第75話 裏の世界の真意

 俺とオキクは背中合わせになって敵と向かい合った。

 それを見て、クロが訝しげな目を見せる。


「……まるで【魔力ゼロ】の貴様が自ら戦う気のようではないか?」


 俺は何も答えなかった。

 つまり、こいつは最初から俺の策略に引っかかっていたんだ。

 この時のために、俺はずっと力を隠し続けていた。

 おかげでこいつは俺を警戒することなく、自らの目の前まで引き寄せた。


 ――そう、今、この状況がまさにそれである。


 俺は無言で地を蹴る。

 身体強化の魔術を使い、一気にクロの目前まで迫った。


「ぬおっ!?」


 クロは驚愕の声を上げ、体を固まらせる。

 俺はアイテムボックスから剣を取り出し、そのまま突く!


「ぐあっ!!」


 クロはとっさに体を捻ったが、俺の剣はクロの肩に突き刺さった。

 俺は剣を引き抜くと、さらに突きを放つ。

 しかし、それはクロに避けられてしまう。

 ……魔術師タイプだというのに、クロは身体強化の魔術も使いこなすのか……!

 だが、その可能性は考えていなかったわけではない。


 俺は慌てず、間合いを保ったまま、次々と剣を繰り出す。


 だが、クロはその全てをぎりぎりで躱していた。

 ……やはり只者じゃない。体術は俺に劣るが、それでも強大な魔力で繰り出した身体強化の魔術だけで俺に対応している。

 ……離されたら、攻撃魔術を撃たれる。こいつは叔父のクウラクラスの魔術師。攻撃魔術を撃たせるわけにはいかない!

 俺は敢えて剣を投げつける。


「ぬおっ!?」


 まさか剣を投げてくるなどとは思わなかったのだろう。剣はクロの腹を切り裂いた。

 だが、浅い……!

 俺は間髪入れずにするりとクロの懐に入り込む。


「なっ!?」


 俺はクロの胸に手を置き、相手の魔力を利用して【魔掌底】を放とうとするが――


 ……!? 魔力が流れない……!?


 しまった! この黒い衣のせいか!?

 どうやらクロの着用している黒い衣はマジックアイテムのようだ。しかもその効果は【魔力遮断】。

 ……そうか、これは恐らく敵の攻撃魔術の威力を弱めるための防具。攻撃魔術なら弱めるだけにとどめるが、直接触れた時は相手の魔力を遮断してしまう効果があるのか……!

 しくじった。今の俺の【流体魔道】ではそこまで見切れなかった……!

 クロの目がほくそ笑む。まずい……!


「闇よ! 弾けろ!!」


 瞬間、目の前の暗闇が一層暗くなり、弾けた。

 黒いエネルギーの衝撃波が俺を襲う。

 俺は刹那に後ろへ飛び、どうにか威力を弱めようとするが――直撃を貰ってしまう。


「坊ちゃま!!」

「ぐっ……!」


 俺は空中で体勢を立て直すと、どうにか着地して地面を滑る。

 ようやく止まった時、俺の体の闇に侵された部分から煙が上がっていた。俺はすぐに【流体魔道】で魔力を操り、その魔術を消去していく。

 それを見て、クロが訝しげな声を上げた。


「我が魔術を消しただと……!? 一体、どうやって……!? いや、それより、【魔力ゼロ】の貴様がどうしてそんなに強い!? 【魔力ゼロ】の貴様がどうして高度な魔術をいくつも使用できるのだ!?」


 クロは矢継ぎ早で質問してきた。そんなにいっぺんに聞かれても答えられない。


 ――しかし……やはり、クロの魔術は恐ろしい。


 クロの得意属性は【闇】。

 さっき使われたのは恐らく【闇】の初級魔術で、さらにはとっさに使っていたというのに、それでもあの威力だ。

 ここまで間合いを離されてしまうと、より強大な魔術を使われてしまう。

 今の俺では真っ向からの撃ち合いでは勝機はない。

 それが分かっているのだろう、クロは笑った。


「ふははははっ! 面白い、面白いぞ、小僧!! 計画を潰された時は怒りで発狂しそうなほど憤怒したが、代わりに面白いものを見つけた!」

「………」

「そう、貴様のことだ、小僧」


 どういうことか、俺が目で問うと、


「そもそも、【魔力ゼロ】など聞いたことが無い。その上で魔術が使えるというのは、一体どういったカラクリなのか!? 偉大なるあの方あが知ったらさぞお喜びになるに違いない!」

「偉大なるあの方……?」

「おっと。私としたことが歓喜のあまりいらぬことを喋ってしまったようだ。まあ、もはや関係ない。どの道、それがここにいる者以外に漏れることはないのだからな」

「それはつまり、俺たちを……」

「無論、ただで帰れるとは思わぬことだ」


 そういうことか。

 だったら――


「なら、一つ聞かせて欲しいことがある」

「なんだ?」

「どうしてあんたたちは世界に戦争を起こすんだ?」


 その質問に、クロはあっさりと答えた。


「世の中から大きな戦争を失くすためだ」

「……大きな戦争を失くすため?」

「ああ、そうだ。千年前の勇魔大戦を知っているか?」


 俺は頷くと、クロは話を続ける。


「勇魔大戦はそれぞれの種族が滅びる寸前までいった、大きすぎる戦争だった。いや、実際に滅びた種族もある。かの有名な竜人族もその一つだ。そのような悲劇を二度と起こさぬよう、敢えて小さな戦争を起こし続け、大きな戦争に至らぬよう裏からコントロールしているのが我々だ」

