第73話 世界の裏
あれから数日が経った。
今ではすっかり内戦の機運が高まっている。
王も第一王子の暴走は抑えきれず、遂に自ら鎮圧に動く姿勢を見せつつあった。
それで第一王子を見限る者も出てきているが、しかし、そのせいで第一王子はさらなる性急な動きを見せるようになっている。
もはや第一王子タンヨウは戦争で自分の敵となる者を全員討ち取るしか自分の未来はないと見ているのだろう。……いや、見させられているのか、クロに。
そんな盲目の第一王子を止めるには、もはやクロを倒すほかない。
それも、第一王子の目の前で――。
そういうわけで、俺は時期を待っていた。目的を果たせる、その『時』を。
いつものように自室で瞑想しながら思考に耽っていると、ドアの前に気配を感じる。
……来たか。
「坊ちゃま」
オキクは音もなくドアを開けて部屋に入ってくる。
「調べは付いたか?」
「はっ。今から行けますか?」
俺は瞑想をやめて立ち上がる。
残された時間は少ない。
出来るなら、一刻も早く動いた方がいい。
「分かった。じゃあ、行こうか」
「はっ」
そのやり取りだけで、オキクは当たり前のように付いて来てくれる。
俺は彼女を連れて自室を出た。
************************************
時は深夜に差し掛かろうかという頃――
王宮を抜け出した俺たちは、闇夜に紛れながら町を屋根から屋根へと飛び移り、目的の場所へ向かって進んでいく。
――やがて辿り着いたのは、大都の東部にある、大きな自然公園にある湖の畔。
最近、第一王子は町の東側にある別邸に住んでおり、そこで戦争の準備などを進めているらしい。
大都の東側には他にも第一王子派閥の者たちが多く住んでいるので、第一王子としては東部の別邸を使ったほうが色々と都合が良いのだろう。
基本的には第一王子の別邸で密談は行われているらしいが、しかしたまに、第一王子の方から家臣の屋敷に赴くこともあるとのことだった。
――そして、それが今である。
オキクが言うには、この自然公園の湖は第一王子のお気に入りであり、家臣の家に赴く時は必ずこの場所を通るとのことだ。
――もちろん、帰りも同じ。この場所を通る。
そして今、第一王子は家臣の屋敷を訪れている最中で、俺たちはその帰りを待っているというわけだ。
「第一王子はクロを心底信用している節があり、それ故に僅かな隙を見せる時があります」
そう言ったのはオキクだ。
まあ、その信用は分かる。現に今もこの公園にはクロの手の者と思われる者たちが各場所に潜んでいる。
あくまで俺とオキクの二人だけだからここまで潜り込めたのだ。
しかし――オキクが言う通り、これは大きな『隙』である。おかげで俺はこうしてチャンスを得た。
湖の畔にある花の茂みの中、オキクと共に気配を殺して待つことしばし――
やがて、件の人物の姿が見えてきた。
言わずもがな、第一王子タンヨウである。
隣には当たり前のようにクロの姿があった。
彼ら二人は途中まで何の疑いもなく進んでいたが、俺たちがいる近くまで来た時、クロが第一王子を庇うようにして動きを止めた。
「何者だ? 出てこい」
まるで最初から俺たちがここにいることを分かっていたかのような落ち着いた口調だ。……さすが。とっくに自分の結界に触れた者がいることに気付いていたようだ。
ま、こちらもそれを分かっていたが。
俺とオキクは茂みから姿を現す。
「お、お前は、ニャンニャンのところにいるガキ!?」
それまで姿の見えぬ敵にびくついていた第一王子だったが、俺と分かると表情を驚きに変えた。
「ど、どうやってここに……」
第一王子のそのセリフを無視して、クロはオキクを指差す。
「そこの女……只者ではないな? 上手く隠ぺいしているようだが、その鋭い魔力を隠しきれていないぞ」
……これは驚いた。オキクの力を見破った者は初めてだ。
本当にさすがだ。魔力を読み取ることにも長けているらしい。
――そう、魔力を読み取る力は、な。
「もっとも、その暗殺向けの魔力では、姿を現した時点で私の敵ではない」
クロが淡々と告げてくる。
オキクが暗殺者であることすら見抜くとは恐れ入った。
「あなたに用事があるのはわたしではありません。こちらにおられる坊ちゃまです」
そう言ってオキクは俺を立てるようにして、頭を下げながら後ろに一歩引いた。
必然、俺が前に出る形となる。
「僕に用だと!? バカめ! 僕はお前に用などないわ!」
第一王子はまるで俺など眼中にないと言わんばかりに喚いたが、それはこちらとしても同意見である。
