第二章 中華大国編

第38話 【部分身体強化】の魔術

 ……手紙はもう届いただろうか?

 ショットはもしかしたら勝手なことをした俺を幻滅するかもしれない。それでも、きっと分かってくれるはずだ。だって俺のアニキだから。

 チェリーはもしかしたら泣いているかもしれない。初めて出来た友達が家を追放されたと知ったら、優しいアイツは心を痛めるだろう。それでもきっと次の瞬間には前に進んでくれるに違いない。だってチェリーは強いから。

 姉さんはもしかしたら怒っているかもしれない。「勝手なことをしおった」と、地団太を踏んで。

 いや、逆に責任を感じてしまっているだろうか? 姉さんはあれで脆いところがあるから……。

 それでもやはり姉さんは強い。ストロベリー・ラム・パトリオトはそのくらいじゃけして折れない。

 きっと旅先でも、その勇猛な活躍ぶりを聞かせてくれるはずだ。それこそが俺が憧れたストロベリー・ラム・パトリオトである。

 ……一番心配なのはやはりルナだ。

 あの子はずっと俺の後ろをくっついていた。「兄様、兄様」と言って……。

 その兄が突然いなくなったのだ。平気なはずがない。

 それでも前に進んでほしい。大事だからこそ、俺がいなくても生きていける強さを身に付けてほしい。

 そうでなければ、俺はスカイフィールドには戻るつもりはない。そのように手紙にも書いておいた。

 だからこそ、きっと次会う時には成長した姿を見せてくれるはず。それがルナ・ベル・スカイフィールドだ。

 妹が兄離れしてしまうのは寂しいが、それこそが俺が彼女に求める「成長」。

 次会う時には俺を驚かせてくれるに違いない。

 ルナ……信じてるぞ。


 俺は頬を叩いて前を見る。

 みんなのことを心配するのもいいが、俺の方こそ前を向かなければならない。

 追放された俺が、再びスカイフィールドに戻る前にやらなければならないことは三つ。

 一つはもっと強くなること。少なくてもあの叔父を確実に倒せるくらいには実力を上げる必要がある。

 ただ、この点は単純明快だ。これまでと同じように努力を重ねれば良いだけなのだから。

 世界はきっと広い。もしかしたら未だ見ぬ戦闘技術があるかもしれない。それも、この俺と相性が良いような戦闘技術が。それはけして見逃してはいけない。必ずモノにしてスカイフィールドに帰る。

 そして、二つ目は世界をこの目で見ること。

 この世界はやはりどこかおかしい。ひっきりなしに戦争が起きすぎている。

 この世界の人はそれが当たり前のように思っているようだが、異世界から来た俺にはどこか不自然に感じた。

 この世界に生まれたからには、俺もこの世界の住人であり、この世界に対する愛着もある。だから可能ならば戦争を止めて、世界の人々には平和に暮らして欲しいという想いがあった。

 そのためにもスカイフィールドという狭い世界の中にいてはダメだ。これを機に世界に何が起きているのか……世界の裏に何が存在しているのかを見定めなくてはならない。

 最後の三つ目は、ルナを屋敷の外に出すためのアイテムを手に入れること。

 そのアイテムを手に入れるため、俺は今、帝国領内を西へ向かって移動していた。

 というのも、俺の目的の物が帝国の隣に位置する中華大国にあるからだ。

 中華大国は、千年前に異世界……恐らく俺のいた世界から召喚された勇者の共の一人であるイーリィ・シィアンによって作られた国で、集めた情報によると古代中国のような文化を持っているらしい。

