第46話 夜襲
風呂から上がった俺は、村長の奥さんに寝室へと案内された。
木造のシンプルな部屋だった。元日本人の俺としてはやはりこういう方が落ち着く。
家具も木製のベッドと箪笥だけ。カンテラの明かりにそれらの影がゆらゆらと揺れている様は、どこかノスタルジックな雰囲気を感じる。
ただ――そのベッドに何故かファラウェイが寝転がっているのだが。
……ちょっと待て。さっき風呂から上がる時もひと悶着あったばかりなのに、すぐにまた問題発生ですか。
一緒に風呂から上がるのは色々と問題があるので、さっきファラウェイを無理矢理先に風呂から上がらせたのだが……。
いや、同志を得たのは心強いよ? でも、どうしてこう困らせてくるか。
「あの、ここは俺の部屋だよね? こんなところで何やってるのかな?」
俺が問いかけると、枕に顔をうずめてごろごろ転がっていたファラウェイがこちらを振り向く。
「何って、初夜は一緒に寝るものアルヨ?」
とても純粋な眼でそんなことを言われた。
この子、知識があるのかないのかどっちなの?
「ちょ、ちょっと待て! 一緒に寝るなんて、そんなのダメに決まってるだろ!?」
「ほあ? 何でアルか?」
心底不思議そうに聞かれた。いや、むしろどうして不思議そうに聞き返してくるのかを聞き返したい……。
何を考えているのか分からないが、とにかく俺は説得し続ける。
「男女七歳にして同衾せず!」
「何アルか、それ?」
「男と女は七歳にして一緒の布団で寝ることはいけない、という意味だよ!」
俺、なんで真面目にこんなこと語ってるんだろう? ていうか、前世の俺が今の俺を見たら信じられない思いをするに違いない。色んな意味で。
「ほあ? 何で七歳になたら一緒に寝たら駄目アルか?」
「な、なんでって……」
性知識なんてどうやって説明したらいいんだよ!? 娘を持つ親の気持ちが分かった気がした。十歳だけど。
俺が頭を押さえて困惑しまくっていると、天井裏からオキクの声が聞こえてくる。
「わたしは天井裏におりますので、何かあればお呼びください」
何かあれば呼んでってどういうこと!? ていうか主が困ってるんだから助けてよ!?
「さあ、一緒に寝るアル」
一瞬で間合いを詰めてきたファラウェイにあっさり掴まってしまった。
というか、こんなところで【部分身体強化】の魔術なんて使ってんじゃないよ!?
そのまま力づくベッドの方へと引き込まれる。
俺は必死に抵抗するが、密着状態で囁かれた。
「肉弾戦でワタシに勝てる思うカ?」
確かに一度ゼロ距離に持ち込まれてしまったら、圧倒的にファラウェイの方が有利だった。
しかも寝技で関節を取られ、身動きできない状態にされてしまう。
この子、サブミッションも極めているのかよ!? いや、型を見るに、これも拳法の一種なのか……? なんて冷静に分析している場合じゃない!
ぬおお、どうすればいいんだ!?
このままでは、ここで純情を散らすことに……。
前世では三十九年間、捨てることが出来なくて腐りきっていた純情が、今世ではたった十年で捨て去ってしまうのか……。
ルナ、姉さん、ごめん……。俺、先に行くよ……。
俺が覚悟を決めてぎゅっと目を瞑った時、耳元から、スー、スー、と気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。
ん? まさか……?
確認するとファラウェイが既に爆睡していた。
な、なんだったんだ……。
俺はホッとしながらも、少し虚しむもなったという。
はあ、まあいいや……。とにかく、俺も寝よう。
ただ、ここで一緒に寝るのはやはり問題がある。
……仕方ない。この部屋はファラウェイに譲って、俺は他の部屋を貸してもらうか。
そう思ってベッドを出ようと思ったのだが、あれ……? ファラウェイに関節を極められたままで、抜け出せないんだけど……。
………。
ちょ、ちょっと!? この子、寝たまま俺の関節を決め続けているんだけど!?
