか、クロは愉快そうに笑った。
だが、すぐにまた俺を睨み付けてくると、
「ただ、一つだけ確かめておくことがある。誰も不思議に思っていないことを、どうしてお前だけが気付けた?」
「……なに?」
「どうしてお前だけが『世界を裏から操っている者がいる』という考えに至れたかと聞いている」
その質問に対する答えは――
……恐らく、俺に異世界の記憶があるからだろうと思われる。
だが、バカ正直にそれを述べるわけにはいかない。
なので、ここは無視しようと思ったのだが、クロは何かに気付いたようにしてこう言った。
「……そうか。【魔力ゼロ】だからか」
……今のセリフはどういう意味だ?
「まあいい、それについては後でお前の体で検証してやるだけだ。そう、じっくりな……」
そのセリフでクロの殺気が膨れ上がる。
オキクは俺を庇うようにして背中の刀に手を掛けた。
その時、第一王子が弱々しい声を出す。
「……クロ……?」
興が冷めたように、クロの殺気が薄まる。
「ああ、まだいたのか」
「クロ……嘘だよな? 今の話は全部、あのガキの作り話だろ? だってお前は僕の恩人で……」
「全部私の目的のためだ。誰がお前のためなどに動くものか」
「そ、そんな……そんな……」
今の第一王子は、心底信頼していた者に裏切られた目だった。
「だ、だってお前は、僕のために貴重なエリクサーまで使ってくれて……!」
「ああ、あれはこちらとしても大きな出費だったよ。だが、そのおかげでこうしてこの国に内戦を起こせるのだから、必要経費としては十分だったわけだが」
「そんな……そんな……!」
第一王子は絶望に暮れた顔で膝を折った。
俺はクロを睨む。
「いくら今まで敵対していた人とはいえ、見ていてあまり気分の良いものではないな。あんたにとって、今まで長いこと一緒にいた人だろ?」
「別にそれで何とも思わぬよ。この者には最初から利用するためだけに近付いたのだからな」
第一王子にはもはやそのセリフでさえ耳に入っていない。ただただ、手と膝の両方を地面に付けて項垂れている。
そんなことにはお構いなしでクロは続ける。
「ああ、そうだ。ここで第一王子には死んでもらうことにしよう。そうすれば第一王子派の者たちは、次は自分たちの番だと恐れ、我の言う通り内戦を仕掛けることだろうからな。もはや内戦の機運は止められぬところまで来ている。そうだ、そうなった方がむしろ我の想い通りに出来るかもしれぬ。なんなら影武者を立てるのもありか」
もはや何でもないことのように……まるでそのことが当たり前のことであるかのように、クロは喋っていた。
――つまり、俺たちを殺すことは彼にとって既に決定事項なのだ。
そんなクロに向かって俺は言ってやる。
「悪いけど、もう内戦は起きないと思うぜ」
「起きる」
「いや、起きないね」
あまりにも俺がハッキリ言うのものだから、訝しげにクロが訊いてくる。
「……どういうことだ?」
俺は手に持っていた淡く光る石を、再びクロに見せつけるように掲げる。
「これ、何だと思う?」
「? ウソ発見器だろう? 先程、自分でそう言っていたではないか」
「実はこれ、ウソ発見器なんかじゃないんだよな」
「?? どういうことだ?」
「実はこれ、携帯電話なんだ」
「携帯……何だと?」
『電話』はこの世界では通じないか。当たり前のことだが。
「そうだな……分かり易く言い直すと、『声の送信石』と言ったところか。それも拡声器付きの、な」
「……お前はさっきから一体何を言っている?」
クロが苛立ってきているのが分かった。恐らく俺が言っていることを理解出来ないことが心底不愉快なのだろう。
そして――
その時だ。
クロの部下の一人が慌てて駆け込んできたのは。
「ク、クロ様! 大変です!!」
「……一体どうしたというのだ、騒々しい」
「クロ様の声が、大都の町中に広がっていると、たった今伝令が……!」
「………。なんだと?」