 そして――その国にこそ俺の求める物がある。

 その名も【玉璽(ぎょくじ)】。

 玉璽は中華大国王家に代々伝わる宝具で、色々と膨大な力を秘めている石だと聞く。

 で、その膨大な力の中の一つに、持ち主の気配を消す効果があると言われている。

 玉璽には他にも持ち主を守る効果が多くあるようなので、ルナを屋敷の外に出すために打ってつけのアイテムだ。つまり、是非ともルナに持たせてやりたいアイテムだった。

 だが、先程も言った通り、玉璽は中華王国に代々伝わる宝具で、持ち主は歴代の王たち。もちろん現在は現中華大国王が手にしているはず……そう易々と手に入る代物ではない。

 そこで考えたのが、【錬金術】を覚えることだ。

 どういうことかと言うと、【錬金術】で玉璽そのものを作ってしまおうという発想である。

 玉璽ほどのモノを作れなかったとしても、『気配を消す効果』だけでも真似できないだろうかと考えているわけだ。

 ただ、この考え方には二つの問題点がある。

 一つはどうやって玉璽を見せてもらうか、ということ。

 そしてもう一つは、玉璽のレプリカを作るほどの【錬金術】を教えてもらう優れた師にどうやって巡り合うか、ということだ。

 本当はそこら辺の算段をつけてから帝国を出る予定だったのだが、追放されてしまったからには、どうやって手に入れるかを考えながら、取りあえず中華大国に向かうしかない。


 そんなわけで俺はオキクと共にひたすら西へと向かっていた。

 ちなみに寄り道もせずさっさと西に向かっているせいか、俺が追放されたという噂は俺たちに追い付いていない。噂が広まるよりも速く帝国領内を駆け抜けているから。

 噂が広まった後に旅をすれば色々と面倒だからな。特に俺みたいな子供が旅をするのは珍しいので、すぐに俺が追放されたエイビー・ベル・スカイフィールドだとバレてしまうことだろう。

 だから俺はとにかく急いで西に向かっていた。

 俺は【流体魔道】によって常に魔術で身体強化をしながら、大人顔負けのスピードで西へと進んでいる。

 一方で――オキクもそんな俺に負けず劣らずの速度で付いてきていた。

 オキクに言わせれば、彼女と同じ速度で旅が出来る俺の方が異常らしいが、俺から見れば【流体魔道】によって魔力切れなしに身体強化を使える俺に付いて来ているオキクの方がおかしい。

 しかもメイド服のままで。

 どうやらメイド服は彼女のポリシーらしく脱ぐ気はないらしいが、おかげで子供の俺とメイド姿のオキクの組み合わせは目立って仕方がない。

 しかもその二人がアホみたいなスピードで駆け抜けていくのだ。皆、目を丸くしている。

 ……それにしても、オキクの独特の歩法は面白い。足をあまり上げず、地面から足を離さないようにして動かしている。

 そのせいか彼女からは足音はあまり聞こえない。かなりのスピードを出しているというのに……。

 ……あれが忍者の走り方なのか? 体の揺れも少なく、走っているというのに本当に静かだ。黒いポニーテールも風に靡いてはいるものの、まったく上下に揺れていない。

 俺は走りながら【流体魔道】で彼女の魔力の使い方を視てみる。

 ここ最近、暇があれば彼女の走り方を盗み見ていたのだが、いつものようにおかしな現象が目に入ってくる。

 ……なんなんだろう、あれは? ――やはり脚の部分にだけ魔力を巡らせているように見えるのだが……。

 身体強化の魔術は普通、全身に魔力を巡らせるのが一般的だ。少なくても俺はそうだし、姉さんやショットもそうだった。というかそれ以外、見たことが無い。

 だというのに、身体強化の魔術を使っているはずのオキクは、脚部にだけ魔力を巡らせている。

 身体強化の魔術を部分的にだけ使用する……そんなことが可能なのか?

 あれなら余計な魔力を消費せずに済むし、もしかしたら他に回している魔力を全て足に集中できるかもしれない。そうなればもっと速く走れるだろう。

 ……ちょっと試してみるか。

 かなり難しそうなので今まで躊躇っていたが、ようやくどうやったらいいのかが分かって来た。

 俺はオキクのやっているやり方を『視て』、同じように魔力を足に集中させていく。

 だが――


「わぶっ!!」


 盛大にすっころんでしまった。

 ……やってみて分かったが、これは思っていたよりもかなり難しい。

 魔力を足にだけ集中させようとすると、余剰な魔力が足に纏わり付き、定着せず足が空回った感じだ。言ってしまえば車のギアをニュートラルからいきなりマックスにまで上げたような感じだろうか?