俺は必死に抜け出そうとするが、眠っているファラウェイにがっしりホールドされていて微塵も動けない。
達人過ぎる……。寝たままなのに俺を動けなくするとか、この子、近接戦ヤバすぎでしょ。やはりあの時、距離を取って戦った俺の選択は正しかった。
あの時は正しかったが、今はどうすることも出来ない。
もがき続ける内に、俺の身にも眠気がやってくる。も、もう無理……。
日中の疲れもあって、俺はファラウェイに拘束されたまま眠りに落ちた。
その夜――何故かルナとストロベリー姉さんに怒られる夢を見た。
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朝方――まだ辺りが暗闇に包まれている時刻に目を覚ます。
目を覚ましたその瞬間に、意識がすぐに覚醒するのを感じた。
――これは……。
「ご主人様。囲まれています」
いつの間にか天井裏から降りていたオキクが小声で囁いてくる。
「ああ、分かっている」
確かにこの家は何者かに囲まれている。
殺気があることからして、間違いなく敵。
俺は冷静に分析する。
――俺を狙った夜襲か?
いや、待て。今さら俺の命を取ることに何の意味がある?
となると、この襲撃は一体……。
「む、どうしたネ……?」
俺たちの様子から異常を察知したのか、ファラウェイも起き出した。
「ファラウェイ。敵だ」
「敵、アルか?」
ファラウェイは眠気眼をこすりながらも、俺とオキクが気配を探っている方向へと注意を向け始めた。すると、その表情が驚きに変わっていく。
「よく気付いたアルね。注意深く気配を探ってようやく分かたヨ」
オキクはともかく、俺には【流体魔道】があるからな。殺気の混じった異常な魔力が近くに来ると敏感に察知してしまうのだ。
ファラウェイは続けてこう言った。
「この気配の殺し方は……相手は一流の暗殺者ネ」
「え? そうなのか?」
こんなに殺気がだだ漏れなのに?
「ファラウェイ殿の言う通りだと思います。坊ちゃま、この気配は一流の暗殺者のそれです」
オキクもファラウェイに賛同する。
……そうなのか。オキクが言うなら間違いないだろうけど……。
あんまり大したことないように感じるが、もう少し気を引き締めた方がいいのかな。
「相手は複数人アルネ。そんなに多くはないようだが……」
「恐らく、五、六人といったところでしょう」
ファラウェイとオキクがそのように言い合っているが、
「いや、七人だ」
俺は言い切った。何故なら俺の【流体魔道】だと相手の数がもろバレだからである。
しかし、オキクとファラウェイの二人は驚いた顔をしていた。
「さすが坊ちゃまです」
「エイビー、凄いネ。やはりワタシが見込んだだけあるアル」
ひそひそ声で褒められてしまった。
「敵の数がはっきり分かるというのは、かなり大きなアドバンテージです、坊ちゃま」
「そうネ。ちなみに、敵の位置まで分かるアルか、エイビー?」
「ああ、分かる。今詳しい位置を教えるよ」
二人に感心した目で見られながら、俺は敵の詳しい位置を教えた。それから、どのようにしてこの家に近付いてきているのかも。
この家の裏手は森になっているのだが、そちらの方から敵は慎重にこの家に向かって近付いてきている。
そこで俺はこのように提案した。
「このままでは村長たちを巻き込んでしまう。こっちから打って出よう」
「分かたネ。火を付けられたりしてもまずいアルし、その方が逆に奇襲にもなるアルね」
迷いなく賛同してくれた上に、そのように付け加えてきたファラウェイ。
……この子、ただ強いだけじゃない。恐らく兵法も身に付けているな。
単なる流れの拳士がそんなもの身に付けているわけがない。この子、一体何者なのだろうか?
まあ、とにかく今は目の前の襲撃者たちを何とかしなければならない。
「まず、俺とファラウェイで飛び出て襲撃者に奇襲をかける。その間、オキクは気配を消して襲撃者の後ろを取ってくれ。出来るか、オキク?」
「素晴らしいご采配です、坊ちゃま。お任せください」
俺はオキクに向かって頷くと、
「ファラウェイもそれでいいかな?」
「うむ。エイビーは良い将軍になるネ」
……そんなものになるつもりはない……。
とにかく、戦闘開始である。
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