第40話 新たなる出会い

 戦闘は割とあっさり終わった。

 というか、あっけなかった。

 盗賊は三十人くらいいたのだが、子供の俺たった一人で勝ててしまった。

 こうしてみると姉さんの剣術指南は本当に凄かったんだなと実感する。

 試しに剣術だけで戦ってみたのだが、良いガタイのした盗賊たちがまるで相手にならなかった。

 それと、ここに来てようやく姉さんが言っていたことが理解出来た。


 ――俺には常識が無い。


 もしかして俺、この世界で既にけっこう強い?

 ……いや、油断は禁物。この世界の盗賊が大したことないのかもしれないし、もしくはこの盗賊たちが特別弱かった可能性もある。

 とは言い条、盗賊が一般人にとって脅威であることに違いはない。

 しかも、聞けばまだアジトに仲間がいるらしい。それもこの三倍も。

 ということは、こいつらは百人超の盗賊団ということになる。個人の強さは知らないが、人数的にはかなりの規模の盗賊団と言ってもよい。

 そんな者たちを野放しにしておけば、これからまた多くの被害者が出てしまう。このまま見逃すわけにはいかない。

 野盗どもは既にロープでぐるぐる巻きにしてある。

 奴らが持っていたロープだけでは足りなかったので、念のために【アイテムボックス】に入れて置いたロープが役に立った。

 こいつらは木に巻きつけておいて、後で近くの町の衛兵にでも引き渡すつもりだ。

 そして、一人だけ連れてアジトまで案内させる予定である。


「なあ、坊ちゃんよお~。もう悪さしねえから、許してくれよお~」


 盗賊の一人が叫んだ。他の者たちも一様に愛想笑いを浮かべている。

 ……そんなこと誰が信じると思っているのか? 相手が子供だからって舐めているようだが、残念ながら俺の中身は世の中の酸いも甘いも経験したおっさんである。騙されるはずがない。


