第72話 信頼と親愛

 宰相、李高暗殺の報告はニャンニャン派陣営にももたらされていた。

 それと同時に、第一王子陣営の軍に慌ただしい動きがあることも報告される。


「第一王子タンヨウ様は、李高暗殺の下手人を差し出せと言ってきています。そうでなければ相応の責任を取ってもらうとも」


 会議室の中、文官の一人がそのように報告した。


「バカな! 我らがそんなことをするはずがありません!」


 また他の文官が激しく反論し、そのセリフに皆が頷く。


「そうだ! 我々がニャンニャンのご意志に背くはずがない!」


 他の者も「そうだ、そうだ」と騒ぎ立てた。

 紛糾する会議室の中だったが――


「皆、落ち着くがよい」


 武官の一人が前に出た。

 その存在感ある声に、会議室は静かになる。

 その人は小奇麗な口ひげを生やしたダンディーな男性だった。

 がっちりとした体形に鎧を着こんだ彼の名は張真。

 ――何と彼は、俺がこの国で最初に赴いた村で会ったあの『村長』だった。

 驚いたことに、張真さんは玲さんを抜けばこの国で最高の将軍だった人らしい。道理で只者ではないと思ったはずだ。

 張真さんはこの国で宰相の李高と並んで発言権を持つ人物だったが、それ故に真っ先に第一王子の粛清の対象となってしまったようだ。

 それで、ほとぼりが冷めるまで生まれ故郷のあの村で過ごしていたとのことだ。

 もっと言えば、ファラウェイ……ニャンニャンが本気になるのを待っていたらしい。

 それでファラウェイが王位継承権を自ら復権してみせた今、居ても立ってもおられず大都に戻ってきてくれたわけである。

 今ではニャンニャン派閥の中心メンバーの一人であり、陣営において欠かせない人材となっていた。

 ちなみに、それまでニャンニャンの側にいる俺は陣営の中でも白い目を向けられていたのだが、張真さんが俺に対して友好的だったので、「張真さんが認めるなら……」と渋々俺のことを皆が認めてくれつつある。渋々ですが何か。

 その張真さんが言った。


「我々の中に李高を暗殺するような者がいないことは百も承知。だが、問題はそこではない。実際に李高は暗殺された。そして、そのせいで第一王子派が戦闘の気配を見せている。それに対し我々はどう動くか、だ」


 さすが張真さん。冷静沈着な対応だ。

 彼は武人ではあるが、頭も良く、皆から頼りにされている。

 偃月刀を持てば一騎当千、軍を率いては冷静沈着かつ臨機応変な将軍で、実績も多い。

 その張真さんの言葉はやはり重みがあった。


「いざとなれば私が第一王子派のやわな軍勢など蹴散らしてみせよう。だが、それはニャンニャン様のご意志に沿うものではないことは皆が理解していることのはず。まずは戦闘を回避できる策を話し合うべきだ。そうであろう? 皆の者」


 本当に頼りになる人だ。俺が言いたかったことを見事に代弁してくれた。外様の俺が言ったところで皆はそれほど聞く耳を持ってくれないだろうからな。

 ファラウェイも頷いている。


「その通りネ。戦闘は何としても避けたい。皆、どうか知恵を貸して欲しいアル」


 トップであるファラウェイのその言葉で、会議室は再び紛糾する。それは先程までとは違い、建設的な話し合いという意味での紛糾だ。

 ――しかし、建設的な話し合いではあるものの、具体的に対策と呼べるものは一つも出なかった。

 それはそうだ。第一王子は「李高を暗殺した人物を差し出せ」と言ってきている。だが、こちらにその人物がいない限り、用意できるはずもない。

 さらに言えば、ファラウェイが無理矢理下手人を仕立て上げることなどすることはない。

 よってこちらが出来る回答は「李高を暗殺した人物は我らの中にはいない」だが、それは既に簡単に跳ね除けられている。第一王子の主張はあくまで「李高を暗殺した人物を差し出せ。でなければ相応の責任を取ってもらう」だけだった。

