第49話 八卦掌
最初の村を出た俺たちは、この国一番の錬金術師がいるという、西陽(せいよう)と呼ばれる都市に向かって進んでいた。
西陽はこの国の都――『大都(だいと)』のさらに西に位置する。言ってしまえば中華大国における西の主要都市。
このことから、位置的に大都を通った方が近道であることは間違いないのだが、しかしファラウェイが大都を通りたくないと言うので北部から迂回することになった。
ファラウェイは申し訳なさそうな顔をしていたが、そもそもその錬金術師を紹介してもらっている身なのは俺の方なので、気にしないで欲しい。
それに、この国のことを色々と見て周れるのも悪くない。
ちなみに今、俺とファラウェイの二人だけで街道を走っている。
オキクは情報を集めるために単独行動をしているから。後で今夜の宿となる町で合流予定である。
彼女曰く、忍びとはそういうものらしい。忍びって言っちゃってるけどいいのかな? まあ気付かないところがオキクの可愛いところ……。
ファラウェイはやはり【部分身体強化】の魔術を使えるだけあってかなり速い。
俺はというと、走りながら【部分身体強化】の魔術の練習をしているのだが、失敗しては盛大に転んでいる。
ファラウェイの意見はオキクと同じだった。後は練習あるのみらしい。
一応、参考になるようにと【部分身体強化】の魔術を見やすくしてくれているが、中々真似できない。それだけ難しいのだ。
……それにしても、あんな細い足であんな凄いスピードや蹴りを出せるんだもんなぁ。前世の俺からしたら信じられない光景だ。
チャイナ服のスリッドからちらちら太ももが覗くのを見つめていると、
「エイビー、どこを見ているアルか?」
「え? い、いや、もちろん【部分身体強化】の魔術だよ」
「別にワタシはいいアルよ? ほれ、ほれ」
ファラウェイがわざと大げさに足を動かすと、それに呼応するようにしてスリッドも大きく捲れる。おかげでかなり際どいところまで見えそうになっていた。しかもそれが筋肉の躍動と共に健康的な肌を見せつけてくるものだから……って、俺は何を言ってるの?
そんなことを考えていたら、また盛大にずっこけてしまう。……カッコ悪いことこの上ない。
ファラウェイはそんな俺を起こしながら、
「まだまだアルね」
「……なんか納得いかない」
俺はずぼんの埃を払いつつ、照れ隠しの意味も込めて一つ訊ねる。
「そ、そういえば今さらだけど、何で君は言葉が訛っているんだ?」
彼女の言葉はカタコトだ。しかも語尾に「アル」とか「ネ」とか付けて特徴的な喋り方をしている。
しかし、中華大国に入ってからそういう人に会っていない。
つまり、この国のほとんどの者はこの世界共通の言語を喋っており、彼女だけなのだ。そういう特殊な喋り方をするのは。
そのことが疑問だったのだが、ファラウェイは答えた。
「これはワタシのばっちゃ……曾祖母の影響ネ」
「ファラウェイの曾おばあちゃんの?」
「そうネ。ばっちゃはこの国の始祖様が喋ていたとされる言葉を好んで使うネ。その影響でワタシにも移ってしまたヨ? ワタシ、曾おばあちゃん子ネ」
「そ、そうだったんだ」
……なるほど。始祖の言葉か。それだったら納得出来きる。
この国の始祖であるウー・シィアンは恐らく転生者。それも俺が元いた世界からの。
それがこの世界の言語を喋ろうとして訛って「アル」になったと考えれば、まあ分からなくはないかな?
