第50話 【創生の錬金術師】

 俺が中華大国に入ってから早一ヶ月。

 旅の合間にファラウェイから拳法――八卦掌を習っている俺は、少しずつその技を会得しつつあった。

 と言ってもまだまだ付け焼刃ではあるのだが、それでも俺の飲み込みが早いとファラウェイが絶賛してくれる。

 彼女曰く、俺の基礎体力が既に完成されていることが大きいらしい。やはりストロベリー姉さんには感謝しかない……。

 もちろんまだ実戦で使えるレベルではないので、これからも精進していきたいと思う。


 同時に旅の方も順調だった。

 大都を通らずに遠回りしたせいで少し時間はかかったが、ようやく目的の町、西陽が見えてきたところ。もちろん件の錬金術師に会うために来たのである。

 西陽はその名の通り、首都である大都から見て西方にある都市で、最近田舎の風景が続いていた辺境の中では、かなり発展している都市であることが窺えた。

 帝国と中華大国の国境にあるリムール川ほどではないが、『大河』という大きな川に面しており、並んでいる船の多さから水路によって発展した都市なのだろう。

 俺とファラウェイは今、船に乗って水門を潜り抜け、水路から西陽の町に入ったところだ。

 ――そのまま船でさらに町の奥へと入って行く。

 見たところ、町の中の至る所に水路が張り巡らされているようだ。

 以前、この中華大国を三国志の『呉』に例えたが、この西陽はもはや水の都ヴェネチアと遜色ないレベルで水路が張り巡らされている。言ってしまえば古代中国と水の都ヴェネチアが混ざったような都市……それがこの西陽という町だった。

 その珍しくも美しい街並みに、俺はきょろきょろと目移りせざるを得ない。

 町は活気に満ち溢れており、多くの人が道を往来していた。

 しかし、けして下品な活気ではなく、どこか洗練された気品のある町並み。

 これまでの中華大国の町にありがちだった呼び込みなどは一切なく、店構えは綺麗。これまでの町では露店が多かったのに対し、この町の店は全て屋内にある。

 茶店などはお洒落なオープンテラスのようなものがあり、人々はそこで優雅にお茶と会話を楽しんでいた。


「良い町だな」


 俺はつい呟いた。


「そうアルね。ワタシも来たのは初めてだが、これはもしかしたら都である大都と比べても遜色ないかもしれないヨ」


 意外にもファラウェイはこの町に来たことが無かったらしい。同時に彼女は恐らく大都育ちではないかと窺わせた。

 ちなみにファラウェイは念のためにフード付きのマントで顔を深く隠している。暗殺者が襲ってくるなんてことがあったので、一応そのための対策だ。

 背の低い女の子がこういう恰好をしているのは、これはこれで目立つが、それでもすべてオープンにしてここにファラウェイがいますよと教えるよりはマシだろう。


「ところでファラウェイ。今から会う、その錬金術師ってどんな人なんだ?」

「元特級国家錬金術師で、『物に仮初の命を与える』ことを得意とする男アル」

「な、なんか凄そうな人だな……」


 俺はごくりと喉を鳴らした。


「うむ。凄いアルよ。【創生の錬金術師】と呼ばれた男で、名はアルアル」

「アルアル? 変わった名前だな」

「違うアル! アルアル!」

「え? やっぱりアルアルだよね?」

「違うアル! だから、アル、アル!」

「………。あ、なるほど。最初のアルが錬金術師の名前で、二つ目のアルはいつもの語尾のアルか」

「そうアル」


 ややこしー。初めてファラウェイのカタコトによる弊害が垣間見えた。

 しかし、元特級国家錬金術師で、【創生の錬金術師】という二つ名まであるのか……。さすがファラウェイが国一番と太鼓判を押すだけのことはあるな。

 その時、ふと、背後で気配が揺れる。


「……オキクか」

「はっ」


 突然、背後に……しかも船の上に現われたオキクに、さすがのファラウェイも驚いていた。


「あ、相変わらず気配が読めない御仁ネ……」


【流体魔道】を持つ俺でさえオキクの気配を読むのにはかなり苦労するからな。

 ちなみにオキクには先にこの西陽に潜入してもらっていた。


「それでオキク。何か分かったかい?」

「は。探し人であるアル・シェンロンの居場所が分かりました」

「さすがオキクだね。仕事が早い」

「はっ。お褒めに預かり光栄です」

「よくそんな淡々と会話が出来るアルね? この主従、どれだけ凄いことをしているのか自覚はないのかナ?」


 まさかファラウェイにつっこまれてしまうとは。

 しかし、生まれた時からオキクは側にいるから、今一つ他の人とは受ける感じが違ってしまう可能性は否めない。

 そんなことを考えていると、オキクが紙切れを一枚手渡してくる。


「これが【創生の錬金術師】と呼ばれるアル・シェンロンの現在の住まいを記した地図です」

「ありがとう。助かるよ」

「では、わたしはこれにて。御免」


 シュバッ! オキクは大きく跳躍して船の上から道路の向こうへと去って行った。また色々と情報収集をしてくれるつもりなのだろう。

 船頭はそもそもオキクが来たことにすら気が付いていない。


「……凄い人アルね。色んな凄い人を見てきたワタシがこんなことを思うのは、よっぽどのことヨ?」

「まあ、オキクだからね」

「それで済ませるエイビーは大物アル」


 変な所で感心されてしまった。

 何にせよ、オキクのおかげで件の錬金術師の居所は分かった。後は訪ねるだけである。

 だが、【創生の錬金術師】か……。

 果たして俺が求める人足るだろうか?

 一抹の不安を抱えながらも、俺は期待に胸を膨らませるのだった。




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