 ただ、実際にその人物を差し出したところで、もしその人物がニャンニャン派の人物なら、結局は争いは避けられないだろう。

 そんなわけで現状は「詰んでいる」の一言だった。

 ――そんな中、俺はただ一人違うことを考えている。

 皆の反応を見る限り、恐らくこの中に李高を殺した人物はいない。普通に考えてもニャンニャン派の者がこのタイミングで李高を殺すとは思えない。

 とは言い条、第一王子派の連中が李高を殺すことにも、もちろん何のメリットもない。

 例えば向こうの派閥に李高と仲良くない者がいたとしても、このタイミングで殺すことはしないだろう。ただでさえ露見すればただでは済まない上に、今殺してしまえば自分の所属する派閥の勢いが衰え、それは自分にとってもデメリットなのだから。

 ――では、一体誰が李高を殺したのか?

 俺の頭には一人の人物の姿が浮かんでいた。全身黒ずくめのあの姿が。

 そう、黒の軍師……クロである。

 これは恐らく俺だけが辿りつけた答えだ。何故なら俺は「この世界を裏から操り戦争を起こしている者がいる」という前提で考えているから。

 もしクロがその前提で動いているとしたら、まさに今回のこの事態は望み通りのはず。まさに内戦に向かおうとしている、この現状が……。

 ちなみに王も今回の事態を重く受け止め、独自に調べを進めた上で、第一王子タンヨウに早まった真似をするなと釘を差しているようだが、焦りと怒りに支配されたタンヨウはそれを聞きいれていないらしい。

 このままいけば、第一王子派とニャンニャン派の軍がぶつかった時、王は第一王子派を鎮圧する為に軍を出すだろう。しかしながら、負の感情に支配されている第一王子はそれすら見えていないのだ。

 ――そして、俺の考えが正しかった場合、どうなったところで内戦が起きた時点でクロの目的は達成させられる。王がニャンニャンの味方をしようが、第一王子の軍が鎮圧されようがどうでもいいのだ。何故なら戦争さえ起きればいいのだから。

 つまり、どう見ても全てがクロの手の平の上で躍らされていた。

 そして――そのことに気付いているのは俺一人。

 さて、どうしたものか……。

 だが、結局答えは決まっている。

 ――クロを倒し、クロの企みを露見させた上で、第一王子の暴走を止める。

 それしかない。

 そしてそのために、出来ればこの場の皆の協力を取り付ける。それが俺の今やるべきことだ。

 ……しかし、信じてもらえるか……? 

「世界を裏から操っている者がいる。それがクロだ」

 こんな荒唐無稽な話を、一体誰が鵜呑みにする?