「子供を売り飛ばそうとするような奴らの言うことを信じるはずがないだろ?」

「ぼ、坊ちゃん。それは冗談ですぜ。本当は道を案内して差し上げようとしただけでさあ」

「そんなわけないだろ。嘘か本当か見抜けないほど馬鹿だと思っているのか? それはそれで不愉快なんだけど」


 相手が全く子供らしくないことにようやく気付いた盗賊の一人が、遂に叫び出す。


「一体なんなんだよぉ! このガキ、全然可愛くねえよ!」

「ば、ばか! 機嫌を損ねるようなことを言うな! まだ騙せるかもしれねえだろ!?」

「てめえ、騙せるって言っちまってんじゃねえか!」

「ああ、しまった!?」

「おいおい、このままじゃ俺たち、全員縛り首だぜ!?」

「嘘だろ!? お、俺たち、ここでお終いなのかよ!?」

「たった一人のガキに、俺たち盗賊団が……これぁ、夢だ。夢に違いねえ」

「というか、どうしてガキがこんなに強いんだよぉ!?」


 盗賊たちは半狂乱の態で叫び出すが、それでも俺の表情は崩れない。

 こいつらは子供を売り飛ばそうとするほどの外道。放っておけばこれから先、犠牲者はまだまだ増える。絶対に見逃すわけにはいかない。

 そんなわけで俺は盗賊の一人をロープをぐるぐる巻きにした状態でアジトまで案内させようと歩き出す。が、


「へっ! アジトにはまだ百人近くの仲間が残ってるんだぜ。しかも凄腕の剣士先生もいる。いくらてめえでもガキが一人で勝てるわけがねえ!」

「バカ! 余計なことを言うな! このまま先に衛兵に通報されたら俺たちゃお終いだぞ!?」

「あ、しまった!」

「てめえ、このクソボケ! さっきから口を滑らせまくりじゃねえか!?」

「このロープが外れたら覚えてやがれ! 全員ですまきにしてやらあ!」

「おお!? 俺ぁ頭は悪いが腕っぷしにゃ自信があるんだ! 全員返り討ちにしてやんぜ!」

「あんだとコラァ!!」


 何やら仲間同士でケンカが始まったが……もう勝手にして。

 取りあえず俺はそいつらを放っておいて、盗賊のアジトに向かって歩き出したのだった。



 **************************************



 ロープで引っ張ってきた盗賊に案内されたのは川の上流、大きな滝のほとりだった。

 一見してどこにもアジトらしきものは見当たらないが、聞けばあの滝の裏手に入口が隠れているらしい。

 中々考えたものだ。そもそもこんな場所に来るような者はまずいないし、もし間違って誰かが来たところで、これならアジトが見つかる心配もない。

 まあいいや。とにかく乗り込もう。

 まだ百人近くいるらしいが、奇襲をかければ何とかなると考えている。

 最初に【流体魔道】で洞窟の中に攻撃魔法をたらふくぶち込もう。

 そのような物騒な作戦を立てていた時だった。

 俺は嫌な予感がして振り返る。

 すると――こちらに向かって大きな岩が飛んできた。

 文字通り飛んできたのだ。どう見ても自然に落下した軌道ではない。

 自分の背丈の倍以上もある大岩に潰されたら、さすがに無事ではいられない。

 俺はとっさに案内役の盗賊を持ち上げると、彼を抱えて後ろへと飛んだ。

 大岩は俺たちがいた場所にぶつかると、大音声を出して真っ二つに割れる。

 ……もし当たっていたら大変なことになっていた。

 その様を見た盗賊は腰を抜かす。


「ひいい……!? い、一体なんなんだよ!?」


 俺はその問いに答える余裕がない。何故なら凄まじい殺気を浴びていたから。

 目を細め、大岩が飛んできた方向を見つめる。

 そこにいたのは――一小柄な少女だった。

 青い黒髪を右側頭部でお団子状にまとめ、そこから右側に流した特殊なサイドテール。

 瞳は吊り上り気味で、どこか猫の様な面立ち。

 服装はチャイナ服の様な形だが、肩は剥き出し、腰の横からスリッドが入り動きやすそうな……戦闘するためのような服になっている。

 かといえば武器は持っておらず、素手。

 見た感じ、十二歳くらいだろうか?

 しかし強い意志を感じる瞳は、実年齢よりも高く感じさせる。

 ただ、その黒い瞳は現在、激しい殺気をもって俺のことを睨み付けていた。

 静かに燃える青い炎のような印象を受ける少女。

 他に人は見当たらない。

 ……こんな華奢な子があんな大岩を投げてきたのか?

 でも……なんだ、これは? なんだ、あの子の魔力は?

 小柄な体躯に似合わぬ濃い魔力が、嵐のように体内で渦巻いている。ルナの魔力が台風のように巨大な魔力と形容するなら、この子の魔力はまるで嵐のように凄まじい。

 それでいて小柄ながら引き締まった肉体。それはあの姉さんとどこか似ている。


「……君は何者だ?」


 俺は聞いた。するとチャイナ服の少女は、


「悪党に答える口は持たないネ」


 カタコトの言葉で答えてきた。その口調も静かな殺気に満ちている。

 だが、そのセリフには反論せざるを得ない。


「悪党? 俺が悪党だって言うのか?」

「盗賊が悪党でなければ、何アルか?」

「ちょ、ちょっと待て。俺は盗賊じゃない」

「だったら、どうしてその盗賊の仲間を庇ったりしたアルか?」


 チャイナ服の少女は俺の隣で腰を抜かしている盗賊を指差して言った。

 ……しまった。盗賊を庇ったことが仇になった。

 だが、俺には俺の考えがある。それは、


「こいつら盗賊は法で裁かれるべきだからだ。だから助けた」

「ふんっ、苦しい言い訳ネ。賊の身柄は生死問わずと相場は決まているヨ。庇う必要性、どこにもないアル」

「それは暴論だ。法で裁けるならそうするに越したことはないだろ?」

「そんな軟弱な考え、ワタシは理解できないネ。どの道、悪党の言うことに耳を貸す気はない」

「だからそれは誤解だって言ってるだろ!?」

「もはや問答無用ネ。ようやく見つけた盗賊の根城、ここで見逃す気はないヨ。これまでオマエたちに苦しめられてきた無垢の民たちの無念、思い知るヨロシ」


 そのように言うと、チャイナ服の少女は構えを取った。左手を前に、右手をやや後ろに、そして左足を半歩前に出した構え。

 その構えを見て俺は思った。

 ――この子、無手の使い手か!?