「……なんだって?」


 俺は思わず呆気に取られた声を出してしまった。何故ならあまりにも突拍子もないことを言われたからだ。


 ――世の中から大きな戦争を失くすために敢えて小さな戦争を起こすだって? そんな理屈、考えたこともなかった……。


「どうして私があっさり真意を話したと思う?」

「え?」


 唐突に放たれたクロの質問に、俺は聞き返すしかなかった。

 すると、クロはとんでもないことを言ってくる。


「小僧。私と共に来い」

「な、なんだと?」

「私の同志になれと言っている。最初は小賢しいガキだと思ったが、貴様の頭なら、私が言ったことの意味を理解出来るはずだ」


 ………。

 ……確かに理解出来る。

 確かに理に適ってはいる。戦争というものは大きくなればなるほど、種や世界を脅かすものになる。それは間違いない。

 その上、犠牲になる人の数も比べ物にならない。

 だからクロの説明したことは分からないでもない。


「貴様のその知と力は、我らの目的に大いに役立つ。私と共に来るのだ。そして共に世界のために働こうではないか」


 クロの言っていることは理解出来なくもない。


 ――本来なら、ではあるが。


 大きな戦争を失くすために、敢えて小さな戦争を起こす?


 ――本当にそうか?


 それにしては『小さな戦争』が起きすぎている。

 大きな戦争を失くすために敢えて小さな戦争を起こすのならば、ここまで頻度を高める必要は無い。もっと少なくて済むはずだ。

 だが、目の前にいるクロは目を輝かせ、自分の言ったことの理想に陶酔しているように見える。だから、こいつ自身は嘘を付いているわけではないし、自分がやっていることが正しいと思い込んでいるのは間違いない。

 そこで俺はある考えに至った。

 つまり、だ。


 ――こいつも誰かに操られているのではないか?


 俺は自然とそう思った。

 そして、その誰かとは――恐らく彼の口から出た『偉大なるあの方』という人物。

 こいつは間違いなく『偉大なるあの方』に陶酔している。『偉大なるあの方』の考えや言葉が正しいと信じて疑っていない様子だ。

 それに……俺にはどうしても他に踏み切れない思いがあった。

 ちなみに俺とクロが話していることで、辺りで行われていたクロの部下とオキクの戦いも中断されている。今は互いに睨み合いながら事の成り行きを見守っていた。

 そんな中、クロが続けて問いかけてくる。


「何を悩むことがある? 言ったはずだぞ。貴様の頭なら私の述べていることが理解出来ているはずだと。それを理解して、どうして悩む必要がある?」

「……だが、小さな戦争を起こすことで泣く人もいる」

「そのようなもの、大事の前の小事であろうが」


 ……やっぱりか。


「だったら、俺があんたの仲間になることはないな」

「……なに?」

「目の前で泣く人を放っておくことなんて俺には出来ない。増してや、自分で泣く人を作るなんてことは絶対に出来ないね」


 俺ははっきりとそう言った。

 後ろでオキクが笑ったのが分かった。


「……小僧。目の前の些事に捕われ、大義を見失うか」

「些事? 目の前で泣く人をそう言っている時点で、お前たちのたかが知れるな」

「なんだと?」


 クロの魔力の質が変化したのが分かった。

 その性質は怒り。それも、相当キレているようだ。


「偉大なるあの方の理想を愚弄することだけは絶対に許さん!!」


 ……やはり盲目か。とどのつまり、こいつは『偉大なるあの方』の熱烈な信者なのだ。

 ただ、だからといって好き勝手人の国を乱して良いという理由にはならない。

 そう……俺だって怒っている。

 こいつはファラウェイを……この国の人たちを泣かした!

 絶対に許さない。


「お前を殺す」

「それはこっちのセリフだ……って、この件さっきもやったよな。でも、いいのか? さっき俺に興味あるって言ってなかったか?」

「別に死体でも構わぬからな。その体、後でじっくり調べてやるわ。偉大なるあの方も必ずお喜びになることだろう」


 ゾッとした。やっぱりこいつはイカレている。

 多分、その『偉大なるあの方』とやらも。


「くくく……見せてやるぞ。この私の力をな」


 そう言ってクロは魔力を練り始めた。


 なんだ、この膨大な魔力は……!?


 実際、その強大な力を目の当たりにすると背筋が凍りつく。

 クロの体内を駆け巡る黒い濁流のような魔力を前に、俺は後ずさるしかなかった。


「くく……あれだけ大口を叩いておきながら、今さら私の力に怯えるか」


 嗜虐的な目が俺を捉えていた。

 そして――


「黒き力よ、顕現せよ」


 クロの右手人差し指の上に黒い球体が浮かび上がる。

 小さな黒球の中に、膨大な魔力が内包されていた。

 まるで小型のブラックホール。

 ……あんなものを作り上げるなんて、何て奴だ……。


「くくく……せいぜい抵抗するがよい。跡形も残らないのではこちらも困るからな」


 確かに直撃したら、俺は跡形も残らないだろう。それほどの魔術だ。

 その魔術を、クロはこちらに投げつけてくる。


「ふはははは! 黒球よ! 闇の球よ! 我が敵を食らい尽くせ!!」


 もの凄いスピードでこちらへと迫る黒球。

 恐らく避けたところで、爆発するかのように黒球が膨れ上がるに違いない。それほどのエネルギーを内包していた。


 それに対し、俺は一切動かない。


 するとクロが驚いた声を上げる。


「どうして抵抗しない!? 諦めたか!?」


 本当に消え去ったら困ると思ったのだろう、クロは魔術を制御する姿勢を見せる。

 だが、黒球は俺の目の前まで来た時、ひゅん、と、何の予兆もなく消え去った。

 それを見てクロがぽかんとした目をした。



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