 ………。

 分かっている。それでも、やらないよりはやった方がいい。それは前世で嫌になるほど学んだことだ。

 失敗したら失敗した時に別の手を考えればいい。

 俺は腹をくくると、顔を上げ、口を開く。


「あの、俺の話を聞いてもらえませんか」


 紛糾していた会議室が静まり、皆の目が一斉に俺に突き刺さる。

 ……怖気づくな、俺。頑張れ、俺。

 俺はぐっと腹に力を入れると、意を決して話し始めた。自分の考えを。

 まず俺はこの世界がいかに戦争が多いか、という点から話した。世界に起きている戦争の頻度の、その異常さを。

 その上で俺は「世界を裏から操っている者がいる」と伝え、その首謀者、あるいは片棒を担いでいるのがクロであると述べた。また、そう考えると全ての辻褄が合うとも言った。

 だが……皆の目は白かった。

 ――失笑。まさにその言葉が一番ぴったりくるだろう。

「なんだこのガキは? 妄想を述べに来たのか?」「これだからガキは」「ガキは帰ってから夢を見ろ」といった感じのマイナスの目ばかり。

 実際にそのようなことを口にした者もいた。

 ため息が吐かれ、失望の言葉が飛び交い、嘲笑が起きる。

 俺は下を向いて耐えるしかなかった。

 ……なんてことはない、このくらいの状況は前世でもよくあったことだ。だから耐えられないことはない。

 だが、俺が説得できなかったせいで回避できる危機を回避できないかもしれないことが悔しかった。とても悔しかった。

 俺が自分の不甲斐なさに拳をぎゅっと握っていると、


「ワタシはエイビーを信じるネ」


 ファラウェイの声が響いた。

 俺は顔を上げる。

 自分たちのトップであるニャンニャンの声に、場は静まり返っていた。


「ワタシはずっとエイビーと一緒にいた。ワタシはエイビーの勘に何度も救われてきた。ワタシはエイビーを信じるヨ。信じられないわけがないネ」


 当然でしょ? とでも言わんばかりのファラウェイの『普通の笑み』。

 俺がその笑みに魅入られていると、また別のところで声が上がる。


「こいつは頭がいい。そんじょそこらの大人とは比較にならないくらいに、な。ただの夢想で妄言を吐くことだけは絶対にねえ。俺が保証する」


 それを言ったのは先生だ。

 自分たちの中心人物の一人であるアル・シェンロンが俺を肯定したことで、場には戸惑いの色が浮かんでいる。

 そこに張真さんがこのように述べた。


「私も彼が機転を利かせてニャンニャンを救うところを、実際にこの目で見ている。世界を裏から操る者がいるなど信じ難い話ではあるが、彼がただのホラ話をするとは考えにくいな」


 さらには武人のトップである張真さんまでそのように言ってくれたことで、ようやく皆は互いの顔を見合わせるようになった。

 三人が三人、皆から信頼され、発言力のある人物だ。たった三人ではあるが、それでも場の雰囲気は一気に変わった。

 ――少ない人数でも、分かってくれる人がいればそれでいい。

 久しぶりに俺がそう思えた瞬間だった。


「それでエイビー、どうしたらこの国を救えるアルか?」


 やはりファラウェイが当たり前のように訊いてくれる。そのおかげで皆の耳も俺に集中した。

 俺は彼女に頷き、こう答えた。


「クロを倒す。それしかない」


 そのセリフに辺りがざわつく。

 俺は構わず続きを言った。


「皆さんは第一王子の軍勢に睨みを利かせておいてください。その間に俺がクロを倒し、第一王子の凶行そのものを止めてみせます」


 その言葉で、場はしんと静まり返る。

 皆、そんなことが出来るのかという表情で互いに顔を見合わせるだけだ。

 そんな中、張真さんが声を上げた。


「他にこれ以上の策を献上できる者はいるか?」


 彼が訊くと、それに答えられる者はいなかった。皆、結局は他に出来ることはないと理解したようだ。

 それを確認してから、張真さんが再び口を開く。


「では、これより我々はエイビー殿の策に則り行動を開始する。皆の者、それぞれご自分が出来ることを全力でなされよ。では、ニャンニャン。最後に一言お願いいたします」


 その言葉でファラウェイが前に出ると、いつもの明るい声で言った。


「皆、頼むネ!」


 たった一言。だがそれだけで、皆の顔付きが変わった。


『おおっ!!』


 ファラウェイが皆に心から信頼されていることがあらためて分かった。

 その後、皆がめいめいにその場を立ち去って行くが、そんな中、俺は先生に声を掛ける。


「先生、一つお願いがあります」

「なんだ?」

「ある物を早急に作って欲しいんです。それも、出来るだけ大量に」


 こればかりは先生でなければ出来ないことだ。

 俺はその後、作って欲しい物の機能と作り方を簡単に先生に説明した。

 話を聞いた先生は顔をニヤつかせる。


「へえ、面白いじゃねえか。そんなもんよく思い付くな?」


 ……う。前世の知識を使っただけなので、何となくずるしている気分だ。

 だが、発想は前世からもらったものだが、その造りのカラクリはかなり難しい。なにせ前世でも現代でようやく開発された物だからな。

 それを科学ではなく、錬金術でどうにか作れないか、以前から考えていたのだ。

 ――そして最近、作り方を考えつき、先生の技術なら作れるだろうと思い至った。

 この世界の現在の文化レベルでアレが流通すると社会的に問題がありそうだが、複雑な造りなので作れるのは一流の錬金術師だけである。大きな問題はないだろうと判断した。

 取りあえず俺は先生にその作り方を詳細に教えるために、先生と共に彼の研究室へと足を向ける。



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