「大丈夫ですか、坊ちゃま?」


 俺はオキクに起こされる。

 そのついでに聞いてみることにした。


「ねえ、オキク。足にだけ魔力を流すやり方はどうやってやっているんだ?」


 するとオキクが驚いたような顔をする。


「……わたしがやっていることが分かるのですか?」

「うん。分かるんだけど、今一つコツを掴めないんだよ」


【流体魔道】で大体のやり方は分かるのだが、どうもコントロールが難し過ぎる。出来ればアドバイスが欲しいところだった。


「分かるだけで十分凄いですが……。もしかして今、それを真似しようとしたのですか?」

「ああ」

「……まさか、やり方は既に分かるというのですか?」

「まあ、一応は」

「……やり方を教わりもせず、見ただけで……。今になってなお、坊ちゃまには脅かされっぱなしです」


 街道のど真ん中でオキクが恭しく頭を下げてくる。


「お、おおげさだって。それよりも何かアドバイスはないかな?」

「いえ、やり方がお分かりになるのなら、後は訓練あるのみ。人間が泳ぎ方を覚えるように、後はひたすら練習して慣れるだけです」

「む、むぅ、そうか」


 近道はないというわけか。


「ちなみに【部分身体強化】の魔術は、普通の【身体強化】の魔術の十倍は魔力コントロールが難しいと言われています。普通の【身体強化】の魔術でさえ一般の魔術の中で高位の魔術になるのはご存知だと思います。だからこそ【部分身体強化】の魔術は適性のある者しか扱えないとさえ言われるほど高度な魔術です」

「……なるほど。道理で難しいはずだ」

「でも、坊ちゃまならきっと習得できると思います。なにせ坊ちゃまですから」


 オキクはそう言って俺にしか分からないレベルで微笑んだ。相変わらず感情の起伏が判断しづらい子である。

 しかし、オキクのおかげで後は迷いなく努力すればいいだけと分かった。努力すればいいだけなら俺の得意分野。

【部分身体強化】の魔術は会得すれば必ず将来役に立つ。その予感が俺にはあった。

 取りあえず今は、走りながら足に魔力を集中させる【部分身体強化】の魔術を練習しよう。

 そう思ったのだが、


「坊ちゃま、練習はもう少しおあずけです」

「え?」

「見えてきましたよ。リムール川が」


 顔を上げると、前方には海と見間違わんばかりの広い水源が広がっていた。

 今まで上っていた丘が下り坂に差し掛かったところで、その光景が見えてきたようである。

 その名もリムール川。ここからでは対岸は見えず、一見して海と間違ってしまいそうになるが、これでもれっきとした川である。それほどに、とてつもなく巨大な川。

 この川を挟んでこちら側が帝国であり、川の向こうが中華大国になる。


「ずっと走り続けて二週間。ようやく着いたか」

「たった二週間で着いた、と言った方が正確です」

「それでも二週間も走り続ければ長くも感じるよ。オキクも疲れただろう?」

「いえ、わたしは問題ありません」


 この子は俺が疲れたと言わない限り、自分から疲れたと言うことはなさそうだな……。


「でも、一旦休憩しようか? あまり根を詰めるとこれから先の旅も嫌になるかもしれない」

「はっ。坊ちゃまがそう言われるのなら」


 オキクは本当に忠実に俺に仕えようとしてくれる。それがよく伝わってくる。

 だからこそ俺は彼女のことをきちんと考えてあげなければならない。それが誠心誠意俺に尽くしてくれる彼女への俺の最低限の責任だろう。

 そんなわけで、今から向かう港町で美味しい物を食べさせてあげよう。

 俺はそう決めたのだった。




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