第39話 初めての戦闘
リムール川を帆船で渡った俺たちは、遂に中華大国に入った。
現在、帝国と中華大国は同盟状態にある。だから割とすんなり入国することが叶った。
――川を渡ったそこは、既に帝国の風景とは違っていた。
これまで石造りだった町並みは軒並み木造に変わり、街行く人々も金髪よりも黒髪の方が圧倒的に多い。人の骨格が欧風から東洋風に様変わりした。
今の俺の骨格は欧風で目も青いので、これからは旅をするにしてもさらに目立つことになるだろう。黒髪なのがせめてもの救いか。
逆にオキクは東洋風なので目立たなくなるかと思いきや、メイド服なので滅茶苦茶目立っていた。中華大国の使用人はメイド服ではなく中華っぽい使用人服を着ているから、その差は歴然。一目で異文化と分かってしまう。
一般人の服装も、皮でチェニックを止めて、ウール製のマントを羽織ったような欧風の装いだったものが、古代中国に見られるような麻や糸で作った『枹(ほう)』と呼ばれる服装に様変わり。
まるで本当に古代中国に来たかのような錯覚に陥る。これが中華大国か……。
ただ、ここはまだ帝国との境にある港町なので割とまだ帝国人も見かけるし、帝国の文化もある程度混ざっているように見える。
だから出来ればもっと中華大国の内陸に入ってみたい。
そんなわけで俺は船が着いて間もなく、港町で滞在することなく、もっと内陸に向かって進んでみることにした。
一応、二つ先くらいに大きな町があるらしいので、そこまで行ってみようと思う。
そう決めると港町を出ようと走り出したものの、早々に俺は参っていた。
何故かと言うと、やたらと川や水路が多いからだ。
小さな小川や水路なら今の俺のジャンプ力で飛び越せるが、少し大きめの川や水路はさすがに無理。
……噂には聞いていたが、これが中華大国か。
実は中華大国は水の国と言われるくらいに水路がそこら中に溢れ、船での行き来が一般的と言われていた。代わりに交易が盛んで、その船団は世界一と謳われている。
三国志で言えば『呉』のイメージが強いと言えば分かり易いだろうか?
まあそれでも、メインストリートには橋くらいかかっているだろうと気楽に考えていたのだが、街並み自体が思った以上に入り組んでいて、どちらに進んだらいいのか分からなくなる。
恐らくこれは帝国の侵攻に備えたものだろうが、これでは地元民じゃないとどのように進んだらいいのか分からないだろう。
もちろん地図などは発行禁止となっているので(他国に易々と情報を与えないため)、手探りで進んでいくしかない。
結局、その港町を出られたのは夕方になってからだった。
仕方ないので俺は一つ目の町を今日の宿にすることを決め、その町に向かって一人走っていた。
ちなみにオキクは先に行って情報を集めてくると言って走っていってしまった。先程の港町のような目に合うのはオキクにとって屈辱らしく、何が何でも情報を集めてくると言っていた。どうやら忍者としての矜持が傷ついたらしい。
……しかしあの子、本気出したらあんな超スピードで走れるんだな。そりゃ魔力が尽きない俺と一緒に走っていてもスタミナが尽きずついて来られるわけだよ。未だ彼女の力の底が見えない。一体どれだけの実力を備えているのだろうか?
まあ、これからはずっと一緒に旅をしていくわけだし、その内に手の内を知る機会も訪れるだろう。
取りあえず彼女の力はこの先、必ず必要になってくる。
何故なら、俺の目的の一つは世界を知ること。そのためにもまず、この中華大国を知らねばならない。その点で諜報活動が得意なオキクの存在は何よりもありがたいものだった。
そんなわけで俺は一人、中華大国の大地を走っていたのだが――
途中、突如として岩場の影から出てきた者たちに囲まれる。
一応その存在に気付いてはいたものの、特に問題ないかと思って放置していたら囲まれてしまった。
目の前にいるのは十人。でも岩場の影にもまだ二十人くらいいる。
――彼らの人相は一様に悪い。
手にはそれぞれ大刀や槍など武器を携えていて、服装には統一性が無い。
彼らの黒髪は手入れをしている様子もなくぼさぼさの伸ばし放題で、無精髭を生やしている者が大勢いる。
こいつらもしかして――
「へっへ。坊ちゃん。悪いがここは通行止めだ」
「通りたきゃ通行料を置いていきな」
「と言っても坊ちゃん自体、通行料に入っているがな。ギャハハッ」
最後のセリフに辺りが爆笑に包まれる。
ああ、間違いない。こいつら、野盗だ。いわゆる盗賊というやつである。
しかも身ぐるみを剥ぐだけでなく、俺の身すらも求めているということは、人身売買も生業にしているということ。
これはかなり最低な部類に入る悪人のようだ。子供を襲っている時点で間違いなく義賊の類などではない。
「どうした? 怖くて声も出ねえか?」
「そりゃそうだぜ。こんなガキが俺たちみたいな極悪人に囲まれりゃ、そうもなるわな」
卑下た笑いを浮かべる盗賊たち。
「おい。このガキ、目立たないようにはしているが、かなり良い身なりをしてやがるぜ」
「だが、荷物は持ってねえな。どういうことだ?」
その答えは簡単。荷物の多くは【アイテムボックス】に入れてあるから。そう、あの時空魔術で作り上げた異空間の中に収納しているのである。
やはり便利だ、【アイテムボックス】。覚えて良かった。
だが、そんなことを知らない盗賊たちは、
「もしかして、荷物は従者に任せてあって、その従者と離れ離れになったのか?」
「おい、坊ちゃん。オメーの従者はどこにいんだ? 素直に言えば痛い目に合わなくてすむぜえ」
「待て。なるべく傷つけるな。こいつは高く売れるガキだ。帝国のガキはただでさえこっちでは高値だからな」
何やら勝手なことをほざいているが……。
もう間違いない。こいつら悪党の中でもクズの類だ。
恐らくここら一帯を生業として旅人を襲っているのだろう。
いや、規模からして近隣の村を襲っている可能性すらある。村の護衛はそれほど多いとは思えないからな。
……見逃すわけにはいかない。
俺は自然とそう思った。
「悪いが、あんたらにこれ以上悪事を働かせるつもりはない」
俺がそう言うと、盗賊たちは呆気に取られた顔を突き合わせた。
「はああ? 何言ってやがんだ、このガキ?」
「立場、分かってねえんじゃねえか?」
「やっぱ、いっぺん痛い目に合わす必要ありそうだな」
そんな事を言いながら彼らはさらに距離を詰めてくる。
対して俺は【アイテムボックス】から剣を抜き取った。
何もないところから剣を取り出した俺を見て、彼らが一様に唖然とした様子になる。
そんなぼうっとしている暇はあるのかな? 俺はそう思いつつも、既に動き出していた。
まずは目の前にいたバンダナを頭に巻いた奴の腹に剣の柄を叩き込み、意識を刈り飛ばす。
こうして俺にとって初めての戦闘が幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます