第37話 仲間たちは
メラン公爵邸での出来事があった後――
ストロベリー・ラム・パトリオトは丸一日経ってからようやく目を覚ました。
最初は朦朧とする頭を振っていた彼女だったが、メラン公爵邸で起きたことを思い出すと顔を青ざめさせる。
――自分はメラン公爵との勝負に負けたはず。その後どうなったのか? どうして自分はパトリオトの家に戻ってきているのか?
部屋から出た彼女は弟のチェリッシュから事のあらましを聞いた。
聞けばあの後、彼女が倒れてからエイビーがメラン公爵を倒したと言う。しかもメラン公爵の手から救ってくれたのだと。
事の顛末を見届けていた従者からさらに詳しく話を聞くと、詳細を聞いたストロベリーは己の未熟さを悔やみながらも、弟子の成長を耳にしてこの上なく喜んだ。
そして、エイビーが身を挺して自分のことを守ってくれたことに、密かに頬を染めていた。
聞けばエイビーは全身を炎に焼かれながらもメラン公爵を圧倒したというではないか。それも彼女を守るために。
それは常に武人であろうとするストロベリーをもってして、一人の少女のように胸をときめかせた。
しかし――その直後に入って来た悪いニュースが、そんな想いなど全て吹き飛ばしてしまう。
それは――エイビー・ベル・スカイフィールド追放の報せ。
ストロベリーは愕然とした。
何故エイビーが……? 悪いのは自分であって、彼は何も悪くないではないか!?
そう思った彼女ではあったものの、弟子のエイビーが自分とパトリオトの家を守るために、自ら犠牲となってくれたのだろうという考えに至るまでそう時間はかからなかった。
エイビーなら間違いなくそうする。彼女にはその確信があった。
だからこそ彼女はなおのこと愕然とした。
――どうして師である自分のために弟子が犠牲にならねばならぬのか!?
自分のためにあのエイビーが追放されてしまった。その事実は彼女をかつてないほど追い込んだ。
「ワシのせいで……」
「姉さん……」
「ワシは師匠失格じゃ……」
チェリッシュは姉のそんな様子を見たのは初めてのことだった。
自分が生まれた時から常に威風堂々と生きていた姉の姿。それが今、触れただけで散ってしまいそうなほど脆く見えた。
だが、そこに折りよくエイビーからの手紙が彼女の元に届く。
飛びつくようにして受け取った手紙。
しかし手紙には「自分が全て悪い」という旨の、エイビーの謝罪を述べる文が掻き抓られていた。
それを目にしてストロベリーはまた愕然とするしかなかった。
「バカ者が……! お主は何も悪くないというのに……! ワシを守ってくれただけなのに……!」
その日、ストロベリーは物心ついてから初めて泣いた。己の未熟さを心から悔やんで。弟子の優し過ぎる心に報えない自分が不甲斐なさ過ぎて。
気付けば彼女の足は勝手に動いていた。
自室から飛び出て、階段を降り、屋敷の扉を出る。
そしてふらふらと屋敷の門を潜り抜け、しばらく進んだところである男から声を掛けられた。
「よお、アネキ。どこに行くつもりだよ?」
ショットだった。
彼に声を掛けられても、ストロベリーの目はうつろで、心ここにあらずであった。
「エイビーの……エイビーのところに行かぬと……」
見たこともない彼女の姿に一瞬顔を顰めながらも、ショットは言い放つ。
「やめとけよ。何のためにあいつが手紙を残したと思ってんだ? 男の門出だ。黙って見送ってやんな」
「な、なにを言っておる!? あやつは何も悪くない。ぜ、全部ワシが悪いのじゃ。それなのに、それなのに……」
「しっかりしろ、アネキ!」
ショットは彼女の頬を叩いた。
茫然とする彼女に向かってショットは叫ぶ。
「それでも【武神】と呼ばれるほどの女かよ! それが、あいつが……エイビーがあこがれ続けた師匠の姿か!? 今のその姿を見せてエイビーが喜ぶとでも思ってんのかよ!? ええっ!?」
その言葉にストロベリーはハッとする。
ようやく彼女の目に現実が映る。
「ワ、ワシは……」
「いいから少し落ち着け」
そう言ってショットはさりげなく彼女の後ろに回り込み、背中を擦ってやるのかと思いきや、わきの下に手を回し彼女の胸を揉みしだいた。
今の彼女は薄着なので、その感触がダイレクトに伝わってくる。
「んだよ。全然成長してねえじゃ……」
「何するんじゃこのクソたわけが!!」
「ごはぁっ!?」
結局、ストロベリーのひじ打ちがショットの腹に入り、彼はいつものように吹っ飛ばされていく。
ショットとしてはストロベリーを落ち着かせようという思いと、今なら胸を揉んでも大丈夫なんじゃないかという打算があったのだが、その打算の方は見事に打ち砕かれた結果となった。
ストロベリーは胸を抑えながら顔を真っ赤にして怒る。
「む、胸を揉まれるのは好きな男(おのこ)だけと決めておったのじゃぞ……!」
ぶつぶつと何やら呟いているストロベリーに、ショットは身を起こしながらフッと笑った。
「その好きな男ってのは、成長したエイビーの予定だったのか?」
「……どうやらもう一発欲しいようじゃな?」
「か、勘弁してくれ。さすがに二発は命に響く……」
ショットがおどけたように言ったことで、ようやくストロベリーの顔に笑みが戻る。
それは既に吹っ切れた者の顔だった。
「……まさかお主に助けられる日が来るとはのう」
「一言多いんだよ、アネキは。俺だっていつまでもガキってわけじゃねえ」
「どうやらそのようじゃな。皆、いつの間にか成長しておるようじゃ」
「アネキ……あいつは、エイビーは戻ってくるって言ってんだ。だったらその時、温かく迎えてやればいい。そして、その時こそ全力であいつの力になってやろうぜ?」
ショットのその言葉にストロベリーは頷く。まるで大きな決意をしたようにして。
「当たり前じゃ。ワシはあやつのためなら何でもする。ワシはそう決めたぞ」
ストロベリーの目は遠くを見つめていた。
そして――大きな声で宣言する。
「これからのワシの全てはあやつのためだけに使う! もはや誰が何と言おうとそれは覆らん!」
その顔にもはや何の迷いも見られない。
実際、その誓いはこの先、覆ることはなかった。
将来、帝都六英才の筆頭にして【戦場の紅い雷帝】と畏れられることになるストロベリー・ラム・パトリオトの忠誠の全ては、エイビーその人に向けられることとなる。
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