第47話 暗殺者

 ――彼は一流の暗殺者だった。

 幼い頃から暗殺の技術だけを叩き込こまれた、紛れもない暗殺者。

【暗殺】という任務は基本的にそれほど多く発生することはないのだが、それでも数少ない暗殺の任務をこれまで一度もしくじったことはない。

 最近、主の所属先が変わったことで、自分たちの出番が増えそうだった。今回の任務も所属先の変更によるものである。

 ターゲットはまだ幼い小娘。彼からしてもさすがに心が痛むが、殺すことに躊躇いはない。暗殺者は純粋に上からの命令を遂行するだけの存在だから。余計なことは考えなくていいし、考えてはいけない。そうやってずっと教え込まれてきた。

 ――彼は小刀を音もなく鞘から抜く。黒色に塗られた刀身は月明かりさえ反射しない。

 全身、どこもかしこも黒づくめの彼は、文字通り闇夜に紛れてターゲットの寝ている家へと着実に近付いていた。

 自分は闇であり、影。それを捉えられる者は存在しない。

 既にターゲットが寝ている家まで間近。

 仲間たちに目配せして、音もなく窓の側まで駆け寄って行く。

 どうやら今回も滞りなく任務が終わりそうである。

 そう思った時だった。


 ――バンッ!!


 突如として窓が開いた。

 開いた窓は二か所。

 それぞれの窓から影が一つずつ飛び出す。


 ――なっ……!?


 飛び出てきたのはターゲットの小娘と、見知らぬ少年が一人。

 彼は驚いた。

 それはそうだ。今まで上手くいっていると思い込んでいたのに……!

 いや、実際に上手くいっていたはずだった。自分たちの存在がバレる要素はなかったし、窓の向こうで人が動いている気配もなかった。

 少なくても彼はそう思っていた。

 しかし、それは見込み違いだったと言わざるを得ない。

 何故なら、ターゲットの少女と、もう一人の見知らぬ少年は、間違いなくこちらの存在を認知した上で仕掛けてきたのだから。

 ――まずい、仲間たちも狼狽えている……!

 結果、少女と少年の近くにいた二人が、彼らの攻撃によってあっさりと無力化されてしまう。

 少女は情報通り無手の使い手で、少年の方は剣を使っている。しかしあの少年、いつの間に――!? 先程飛び出してきた時は何も持っていなかったように見えたが、いつの間にあのような剣を握っていたのだ――!?

 ま、まずい……まずい、まずい、まずい!!

 余計なことは考えるな! とにかく今は体勢を立て直さねば!

 しかし、そんなことを考えている間にもまた二人やられる。

 彼は愕然とした。

 バカな……こんなにあっさり!?

 暗殺者は自分たちが奇襲を受けることには慣れていない。奇襲をしかけてこそ自分たちの力が百パーセント生かされるのである。

 だからと言って、こんなあっさり……!

 彼は相手の戦力を侮った自分を呪った。

 ターゲットは小娘一人。いくら腕が立つ拳法使いだと言っても、暗殺は出来ると思っていた。

 しかし蓋を開けてみれば、やたら強い少年が護衛に付いている上に、逆に奇襲を仕掛けられる始末。

 あっさり四人も倒され、こちらは既に三人。体勢を立て直したところでもう遅い。夜襲が失敗した時点で既に成功率は極端に下がっているのだから。

 かくなる上は、撤退して一から準備し直すしかない。

 少なくとも、あのような強い少年が護衛に付いていることを主に伝えなければ……! この情報は自分たちの命よりも重い!

 そのように判断した彼は、仲間たちに撤退の合図を出す。

 その瞬間、即座に他二人は倒れている仲間二人に向かって短刀を投げつけた。それでその二人は絶命する。

 彼自身も、他の倒れている二人に向かって短刀を既に投げて殺した。

 気絶していた仲間を殺した理由は、敵に一片の情報も与えるわけにはいかないから。殺してさえしまえば、そこから取れる情報は何もない。それが暗殺者のやり方。

 後は残った三人が逃げ切るだけ……。

 ――しかし。

 ターゲットの少女は元より、あの少年が強すぎる……! 

 逃げ切れるか……!? 否、少なくても自分だけでも逃げ切らねば……!

 リーダーの彼だけは一歩後方にいたことが幸いした。

 残った二人も既に覚悟を決めたのか、それぞれ少女と少年を抑えるために動き出す。

 その間に彼は全力で逃げようとするが――ふと、その首に刃物が突きつけられた。


「動かないで下さい。何をしても、もう無駄です」


 も、もう一人いただと!?

 それも、一流の暗殺者である自分が後ろを取られるなんて……!?

 こんなバカな……。バカな、バカな! あ、有り得ない……。まさか、自分を数段も上回る暗殺者が存在するとは……!

 彼はこれまで自分が一流の暗殺者だと信じて疑わなかった。いや、実際自分は数いる同業者の中でも突出した存在であることは間違いなかったはずだ。

 それなのに……世界は広い。

 彼はこの時、初めてそのことを痛感した。

 皮肉なことに、それが死ぬ直前だったことだけが悔やまれる。

 彼は失意の内に、奥歯の裏に仕込んでおいた毒を砕いて自ら命を絶った。


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