「……やっぱり変アルか?」
「い、いや。そんなことないよ。むしろ可愛いと思う」
「ほ、ほんとアルか?」
「うん」
ちなみにこれは本音だ。元いた世界でもそういう喋り方をするキャラは大好きだった。むしろリアルで会わせてくれたことを神様に感謝したい。
「そうか~。好きアルか~。じゃあ、言葉直すのやーめた、アル」
そう言ってファラウェイは上機嫌にくるっと回る。
……うん、もう間違いなく可愛いわ。
俺はほっこりしながら声を掛ける。
「よし、じゃあそろそろ行こうか」
「うむ。行くアルアルネ」
「……いや、意識し過ぎて変になっちゃってるから」
「あちゃ、失敗したヨ」
照れくさそうに頭を掻くファラウェイは、やっぱり可愛かった。
************************************
午後に入りしばらく走った後、夕方になる手前で俺たちは一度休憩を取ることにした。
街道から少し外れた場所にある木陰に入り、一時の涼を取る。
「そう言えば、今日のノルマがまだだたネ」
俺が渡した水を飲み終えると、ファラウェイは木陰から出て、拳法の型を取り始めた。
ゆっくりと、しかし踊るようにして手と体を動かすファラウェイ。
その様は流麗で美しい。
ふしゅう、と、たまにファラウェイの口から異音が聞こえてくる。恐らく独特の呼吸法なのだろうと思う。
邪魔しては悪いと思いながらも、俺は訊ねずにはいられなかった。
「その歳で、君はよくそこまで体術を極めたものだね」
すると、ファラウェイは型を取り続けながらも答えてくれる。
「ばっちゃは八卦掌の使い手だたからネ」
……なるほど。そうだったのか。身内に使い手がいればこそ、幼い頃から叩き込まれてきたのだろう。
それからも俺はファラウェイの型に見入っていた。
………。
彼女の型を見ていると、心の奥が疼く。
――やっぱり欲しいな……。
「よし。今日の分、おしまいネ」
彼女はそう言うと、最後に合掌して型を解いた。
俺はたまらず声を掛ける。
「なあ、ファラウェイ。一つ頼みがあるんだが」
「ん? 何アルか?」
「俺に拳法を教えてくれないか?」
「ほあ? エイビーは拳法を覚えたいアルか?」
ファラウェイは虚を突かれた顔をしていた。
そうなるのも無理はない。何故なら俺は既に剣を使うスタイルを確立しているからだ。
もちろんそれ自体は悪くないし、これからも剣を使った戦いはするだろう。
――しかし、俺は考えていた。
戦況や相手によって戦い方を変える――それはかなりのアドバンテージになるはずだ。
例えば魔術師相手ならカンフーで相手の間合いに入る方がいいし、近接職が相手なら剣で相手の武器をいなしながら、もう片方の手で魔術を使うスタイルの方がいい。
ある時はその二つを合わせた方が有利になることもあるはず。
そして何より、ファラウェイの使う八卦掌は、俺の【流体魔道】と凄まじく相性が良いように見えた。
俺は相手の魔力を使う方が強い魔術を使える。そのためにはファラウェイのように超スピードで相手の懐に入り、相手の体に触れるスタイルは抜群に相性が良い。
それに、ファラウェイは既に八卦掌をかなり極めているように見えた。
戦闘力だけで言えばストロベリー姉さんの方が上だが、純粋な体術だけで言えばファラウェイの方が優れている。いや、ファラウェイは既に体術を極めていると言っても過言ではない。
そんな彼女の体術をものに出来れば、必ずこれからの戦いの役に立つはずだ。
俺がそうやって考えていると、ファラウェイは、
「あいや、ワタシも修行中の身ゆえ教えられることは限られるが、それでもワタシが教えられるものなら何でも教えるヨ?」
あっさりとそう言ってくれた。
……やっぱりいい子だ。
この子を守るためにも、やはり俺は八卦掌を会得したい。
「頼む。是非、俺に君の八卦掌を教えてくれ」
決意を新たにし、俺は頭を下げた。
すると、
「ふむ。教えるからには中途半端は駄目ヨ? 付いてこられるカ?」
「それは望むところだ!」
ストロベリー姉さんの地獄の特訓を経験した俺は、大概のことなら乗り越えられる自信がある。
「うむ。その覚悟やヨシ! では早速、ワタシの型の真似をするヨロシ」
そう言ってファラウェイは再び先程の型を取り始める。
俺は慌てて同じポーズを取った。
それから夕方になるまで、しばしファラウェイ老師による型の訓練を受けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます