第31話 【魔力ゼロ】の扱い

 あれから数日が過ぎ、いよいよロリコン公爵の誕生会の日がやってきた。

 前日には既にメラン公爵領に入っていた俺は別邸を出て、スカイフィールド家の馬車に乗ってメラン公爵家の本邸へと入って行く。

 メラン公爵家本邸は空中庭園を抜かせばスカイフィールドの屋敷よりも大きく、その様相はもはや城も同然だった。

 美しい泉や植え込みが並ぶ前庭は、広すぎて玄関から屋敷の入口まで馬車で行かないと無理なほど。

 屋敷は上に横にと長く、天辺の尖塔の窓に深窓の姫君などがもたれかかっていたら、さぞ絵になることだろう。

 俺は今、前庭を抜けて屋敷の入口付近で馬車から降りるところだった。

 そこには他にも客人たちで溢れかえっており、皆、一様に礼服やドレスなどに身を包んでいる。

 今日の俺も彼らと同じく貴族の礼服に身を包んでいるのだが、着させられている感がハンパない。オキクやルナはしきりに「似合っています」「さすが坊ちゃま」「さすが兄様」「何を着ても似合ってらっしゃいますが、今日は一段と格好良いです!」などと大絶賛してくれたが、当の本人である俺は自信が今一つ持てていない。……本当に似合っているのか?

 まあ、それはともかく、俺もそろそろ行かなければ。

 そう思って馬車を降りた瞬間、多くの視線にさらされるのを感じた。


「あれが噂の……」

「ああ、【魔力ゼロ】か」

「あのような名家に生まれ、なんと不憫なことだろう」


 侮蔑、軽蔑、憐みといった感情が一斉に降りかかった。


「あのクウラ殿の御子が、何とも哀れなものだな。しかし、いい気味でもある」

「しっ……万が一、クウラ殿のお耳にでも入ったら……」

「構うものか。聞くところによるとクウラ殿自身が冷遇しているとの噂ではないか」

「まあ、あのような出来損ないが生まれたら、クウラ殿でなくてもそうしたくなる気持ちは分かるがね。その点においてはクウラ殿に同情を禁じえないな。もし自分の息子が魔力ゼロだったらと思うとゾッとするよ」

「ははっ、まったくですな」


 ……相手が子供だからと思って好き勝手言いやがるな……。普通の十歳の少年だったらここで足が竦んで動けなくなってしまうことだぞ。

 しかし俺は構わず動けた。なにせこれまで実の親代わりである叔父から散々冷遇されてきたから。耐性が出来ているとも言える。

 とは言い条、不快は不快。出来るなら俺にちょっかいを出してくる者がいないことを願うばかりだ。面倒くさいから。

 そう思っていたら側に仕えていたオキクが何食わぬ顔で聞いてくる。


「殺しますか?」


 ……誰をだよ? もしかしてここにいる人、全部?

 こんな場所でそんな冗談はシャレになっていないと思うのだが、オキクは冗談を言っている顔ではない。


「あ、あの……俺は大丈夫だから、大人しく待っててくれる?」

「御意。しかし勝手に殺してしまったら申し訳ありません」

「いや、ダメだから。勝手に殺しちゃダメだから。そのくらい分かるよね?」

「分かりました。勝手に殺すのはやめます。ですが、思わず殺してしまったら」

「思わずもダメだから。殺すの全般禁止ね?」

「坊ちゃまがそれを望まれるなら……」


 超渋々といった感じで頷くオキク。うん、この子を従者として連れてきたのは間違いだったかもしれない。

 しかし、どこかホッとしている自分がいることに気付く。

 そこでようやく俺自身が周りの者たちの心無い言葉に重圧を受けていたことを知った。口では大丈夫と言いながらも、その実は結構心がやられていたみたいだ。

 何だかんだ、昔からオキクには救われてきたんだよな……。

 俺はオキクの肩に手を置き感謝を伝えてから、一人誕生会の会場へと足を向けるのだった。



 ***************************************



 会場まではメラン公爵邸のメイドが案内してくれたのだが、そのメイドですら俺に対する侮蔑の視線を隠そうとしない。

 会場に入ったら入ったで、俺は好奇の視線の的となった。

 ――【魔力ゼロ】とはどういう少年なのか? どういう面をして生きているのか?

 そういった面白半分、蔑視半分の視線が至る所から突き刺さる。

 同い年くらいの子供からの視線は特に遠慮のないものだった。完全に見下したような目でじろじろと無遠慮に眺めてきて、ニヤニヤと笑っている者さえいる。

 ……さぞ気持ちよかろう。本来同い年のライバルともなる者の中にあからさまに自分よりも下の者がいたら。

 そんなわけで多方向から悪意のある目を向けられている俺は、さすがに居心地が悪かった。早速だけど帰りたーい。

 いや、でも広い会場で俺の周りだけ人がいなくてむしろ快適! そこらにある料理が食べ放題! あー、飯が美味い!

 こんな状況で料理が喉を通る俺がタフネス過ぎて困る。

 そうやって自分を慰めていないとやっていられない……。

 それでも、前世のあの絶望に比べたらこんなことくらいどうってことない。今の俺にはオキクのように心配してくれる人がいるし、信頼のおける仲間もいる。大切な妹もいる。

 それだけでこんなに心が強くなれるなんて、前世では知りもしなかったことだった。

 だがまあ、居心地が悪いのは事実なわけで、時間が早く過ぎて欲しいものだ。こういう時にこそ時空魔術で時間の流れを速くしたいところだが、しかしまだそこまで極めていないので無理。

 しかし……これはあれだな。メラン公爵の器量が知れるというものだな。

 俺がここにいる者たちにここまで見下されているのは、ホストであるメラン公爵がそれを認めているからに他ならない。

 それどころかメラン公爵付きのメイドでさえも俺のことをあからさまに見下した目で見る始末だ。いくら何でもこれは普通、有り得ない。

 何故なら俺はこれでも名家の跡取りなのだから。確かに【魔力ゼロ】という悪評は広まっているが、隠そうともせずこうも表立って侮蔑の視線を向けてくるのはおかしい。むしろメラン公爵がそのように仕向けたと考えた方がよほどしっくりくる。

 ……いや、待てよ?

 ……そうか、そういうことか。

 メラン公爵は実際、そのように仕向けたに違いない。何故なら俺はストロベリー姉さんと仲が良いから。

 俺がストロベリー姉さんと懇意にしているのは少し調べれば分かることであり、当然ストロベリー姉さんのことを気に入っているメラン公爵はそのことに気付いているに違いない。

 そしてこれは、単純な嫌がらせを含めた下工作だと思われる。

 何故ならこうしておけば、ストロベリー姉さんは俺に話しかけづらい。普通だったらここまであからさまに遠巻きにされている者を見たら、そこに踏み込むのは躊躇することだろう。

 メラン公爵は敢えてこのような状況を作り上げたのだ。

 もちろん今俺に向かって侮蔑の視線を向けて居ている者たちは本気でそういう目を向けて来ているが、しかし、メラン公爵は敢えてそのように誘導したのである。

 これは俺への嫌がらせであると同時に、姉さんへの当てつけでもあろう。自分の言うことを聞かなかったら、周りの者がこうなるぞ、不幸になるぞ、という一種の警告だ。

 ……なんて卑怯な男だろうか? なんて陰湿なのだろうか?

 そして、それに乗せられている客たちにも腹が立った。

 ……まあ、ここにいる客のほとんどはメラン公爵寄りの客だろうからこうなるのは当たり前といえば当たり前なのだが、だからと言って腹の虫がおさまるわけではなく、苛立ちは募る一方。

 だが、もしメラン公爵に一つ計算違いがあるとしたら、それは俺と姉さんの性格を把握していないことだろう。

 普通の十歳の少年だったらこのような状況に耐えられないに違いないが、俺は別に問題ないし、それに姉さんは、


「よお、エイビー。こんなところにおったか」


 他の客の視線をがっつり無視して俺の元へとやってくるストロベリー姉さん。

 ……これである。この人は細かいことはまったく気にしないのだ。

 周りの客たちが驚愕の目で俺に話しかけた姉さんのことを見ているが、姉さんは俺のことしか見ていない。うん、周りが見えていないとも言う。


「ほお、馬子にも衣装と言うが、似合っておるではないかエイビーよ」


 姉さんに似合っていると言われると照れる。この人はお世辞を言ったりはしないから。

 だが、一方で姉さんも今日の装いは普段とは全く違っていた。

 いつもは鎧姿がサマになっている姉さんだが、今日は自分の髪の色によく似たピンク色のドレスを着こんでいる。

 いつもは垂れ下がっている長い髪は上品に結い上げられており、後頭部で綺麗にまとまっていた。

 ドレスは大胆に肩が露出したタイプで、華奢な姉さんの魅力を存分に引き出している。

 こう言っては何だが、めちゃくちゃ可憐だった。


「な、なんじゃ、エイビーよ。そんなじろじろとワシを見て……へ、変か、の?」


 姉さんは不安そうにちらちらとこちらを見てくるが、


「そんなことない。とっても似合ってる」

「ほ、ほ、ほんとか?」

「嘘なんか言わないって。とっても可憐だ。とても綺麗だよ」

「ばっ……言い過ぎじゃ!」

「はぐぅっ!?」


 腹にドスンッと重い衝撃が響く。

 ……照れ隠しで腹を殴られました。

 しかし一応は場を弁えているのか、他の客には見えない速度で腹を打たれた。だから何やねん。痛いことに違いはないわ……。

 急に蹲ったら不自然なので脂汗を流しながら耐えていると、


「しっかし気に入らんの~。周りの奴らのお主を見る目」


 大雑把な姉さんでもさすがに気付いたか。


「いっそのこと全員ぶっ飛ばすか」

「お願いだからやめて?」


 この人の発想はオキクと同じ。殺すか殴るかの違いだけだった。

 止めないと本気でやりかねないのも二人とも同じである。この人たち暴走機関車かな? その言い方だと暴走機関車に失礼か。

 あと何ならルナも同じだし、ショットだったら俺が止める間もなくケンカを売りにいくに違いない。……あれ? 俺の周りって結構ヤバくない? そして最後にチェリーに癒されるというのがいつものオチである。俺もヤバい。


「じゃが、飯だけは悪くないのう」


 気付けば姉さんが肉料理を口いっぱいに頬張っていてほっこりした。


「姉さん、口にソースが付いてる」

「む? どこじゃ?」

「ほら、ここ」


 俺はナプキンで姉さんの口元のソースを拭ってやる。子供のようになすがままの姉さん。さらにほっこりした。

 先程までの嫌な気持ちが嘘のようだった。姉さんといるといつもこういう気持ちになれるから不思議だ。

 しかし――不意に悪寒がした。

 そちらを振り向く。

 中年の肥満男が俺の方を睨み付けていた。

 ――ああ、なるほど。

 あれが噂のロリコン公爵――デュルフ・レイ・メランのご登場である。



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