「俺もあんたに用事があるわけじゃない。そっちにいる黒の軍師殿に話があってやってきた」
「な、なに? クロに?」
第一王子の上ずった声。多分、今までクロに用事がある者などいなかったのだろう。
クロはくぐもった笑い声を上げる。
「くくく、面白いガキだ」
「ク、クロ?」
「良いではないかタンヨウ様。ニャンニャンのお気に入りの少年がこうして話に来たのだ。それを受けるのも一興ではないか?」
「……むう。それもそうかもしれないな」
今のやり取りだけでも第一王子がどれだけクロのことを信用しているのかが推し量れた。
「それで少年。タンヨウ様の側用人に過ぎない私に話とは何かな?」
闇夜に溶け込むような出で立ちのクロが、俺に問いかけてくる。
俺は真っ直ぐ奴を見据えて――言い放つ。
「クロ。いい加減、茶番はやめにしないか?」
「……なに?」
「だってそうだろう? あんたが単なる第一王子の側用人だって? そんなわけない。だってあんたは第一王子を利用し、この国に内戦を起こそうとしている張本人なんだからな」
俺のそのセリフに対し、クロの感情が揺らいだのを感じた。
……ビンゴだ。
「黒の軍師とは良く言ったものだよな? もっとも、その頭脳は第一王子のためではなく、この国を乱すために使われていたようだけど」
「………」
俺とクロは睨み合う。
クロは凄まじい殺気を放っているが、同時にそれを押し返すようにオキクも殺気を放っている。
その緊張感に、第一王子は口を開けないでいた。
「戯言だな」
クロは言った。
「戯言? そこまで分かり易く動揺しておいて、黒の軍師と呼ばれている人が笑わせてくれるな」
俺が敢えて挑発するようにして言い返すと、あからさまにクロの怒気が膨れた。
……間違いない、こいつはプライドが高い。なら、俺のようなガキに本音を見破られたことは死ぬほど悔しいはずだ。
そして、気になっているはず。誰にもバレるはずのない自分の目的が、どうして俺の様な子供に見破られたのかを。
「……何か証拠でもあるのか? どういう経緯でそのような考えに至ったのか教えて欲しいものだな」
……かかった。
俺は内心でほくそ笑みつつ、ある物を懐から取り出す。
「俺がどのような経緯で、あんたが内戦を起こそうとしているかという考えに至ったことについては後で話すとして、証拠ならここにある」
俺が手に持っているのは淡い光を放つ石だ。側面に大きな穴が空いており、まるで拡声器のような形をしている石。
その穴を指して、俺は説明する。
「これはウソ発見器だ」
「……ウソ発見器だと?」
「そうだ。この穴の部分に向かって嘘を言うと、意思は淡く光るんだよ。そう、ちょうど今のようにな」
「………」
「このウソ発見器はアル・シェンロンが作ったものだ。その性能は折り紙付きだし、もし信憑性を疑うなら後でどれだけでも性能を試してみればいい。もちろん、あんたの手で。それでこのウソ発見器が本物だと分かるはずだろ?」
「………」
「だから取りあえず、今は俺の質問に答えろ。もしあんたが本当のことを言っているなら、この光は自然と消える」
「………」
「じゃあ、聞く。あんたは第一王子を利用して、この国に内戦を起こそうとしているな?」
「………」
「ついでに、宰相の李高を殺したのもあんただよな?」
「な、なんだと!?」
第一王子は驚きの声を上げた。
クロは何も答えない。
そうだよな。プライドの高いクロが、単なる子供にここまで追い詰められて、醜い言い訳などしたいはずがない。
「ク、クロ……?」
一方、第一王子は黙り込んだクロのことを不審がっているようだ。
……いいぞ。その調子だ。
もうひと押ししておくか。
「どうして何も答えない? ただ一言、『いいえ』と言えばいいだけだ。それだけであんたの言うことが本当かどうか分かるんだから。まあ、もっとも、石は淡く光り続けるだろうけどな」
煽る俺。
どうだ? これでも足りないか?
なら、さらに追加で煽ってやろうと思い、口を開きかけた時――
「く……くく……」
クロがくぐもった声を上げた。
そして――
「くぁーかっかっかっか!!」
大きな笑い声を上げるクロ。
「ク、クロ?」
驚く第一王子。しかしそんな彼に構わず、クロは俺を見据えて言ってくる。
「くくく……よもや【魔力ゼロ】のガキに見破られようとは、夢にも思わなかったぞ」
そのセリフは全て認めたことに他ならなかった。
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