第30話 ロリコン公爵
さて、姉さんと共にメラン公爵の誕生会に出席することになったからには色々と調べておかねばならない。
「オキク」
「はっ、これに」
俺が呼ぶと、自室の天井裏から音もなく降りてくるオキク。もはやツッコむまい。
「メラン公爵について知っていることを教えてくれ」
「承知しました」
オキクは頷いた。
彼女は忍者だけあって色々と情報に通じているので、外部の情勢については彼女に聞けばある程度のことは分かる。まあ、本人は忍者であることを認めないけど。
オキクは真っ先にこのように言った。
「最初に申しておきますと、メラン公爵はあまりよくない噂のある人物です」
「……なに?」
いきなり「よくない噂がある」とは……。
「どんな噂だ?」
「ありていに言えば、メラン公爵は【ロリコン公爵】と揶揄される人物です。もっとも、表立って口に出す者はおりませんが」
「ロ、ロリコン公爵だって?」
「はい」
頷くオキクは至って真面目な顔をしていた。そこに茶化している雰囲気は微塵もない。
「……オキク。もう少し詳しく教えてくれ」
「御意」
そこからオキクはメラン公爵という人物について詳しく説明してくれた。
その聞いた内容はかなり酷いものだった。
彼の噂を一言にまとめるなら、確かに【ロリコン伯爵】。その一言に尽きる。
聞けばメラン公爵は幼女趣味に傾倒しており、手当たり次第に少女たちに手を出しているらしい。しかも自分の気に入った少女を手に入れるためなら、手段を選ばないとか。
ここで厄介なのは、彼が公爵という身分にあることだ。
公爵とはこの帝国において皇帝の次に位が高い。つまり、権力を笠に着てやりたい放題というわけである。
さらにメラン公爵家は代々、炎魔術の名家であり、今代の当主であるデュルフ・レイ・メランもその名に恥じないほどの炎魔術の使い手であり、そのランクは最高のA。
つまり公爵でありA級魔術師であるメラン公爵は、帝国において相当な権力を持っており、彼が何をしようとも誰も何も言えないというわけ。
酷い話だと、彼に気に入られるためにわざと幼女を送る者さえいるらしい。幼女を貢物として扱っているのである。
ただ、そこまで聞いても俺は俄かに信じることが出来なかった。
「そ、そんなことが許されるのか……?」
俺は茫然と呟いてしまう。
だってそうだろう? 俺の前世ではそんな奴はすぐに掴まるし、この世界に生まれ変わってからも、少なくても俺の周りではそういった事例はなかった。
……いや、俺が知らなかっただけなのか?
顔をこわばらせる俺に、オキクは答える。
「もちろん表向きは問題ないように処理されております。あくまで噂は噂です。が、火のないところに煙は立ちません。恐らく、私の見立てでは間違いないかと。既に犠牲になっている少女は多くいると思われます。相手が相手だけに、周りは皆、見てみぬふりをせざるを得ないのです」
「そんな……!」
俺は愕然とした。
無垢な幼い女の子を自分の欲望のはけ口にするなんて……! しかも、それを誰も止められないなんておかしいだろ!
「坊ちゃま。今回、もっとも厄介な点は、ストロベリー様が招待されたという点です」
「……え?」
「実は、メラン公爵はストロベリー様に執心しているのです」
「な、なんだって?」
そこで俺はハッとする。
なにせ姉さんはいかにもロリコンウケしそうなロリーな容姿をしているのだ。
例えばチェリーが女だったとして、将来的にチェリーと姉さんのどちらの方が美人になるかと言ったら、多分チェリーの方だろう。
しかし、ロリコンがどちらを選ぶかと言ったら間違いなく姉さんだ。
姉さんは性格こそ武人気質ではあるものの、見かけはめちゃくちゃ可愛い。
その可愛らしい顔がむすっとしているのは、見る者によっては愛嬌にさえ映るだろう。それがストロベリーという少女だった。
「先程も申した通り、メラン公爵は自分が気に入った者はどんな手を使ってでも手に入れようとする傾向があります。だからストロベリー様を手に入れるため、パトリオト家に対してあの手この手で籠絡しようとしていたようですが、これまではストロベリー様本人が上手く立ち回って逃れていたようです」
「姉さんはそんなこと一言も……」
「きっと坊ちゃまに心配をかけたくなかったのでしょう」
「………」
「恐らく今回のこともそうです。ストロベリー様は誰の手も借りずにご自分の手でメラン公爵の要求を跳ねのけるおつもりかと思います。しかし――」
「……しかし?」
「何度も申しますが、メラン公爵は自分の欲しい物はどんな手を使ってでも手に入れようとします。そして、相手は絶大な権力を持った公爵です。そう何度もメラン公爵の要求を跳ねのけられるものではありません。だからこそストロベリー様は今回、直接メラン公爵の元を訪れて断ろうとしているのだと思います。しかし、タイミング的にきっと今回、メラン公爵は何か仕掛けてくるだろうというのが私の見立てです」
「……!」
どうして姉さんは何も言ってくれなかったんだ……!
心配をかけたくなかっただって? 心配させてくれよ! 何かあってからじゃ遅いだろうが……!
………。
最悪だ。
気分が悪くなる話だ。自分の大切な人が、薄汚い欲望のはけ口にされるのは我慢ならない。
――怒りで身がはち切れそうだった。
それと――今までは自分の大事な人だけ守れればそれでいいと思っていたが、何の罪もない少女たちがそんな目に遭っていると思うと、胸の内がムカついてくる。
そんな理不尽、許されていいはずがない!
オキクは頭を下げてくる。
「かなり巧妙に情報が隠ぺいされていましたので、私も確信に至ったのはつい最近です。お役に立てず、申し訳ありません」
「……いや、いいんだ。ありがとう」
俺はそう答えながらも、
「……なあ、オキク。一つだけ聞きたいことがあるんだが」
「は、何でしょうか」
「もしメラン公爵を暗殺して欲しいと頼んだら、出来るか?」
自分でも驚くくらい自然にそんなセリフが口から出ていた。
しばらくの静寂の後、オキクが答える。
「殺すだけなら可能かもしれません」
「その場合、オキクはどうなる?」
「恐らく捕まります」
「……!」
それでは意味が無い……!
「相手は公爵です。色々と結界が張り巡らされていることでしょう。ですので、かなり難しいですが、誕生会の日ならば、あるいは……」
「いや、いい。今の話は忘れてくれ」
「しかし」
「忘れてくれ!」
「……御意」
………。
やはり俺が何とかするしかない。
理想は何事も起きないことだが、オキクがここまで言うからには、メラン公爵が姉さんを手に入れるため何かしてくる可能性が高い。
だが、何にせよ情報が足りない。
今はもっとメラン公爵に関する情報が欲しい。
「オキク。メラン公爵について調べてくれ。出来れば戦力面も詳しく」
「はっ」
オキクは音もなく消えた。
彼女は結界さえ通ってしまえば今のように無敵の気配消しを誇るのだが、彼女でも通れないような結界がこの世にはある。
何にせよ、さっきの俺の言葉は気の迷いだ。オキクの手を汚してはいけない。増してやそれが俺の我儘では尚更……。
――殺すなら、俺自身の手で。
俺は密かにそう決めた。
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