 無手とは武器を使わず、素手で戦うスタイルのことである。

 しかもこの感じ、まさか拳法では……。

 そう思った瞬間、少女の姿が搔き消えた。

 気付いたら――彼女は目の前にいた。

 なっ……はやっ……!?


「子供とはいえ、盗賊ならば容赦はしないネ」


 チャイナ服の少女は抜き手を放ってくる。まるで俺の心臓を抉り出さんとする容赦のない一撃。

 俺はそれを辛うじて避けた。


「なっ……躱されたアル!?」


 今度は少女が驚いていた。

 しかしこちらにはやはり余裕がない。ギリギリで躱したために崩れた体勢を何とか持ち直す。

 が、やはり少女の方が早かった。

 密着状態からするりと左手を俺の胸に当ててくる。それは何の威力もない、ただ掌を俺の胸に当ててきただけ……のように見えた。

 だが、俺は感じていた。

 ……なんだ、これは? 胸に当てられた掌から、彼女の魔力が俺の中に入ってくる?

 これは……ヤバい! 俺はとっさに【流体魔道】でレジストした。流れてくる魔力を俺の【流体魔道】で打ち消す。


「こんなバカな……!? ワタシの【魔掌底】が掻き消されたアル……!?」


 今のは危なかった……。もし防いでいなければ、強烈な一撃が俺の胸を襲っていただろう。下手したら死んでいた……。

 ただ、これはチャンスだ。

 俺は茫然としている彼女の胸に手を置いた。そして今、彼女にやられたのと同じように魔力を彼女の体内に流していく。

 彼女は目を見開きながらも、とっさに後ろへと飛ぶ。

 が、その前に俺は今しがた彼女にやられかけた【魔掌底】とやらをそのまま叩き返す。【流体魔道】で彼女の技をそのままコピーしたのだ。

 彼女のオリジナルに比べたら大分威力は弱まっているが、それでも彼女を吹き飛ばすには十分だった。

 バチンッ、という強烈な音が彼女の胸のあたりから響き、チャイナ服の少女は後ろへと吹っ飛んで行く。

 しかし彼女は途中にあった木に手を掛けると、木の幹をぐるんと周ってそのまま着地した。ただ、彼女の手は俺が【魔掌底】を叩き込んだ胸に置かれている。


「まさか今のは……ワタシの【魔掌底】? ど、どうしてオマエがワタシの技を使えるアルか?」


 チャイナ服の少女は茫然と問いかけてくる。

 が、敢えて俺はその問いに答えるつもりはなかった。俺を殺そうとする奴にわざわざ手の内を見せる気はない。

 しかし、何者だ、この子……。恐ろしく強い。

 このままではまずい。俺は同年代ではかなりの自信があったつもりだったのだが、それでも彼女に完全に勝てるという確信がない。

 そして負ければ、恐らく俺は殺される。


「ひ、ひいい~……お、お前ら、一体なんなんだよぉ~?」


 今まで腰を抜かしていた案内役の盗賊が、這う這うの体で後ろへと下がって行く。恐らく仲間を呼びに行くつもりだろう。

 ……まずい。このままでは百人の盗賊に囲まれることになる。それはあまりよろしくない。

 だが、それ以上に厄介なのが目の前にいるチャイナ服の少女だった。

 多分、百人の盗賊よりも目の前の少女の方がよほど難敵だ。

 彼女はまた問うてくる。


「……オマエ、一体何者ネ? ただの盗賊ではないアルネ?」

「だから、盗賊じゃないって言っているだろ? それよりいいのかよ。あの盗賊が仲間を呼びに行くぞ」

「だったらその前にオマエを倒すだけネ。その後、仲間たちを倒す。これで問題ないヨ」


 チャイナ服の少女は再び構えを取る。全く人の話を聞いてくれない。

 歯がゆい思いをしながらも、俺も構えを取る。

 さて、どうしたものか……。

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