ようやくクロはその異常性に気付き始めたようだ。
それで、何かに気付いたように、ハッと、俺の方に向き直る。その視線は俺が手に持つ石に注がれていた。
「やっと分かったか? 言ったよな? これは拡声器付きの『声の送信器』だって」
「ま、まさか……」
「そう。実はさっきからここで喋っていることは、大都中に流れているんだよ」
「な……んだと……!?」
クロが絶句していた。
そう、実は全てハッタリだったのだ。俺がさっき喋っていたことは。
ウソ発見器などこの世界に存在しない。少なくても今は、まだ。
意外にも携帯電話の代わりとなる送信石よりも、うそ発見器の方が錬金術で作るには難しかったのだ。おかげでこんなハッタリを使う羽目になったのだが、しかし、結果よければ全てよしだ。
もはや内戦が止めることが出来ないところまで来ていることはこちらも重々承知していたことである。だから俺は、敢えてそれを利用させてもらったのだ。
――全ては、クロの言質を自ら引き出させるために。
結果としては上々。俺の思惑通り、クロの企みは大都中に流れた。
これで第一王子派の連中は、自分たちがクロの手の平の上で踊らされていたことを知ったことだろう。
この国の民を含め、誰も彼もが真実を知った今、その上でまだ戦争を起こそうとする奴はいないはずだ。
今戦争を起こせば、そのような者は国を乱す側の者として見られることだろうからな。それを分かった上で戦争を起こそうなどと考える者はいない。何故なら万が一戦争に勝ったところで、そんな者には誰も付いてこないからである。まあ、戦争を起こす前から誰も付いて来ないとは思うが……。
つまり、これで内戦はほぼ防いだようなものだった。
残る不安要素はそこにいる第一王子だけだが、取りあえずは彼をどうするか考えるその前に、クロのお相手をしなければならない。
それが何よりも一番大変な仕事だ。
今も、その殺気と魔力が膨れ上がっていっていた。
「き……さまあああああああああああああああああああああああっ!!」
クロは激昂した。
まあ、そりゃ怒るよね。彼からしたらずっと下準備して進めてきた計画が、俺のせいで全部パーになってしまったんだからな。
その上、『世界を裏から操っている者がいる』という認識を世に露呈させてしまった。これは奴にとって恐らく致命的だったはずだ。
だが……そう、やっと一矢報いることが出来た……。
ファラウェイにあんな辛そうな顔をさせた、張本人になッ!
実は、俺はずっと怒っていたのだ。
――ファラウェイは表向き、ずっと笑顔を絶やさなかった。
だが、心の底では兄と争わなければならないことに疲れていた。
あの子にとって、兄に暗殺されかかったことは、心底悲しい出来事だったに違いない。
夜、一緒に寝ている時に、彼女は涙を流していることがあった。
もちろん、彼女自身それに気付いていない。自然と涙が流れていたのだ。
それだけ我慢していたんだ。辛かったんだ……!
全て、このクソ野郎のせいで!!
だから俺は、ずっとこの時を待っていた。
全部ひっくり返す、この瞬間を!
クロが目を血走らせながら呟く。
「殺す……!」
「悪いが、それはこっちのセリフだ」
さて、送信石から声を送るのはそろそろいいだろう。俺は送信石に魔力を注ぐのをやめて、機能を止める。
あとは、目の前のこいつを叩き潰すだけである。
クロが指をぱちりと弾く。すると辺りに潜んでいたクロの手下たちが姿を現した。
――その数、七人。
クロ直属の部下だけあって戦闘力はかなり高そうだが、しかし、それでもオキクなら負けることはないだろう。
俺はそれだけオキクを信用している。
「オキク」
「はっ。周りの者たちはお任せ下さいませ」
さすが阿吽の関係だな。
俺とオキクは背中合わせになって敵と向かい合った。
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